世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第192話 勝利の宴

 戦いの後は、そのまま周辺で休息を取る事になった。

 誰もが疲弊し切っていて、地面にへたり込んでいる者がたくさんいる。負傷し、手当てを受けている者も多い。

 私も余力があれば手当てを手伝いたかったのだが、もうほとんど魔力が残っていないし、頭痛もひどい。

 大人しく医術師や衛生兵たちに任せるべきだろうと、殿下たちと一緒に司令本部の方に戻って休む事にする。

 

 

 天幕の中で水やお茶を飲んでいると、フェナスとビリュイが入って来た。

「現在、王都への転移魔法陣は負傷者の移送を優先して行っています。完了するまでかなり時間がかかる予定で、周辺の魔獣の掃討などの後始末などもあります。申し訳ありませんが、帰還は明日まで待っていただけますか」

「分かった」

「はい。問題ありません」

 殿下も私もすぐに了承する。

 負傷者が優先なのは当然だし、もう日も暮れかかっている。何よりとにかく疲れている。

 超大型とその眷属は消えたが、活性化して増えた魔獣があちこちにまだ潜んでいるだろうし、下手に動くより今日はここで休んだ方が良いだろう。

 

「王都からは薬などの他、兵を労うための食べ物や酒なども届いています。ただいま祝宴の用意をさせております」

「ああ」

 ふむ…これはきっと、宴の前に殿下が兵たちに挨拶をする流れになるやつだ。

 また殿下の評判が上がってしまうな。私もものすごく鼻が高い。

 

 

「竜人殿も宴にご参加いただけますか?」

 フェナスが私の隣のライオスに尋ねる。

 ライオスは今まで天幕の中で私たちと一緒に休んでいた。勝利後そのまま帰すのはあまりに申し訳なかったので、皆で引き止めていたのである。

 

『宴…』

「皆で勝利をお祝いして、食事をしたりお酒を飲むんです。ライオスもお腹が空いたでしょうし、ぜひ参加してください。私たち皆からのお礼です」

『お礼…つまり対価か。いいだろう』

 それを聞いてフェナスは少し安心した顔になった。一番の戦功者に対し何の礼もできないのでは、司令官としての面子が立たないからだろう。

 

 それから、少しだけ王都の様子なども聞いた。

 実は私たちが戦っている間に、王都にも魔獣が襲来していたのだそうだ。

 非常に足が速い馬型の大型魔獣が出現し、一気に駆けて王都を襲ったのだという。

 思わず動揺してしまったが、大型魔獣はしっかりと城壁の外で食い止め、討伐できたらしい。

 結界の一部が破られて鳥型や猿型の魔獣が王都内に入り込んだりもしたそうだが、戒厳令が敷かれていたために一般市民は出歩いていなかったし、すぐに騎士団も出動した。ほとんど犠牲は出なかったとの事で、良かったと胸を撫で下ろす。

 

 

 

 

 宴の準備が整ったのは、日が沈んで辺りが暗くなった頃だ。

 いくつもの篝火が焚かれ照らされる中、それぞれに杯が配られる。

 私も片手に杯を持った。先生が持っていた薬を分けてもらったので、頭痛はもうすっかり治まっている。

 

 フェナスに促され、殿下が前へと進み出た。

「…まずは、今日の戦いで犠牲になった者たち。その勇猛なる魂に、黙祷を捧げたい」

 全員が静かに瞑目し、片手を胸に当てる。

 戦死者の数はまだはっきりとは聞いていないが、やはり少なからぬ数が犠牲となってしまったようだ。

 キマイラはここ数百年ほど出現していなかった超大型の魔獣だ。それにしては驚くほどに死者を抑えられたはずだが、彼らの命を「やむを得ない犠牲」の一言で済ませたくはない。

 できる限り報い、弔えたらと思う。

 

 

「皆、本当によく戦ってくれた。お前たちの奮戦によって超大型魔獣は討伐され、多くの命が守られた。その雄姿は後々まで人々に語られ、勇気を与え続ける事だろう。傷付き、友を失った者もいるだろうが、今はどうか勝利に胸を張って欲しい。お前たちはよくやった」

 それから殿下は、後ろのライオスを振り返る。

 

「この戦いにおいては、竜人ライオス殿に助力を頂いた。彼がなぜ、どうして我々を助けに現れたかについては後日語ろう。だが、一つ確かに言える事がある。彼は人間に…この国の民に仇なす者ではない。歩み寄り、理解し合える存在だ。それは俺が言葉を尽くして語るまでもなく、皆がもう分かっている事だろう」

