世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第199話 エキシビションマッチ(後)

 試合が始まった。

 私の役割は決まっている。殿下の剣が届くよう、ライオスを地上に縫い留め続けること。

 さっきの試合がだいぶ参考になった。ライオスはあまり駆け引きを好まず、素直で分かりやすい動きをする。あれだけの力があるのだから、小細工など必要ないのだろう。

 そして、死角からの攻撃が嫌いだ。後ろからの攻撃にはやや大きめに動いて対処する癖がある。それを利用すれば動きを誘導しやすい。

 

 だから私はいつもの水球を大量に呼び出し、殿下が攻撃すると同時に四方八方からライオスに襲いかからせた。

《エスメラルド・リナーリア組の連続攻撃!息の合った連携でライオス選手の翼を封じ込めています!》

《リナーリア選手、さすがの球数ですね。ライオス選手もこれはやりにくそうです》

《エスメラルド選手はいつも通り、堅実で冷静な戦い方でじっくりと攻めています!しかしリナーリア選手の援護があるとは言え、ライオス選手のあの素早い動きに対応できているのはさすがの一言!》

 

 水球は休みなく飛び交ってはライオスに纏わりついている。

 膝をにぶつけて来たかと思えば次は顔を狙ってくる。撃墜しようとすればすっと遠ざかって背後に回る。

 ダメージはほぼ無いのだが、当たれば痛いし一瞬動きを止められてしまう。集中力だって削がれるから無視はできない。

 このようなひたすら妨害するだけの攻撃には慣れていないようで、ライオスはほとんど反撃する事なく殿下と私からの攻撃を捌き続けている。

 

 

 何しろ私はこの手の撹乱と牽制が最も得意だ。本来なら多数の魔獣相手に使う数を1人に向かわせているのだから尚更である。

 ライオスがどれだけ速かろうと、そうそう反撃の隙など与えはしない。常に先回りをし、次の動きを封じる場所を狙って水球を操る。

 

 

 しばしそのような攻防が続いた所で、ライオスは痺れを切らしたらしい。

『ええい、鬱陶しい…!』

 腕を振り、周囲に炎を撒き散らす。

 咄嗟に殿下へ水の盾を展開した。その代償に、近くの水球がいっぺんに蒸発する。

 思わずひやりとしたが、何とか防御が間に合った。これだけ攻められながらでも、こんな威力の炎を放てるのか。しかも一瞬で。さすがだと内心で舌を巻く。

 

 ライオスはそのまま翼をはばたかせ飛び上がろうとしたが、私の水球が翼に当たって動きが止まり、舌打ちをした。

『チッ…!』

 水球は大量にあり、周辺に広く散らしてあるのだ。いくつか蒸発させられた所で、すぐにまた別の水球を飛ばせる。

「はっ…!」

 そこに殿下が追撃をする。やはり光の盾に阻まれライオス本体に届かないが、空中へ逃げ出す事は阻止できた。

 

 空へ飛ばれてしまっては、再び地上に引きずり下ろすまでライオスからの攻撃に一方的に耐えなくてはならなくなる。それだけは避けたい。

 殿下はダメージは与えられずとも、的確にライオスを抑え込み続けている。相手をよく見て対処するのが得意な殿下だからこそできる戦い方だ。

 

 

「殿下ー!!リナーリア様ー!!頑張ってー!!」

 カーネリア様の声援が聞こえる。クラスメイト達もだ。ペタラ様やニッケル、クリード、みんな。

 それにアーゲンやヴァレリー様、ミメット達も。

 

「リナーリア君!!」

 スフェン先輩が拳を振り上げている。シリンダ様にエレクトラム様もいる。

 フランクリンとオリーブ様、ウルツとイネスの姿も見つけた。

 

 

 水球を操り牽制をしながら、ライオスの攻撃を受け止め、撃ち落とす。

 その隙に殿下が翼を、足元を狙って剣を振るう。

 

 …楽しい。とても楽しい。

 去年、タッグ部門創設の話が持ち上がってから。…いや、前世からずっと。

 私はこうして殿下と組んで戦ってみたかった。

 殿下が敵に立ち向かい、私は殿下を背後から守る。そういう役割分担だと言ったのは、まだ幼かった殿下だ。

 あの頃の私は、その期待に応えたくて己の魔術を磨いていた。

 

 

「やれー!!」

 選手用の観戦席から応援してくれているのはスピネルとユークレースだ。それに会長やサフロも。

 闘技場の結界を維持しているセナルモント先生も、声こそ出していないもののしっかりとこちらを見守っている。

 

「みんな、頑張ってー!!」

 あそこで叫んでいるのはお母様だ。きっと私とライオスどっちを応援していいのか分からないんだろう。

 もちろんお父様やお兄様、お義姉様達もいる。コーネルとヴォルツ、スミソニアンまで。

 たくさんの人たちが手に汗を握り、熱狂しながら私達の試合に見入っている。

 

