世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
今日は学院の食堂で、カーネリア様を中心とした仲の良い令嬢たち…いわゆる女子会メンバーでのランチだ。
メンバーはその都度微妙に変わるのだが、今日は珍しくミメットとレヴィナ嬢、スフェン先輩も参加している。
「あの、ヴァレリー様、先日は有難うございました。お陰様で何とか間に合いそうです」
「そうなんですね!良かったです!」
ヴァレリー様は私ににっこりと笑い返した。隣でカーネリア様が首を傾げる。
「何?何の話?」
「ドレスの話です。大急ぎで仕立てなくてはいけないのですが、この時期はどこの仕立て屋も忙しくて注文ができなくて…。それで、ヴァレリー様に懇意の仕立て屋をご紹介いただいたんです」
「ああ、卒業式のダンスパーティーの?」
「いえ、そちらではなく…」
私は恥ずかしくて、うつむきながら小声で行った。
「その、私の…婚約発表パーティーの…です…」
…貴族の中でも、王子だとか嫡男だとかそれなりの地位にある者が結婚する際には、色々とやる事がある。
まず両家の間での挨拶。決められた作法があったり家格に合った土産が必要だったりする。
次に婚約発表パーティーについての相談。両家で話し合い、パーティーの規模や日取り、招待客などを決める。
これは当然、大きい家になればなるほど豪華で招待客も多いものになる。見栄を張りすぎて借金を抱える貴族というのもたまにいる。
大体の内容が決まった時点で、注文できるものはしておく。
例えば、会場を飾る花や当日提供する料理の食材などだ。芸人や楽団などを呼びたい場合も、ちゃんと手配しておく。
この手のパーティーは貴族が王都に集まっている社交シーズンに集中するので、うっかりすると数が足りなくなったり用意できなかったりするのだ。注文は早いに越した事はない。
特に大事なのが、パーティーの時に主役の男女が着る礼服やドレスだ。
このような慶事の際、高位貴族ならば真新しいものを身に着けるのが常識となっている。
仕立て屋にデザインを依頼し、好みに合わせて相談、それから製作。普段よりも豪華なものだし、完成までにはかなり時間がかかるので、余裕を持って注文しておかなければならない。
そのような諸々の手配の目処がついてから初めて、招待状を作りあちこちに送るというのが一般的な流れなのだが…私の場合、そうもいかなかった。
何しろ武芸大会の会場、大勢の人間が集まっている中でプロポーズを受けてしまったので、私と殿下の婚約の事はもう王都の誰もが知っている。
既に皆がお祝いムードになっていて、「婚約発表パーティーはゆっくり準備をして来年にでも」という訳にはとてもいかなかったのだ。
今年の社交シーズンが終わる前に何とかパーティーを行わなくてはいけない。
なので今、王宮はその件でてんやわんやである。未来の王の婚約発表パーティーなのだから、とにかく盛大に、華々しく絢爛に行わなければならない。
どうやら国王陛下はそこまで考えずに殿下を唆したらしく、私や両親に大変申し訳ないと謝っておられた。スピネルが言うには、王妃様にこっぴどく叱られてしまったらしい。
まあそんな訳で、3ヶ月後には婚約発表パーティーをやる予定ですと聞かされた私と両親は真っ青になっていた。
第一王子の婚約者ともなれば、パーティーでは上品で豪奢で洗練された…有り体に言えば、物凄く高いドレスを着なければならない。
問題は値段ではなく納期だ。そういうのは当然手間暇をかけて作られるものなので、ちょっと入用なので数ヶ月で納品してくれませんか?なんてのは無理な話だ。しかも繁忙期にである。
生地やデザインにこだわらなければ引き受けてくれる店もあるのだろうが、そんなもの着る訳にはいかない。