 そこかしこから、おう!とか、はい!とかいう声がたくさん上がる。

 共に戦いキマイラにとどめを刺したライオスの姿を、この場の誰もが見ている。それは何よりも雄弁に、ライオスというのがどんな存在かを彼らに知らしめてくれたはずだ。

 

「ライオス殿を含め、さまざまな者たちの手助けによって今日の勝利はある。全ての者に感謝を捧げよう。…だが今はとりあえず、皆で称え合い、労い合ってくれ。勝利の美酒に酔い、料理に舌鼓を打って、戦いの疲れを癒やしてくれ」

 片手に持った杯を、高く掲げる。

「…乾杯!!」

「かんぱーい!!!!」

 全員が、大声で唱和した。

 

 

 あちこちから肉の焼けるいい匂いがする。

 野外なので、牛や豚や鶏を丸焼きにしたり串焼きにしたシンプルな料理がメインだ。

 パンだとかシチューもあるようだが、お腹も空いているしまずは串焼き肉にかぶりつくことにする。今夜ばかりは、テーブルマナーなんて気にしなくていい。

 

「うん、美味いな」

 もう空腹が限界だったらしい殿下はもりもりと串肉を頬張っている。

 同じく肉を咀嚼していたスピネルが笑った。

「さっきの乾杯の挨拶の間ヒヤヒヤしたぜ。途中で殿下の腹が鳴ったらどうしようってな」

「そうだな。正直危なかった。あと1分長く話していたら鳴っていた」

 殿下が真面目な顔でそう答えたので、私は思わず噴き出してしまった。危うく別の意味で語り草になってしまう所だった。

 

 

「ライオスはどうですか。美味しいですか?」

『ああ。山の獣の肉より、ずっと柔らかい』

「お酒は口に合いますか?」

 ライオスにはとりあえず、私と同じ白ワインを渡してある。

『これが酒というものなのか』

「え、初めて飲んだんですか?」

 見た目はどう見ても大人なんだが、まずかったかな?とちょっと焦る。しかしライオスは勢いよく杯を飲み干した。

 

『気に入った』

「それは良かったです」

「竜ってのは酒好きなんだってよ。多分相当飲めるぞ」

「そうなんですか」

 スピネルは麦酒(エール)のジョッキを傾けている。竜が酒好きなんて初耳だが、どうやらミーティオから聞いたらしい。

 後で先生にも教えてあげよう。先生は今頃、魔術兵の知り合いたちと酒を酌み交わしているはずだ。

 

 

 

 少しの間飲み食いしてから、殿下とスピネルは席を立った。

 兵の間を回り、労いの言葉をかけるつもりらしい。さすがは殿下だ。

 かなり飲まされそうな気もするけど大丈夫かな…。

 

 しかし、酒も肉もなかなかの大盤振る舞いだ。

 王都から手伝いに呼ばれたらしい料理人たちが、次々に肉や野菜を捌き、串に刺しては焼いている。

 兵たちは大樽から直接酒を注ぎ、浴びるかのように飲んでいる。

 早くも酔っ払う者が続出し、歌えや踊れの大騒ぎだ。

 

 

 私はビリュイやブロマージの挨拶を受けたりしつつ、すごい勢いで飲み食いしているライオスと一緒に隅の方で宴の様子を眺めていたのだが、途中でスピネルが呼びに来た。

「兵たちがライオスに礼を言いたいと言っている。来てくれないか?」

 ライオスはキマイラとの戦いで、多くの兵を助けていた。兵たちが感謝を伝えたいと思うのは当然だし、ライオスにもその気持ちを受け取って欲しい。

 

「行きましょう、ライオス。彼らの言葉を聞いてあげてくれませんか」

『良いだろう』

 頼んでみると、ライオスは案外あっさり承諾した。

 肌が褐色なので分かりにくいが、少し顔が赤らんでいるような…?さっきから相当の量を飲んでいるし、ちょっと酔ってるのかもしれない。

 

 

 ライオスが姿を見せると、兵たちは少し緊張した表情になった。

 だが、ある一人の若い騎士が決意のこもった顔で前に進み出る。

「…竜人様!!本当にありがとうございました!!」

 大声でそう叫び、ガバッと頭を下げる。

「俺、本当に死ぬ所だったんです。キマイラの火炎を吐きかけられる寸前で、竜人様の光の弾に助けていただきました。ありがとうございました…!!」

 

 すると、また別の兵士が声を上げる。

「お、俺も助けてもらいました!ありがとうございます!!」

「俺も…」

「僕もです!今生きているのは、竜人様のおかげです!」

「ありがとうございます…!!」

 

 

