世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第190話 キマイラ・8

 まず、ブロマージが氷槍の魔術構成を大きく広げた。

 続いて魔術師たちが集中を始め、それぞれ構成を広げていく。

 

 複数人で行う大規模魔術において最も重要なのは、この段階での魔力の波長の調整だ。

 人はそれぞれ魔力の波長が違う。2人や3人ならば無理矢理合わせる事もできるが、それが数十人にもなると、波長のズレは構成を大きく歪ませ魔術を変容させる。暴走してしまう事すらあるのだ。

 そのため組織に所属し戦闘を生業とする魔術師は、大規模魔術の際にリーダーの魔力に波長を合わせる訓練を行っている。

 

 今回のリーダーはもちろんブロマージだ。

 リーダーを務める魔術師は、他の魔術師たちが合わせてくる間、波長がぶれないよう一定の出力を保ち続けなければならい。

 熟練した技術と強い精神力が必要になる役割だ。

 

 

 キマイラが噴石を撃ち出す音が轟いた。

『…発射!!』

 軌道を見極めて水の弾丸を動かし、迎撃する。

 魔術師部隊の辺りに向かってくるのは全部で7つ。問題なく撃ち落とす。

 

 ちらりと前線を確認する。

 キマイラの周辺で戦っている兵が受ける攻撃は、基本的に防御担当の魔術師たちが分担して防いでいるが、対処しにくい高度からの噴石などはライオスが防いで助けてくれているようだ。

 おかげで兵たちは休みなく剣を振るいキマイラを攻撃している。火炎のブレスや尻尾、更に眷属がひっきりなしに襲っているが、なんとか必死で耐えているようだ。

 

 

 噴石が一旦やんだ事を確かめてから、水球から弾丸を補充する。

 減った水球も再召喚し、魔術師部隊や私たちへ襲いかかってくる眷属を牽制。

 黒山羊の鼻先をかすめ、行手を塞ぎ、狙いを逸らす。

 無駄に消費しないよう、基本的にぶつけることはせずに動かしていく。

 

 水の弾丸はいつでも噴石を迎撃できるように温存だ。

 攻撃は殿下やスピネル、騎士やテノーレンたちが担ってくれている。

 特に凄まじい動きをしているのはスピネルだ。的確に急所を狙い、かなりの数の黒山羊にとどめを刺している。

 殿下はできるだけ私から離れないようにして戦っている。得意の守りを活かした剣で、とどめは他の者に任せ、黒山羊の激しい突撃を逸らしたり足元を狙った攻撃をしている。とりわけスピネルとのコンビネーションが見事だ。

 

 

 再び噴石の音。

 思ったより早いペースで撃ってきている。こちらが大規模魔術の用意をしている事に気付いたのか。

 さっきより数が多い…いや、違う。妙に狭い範囲に、噴石が密集して飛んできているのだ。

 無駄撃ちはできない、しっかり見極めなければ。ここに落ちそうなものは11、いや、12。

『発射…!!』

 似たような軌道で2つ連続で飛んできたため、1つはギリギリのタイミングになってしまったが、何とか上空で撃ち砕く。

 

「…リナーリア!!」

 大きめの破片が私の方へ落ちてきたのを、殿下の剣が弾き飛ばした。

 しかし礼を言う余裕もなく、大急ぎで背後を振り返る。

 

 私たちの後ろ20メートルほどのあたり、誰もいない場所にたくさんの穴が穿たれ、煙が立ち昇っている。

 たった今地面に墜落したばかりの噴石の煙。こちらには当たらないと判断して撃ち落とさなかったものだ。

 明らかにその辺りだけ、噴石が集中して落下している。

 

 

 …恐ろしい予感にぞっと背筋が冷える。

 キマイラは噴石を前方に向かって無差別に飛ばしているものとばかり思っていたが、もしかしたらある程度狙いを定められるのではないか。

 ここの背後に多く落ちたのは、まだ距離を上手く測れていなかったせいだとしたら。

 地鳴りが聞こえ、再び前を向く。

 大規模魔術の準備はまだ整っていない。

 

 スピネルが走り、私が水球で怯ませた黒山羊の首を斬り飛ばした。蹄が頬をかすめ、そこから血が飛ぶ。

 テノーレンが大きな火球で大鴉の胴を撃ち抜いた。

 一緒に来た老齢の魔術師が別の黒山羊の角に雷を落とし、騎士たちがその隙に斬りかかった。彼らも大小の傷を負っている。

 私の方を狙って飛んできた大鴉を、殿下の剣が両断した。

 

 再び咆哮が聞こえ、轟音が響いた。全神経を前方の空に集中させる。

 魔術師たちを、皆を守れ。多くの命、大切な人たちを。

 今までの速度では間に合わない。

 もっと速く、もっと正確に。最大限の速度で撃て。

 

 噴石がやけにゆっくりと動いて見える。やはり魔術師部隊を狙っているものが多い。30近くある。

 まるで時間の流れが遅くなったかのようだ。少しずつこちらに近付いて来ている。

 きつく睨みつけ、水の弾丸に命令を下した。

『発射!!』

 

 更に、即座に水球から次弾を生成。

 最初の16発が噴石に着弾するのとほぼ同時に、次の16発を撃つ。

『発射…!!』

 

