世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
多くの民に手を振られて通りを進み、私たちは王城の門をくぐった。
城の庭で待っていたのは、王都に残っていた貴族たちだ。ずらりと並び、歓声と拍手で出迎えてくれる。
その中に、お父様とお母様の姿をすぐに見つけた。二人共涙目だが、笑顔で拍手してくれている。
学院の生徒たちももちろんいて、「殿下ー!」とか「リナーリアちゃーん!」とかいう声が聞こえた。クラスメイトたちだ。
先輩やカーネリア様、ユーク、ミメット、アーゲンなどの姿も見つける。
嬉しくなり、皆に向かってぶんぶんと手を振った。
城の入口近くまで行って、ようやく馬車から降りる。
「はあああぁぁ…」
やっとこの派手な馬車から解放されたと安堵していると、スピネルが呆れたように見下ろしてきた。
「お前っておかしいくらい度胸あるくせに、こういうとこはやたら小心者だよなあ…」
「おかしいとは何ですか!」
「時々、人間より魔獣相手の方が得意なのではないかと思う」
「殿下まで…!?」
後ろからやってきた兵たちと共に整列した所で、城の中から国王陛下と王妃様が姿を表した。近衛騎士団長のスタナムも一緒だ。
陛下自ら出迎えて下さる事に感激しながら、皆が一斉にその場に膝をつく。
「…父上。見事に超大型魔獣を討ち果たし、帰還したことをご報告いたします」
殿下が兵を代表してそう言った。
「うむ。皆の者、本当によくやった。厳しく、とても激しい戦いであったと聞いている。多くの犠牲も出てしまった。…しかし、最後には勝利し、こうして帰ってきてくれた事がとても嬉しく、喜ばしい。そなたらの働きにより、この国は守られた。その勇戦を讃え敬意を表そう。後日改めて盛大に勝利を祝い、十分な報奨を用意する事を約束する」
国王陛下はそこで一旦言葉を切った。
「竜人ライオス殿」
陛下からの呼びかけに、私はちらりと隣のライオスを見る。と言っても、見えるのは足だけなのだが。この場で唯一、彼だけが膝をつかずに立っている。
「我が国の危機を、その偉大なる力をもって救っていただいた。この国の王として、何より深く感謝する。…我が国は、竜人の存在を歓迎する。貴君とは末永き友誼を結びたい」
わずかに貴族たちがざわついたのは、国王陛下がライオスを「貴君」と呼んだからだ。
これは対等な相手に向かって使う呼称で、つまり竜人はこの国の王と対等な存在だと皆に示した事になる。実際の位や権威はともかくとして、そういう扱いをするぞという宣言に他ならない。
私も内心で驚いてしまった。いくら竜人が強大かつ古い存在だとは言え、破格の扱いと言って良い。
『……』
対するライオスは無言だ。どう答えるべきか決めかねているのだろう。
だが、陛下は返答を急ぐつもりはないらしい。私からは見えないが、ふっと空気を和ませるように笑ったようだ。
「今はとりあえず、貴君が力を貸してくれた事に心からの感謝を述べよう。本当にありがとう」
『…どういたしまして』
ライオスは今度はだいぶスムーズに発音した。昨夜兵たちに向かって、何度か繰り返し言っていたからだろうか。
この言葉を教えておいて正解だったと思う。
「皆の者、
陛下の呼びかけに、それぞれが顔を上げる。
「改めて、本当によくやった。そなたたちは我が国が誇る勇士である。…今日のところは家族の元に帰って無事な姿を見せ、身体を休めて疲れを癒やすと良い」
「ははっ…!」
全員が畏まって頭を下げ、陛下と王妃様は城内へと戻って行かれた。
その後は、凱旋した者とその無事を喜ぶ家族とで城の庭は大騒ぎになった。
ここにいるのは貴族ばかりだが、戦闘に参加した騎士や魔術師には貴族の出の者も多い。親族はきっと鼻が高いことだろう。
「リナーリア…!!」
もちろん両親も、私の元へ駆け寄ってきた。二人共、きつく私を抱きしめてくる。
「無事に帰ってきてくれて、本当に良かった…!」
「しっかりと役目を果たせたんだな。父として誇らしいよ」
