世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
「うう…、頭が痛いです…」
翌朝、私はまたもや凄まじい頭痛に苛まれていた。
しかし昨日とは違い、明らかに二日酔いによるものである。
飲み過ぎかなと思いつつ、つい勧められるままに飲んだのが間違いだった。
殿下が心配げに私の顔を見る。
「大丈夫か、リナーリア」
「はい…さっき解毒と鎮痛の魔術を使ったので、もう少ししたら良くなるかと…」
今はもうだいぶ魔力が回復しているので自分で魔術を使える。ただ、頭痛で集中力が削がれているせいか少々効きが悪い。
「殿下は何とも無いんですか…?」
「ああ。少し眠いが」
「マジかよ…あんなに飲んでたのに…」
横のスピネルも、私ほどではないがだるそうにしている。
昨夜の殿下はそこら中の兵士から酒を注がれてはカパカパと飲んでいたのだが、どう見ても元気そうだ。
前世でもかなり酒に強い所は見ていたのだが、まさかこれほどとは…。さすが殿下だ…。
「そう言えば、ライオスはどこに?」
「あいつならさっき、水を浴びるとか言って川の方に飛んでいったぞ。あいつも二日酔いっぽいな」
「ええっ?」
昨夜、殿下と同じくらい酒を飲んでいたのがライオスだ。やはり兵士から酒を注がれまくっていて、途中からは何だか殿下と張り合うようにして飲んでいた。
私はハラハラしながらそれを見守っていたのだが、そのうちすっかり眠くなってしまい、うつらうつらしていた所をスピネルに「もう寝ろ」と言われ女性士官用の天幕に押し込められた…はずだ。よく覚えていないが。
「それまではその辺で丸まって寝てた。いくら竜人でもあの量を飲むのはさすがに無理だったらしいな。あれに勝つとか、殿下はどんだけウワバミなんだよ…」
という事は、飲み比べは殿下が勝ったのか。
思わず殿下の方を見ると、珍しくちょっと勝ち誇った顔をした。ライオスに勝てたのがそんなに嬉しいのだろうか?
「朝飯もあるって言っておいたし、まあそのうち戻って来るだろ」
スピネルの言った通り、湿った髪をしたライオスはすぐにこちらに戻ってきた。微妙に顔色が悪い。
「大丈夫ですか?解毒しましょうか?」
『…我は毒には耐性がある。すぐに治る』
そういうものなのか。でもその耐性を超過するほどって、一体どれだけ飲んだんだ…。
二日酔いの者が多いだろう事を見越してか、朝食は昨夜の余り物を使ったらしいトマト味のパン粥だった。
柔らかく消化の良いメニューなので、食欲がなくても食べやすい。
ちまちまと口に運んでいると、フェナスがこちらにやって来た。
「これより撤収準備に入ります。あと数時間ほどで、転移魔法陣を使い王都近郊まで行く予定です。その後は迎えの馬車に乗り、王都内に入っていただきます」
「分かった」
「ライオスも一緒に来て下さい。ライオスはお母様やお父様、スフェン先輩の願いも叶えたんですから、その事を報告して元気な顔を見せてあげてもらえませんか」
何だかそろそろ帰ると言い出しそうだったので、私は先回りして言った。どうもライオスは約束を破るのが嫌いらしいので、そう言えば断るまい。
もうずいぶん顔色の良くなっていたライオスは、少し眉を寄せつつも『分かった』と答えた。
転移魔法陣を使った私は、迎えの馬車を見て仰天してしまった。
「えっ…え?待ってください、私もこれに乗るんですか?」
「ああ、もちろんだよ」
動揺する私にニコニコと答えたのは、近衛騎士の正装に身を包んだレグランドだ。彼は私たちを迎えに来てくれたのだが…。
「王都では皆が英雄の凱旋を待っているからね、ちゃんと応えて姿を見せてあげなきゃ」
「で、でもこれ、殿下の…殿下専用のやつでは…」
視線の先にあるのは、殿下が新年パレードの際に乗る絢爛豪華な馬車である。
全体に精緻な金細工や装飾が施され、屋根はついていない。乗っている人物の姿があらゆる角度から確認できる代物だ。
さすがに国王陛下専用の馬車よりは格が落ちるが、要するにこの国で2番めに豪奢な作りの馬車である。
「わ、私は後ろの馬車に乗ります。恐れ多いです」
「それはだめだよ、君はこの戦で特別に戦功を立てた功労者の一人だ。殿下や竜人殿と一緒に乗ってもらわないと」
「あわわわ…」
嘘だろ…。
前世でもこれに乗るのは死ぬほど苦手だったのに、なんで今世でも乗らなきゃいけないんだ。
「リナーリア、民の期待に応えるのも俺たちの義務だ」
殿下が少し苦笑しながら私の肩を叩く。
「うう…そうですが…。ライオスは大丈夫ですか…?」
『…?ああ』
ライオスの方を見上げると、何とも言えない返事が返ってきた。
これは多分あれだ、よく分かってないな。乗る前にちゃんと説明しておいた方が良さそうだ。
「えーとつまり、これに乗って王都の中に入るんですが、多分人間がいっぱい集まっています。私たちを見るために」
『我は見世物になる気はないぞ』
むっとした様子のライオスに、私は慌てて首を振る。
「違います、そうではなく、王都の人々は私たちを出迎えてくれるんですよ。私たちが超大型魔獣と戦って勝利し、この国を守ったという報せはもう王都中に知れ渡っています。感謝し、褒め称えるために集まっているんです」