しかし王家に頼る訳にもいかなかった。
なぜなら、私の花嫁衣装は国王陛下が用意して下さる事になったからだ。あのエキシビジョンマッチの賞品なのだそうである。
式の際に身に着ける宝石類は殿下が贈って下さるし、婚約発表パーティーのドレスくらい我が家で用意しなければ面目が立たない。未来の王妃を送り出す家として恥ずかしくないドレスを用意する必要がある。
困り果てた私と両親は権力に頼ることにした。つまり、ブロシャン公爵家である。
初めはカーネリア様を頼ろうかとも思ったのだが、ブーランジェ家はスピネルが従者をやっていて王家に近い。今回は少々頼みにくい。
そして、以前振ってしまったアーゲンのパイロープ家に頼むほど私は無神経ではない。あいつもアラゴナ様と婚約したしもう気にしてないと思うが。
ブロシャン家とは魔術師系貴族同士だし、巨亀事件の際に縁ができた。私はここの兄弟とは仲良くしているし、ヴァレリー様はファッションに詳しくあちこちの仕立て屋に顔が利く。
何とかなりませんかと泣きついた所、快く馴染みの仕立て屋を紹介してくれたのである。腕前は公爵家のお墨付きだ。
幾度かやり取りをし、納得の行くような素晴らしいドレスを注文できた…らしい。私は今回も周囲に任せっきりである。
仕方ないだろ!口を出しても採用してもらえないんだから!
そんな事を思い出しながら、ヴァレリー様に「本当に助かりました」と頭を下げる。
「ヴァレリー様は最初に仕立て屋を呼んだ時にわざわざ同席して下さって。デザインのアドバイスもしていただいたんです」
「お安い御用です。それに、未来の王妃様と伝手を作れたと仕立て屋も喜んでいましたから」
「ええっ!?ずるい!その席に私も呼んで欲しかったわ!!」
カーネリア様が声を上げ、ヴァレリー様がうふふと笑う。
「どんなドレスなのか、とても気になりますわ」
ペタラ様がおっとりと微笑みながら言う。
「えっと…概ね、ヴァレリー様が提案してくださった通りの形になったんですが…」
「あっ、やっぱりそうしたんですね。…詳しくは内緒ですけど、結構大胆なんですよ!」
「まあ…!!」
きゃあきゃあと声が上がり、スフェン先輩がニヤッと笑って私を見た。
「リナーリア君の新たな一面を見られそうだね。とても楽しみだな」
うう、ハードルが上がっていく…いや、ドレスは絶対素晴らしい出来になるはずなんだけど、着る私が…。
私は胸やら腰やらのボリュームが乏しいし、あまり色っぽいドレスというものには縁がなかったのだが、「婚約発表なんですから少し大人っぽく大胆なのにしましょう!」というヴァレリー様の意見に母やコーネルなども賛成したのである。
その結果、肩や背中が大きく開いたかなり大胆なドレスに決まってしまった。
一応ストールを合わせる予定だが、そのストールも透ける生地のものだし、前世の私なら直視できなかったんじゃないかっていうデザインだ。あんなの本当に似合うんだろうか…ううう…。
殿下はなんて言うだろう。びっくりしないかなあ。想像しただけで緊張してしまう。
「実は私も、卒業パーティーのドレスは少し大胆なものにしたんですよ」
「え!ペタラ様も?」
彼女はいつも控えめでおとなしい印象なのでちょっと意外だ。
「ストレング様に驚いて欲しくて…」
その照れた表情を見て、皆が微笑ましげな顔になる。
「私ももっと色っぽいのにすれば良かったかしら…」
「カーネリア様はいつも通りで良いと思いますよ?あんまり大人っぽくすると、あの子腰が引けちゃうかも知れませんし」
ヴァレリー様が顎に人差し指を当てながら言う。
そう言えばカーネリア様はユークと踊る約束をしたって言ってたっけ。
ユークレースもこの一年でだいぶ背が伸びて大人びたけれど、あのくらいの年頃は年上の女性に対しあれこれ意識するものだからなあ。カーネリア様は不満げだが、あまり色っぽいのは目の毒かもしれない。
