世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第196話 変化した日常

 あの戦いからもうすぐ1ヶ月。

 今日の生徒会は、近く開催される武芸大会に向けての事務作業だ。

「こっちが今年の出店リストなの。新規で許可した店が2店あるの」

「どれどれ…」

 ミメットに手渡された書類にざっと目を通す。

 大会当日に飲食物を売る店のリストだが、過去に販売実績がある店がほとんどだし、新規の店も貴族の推薦状つきのようである。特に問題はなさそうだ。

 今年の大会は去年よりも参加者が多いというし、観客席も増設しているらしい。きっと大いに盛り上がるだろう。

 

「トーナメント表や日程表ももう出来てるんですよね?」

「ええ。ちょっと調整に手間取ったけど、明日には発表する予定。でも貴女は参加者だからまだ見せられないの」

「あはは…」

 そう、私は今年も武芸大会に出る予定になっている。何と魔術部門でだ。とにかく派手さばかりを競う、あの花火大会にだけは出たくなかったのに…。

 

「貴女が超大型魔獣との戦いで派手に活躍したこと、皆知ってるもの。期待されてるわ」

「ええ」

 何しろ、教師から直接「その凄い技術を学生たちにぜひ見せてやって欲しい」と頼まれてしまったのだ。頼まれたというか、ほぼ強制だった。私に拒否権はなかった。

 

「私も、貴女の魔術を見てみたいの。…が、頑張って」

 ミメットは小さくそう付け足した。ちょっと照れてる。可愛い。思わず笑顔になってしまう。

「…はい!頑張ります!」

 後輩に手本を見せるのも先輩の役目だ。やるからには頑張ろう。

 

 

 それからいくつかの書類や雑務を片付け、生徒会室を出た時にはもう夕方になっていた。

 うーん。今日はうちの屋敷に行こうかと思っていたんだが、あまり時間がなさそうだ。それより闘技場の様子でも見に行こうかな。

 そう思って歩き出した所で、「おーい!」と呼ぶ声が聞こえた。

 …嫌な予感がする。

 

 恐る恐る振り返ると、案の定スピネルがこちらに走り寄ってくる。めちゃくちゃ不機嫌そうな顔だ。

 それだけで事情を察し、がっくりと肩を落とす。

 今日も、寮に戻るのは門限ぎりぎりになりそうだ。

 

 

 

 

 その翌日の休み時間。

 私は殿下と共に、学院のロビーに貼り出されたトーナメント表を見に来ていた。

 私の魔術部門はどうでもいい。大事なのは騎士部門だ。

「…殿下とスピネルは、決勝戦まで当たらないみたいですね」

「そのようだな」

 

 去年は騎士部門への出場を避けたスピネルだが、今年はちゃんと出る事にしたらしい。殿下ともども騎士部門に専念するそうで、タッグ部門へのエントリーはなしだ。

 この二人の試合が恐らく一番の注目を集めるだろうから、組み合わせには若干の忖度が加えられているような気がする。

 

 ちなみにスフェン先輩も今年は騎士部門のみへのエントリーだ。

 なんと先輩はしばらく前からあの剣聖ペントランドの指南を受けていたそうで、相当腕を上げたらしい。自信ありげな様子だった。

 組み合わせは…順調に行けば、準決勝でスピネルと当たるな。そうなったらどちらを応援するか悩むところだ。

 

 タッグ部門の方は、去年の私と先輩の戦いぶりを見てか、騎士と魔術師で組んでいる者が多いようだ。

 カーネリア様とユークレースもそのうちの一組である。

 二人ともやる気満々で、特にユークレースは私がタッグ部門にエントリーしないと知って物凄く膨れていたが、「なら魔術部門にも出る」と言って追加エントリーをしていた。

 この大会の魔術戦かなり特殊なんだけどなあ。勝負できるなら何でも良いのだろうか。

 

 