レグランドの話だと、既にかなりの数の民衆が集まり始めているらしい。
伝説の存在である竜人をひと目見てみたいという動機の者も中にはいるかもしれないが、それより単純に喜んで凱旋を祝っている民が多いはずだ。数日ぶりに戒厳令が解かれた解放感もあるだろうし。
「きっと皆、自分たちを救ってくれたのがどんな存在なのか知りたがっていますし、お礼を言いたがっています。人間とはそういうものだって、昨日の宴でよく分かったでしょう。私も、貴方が恐ろしい存在ではないと、もっと多くの人に知ってほしいと思っています。どうか姿を見せてあげてください」
『……。翼は出したままでもいいのか?』
「それはぜひそのままで!その方が竜人っぽいから!」
話を聞いていたレグランドが横から口を挟む。私もそれに同意した。
「そうですね。翼があった方が威厳が感じられる気がしますし」
『威厳?』
「つまり、かっこいいって事です」
『…そうか』
ライオスはちょっとだけ得意げに翼をぱたぱた動かした。たまにこういう子供っぽい所があるんだよなあ。
重厚な音を立てて、王都の外門が開かれた。
先導の馬車に続くのはまず、騎士の階級を持つ者や王宮魔術師たちだ。その後に私たちが乗ったものを含め数台の馬車が続き、後ろには一般兵が長い列を作っている。
門をくぐると、わあっ…!!と大きな歓声が聞こえた。
沿道を埋め尽くす、たくさんの人、人、人。
手に王国の象徴である黄色い旗を持ち、笑顔で花を投げている。
予想以上の人の多さに、私は一瞬で圧倒されてしまった。
「す、凄い…こんなに…?」
やばい。めちゃくちゃ緊張する。手が震えてきてしまう。
「マジで凄い人出だな。新年パレードより多そうだ」
「今回は王都の中にまで魔獣が入り込んだらしいからな。民にとっても、より身近な危機だったというのが大きいんじゃないか」
スピネルの呟きに殿下が答え、私はなるほどと納得する。
普段、王都の中でだけ生活をしていれば、魔獣に遭遇することなどない。今回の事件で改めて魔獣の恐ろしさが身にしみ、国を守る兵へ感謝している者も、きっといるだろう。
そのせいだろうか、沿道にはかなり興奮した顔の者が多い気がする。
喜びと感謝をいっぱいに浮かべてこちらに手を振っているが、特に注目を集めているのはやはりライオスだ。
驚愕と好奇の視線を一身に浴びていて、大丈夫かな?と顔を覗き込むと、ライオスは完全に硬直していた。
「あの、ライオス?大丈夫ですか?」
返事がない。石像のようだ。
まあ、無理もないよなあ…。
昨夜は兵士たちとだいぶ打ち解けていたようだが、やっぱりまだ人間に慣れてはいないだろうし。
いや、もっと単純に、大量の視線にただ緊張してしまっているだけかもしれない。私も人の視線は苦手なので、その気持ちはよく分かる。
だがライオスがあまりにガチガチなので、私は逆に少し落ち着いた。何とか彼の緊張も解いてやりたい。このままでは可哀想だ。
何か気を紛らすものはないかと視線を巡らせると、前方で一人の若い騎士が沿道の方へ駆け寄るのが見えた。
あれは確か昨夜、ライオスに真っ先に礼を言った男だ。駆け寄った先にいるのは若い女性で、腕には赤ん坊を抱いている。どうやら奥さんらしい。
「ライオス、あれ。あれ見て下さい」
腕を掴み、前を指さす。
「昨日、貴方が助けた男です。彼は貴方のおかげで、ああして無事に家族に再会できたみたいですよ」
ライオスは我に返った様子で、私が示した方向を見た。
『家族…』
すると、男がこちらを振り向いた。嬉しそうに妻に何かを言い私たちの方を指す。
妻は少し驚いた表情になると、大きく私たちへと頭を下げた。
その喜びの笑顔からは涙がこぼれている。男が大きく手を振った。
私も笑顔で彼らに手を振り返す。
ライオスはただじっと彼らの方を見つめているようだ。
「ほら、ライオスも手を振ってあげて下さい」
そう促すと、おっかなびっくりという様子で片手を持ち上げた。私の真似をしてぎこちなく手を振る。
途端に、わあああっと大きな歓声が上がった。
「竜人様ー!!」という声が、あちこちから聞こえる。他の民にも受けているようだ。
「…良かったな」
気が付くと、殿下が微笑みを浮かべて私の方を振り返っていた。
「はい…!」
嬉しくて、私も自然と微笑みがこぼれる。
沿道を埋め尽くすたくさんの笑顔。
男も女も手を振り、子供たちは歓声を上げている。
私が守りたかったもの。ライオスに見せたいと思ったもの。
「見て下さい、ライオス。これが私の守りたかったものです…」
そう話しかけると、ライオスは一瞬黙り込んだ。
『…そなた、昨夜も同じ事を言ったぞ』
「……え?」
言った?同じ事を?
全く記憶にないんだが?
「え…?」
思わず殿下の方を見るが、殿下はちょっと困ったように首を横に振った。
殿下の隣のスピネルが盛大に噴き出す。
「お前…、本当締まんねーな!!」
「う…、うるさいですね!ちょっと忘れただけですし!!」
顔が真っ赤になっている事を自覚しつつ、私はスピネルの背中を思い切り叩いた。
くそう、やっぱり酒なんて、ろくなもんじゃない。