世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第197話 2年目の武芸大会

 今年の武芸大会も、概ね好天に恵まれた。

 活き活きと戦う出場者に、熱烈な応援を送る観客達。

 例年のことながら大勢の人が詰めかけ、大盛り上がりである。

 

 

 試合は昨年のようなトラブルに見舞われる事もなく、順調に消化された。

 魔術部門に出場した私もしっかり決勝進出だ。

 

 この部門の試合はポイント制だ。より難易度が高く、より派手な魔術を使った者が大きく有利になる。

 私はあまり派手な魔術は好きではないのだが、多重魔術が得意である。特に複数の属性を同時に使う3重魔術というのは、難易度の面において非常にポイントが高い。

 実用性は度外視し、なるべく見栄えの良さそうな魔術を組み合わせて使用する事で、どの試合も問題なく勝利できた。

 

 決勝戦の相手はユークレースだった。1年生、しかも飛び級入学だというのにさすがの天才ぶりである。

 昨年のタッグ部門優勝者である私への声援が多いが、「ユークレースくーん!!」とかいう黄色い声援も結構聞こえた。

 入学したばかりの頃は少々浮いている様子だったユークレースだが、意外とモテているらしい。

「筋肉女神ー!!ぜひ優勝をー!!!」

 …いや、エンスタットお前それ、もうやめてくれって言っただろ…。魔術に筋肉関係ないし…。

 

 

「…勝者、リナーリア・ジャローシス!!」

 しかし勝負に勝ったのは私だ。ユークレースは「ちくしょう!」と言って悔しがっている。

 

《両者とも実に素晴らしい魔術でした!だが、勝利を収めたのは氷の竜を使って炎のブレスを生み出してみせたリナーリア選手!!》

 これはもう本当に見た目だけの魔術と言って良い。3重魔術の中でも特に難易度の高い組み合わせだが、その割に大した威力はない。

 無理矢理に理由をつけるなら、舞い上がる冷気で視界を塞いだ相手に対し、あえて炎を飛ばす事で意表を突ける…という所だろうか。もっと他にいくらでも良いやり方があると思うが…。

 

《ユークレース選手の炎と風を操る巨人も見事でしたが、操作の精密さと発動の速さにおいてリナーリア選手のポイントが上回ったようですね》

 実況や解説の声が響く中、ユークレースが私を睨みつける。

「お前、結局4重魔術使わなかったじゃないか!超大型と戦った時のやつはどうしたんだ!!」

「あれ、物凄く疲れるんですよ。それに威力が高すぎて、ここで使うのはちょっと…」

 

 あの戦いで使った高圧水弾の魔術は攻撃範囲が狭い分、物理的な破壊力が恐ろしく高い。いくら丈夫な結界が張られていても、大会の闘技場で使うのは憚られる。

 弾の数を減らせば威力も下がるが、そうすると見栄えが悪いしな。何しろ見た目はただの水球と大差ないのだ。非常に地味である。

 

「くっそぉ…」

 不満たらたらの顔をするユークレースと苦笑いで握手を交わし、魔術部門は私の優勝で終了した。

 

 

 

 続いて、タッグ部門の決勝。

《熱戦を制して優勝したのは敏腕生徒会長トルトベイト・ブロイネルと、騎士課程3年首席サフロ・ランメルスベルグのタッグ!前評判通りの強さを見せつけました!》

 

 トルトベイト会長は優秀な魔術師だが、大会にはそれほど興味がなさそうだったので出場には少し驚いた。

 もうすぐ卒業だから実績と思い出作りだろうかと思うが、優勝したのだから大したものだ。

 パートナーは会長とはクラスメイトのサフロ。昨年の大会では兄のウルツと組み、殿下とスピネルのタッグ相手に戦った生徒だ。

 弟が念願の優勝を果たし、観客席で見ているだろうウルツもきっと喜んでいるに違いない。

 

 それにしても女子からの歓声が凄まじい。ほぼサフロへのものだ。兄ウルツは爽やか系の男前で女子にモテまくっていたが、サフロは兄をクールにした感じで、やはり女子人気が非常に高い。

 これは一緒に組んでる会長がちょっと可哀想だなと思っていたら、何かやたらニコニコしながら観客席にぶんぶん手を振っていた。

 あそこに座っているのは…ミメット?何か恥ずかしそうに小さくなっている。おやあ…?

