世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第191話 キマイラ・9※

『…発射!』

 何度も水球を召喚しては、ひたすら弾丸に変えて撃つ。

 魔術師部隊からも上級の攻撃魔術が絶え間なく飛んでいる。

 魔力切れで倒れる者の姿が目の端に映った。限界を超えるまで魔術を使い続けたのだ。もう既に何人か同じように倒れたり、戦線を離脱している。

 

 だが、その頑張りのおかげでキマイラは思い通りに動けず、上手く兵を攻撃できていない。攻撃しようとするたびに妨害され、出鼻を挫かれているのだ。

 兵たちが大声を上げながら懸命に剣を振るう。彼らも傷だらけだ。

 殿下やスピネルもまた負傷している。治癒を受けるその間すら惜しいのだ。

 

 皆が血を流し、土にまみれ、無傷の者など誰もいない。

 痛みなど忘れたかのように、なりふり構わず無我夢中で戦っている。

 

 

『発射…!』

 連続で水の弾丸を撃ち込む。

 こんなに続けざまに大きな魔術を使ったのは初めてだ。実戦で長時間集中力を維持し続けるのが、これ程に苦しいとは。訓練の時とは消耗の度合いがまるで違う。

 息が苦しい。頭がガンガンと痛む。手足の感覚がない。

 だが、もう少しだ。もう少しだけ耐えろ。

 次の水球を召喚しようとした瞬間、足元がふらついた。

 

「…リナーリア!!」

 地面に膝をつきそうになった私の耳に、殿下の声が届く。

「ハァッ、ハァッ…、だ、大丈夫、です…!」

 両足に力を込め、なんとか姿勢を立て直した。

 上空のライオスの手には凄まじい力が集まっている。きっとあともう少しだ。

 

 

 

「グアアアアアアア…!!!!!」

 キマイラが雄叫びを上げる。

「…!!まずい、目が…!!」

 誰かが叫び、はっとキマイラの頭を見上げた。

 獅子頭の額を覆っていた氷がいつの間にか蒸発し、潰された目の周りの肉が盛り上がっている。

 瞳が再生しようとしているのだ。

 

 …絶対に阻止しなければ。

 瞬時に決断する。

 再生しかけの今なら、まだ柔らかく脆いはずだ。やるしかない。

 

 

『…大気に潜みし水よ、集いて球を成せ!』

 32の水球を再召喚し、両腕を広げる。

『内包し、圧縮し、回転し、力を溜めよ…!』

 左右に16個ずつの水球。残った魔力を振り絞って両手に同じ構成を広げ、同時に複合魔術を発動した。

 連続魔術ではない、完全同時の4重魔術だ。

 

 1年前のあの武芸大会の時からずっと、多重魔術の修業に力を入れてきた。

 あの時は周りがろくに見えず、呼吸も忘れるほどに集中して没入しなければ4重魔術を行使できなかった。

 今も完璧に4重魔術を制御できているとは言えない。だが、あの時よりはずいぶんマシに使えるはずだ。

 2つの複合魔術を合わせた相乗効果によって、今までよりも遥かに高い破壊力を生み出すことだって、きっとできる。

 

 

 32個の水の弾丸を1つに固め、巨大な弾を作り出していく。荒れ狂う凄まじい高圧に、今にも暴発しそうになるのを必死で抑え込む。

 チャンスは一発きりだ。絶対に外す訳にはいかない。

 しかし、目が霞んで狙いが定まらない。ただでさえキマイラは動いているというのに。

 今まで休みなく連続で魔術を行使してきたツケだ。魔力も集中力も、限界が近付いている。

 

 かざした手が震えてしまう。

 …もし、これを外してしまったら。その時はもう、何の手立ても思いつかない。

 強く歯を食いしばった時、誰かが私の腕に触れた。

 

 

「…ここだ、リナーリア」

 …殿下だ。私の腕にそっと手を添え、支えてくれている。

「信じろ。必ず当たる」

 力強く、揺るぎない声。

 

「…はい!!」

 迷う必要などない。私は殿下を信じている。

 そして、殿下も私を信じてくれている。

 

 

 深く、深く集中する。

 全ての音が周囲から消え失せ、キマイラの、兵たちの動きが突然遅くなる。

 ひどく身体が重い。腕がまるで鉛のようだ。だが、確かな熱が支えてくれている。

 かざした手の先、大きな弾丸の向こうに、今にも再生しようとしている第3の目をはっきりと捉える。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

『発射…!!!!』

 

 最後の命令を受け、目にも留まらぬ速度で弾丸が射出される。

 それはキマイラの額の真ん中に直撃し、黒い血を飛び散らせた。

「グ……ッ…」

 暴れ出そうとしていたキマイラの動きが鈍くなる。

「今だ!畳み掛けろ…!!」

 

 

 次々に攻撃魔術が炸裂する。

 いくつもの刃が、その硬い皮膚を切り裂く。

 

 その瞬間、上空が強く輝いた。ライオスだ。

 両手の中に光の大剣を生み出し、キマイラに向かって高速で飛ぶ。

『…はああああっ!!!!』

 

 眩い一閃が天地を貫いた。

 

 