 ふと視線を感じ、隣を見上げると、殿下が私の顔をじっと見ていた。

「リナーリア。俺は今回の大会、必ず優勝するつもりだ」

「はい!頑張ってください!!」

 私がそう言ってぐっと握った拳を、殿下は両手で包み込み握りしめた。何だかすごく真剣な目で私を見つめる。

「ああ。頑張る。見ていてくれ」

「は、はい…?」

 

 

「…おい。イチャイチャするなら人目のない所にしろ」

 冷ややかな声でそう言われ、私は慌てて振り返った。

「ゆ、ユーク!」

 ジト目でこちらを睨んでいるのはユークレースだった。隣にカーネリア様もいる。

 

「お、お二人もトーナメント表を見に?」

「まあな。僕とお前は決勝戦で当たる。言っとくけど負けないからな」

「分かりました」

 そう言えば魔術部門の組み合わせをまだ見てなかったけど、まあいいか。決勝かあ…万が一途中で敗退したらユークレースは絶対怒るだろうなあ…。

 

「詳しい話はお昼にでもしましょ。次の授業が始まってしまうわ」

「あ、そうですね」

 授業の間の休み時間は短い。教室に戻ろうと歩き出した時、カーネリア様がこそっと小声で私に話しかけてきた。

「うふふ、殿下ってば近頃すごく積極的よね!」

「え、そ、そう…ですかね…?」

 恥ずかしさで視線が泳いでしまう。そんな私を見て、カーネリア様はにっこりと笑った。

 

 

 

 昼食にはスピネルも加わった。相変わらず機嫌が悪そうだ。

 昨日も謝ったのだが、改めて謝る事にする。

「あの、スピネル、昨日はお手数おかけしました。すみません。それに、カーネリア様とユークにも失礼をしたみたいで…」

「気にしないで。悪いのはユークよ」

 カーネリア様に横目で睨まれ、ユークレースはぷいっと顔を逸らした。

「僕は悪くない。あいつが下手くそなのが悪い」

 

 …実は昨日、カーネリア様とユークレース、スピネルはうちの屋敷を訪れていたのだ。ライオスに会うためである。

 ライオスは今、うちの屋敷に住んでいる。お兄様夫婦や使用人は最初ずいぶんと驚き戸惑ったようだが、お母様が上手く取り持ち、今ではだいぶ慣れたらしい。

 私もちょくちょく様子を見に行っているが、何とかそれなりにやっているようだ。

 

 そんな我が家には、ライオスと面会したいという貴族からの問い合わせが殺到している。

 しかし彼はまだこの国の文化をよく知らない。マナーにうるさく、様々な不文律を持つ貴族の相手は早すぎる。

 だからまずは親しい知り合いに会わせてみているのだが、まあまあ問題を起こしている。

 昨日もユークレースにナイフとフォークの使い方がおかしいと言われて拗ねたらしく、どこかに飛んでいってしまったのだ。

 

 一番困るのが、この拗ねると家出をしようとするところだ。その度に大慌てで探しに行く羽目になる。

 本気で逃げたい訳ではないらしく、迎えに行けば大人しく一緒に帰ってくれるのだが、探すのが結構大変だ。何しろ翼があるものだから、どこにでも行ける。人から姿を隠す事もできるし。

 どうも子供っぽい所があるとは思っていたが、まさかここまでとは…。

 

 

「ユーク!ライオス様はまだ食器の扱いに慣れてないんだもの、下手でもしょうがないじゃない!」

 カーネリア様が叱るが、ユークレースはふんと鼻を鳴らした。

「甘やかしてたら上達しないだろ」

「あの…お願いですから、少し優しくしてあげて下さい。彼、傷付きやすいみたいなので…」

「そうよ、そうよ」

 私とカーネリア様に口々に言われ、ユークレースは唇を尖らせた。いや、本当に頼むから…。

 

「俺はそいつに賛成だな。あいつを甘やかすのはやめろ」

 斜め向かいに座ったスピネルがムスッとした顔で言う。

 ライオスがいなくなった時、探すのは探知魔術に優れた先生か私、あるいはミーティオがいるスピネルなのだ。おかげでスピネルは近頃すこぶる機嫌が悪い。

 

