世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
「り、竜人…!?」
「竜人だ!竜人が来た!!」
観客席が大きくどよめき、空を見上げる。私もぽかんと口を開けて頭上の黒い翼を見上げた。
「ら、ライオス…?何故ここに?」
今年も私の家族は大会を観戦しているが、ライオスは目立つからと連れて来ていなかったはずだ。
彼は姿を隠せるから、どこかからこっそり見てるかもしれないとは思っていたが。
ライオスは私の目の前に降り立つと、観客席の方を振り返った。
『どうしてもと頼まれたから来た』
視線の先にあるのは貴賓席…国王陛下と王妃様の特別席だ。お二人は微笑みながらこちらに軽く手を振っている。
へ、陛下に頼まれて…?いつの間に!?
場内に拡声の魔導具を使ったアナウンスが響き渡る。
《えー、カルセドニー・フォウル・ヘリオドール国王陛下の主催により、これより竜人ライオス殿と大会優勝者達とのエキシビションマッチを行います!!》
観客席がわっと沸いた。
ライオスとエキシビションマッチ…つまり、親善試合をするという事だ。
思わず周りを見回すが、陛下と王妃様の他、学院長とスピネルだけは驚いた顔をしていない。
「…スピネル!!どういう事ですか!?」
「聞いたろ、国王陛下のたってのご要望だ。表彰式の後で試合できるように予め準備してたんだよ。でも決勝戦の日に竜人が来るなんて言ったら客が殺到して大混乱になるだろうから、今まで伏せてたんだよ」
そういえば、日程表の閉会式はやけに長く時間を取ってあった。挨拶にしてはずいぶん長いなとは思っていたのだが…。
「…え、ええええっ!?」
悲鳴のような驚きの声を上げたのはトルトベイト会長だ。
「た、戦うの!?竜人…竜人さんと!?」
そうだ、会長とサフロも優勝者なのだ。彼らもライオスと戦うのか。
実況の声がルール説明をする。
《エキシビションマッチは続けて2試合行います。ハンデのため特別ルールとして、ライオス殿1人に対し2人組で戦っていただきます。また、ライオス殿は武器の使用なし、飛行できるのは闘技場の結界内のみとなっております》
『案ずるな。手加減はしてやる』
ライオスが偉そうに腕を組み、スピネルがそれを補足する。
「流血防止の結界もあるしな。しかも王宮魔術師が補強に入る」
あ、本当だ。王宮魔術師が何人も会場に入ってきている。セナルモント先生もいる。これなら確かに、大暴れしても問題はなさそうだが…。
「でもそれは念の為だ。ライオスは魔術も素手での攻撃も、人間が使える程度の威力のやつしか使わない。練習だってさせておいたから大丈夫だ」
「練習?」
「ああ。俺とセナルモント相手に何回か戦った」
『どの程度の威力まで出して良いか、ちゃんと把握している』
ライオスもスピネルの言葉にうなずくが、本当にいつの間にそんな事を…。
というか、その組み合わせを基準にした練習で本当に大丈夫か?あのスピネルだぞ?先生だって戦闘はめったにやらないが王宮魔術師なんだぞ…?
《第1試合はタッグ部門優勝者のトルトベイト・ブロイネル、サフロ・ランメルスベルグ組に行っていただきます》
「…やるぞ、トルトベイト」
それまで唖然としていたサフロが表情を引き締めた。ライオスを睨んで不敵に笑う。
「さ、サフロ…」
「こんな機会二度とないぞ。あの子に良い所、見せたいんだろ?」
「…あーもう、分かったよ!」
会長がヤケクソのように叫ぶ。
《第2試合は騎士部門優勝者エスメラルド・ファイ・ヘリオドールと、魔術部門優勝者リナーリア・ジャローシス組》
私は隣の殿下を見上げた。
…殿下と組んで戦う?二人だけで?
殿下も驚いた表情だったが、真顔になって私を見つめ返した。
「頑張ろう、リナーリア。君になら安心して背中を任せられる」
「…は、はい!頑張ります!!」
そして、第1試合。
殿下やスピネル、他の入賞者達と共に選手用の観戦席から試合を見守る。
会長とサフロは魔術で動きを封じ込め、剣で直接攻撃をするという、ごくスタンダードな戦法を取ったようだ。
ライオスには翼があり、空に逃げられると剣で攻撃できなくなってしまうので、特に魔術師はそれを防ぐように魔術を撃たなくてはならない。…しかし。
「ちょっ…は、速すぎ…!!」
会長は必死に魔術を撃ち込むが、半分ほどしか当たっていない。その半分も、小さな光の盾に弾かれ防がれている。
それでも辛うじてライオスを地上に釘付けにはできているのだが、サフロが繰り出す剣はことごとく避けられるか、やはり光の盾に防がれている。
《剣と魔術での激しい連続攻撃!しかし対するライオス選手は余裕の表情!サフロ選手を翻弄しつつ、トルトベイト選手の魔術を完璧に防いでいます!》
《さすが竜人と言うべきでしょうね。2対1でも一切隙を見せません》
ライオスは宣言通りかなり手加減しているのだろう、会長やサフロが何とかぎりぎりで防御できる程度の威力でしか攻撃していないのだが、そのスピードと防御力がえげつない。
動きの速さが人間離れしているし、少しでも油断したら空に飛び上がって光弾を放ってくる。
手加減の一環なのか適当な所で降りて来るのだが、地上にいた所で剣も魔術も大して効かないし…これ、初見で相手をするのはまず無理だろ。ちょっと同情する。
「うあっ…!!」
サフロがライオスの蹴りをまともに受けて吹き飛んだ。すぐさま跳んだライオスが会長へと迫り、手刀を突きつける。
「…負けました…」
会長は天を仰ぐようにして両手を挙げた。
「勝者、ライオス!!」
審判が片手を上げて宣言する。
《いやあ、凄い動きでした!!やはり竜人の力は伊達ではない!その身体能力を活かし、2人を相手に有利を保ったまま勝利しました…!!》
それでも、サフロと会長は結構粘ったしよく頑張ったと思う。さすがタッグ部門優勝者だけある。
『お前たちも、まあまあよくやった。人間にしては強い方だ』
ライオスに褒められ、起き上がったサフロと会長は一瞬顔を見合わせ、それから笑い合った。
「ありがとう、ライオスさん…!」
「とても良い勉強になりました!」
うーむ、ちゃんと対戦相手を褒めるなんて、ライオスも成長したなあ…。
多分そうするようにスピネルと先生に事前に言われていたんだろうけど、彼は正直なので心にもない事を言ったりはしないはずだ。
観客席からも温かい拍手が送られる。
手を振る会長の視線を追いかけると、ミメットがそっぽを向きながらも小さく拍手をしていた。
…そして、いよいよ殿下と私の番である。
殿下とは何度も一緒に戦ってきたが、二人だけというのは模擬試合を除けば初めてだ。
しかもぶっつけ本番。魔術部門の決勝戦よりもはるかに緊張する。
なんとか落ち着こうと深呼吸をする私の手を取り、殿下が微笑んだ。
「大丈夫だ。これは試合なんだし、そんなに緊張することはない。楽しんで戦えば良い」
「そ、そうですね…」
これは命をかけた戦いではない。殿下の背中を守ると言っても、今までとは違うのだ。もっと気楽に戦っていい。
「…だが」と殿下は言葉を続け、私の手を強く握りしめる。
「俺は相手がライオスでも、負けるつもりは絶対にない。君が後ろにいるのなら尚更だ」
その目は、自信とやる気に満ち溢れている。
「勝とう、リナーリア!」
「はい!殿下!!」