 

 ちなみにカーネリア様とユークレースの組は、準決勝で会長とサフロ相手に敗退していた。

 なかなか良い勝負だったのだが、戦術面で敵わなかったのだ。カーネリア様は直情的なタイプだし、ユークレースは想定外の状況に弱いようで、裏をかかれてしまうと脆かった。

 試合を見る限り、会長もサフロも戦闘になると結構な曲者タイプのようだ。そういう所で気が合って組んだ二人なのかもしれない。

 

 

 

 そして最後に、騎士部門。

《決勝に進出したのは昨年の優勝者、我が国が誇る第一王子エスメラルド・ファイ・ヘリオドール!!数々の武勲はもはや語るまでもないでしょう!その静かなる剣は山の如し!この大会でもサフロ選手やヘルビン選手を相手にいくつもの名勝負を行いました!!》

 老若男女からの凄まじい声援と共に、殿下が闘技場の中央へと進み出る。

 殿下は相当に集中しているらしく、珍しく声援に応える事をしなかった。真剣そのものの表情でスピネルを見ている。

 

《対するは従者、スピネル・ブーランジェ!剣の名門ブーランジェ公爵家に生まれ、王子と共に幾多の戦いを乗り越え、天才剣士の呼び声も高い!本校きっての実力者です!!準決勝では昨年のタッグ部門優勝者スフェン選手を相手に、雪辱を果たしました!!》

 スピネルへの声援もまた凄まじい。女性比率が高く、観客席では彼の髪色に合わせたのだろう赤い旗を振っている女子生徒がたくさんいる。

 スピネルが軽く手を振ると、悲鳴のような歓声が上がった。これサフロより凄いな。

 

 

 お互いに礼をして、試合が始まる。

 まずは小手調べだろう、様子を見ながら軽く打ち合っているようだ。

 殿下の話では、近頃はスピネルに対し5本中2本は取れるようになったが、勝率ではやはり敵わないのだそうだ。

 しかし殿下はここ一番の勝負に強い。この大舞台でもいつも通り冷静に戦っている。十分にチャンスはあるはずだ。

 固唾を呑んで見守る。

 

《ここまで両者、全くの互角!落ち着いた攻防が続いています!どうやらお互いに隙を窺っているようだ!》

《スピネル選手は今までの試合とは打って変わって、じっくり攻める姿勢ですね。対してエスメラルド選手は、守りを重視した得意の戦法です》

 二人はお互いの手の内を知り尽くしている。その上であえて選んだ戦い方だ。

 我慢比べならきっと殿下に分があるはず。スピネルはどこかで勝負をかけに行くだろう。

 殿下はそれを待っているに違いない。

 

 

 …やがて、その時は来た。

 打ち下ろされた剣を受けると見せかけ、スピネルがふっと後ろに身体をずらした。その胸先を殿下の剣がかすめる。

「……!」

 攻撃を躱された殿下に生まれた、ごく僅かな隙。それをスピネルが見逃すはずがない。一気に攻めかかる。

 

《スピネル選手、次々に斬りつけ攻め立てる!息もつかせぬ連撃だ!!》

 防戦一方になり、殿下側がどんどん苦しくなっていくのが傍目にもよく分かる。

 必死に粘り続けているが、このままではまずい。

 冷静さを保っていた翠の瞳に焦りが浮かび、険しくなる。

 

 

「…殿下!!頑張って下さい…!!」

 声の限りに叫ぶ。

 今にも胴に届きそうになっていたスピネルの剣を、殿下は辛うじていなした。

 続いて殿下は賭けに出るかのように、前へと大きく一歩踏み込んだ。放たれる鋭く重い一撃。

 しかしスピネルはまたもやそれを紙一重で避けた。動きを読んでいたのだ。

 