 

 ドドドドドン、と爆発音が連なる。

 …ここに降ってくる噴石は全て撃ち砕いた。全部で28個。なんとか数が足りた。

『風よ、吹き飛ばせ!!』

 空中に生じた大量の破片をテノーレンが風の魔術で吹き飛ばしてくれる。助かった。

 余った4発の水の弾丸は近くにいた眷属に撃ち込み、一旦魔術を解除する。

 

「ハッ、ハッ…」

 深く集中したせいで消耗してしまった。少し息が切れている。でも大丈夫だ、まだやれる。

 もう一度水球を召喚しようとした時、魔術師部隊から声が聞こえた。

「氷槍、準備整いました…!」

 全員の波長が揃ったのだ。巨大な一つの魔術構成が広がる。

 

 

「…ライオス!!!」

 声の限りに叫ぶ。

 キマイラの上空でライオスが腕を振り下ろした。

 眩しく輝く激しい雷撃が、キマイラの身体に降り注ぐ。

 

『……、…え!……止めよ!!』

 立て続けに轟音を浴びたせいか詠唱がよく聞こえない。だが、巨大な氷の塊が生まれていくのははっきりと見える。間近で見ると凄い大きさだ。

『天地万象を貫く槍となり、敵を討て…!!!』

 

 獅子頭の額をめがけて撃ち出された巨大な氷槍は、今度こそ黄金の瞳を貫いた。

 

 

 

 

「グオオオアアアアアァァァ……!!!!」

 額の目を潰され、顔面の上半分を凍りつかせたキマイラの苦痛の咆哮がびりびりと身体を打つ。

 耳がおかしくなりそうだ。いや、もうなっている。ぐわんぐわんと頭の中で音が反響している。

 眩暈のような感覚を堪え、キマイラを睨みつけた。ここからが正念場だ。

 

 前線の兵の鬨の声が、耳鳴りの向こうでかすかに聞こえた。総攻撃が始まったのだ。

 ライオスが両手に力を溜め始める。

「…第1、第2魔術部隊はキマイラを攻撃!!第3から第5部隊は前線に防御魔術、キマイラの火炎攻撃と尻尾を止めろ!!第6、第7部隊はここの防御と眷属の掃討!!なるべくこちらに引きつけろ!!」

 ブロマージが指示を飛ばし、魔術師たちがそれぞれ戦闘を開始した。彼らも相当消耗しているはずだが、ここで踏ん張らなければ勝てない。

 

 

 殿下が走り寄ってきて私の顔を覗き込んだ。

「リナーリア、大丈夫か」

「はい。まだいけます」

 切れていた息も整ってきたし、まだ少し耳が痛いが音もちゃんと聞こえている。魔力も残っている。

「よし。もう少しだ、頑張ろう!」

「はい…!」

 顔を上げた私の前で、殿下が改めて剣を構え直した。

 

 その間も、スピネルや魔術師部隊は眷属と戦っている。

「右だ!黒山羊が3体来ている!」

「上から大鴉も来てるぞ!!」

 黒山羊が切り裂かれ、大鴉が焼かれる。そこかしこで絶え間なく断末魔が上がっている。

 とにかく敵の数が多い。魔術師たちがなるべくこちらに誘導しているせいもあるが、眷属の召喚ペース自体が上がっている。キマイラも必死なのだ。

 

 

「うわあぁ…っ!」

 前方から兵たちの悲鳴が聞こえた。

 噴石を封じられたキマイラが、地面にめり込ませていた前足を振り回し始めたのだ。

 かすっただけでも吹き飛んでしまう威力だ。蹴散らされた兵が遠くに落ち、そのまま動かなくなる。

 

 しかも、口から吐く火炎の勢いが増している。足元に群がる兵たちに吐きかけたかと思うと、突然首を巡らせライオスへ大きな炎を飛ばしたりしている。

 ライオスは辛うじてそれを避けているが、彼はただでさえ大鴉の群れからの攻撃を受けているのだ。更にキマイラの攻撃を避けていては、力を溜めるのにますます時間がかかってしまう。

 

 

「…私はキマイラへの牽制攻撃に入ります!!」

 そう宣言し、32個の水球を召喚した。そのうちの16個を弾丸に変える。

 キマイラまでは少しばかり距離があるが、この水の弾丸なら十分に届く。

 しかし水の弾丸は貫通力こそ高いが、キマイラの巨体に対してあまりに小さい。バラバラに当てた所で大したダメージにはならないだろう。

 ゆえに全ての弾丸を1箇所に集中させ、同時に撃ち込む。

『発射!!』

 

 

「グゥ…!」

 キマイラはわずかに苦痛を感じたようだが、それだけだ。動きはほとんど止まる事はなく、蹄を振り下ろしては火炎を吐き続けている。

 これでも威力が足りないのか。

 

「だったら…!」

 水球を追加で召喚して補充し、弾丸を2回連続で撃ち込む。

 合計32発の弾丸がまとまって命中し、キマイラの腹に穴が開いた。

「…ガアァッ!!」

 今度はちゃんと効いた。一瞬だが動きを止められた。これならばいける…!

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