 

 

 殿下が剣を振りかぶった瞬間に合わせ、水球を膜のように広げてライオスの視界を塞いだ。

 ライオスが剣を受け止めながら水球を消し飛ばす。続けて私に向けて放った光弾を、殿下が弾いた。

 

 …まるで心が通じ合っているかのようだ。

 何も言わなくても、殿下が次にどう動くのか手に取るように分かる。

 殿下もきっとそうだ。私がどう動くか分かった上で動いている。

 

 楽しい。

 この時間がずっと続けば良いのにと、そんな事すら頭をよぎる。

 

 

「…リナーリア!!」

 突然、殿下が私の名を呼んだ。

()()をやれ!俺が時間を稼ぐ!!」

 

 何の事なのかすぐに分かった。だが、しかし。

「大丈夫だ!何とかなる!…観客は皆、あれを期待している!!」

 その楽しそうな顔を見て、私はすぐさま決断した。

 

 

「はああっ!!」

 殿下がライオスへ激しい攻撃を仕掛ける。

 息継ぎもせず、後先考えない勢いでの連撃だ。あのライオスですら防戦に回るほどの速度。

 

『…大気に潜みし水よ、集いて球を成せ!』

 両手で構成を広げ、水球を追加で召喚する。全部で32個。

 

『内包し、圧縮し、回転し、力を溜めよ!』

 水球に細かな砂を混ぜ込み、高圧をかけ、回転させる。その全てを一つに集め、さらに圧力をかける。

 巨大な水の弾丸が目の前に生まれた。

 

『発射…!!!!』

 最大の速度で撃ち出されたそれは、絶妙のタイミングでさっと左に避けた殿下の脇をかすめ、ライオスへと向かう。

 

 

 両手をかざして光の盾で受け止めたライオスが、今日初めて唸り声を上げた。

『ぐうぅっ…!!』

 ギイイイン!と金属を激しく擦り合わせるかのような大きな音が鳴り響く。高速回転する巨大な水弾が、光の盾を削っているのだ。

 その音の変化に耳を澄ませる。

 …ここだ!

「殿下!!今です!!!!」

 

 ライオスが水弾を遠く上空へと弾き飛ばした瞬間、電光石火で繰り出された殿下の剣が、その喉元へと突きつけられた。

 

 

 

 

「…勝者、エスメラルド・リナーリア組…!!」

 うおおおおぉっ!!と、どよめき混じりの歓声が湧き上がった。

 

「殿下…!!」

 私は感激のあまり殿下に駆け寄った。

「リナーリア!!」

 殿下が両腕を開いて抱きとめてくれる。

「私達の勝ちです、殿下…!!」

「ああ、やったぞ、リナーリア…!!」

 殿下も私も激しく息切れをしている。苦しい。それでも構わず、腕に大きく力を込めて殿下の身体を抱きしめた。

 

 

《何という結末…!!難攻不落かと思われた竜人ライオス選手相手に、エスメラルド選手とリナーリア選手が勝利しました…!!》

 きらきらと輝く魔力の破片が闘技場の上に降り注ぐ。

 結界の上空部分は横に比べると薄くなっているものだから、ライオスが弾いた私の水弾がそれを破ってしまったのだ。

 王宮魔術師の一人が「なんて威力だ…」と呟いている。

 

《リナーリア選手が撃ったのは、かの超大型魔獣の目を撃ち抜いたという4重魔術でしょう…!!その凄まじい威力すらライオス選手は防ぎましたが、そこに生まれた隙を見逃さずエスメラルド選手が剣を突きつけた!!まさに完璧なタイミングの連携でした!!》

「リナーリア、君はやっぱり凄い!」

「殿下こそお見事でした…!!」

 殿下と二人で力を合わせて勝てた。あのライオスに。殿下も珍しく満面の笑顔だ。よほど嬉しいんだろう。

 

 

 …だが、抱き合ったまま喜ぶ私たちを見るライオスは、めちゃくちゃ不機嫌そうな顔になっていた。

「あっ…」

 慌てて殿下から身体を離す。

「えっ、あっと、ら、ライオスも凄かったです。本当、凄い強かったです」

「う、うむ、手強かった。勝てたのは時の運もある、うん」

『……』

 うわあ…不機嫌なんてもんじゃない。完全にむくれてる。こんな表情豊かなライオス初めて見た…悪い意味でだけど…。

 

 それでも殿下は、ライオスに向かって片手を差し出した。

「…ライオス、俺はとても楽しかった。リナーリアと共に、君を相手に全力で戦えて本当に良かった。素晴らしい時間をありがとう」

「私もです!本当に、凄く楽しかった。ライオスが来てくれたおかげです。ありがとうございました!」

 私も笑顔で感謝し、片手を差し出す。

 