「あいつ、家出すればお前が慌てて探しに来るもんだから味をしめてるんだよ。この前は王都の外にまで行きやがったから、仕方なく俺が迎えに行ったら、俺の顔を見た途端に一人で帰りやがったんだぞ!!」

「そ、その節は本当に…うちの弟が申し訳ありません…」

 私は愛想笑いを浮かべるしかない。スピネルは本当に災難だと思う。

 ミーティオの方はライオスを気にかけている様子なのだが、ライオスの方は未だに複雑な感情があるらしく、ミーティオが共にいるスピネルの事を避けようとする所があるのだ。

 

 

「困ったものだな。君も色々と忙しいというのに」

 殿下はビーフシチューを食べる手を止め、私を気遣う表情になった。

「俺も様子を見に行きたいが、どうもライオスにはすっかり嫌われてしまったようだからな…」

「それはまあ、そうなるわよねえ…」

「当然だな」

 カーネリア様とユークが私の方を見る。…も、物凄く居心地が悪い。

 

 ライオスとの契約が姉弟に変更された事で、私は他の人間との恋愛を避けるという呪いが解けた…らしい。

 先生によると、契約そのものよりも私自身の「いずれ契約を履行しなければいけない」という無意識下の強い思い込みによる影響が大きかったようだ。自分ではよく分からないのだが。

 まあそれは置いておいて、それからというもの、殿下の距離がやけに近い。

 カーネリア様も言っていたので私の気のせいではないと思う。別に表情はいつも通りなのだが、何かこう、近い。

 

 問題は私の方で、それを妙に意識してしまうのだ。以前は気にならなかった事でも気になって仕方ない。殿下に手を握られたり見つめられただけでも動悸がするし、クラスメイトたちはやたら温かい目で見てくるし。

 これはもしかしてアレというやつなのだろうか、でもそんなの恐れ多いし、殿下だって別に何も言わないし、やっぱり勘違いだったらどうしようとか、近頃忙しい事もあってその問題は棚上げされっぱなしである。

 ただ、ライオスが物凄く殿下を嫌い始めてしまってそれがとても困る。もはや顔を見ただけで威嚇するレベルだ。

 

 

「…ま、そこは殿下が頑張って何とかするしかねえな」

 スピネルが肩をすくめ、殿下が憮然とした顔になる。

「お前、面白がっているだろう」

「俺は別に?ただ、あんまりモタモタしてるとまた国王陛下に怒られるぞ」

「くっ…。わ、分かっている」

「え?陛下に怒られたんですか?殿下が?」

 陛下はいつも温厚だし、滅多なことでは怒ったりしないのだが。

 

「いや、君は気にしないでくれ」

 殿下は慌てたように首を振った。

「それより、君の事だ。ライオスの件はともかく、生徒会の手が足りない時はいつでも言ってくれ。俺だって生徒会の一員なんだ」

 

 武芸大会の準備期間は、出場者の生徒会活動は任意で良いという事になっている。

 殿下は優勝候補でもあるし、生徒会のメンバーは皆「殿下は大会に集中して下さい」と言っているのだが、それを少々気にしているようだ。

 私も一応出場者なのだが、魔術部門に出場するにあたって必要な準備など大してないので、普通に生徒会に顔を出している。

 

 

 でも、せっかくの申し出だし今日は殿下に甘えておこう。

「では、今日の放課後は生徒会室に寄っていただけますか?増設した観客席のチェックがあるらしいのですが、私は用事があって行けないので…」

「分かった。任せてくれ」

「用事?なんだよ?」

 スピネルがそう尋ねてきたのは、またライオスが何かやった時に呼び出されたくないからだろう。

 しかし、残念ながら今日だけはどうしようもない。私には行かなければならない所があるのだ。

 

「ようやく許可が降りたので。…放課後、()()に会いに行く予定なんです」

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