「…アアアアァァ……」

 おぞましい咆哮がどんどん力を失い、か細くなっていく。

 獅子頭がゆっくりと傾き、ずり落ちる。

 それは地面につく寸前、燃え尽きたかのようにぼろぼろと崩れた。

 

 

 

 

 

 …わああああああっ!!!!と、兵たちから歓喜の声が上がる。

「やった…!!倒したぞ…!!」

「超大型を倒したんだ…!!!」

 快哉を叫ぶその周りで、動きを止めた眷属たちがゆっくりと宙に溶けるように消えていく。

 

 

「か…、勝ちました…?」

 全身から力が抜ける。ふらつき倒れそうになる私を、殿下がしっかりと支えた。

「ああ。俺たちの勝利だ…!」

 …本当に勝ったのか。キマイラの巨体が崩れて消えていくのを目の当たりにしても、まだ信じられない。

 

「…そうだ!勝ったぞ!!」

 私に向かって微笑んでいた殿下の肩を、がしっと抱いたのはスピネルだ。

「やったなあオイ!!マジで勝ったぞ、あのデカブツに!!」

「そうだな…!一時はどうなる事かと思ったが」

 殿下が笑いながらスピネルの腕を叩く。

 

「お前の最後の魔術凄かったな!!でっかい弾丸のやつ!!やるじゃねえか!!」

 スピネルはよほど嬉しいらしく、珍しく満面の笑みだ。めちゃくちゃテンションが高い。

「え、ええ、まあ…わ、わあ!」

 とりあえずうなずいた私の頭を、スピネルがわしわしと撫でる。撫でるというか、かき回している。もうぐちゃぐちゃだ。

 

「ちょ、ちょっと、やめ…!」

「ぷっ…ははは!!」

 スピネルの手を止めようとしたら、殿下が大声で笑った。スピネルも更に笑う。

 二人の笑顔を見ていたら、私もじわじわと勝利の実感が湧いてきた。

 …嬉しい。私たちは、勝ったのだ。

 思わず笑みがこぼれ、3人で抱き合うようにして笑い合う。

 

 

「スピネルも凄かったですよ!黒山羊と大鴉、何体倒したんですか?」

「そんなんいちいち数えてねーよ!それに、殿下との連携あってこそだからな。殿下がいなかったらあんなに倒せてねえ」

「あっ、そうです!殿下も本当に凄くて…何度も助けてくださってありがとうございました!!」

「ちゃんと守れて良かった。それに、一番凄かったのは君だ。…やはり君は、勝利の女神だな」

「そ、そんな…。それに最後は、殿下が支えてくださったおかげで当てられたので…」

 殿下にも褒められてしまった。嬉しくて、つい胸が熱くなる。

 

「最後のあれは、奥の手だったんです!ばっちり決まりました…!」

「そ、そうですよ、あれ、凄い!!」

 ドヤ顔になる私に、勢い込んで話しかけてきたのはテノーレンだ。

「あれ、4重魔術ですよね!??凄い!!凄いです…!!あんなにいっぱい、凄いいっぺんに撃って、凄い!!」

 こちらもめちゃくちゃ興奮していて、完全に語彙力が死んでいる。

 

「多重魔術は得意なので。密かに練習してきた甲斐がありました!!」

 こうストレートに褒められると、私としても悪くない…というか、非常に嬉しい。

 テノーレンは言葉ではさっぱり表現できていないが、あれが技術的にどれほど凄いのかは、王宮魔術師の彼にはよく分かっているはずである。

 

 

『…そうだな。あれは見事な一撃だった』

 翼の音と共に、そう言って空から舞い降りてきたのはライオスだ。テノーレンや近くにいた騎士たちがビクッと固まる。

「ライオス!貴方の最後の一閃も本当に凄かったです!!」

 若干つんのめりそうになりながら、ライオスの元に駆け寄る。

 

「あの光の大剣、まるでおとぎ話の英雄みたいでした。邪悪な竜と戦う英雄の…あ、いや、竜といってもあの話に出てくるのは多分魔獣で竜とは違うんですが…あっ、そうか、ライオスはきっと人間のおとぎ話は知らないですよね。今度本を見せます!!」

『あ、ああ』

 早口でまくし立てる私に、ライオスはちょっとびっくりしている様子だ。

 しまった、私もついテンションが上ってしまっている。

 

 

 殿下が歩み寄り、ライオスの顔を見つめた。

「本当に感謝している。ライオス、君が力を貸してくれたおかげで、俺たちはこうして無事に勝利を喜び合えている。…ありがとう」

 頭を下げた殿下に倣い、スピネルも頭を下げた。

「俺からも感謝する。ありがとう」

「あ、ありがとうございます…!!」

 テノーレンや騎士、魔術師たちも慌てたようにそれに続く。

 

 私もまた、深々と頭を下げた。

「貴方が来てくれなかったら、私たちはきっと勝利できていなかったでしょう。王都は襲われ、数え切れないほどの血や涙が流れていた…。本当に、ありがとうございました」

 

 

『…我はただ、そなたや、そなたの母の願いを叶えただけだ』

 口々に感謝され、ライオスはずいぶんと戸惑っているようだ。

 もしかしたら、今までこんな風に感謝された事があまりなかったのかもしれない。

 

 だから私は、笑いながら言った。

「ライオス。そういう時は、『どういたしまして』って言うんですよ!」

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