 ライオスはそれで少し機嫌を直したようだ。

『…どういたしまして』

 そう答えて、私の手を握った。続いて殿下の手も、渋々といった様子で握る。

 握手をしながら殿下はライオスに話しかけた。

「今回はリナーリアの力を借りたが、いつか俺の力だけで君に勝ちたい。また戦ってくれないか?」

『……』

 ライオスが片眉を上げる。

 

「貴方は戦いは好きではないと思いますが、このような試合ならたまには良いと思いませんか。私も、また貴方と戦いたいです」

 私も微笑んでそう言ったのだが、ライオスは何故か私を見て顔をしかめた。

『…試合は構わんが、そなたとはもう戦いたくない。そなたの戦い方は、いやらしい』

「えぇえ…!?」

 

 

 

 そこに、ぱちぱちぱち…と拍手の音が響いた。

「まさか本当に勝っちまうとはな。二人がかりではあるが、これで堂々と胸を張って言えるだろ」

 そう言いながら闘技場へと登ってきたのはスピネルだ。後ろにはなんと国王陛下がいる。あ、そうか、陛下が主催なんだった。

 

「エスメラルド、リナーリア。勝利おめでとう」

「はい…!」

「ありがとうございます」

 陛下からの優しいお言葉に、殿下と二人で畏まる。

 

「トルトベイト、サフロも。良い試合であった」

 観戦席で会長とサフロが大きく頭を下げる。さらに陛下は、ライオスの方を振り返った。

「ライオス殿。我が要請に応え、ここに来て戦ってくれた事を感謝する。本当にありがとう。ライオス殿にとっては不自由な戦いだったろうが、その力の片鱗だけでもこの目にでき、感服した」

『…ああ』

 

《皆さん!!選手達それぞれの健闘を称え、大きな拍手を…!!》

 観客席から惜しみない拍手が沸き起こる。

 私達は手を振り、笑顔でそれに応えた。

 

 

 

 更に国王陛下は、殿下の方を見て手招きをした。

「エスメラルド」

「?はい」

 きょとんとしながらも陛下に近寄った殿下は、耳元で何かを囁かれ顔色を変えた。

 

「…ち、父上!それは、しかし」

「どうせ優勝したらそうするつもりだったんだろう?」

「ですが、ここでというのは、さすがに…」

「良いじゃないか。いずれ国中に知られる事だ」

「で、でも」

「これ以上私を待たせるつもりか?」

 

 陛下がにっこりと笑い、殿下はぐっと言葉に詰まったようだった。

 拳を握りしめ、それから私の方を振り返る。何だか少し顔が赤い。

 

 

 殿下は私の正面に立つと、真剣な顔で私を見つめた。

「…リナーリア!!」

「はい!?」

 殿下にしてはずいぶん大声だったので、私はちょっとびっくりしてしまった。

 思わず姿勢を正した私を見て、殿下がごほんと咳払いをする。

 

「…君はずっと、俺を支えてくれた。俺を助けようと努力し、力を尽くしてくれた。…君には本当に感謝している。ただ君に救われたというだけじゃない。俺がどれだけ君に勇気をもらい、背中を押してもらってきたか、それを言葉にするのはとても難しい」

「で、殿下?」

 突然感謝の言葉を述べられて戸惑う。だが、殿下の目はあくまで真剣だ。

 

「君にはこれからも俺を支えて欲しい。俺もまた、君の事を支えたい。…俺が抱いているこの思いを全て伝えるには、きっと気が遠くなるくらいの時間が必要だと思う。それでも君には聞いて欲しいんだ。これからもずっと俺の隣にいて、俺の思いを受け取って欲しい」

 そして殿下は私の手を取り、その場に跪いた。

 

「…リナーリア、君を愛している。どうか、俺と結婚してくれないか」

 

 

 

「……っ…」

 はわ、とか、へあ、とか、おかしな声が漏れそうになるのを必死で飲み込む。

 い、今、殿下、結婚、けっこんって。…けっこん!????

 

 頭が、目がぐるぐる回る。顔中が熱くなるのが分かる。

 待って欲しい。心の準備が出来てない。

 跪いた殿下が私を見上げている。きらきらと澄んだ翠の瞳が。

 私の手を取りながら、私の瞳をじっと見つめている。

 

 激しく混乱したその時、お母様ののんびり声が頭の中に聞こえた。

 …大丈夫、そういう時は、思った事を口にすればいいのよ~。

 

 

「……はい、よ、喜んで…」

 

 気が付いた時にはそう口走っていて、今日一番の歓声が会場を揺るがした。




役割分担の話は挿話・3の会話からの回収です。
次回、エピローグになります。どうぞよろしくお願いします。

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