 すかさず飛んできた反撃の刃を避けるため、殿下が膝をつきそうな程に腰を沈めた。

 そこに更なる追撃をしようと、スピネルが剣を構える。一方、殿下の腕は大きく振り切られ姿勢は低く沈んでいて、ここからすぐには構えを戻せない。

 今攻撃されたら、殿下は避ける事も受ける事もできないだろう。絶体絶命だ。

 

 思わず息が止まった瞬間、スピネルがいきなり前につんのめった。

「……!?」

 …殿下だ。身体を深く沈め腕を広げた不安定な姿勢から、足払いを繰り出していた。驚異的な体幹があってこそできる動き。

 完全に体勢を崩されたスピネルの背に、翻った殿下の剣が打ち付けられる。

 

 

「…そこまで!!勝者、エスメラルド・ファイ・ヘリオドール!!」

 わあああああっ!!!と地を揺るがすような大きな歓声が上がる。

《苦しい状況を打ち破り、エスメラルド選手が勝利…!!不利な体勢を逆手に取り、一気に逆転を成し遂げました!!2年連続の優勝です!!!》

「殿下…!殿下、おめでとうございます…!!」

 私も夢中で手を叩き、歓喜しながら飛び上がった。

 凄い。やった。殿下が優勝したのだ。あのスピネルに勝って、優勝した。

 

 万雷の拍手が降り注ぐ中、殿下がスピネルに手を差し伸べる。

「…いい勝負だった」

「ああ。やられちまった。…殿下の勝ちだ」

 そう言いながら手を取ったスピネルは、心底楽しかったと言わんばかりの満足げな笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 それから一旦休憩を挟み、闘技場の上を清掃してから、大会の表彰式が行われた。

 学院長から優勝トロフィーが手渡される。

 私は去年のタッグ部門に引き続き、2個めのトロフィーだ。部門が違うので少しデザインが違う。

「おめでとう!」という声と拍手が会場中から贈られ、私は頭を下げてから手を振った。

 あまり気が進まなかった魔術部門への出場だが、こうして称賛されるとやっぱり嬉しいな。

 

 会長など他の入賞者たちも、私と同じく観客に手を振っている。

 殿下も感無量という様子で観客に応えている。2年連続で優勝した事もだが、好敵手であるスピネルにこの大舞台で勝てたのがよほど嬉しいんだろうな。

 

「おめでとう、リナーリア」

 殿下に微笑みかけられ、私は笑顔を返した。

「ありがとうございます!殿下も、本当におめでとうございます…!」

「ああ。勝てたのは試合の最中、君の声が聞こえたからだと思う。…ありがとう」

「そ、そんな…」

 

 その時、視界の片隅にやたらとニヤニヤしているスピネルの姿が映り、私は表情を引き締めた。それから思いっきり満面の笑みを浮かべてみせる。

「スピネルも準優勝おめでとうございます!2年連続準優勝なんてすごいですね!!」

「嫌味かてめえ!?」

「え?そうですけど?」

 わざとトロフィーを見せつけてやる。スピネルは準優勝なので、もらったのは賞状だけだ。

 

 

「お前たちは、こんな所でもまた…」

 ドヤ顔をする私と悔しげに顔をひきつらせるスピネルに、殿下が苦笑する。

 そんな殿下を見て、スピネルは笑った。

「でも、悔しいが今回は本当に俺の負けだ。最後のあれは意表を突かれたな」

「スピネルの強さは俺が誰よりも一番よく知っている。それでも最後まで諦めたくなかった。だからチャンスが生まれたんだ」

 

「絶対優勝するって、めちゃくちゃ気合入れて毎日頑張ってたもんなあ、殿下。俺も国王陛下に恨まれたくねえし、これで良かったよ」

「陛下に?」

「おい、余計な事を言うな」

 少し慌てる殿下に、スピネルはにやりと笑う。

「…それに、お膳立てが無駄にならなくて済んだ」

 

 

 …その瞬間。

 ばさばさと、聞き覚えのある羽ばたきの音が空から聞こえた。


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