「はい…!」
私は胸を張って笑顔を返した。
応援し、背中を押してくれた両親に、これで少しは報いられた。それが本当に嬉しい。
「こうして無事に帰れたのは殿下のおかげです。何度も助けていただきました」
「まあ…!」
両親がぱっと笑顔になり、すぐ近くにいた殿下へ深々と頭を下げる。
「本当にありがとうございました…!」
「いいや。俺の方こそ、リナーリアにはずいぶん助けられた。感謝する」
微笑む殿下の目はとても優しい。
つい私も殿下の目を見つめ返していたら、ぱたぱたと動く黒い翼が目の端に映り、私は慌てて付け足した。
「あっ、それともちろん、ライオスもです!とても恐ろしく、巨大な魔獣だったんですが、ライオスがいたおかげで勝てました。本当に凄い活躍でした!!」
「そうなのね…!ライオスさん、本当にありがとうございました!」
「ありがとうございます!」
『そなたたちの願いは叶えた。対価の用意をしておくといい』
「ええ、もちろん、たくさん用意します!お腹いっぱいになるまで召し上がって下さいね!」
『ああ』
…あれ、今、ちょっと笑ったような?やっぱり何か、お母様が相手だと態度が違う気がするなあ。
その時、こちらに寄ってくる人たちの姿が見えた。先輩だ。
「おかえり、リナーリア君!無事で良かった!!」
そう言って私をガバっと抱きしめてくる。
「殿下、お兄様、リナーリア様、無事のご帰還をお喜びいたします!」
「おかえりなさい!!」
カーネリア様やクラスメイトたちも先輩に続いてやって来て、私たちを囲む。皆どうも、声をかけるタイミングを窺っていたらしい。
「皆さんもご無事で良かったです。王都の中も大変だったと聞いたのですが…」
「ああ、僕たちも少しだけ魔獣退治を手伝った。役に立てて良かったよ」
広い王都を守るため、先輩たち3年生は中に入り込んだ魔獣の掃討に協力したらしい。
「私も行きたかったわ!実戦ならちゃんと経験があるのに…!」とカーネリア様が頬を膨らませ、相変わらずだなと思わず苦笑してしまう。
「それに、竜人様の事もよ!どうして私にも紹介して下さらなかったの?」
「すみません。カーネリア様も近いうちにお呼びしようとは思ってたんですが…」
そのライオスはさっきから、周囲の視線を集めて居心地悪そうにしている。
私たちをぐるりと囲っているのは学院の生徒たちだが、その後ろには大人の貴族の姿も多く見える。
全員、竜人に興味津々だが、話しかける勇気まではない感じだ。
まず彼を紹介しておいた方が良さそうだ。周りを見回し、隣のライオスを示す。
「えー、こちらはライオス。見ての通り、伝説の存在と思われていた竜人で、半分は竜ですが半分は人間です。どうも私とは遠い親戚に当たるらしいのです」
「ええ!??」
周囲が激しくどよめいた。
「し、親戚…?あ、半分人間ならそういう事もあるのか…」
まあ繋がってるのは竜の血の方なんだけど。いや正確には血と言って良いのかもよく分からないんだけど。かなりややこしい話だし、詳しく説明する気はない。
「すっげえ…!!」
何やら目を輝かせたのはクラスメイトのクリードだ。ライオスの角や翼を間近でジロジロと見ている。こいつ本当怖いもの知らずだな。
「そう言えば、ライオスさんは他にご家族やご兄弟はいらっしゃるのかしら?もしよろしければ、ご挨拶したいのですけれど…」
お母様がのんびりと言い、私は思わず慌てた。その話題はちょっとまずいのでは…。
『我に家族はいない』
しかし、ライオスは平然とした顔で答えた。
彼がかつて父と呼んだ者は遠い昔に死んでいるはず。もう気にしていないという事だろうか。
さっき馬車の上から騎士と妻子を見た時の様子からしても、やはり家族には何かこだわりがあるのではないかと思ったのだが。
「まあ、そうなのね。申し訳ありません、不躾なことを尋ねてしまって」
頭を下げて謝るお母様に、ライオスは私の方を見て言った。
『…だが、そう遠くないうちにこの者を妻とする。そういう契約だ』