 周り中から「ありがとう」の大合唱である。

 酒が入っているせいもあるのだろう、赤ら顔の者が多いが、もはや誰一人ライオスを怖がっていない。

 皆が感謝の言葉を口にしている。今こうして、無事に生きている事を喜んでいる。

 私も、彼らが笑顔でいる事が嬉しい。できればライオスにも、その気持ちを分かって欲しい。

 

 隣のライオスを見上げると、とにかくびっくりしているようで何だか目を丸くしている。こんなにたくさんの人間に囲まれ、感謝されるのなど初めてだからだろう。

「ライオス。ほら、あれですよ」

 私がこそっと声をかけると、ライオスははっと我に返り、それからぼそぼそと言った。

『…ドウ、イタシマシテ』

 発音はかなりぎこちないが、古代語ではなく私たちの言葉だ。きちんと覚えてくれたらしい。

 

 

 これに兵たちはすっかり大喜びで、殿下たちも一緒にそのままそこで祝杯を交わすことになってしまった。

 私はただライオスの付き添いのつもりで来たのだが、同じくドボドボと酒を注がれてしまう。

 一人の魔術兵が私に話しかけてきた。

「あの最後にキマイラの額を撃った魔術、見てましたよ!凄かったです!!」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

「え、あれを?何だか凄まじい威力だったやつだろう?」

「王宮魔術師にこんな美人で若い子がいるなんて…」

「バカ、お前、この方はジャローシス侯爵家のお嬢様だよ!」

「えっ!?」

 若い兵士が驚く。私の顔は殿下の護衛や王宮魔術師以外にはあまり知られていないはずだからな。

 

 

「ジャローシスって…あの秘宝事件で攫われたって言う、殿下の…」

「…え?王子殿下、何でここに連れて来てるんですか…?」

 …あっ。まずい。殿下が引かれている。

 傍から見れば貴族令嬢を戦場で連れ回している王子な訳で、よく考えたらこれはまずい。殿下の評判に傷を付けてしまう。

「あっ、いえ、これはその…」

 

「ジャローシス領は竜に(ゆかり)の深い土地だからな。ライオス殿に助力を頼む際、彼女の協力がどうしても必要だったために来てもらったんだ」

 助け舟を出してくれたのはスピネルだ。しかも別に嘘は言っていない。

「あ、そうか、俺も聞いた事ある。ジャローシス領の火竜山の竜伝説」

「へえ…」

 心当たりがある者もいるようだ。うちの近郊の出身なのかもしれない。

 

「ええ、そうなんです!それで、戦場に来たからにはお役に立ちたいと私が無理を言って、戦闘に参加させていただいたんです。その間、殿下はずっと剣を振るい私を守って下さっていました!本当に勇ましい戦いぶりでした!!」

 私も殿下をフォローしなければ。身を乗り出し、兵たちに力説する。

 

 殿下は私の肩に手を置くと、兵たちに言った。

「リナーリアの魔術は本当に見事で、その勇気は素晴らしかった。俺など大した事はしていないが、そんな彼女を最後まで守れた事をとても嬉しく思っている」

「殿下…」

 微笑みかけてくる殿下の視線は温かく、何故だか頬が熱くなる。

 

 

「…尊い…!!!」

 誰かが感極まったような声を上げた。周囲に拍手が沸き起こる。

「素晴らしい…」

「王国の未来は安泰だあ…!!」

 いや、まあ、その意見には賛成だけども。注目されて、ものすごく恥ずかしい。

 

「お二人の未来に乾杯!!」

「かんぱーい!」

「かんぱーい!!」

 兵たちが揃って杯を打ち付け合い、次々に飲み干していく。

 私もほとんどヤケクソで、「かんぱーい!!」と杯を掲げて飲み干した。

 

 

 …それから、何杯も酒を注がれ飲むことになってしまった。

 頭がふわふわとして、身体が温かい。少し飲みすぎているかもしれない。

 だけどまあ、今夜くらいは良いか、と思う。

 周囲の誰も彼もが笑顔だ。殿下も、スピネルも、兵たちも、笑いながら酒を酌み交わし合っている。

 

「ほら!竜人様ももっと飲んで下さいよ!」

『ああ』

 あのライオスですら、戸惑いながらもちょっと楽しそうに見える。

 私は静かに、彼の隣に近付いた。

 

「見て下さい、ライオス。これが私の守りたかったものです」

 そう言って笑いかけると、ライオスは改めて宴の様子を見回した。

 篝火の下、陽気に歌い騒ぐ人間たちを映す赤い瞳は、いつもよりずっと柔らかい。

『…ああ。そなたからの対価、確かに受け取った』

 杯を傾けるその口元は、少しだけ笑っているように見えた。

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