更にヴァレリー様は、にっこり笑って両手のひらを合わせてこう言った。
「そう言えば、ミメット様もとても素敵なドレスを作られたと聞きました!」
「えっ」
私はびっくりして振り返ってしまった。
こういう皆でのランチにも時折参加してくれるようになったミメットだが、基本的にあまり喋らない。今日もずっと無言で人の話を聞いていたのだが、突然話しかけられて驚いたように顔を上げた。
「…そ、れは」
「よくぞ聞いて下さいました!!」
思い切り言葉に詰まったミメットを制し、満面の笑顔を浮かべて話し出したのは隣のレヴィナ嬢だ。
「今回の卒業パーティーに合わせ、ミメット様の兄君のコーリンガ公爵様が、あの人気デザイナーのクリソコラス氏にドレスを発注したんですよ!ちなみにミメット様は興味ないと仰ったので、私が全面的に口を出させていただきました。濃紫地に赤の差し色を入れた本当に素敵なドレスとなっております!」
「まあ…」
赤の差し色が入ったドレスなど、前世では全く身に着けていた覚えがない。いつも黒ばかりだったミメットにしてはずいぶん大胆だ。
「それはいかにもミメット君に似合いそうだね!」
「そうね、すっごく楽しみだわ!」
皆に盛り上がられ、ミメットが恥ずかしそうに赤面する。
「…わ、私は別に着たくないのだけど、お兄様がせっかく作ったのだし、勿体ないから着るだけなの…」
「ダンスのお相手はやっぱり、トルトベイト様?」
「ええ!!もちろん!!」
「レヴィナ!!勝手に答えないで!!!」
にまにまと笑ったカーネリア様に答えたのは、またもやレヴィナ嬢である。ミメットは赤くなったままぷいっと横を向いた。
うーむ、もしかしてとは思っていたが、やっぱりそうだったのか…。
「…それは賭けに負けたからで、仕方ないの!!」
相変わらずミメットの言う事を大して聞かないレヴィナ嬢が説明してくれたのだが、何でもミメットは「もしも武芸大会で優勝したら卒業パーティーで踊ってもいい」とトルトベイト会長と約束していたらしい。
どうせできないだろうと高をくくっていたっぽいが、会長は見事タッグ部門で優勝を成し遂げてきたという訳だ。
会長が武芸大会にエントリーした理由がやっと分かった。今まで婚約者を決めていなかった理由もだ。
私は思わずにっこりとしてしまう。
「良いと思いますよ。会長はちょっとせっかちですが、周りの人の事をよく見ている方です。ミメット様にはぴったりかと」
「そうですねえ。トルトベイト様は誠実そうな方ですし…それに、ブロイネル家は魔術師系貴族の中でも特に穏健派ですから、ご家族に反対される事もないでしょうし。良縁だと思います」
ヴァレリー様もうなずく。彼女らしい現実的な意見だ。
「別にそんなんじゃないの!!」とミメットは怒っているが、実際良縁だと思う。
ミメットは前より大分ましになったとは言えやっぱり人見知りで口下手だし、彼女の父の時代に起きたいざこざのせいで親しい貴族家が少ない。
その点トルトベイトは人当たりが良いし、生徒会長として積み上げた実績と培った人脈があるからかなり顔が広い。ミメットの苦手な部分をしっかり支えてくれるだろう。
そして彼の少しせっかちでおっちょこちょいな所は、意外に堅実でコツコツやるのが得意なミメットならば補うことができる。
…まだそうと決まった訳ではないが、トルトベイトになら彼女を任せられる。
前世で彼女を幸せにできなかった事は私の中でずっと引っかかっていたので、これで少しは安心だ。
彼の方が、前世の私などよりよっぽどお似合いだと思う。
いつかウェディングドレス姿のミメットを祝福する日を夢見て、私は微笑んだ。
「…とても素敵な卒業パーティーになりますよ!きっと!」
「…なあ、スピネル。大胆なドレスとは…一体どんなものだと思う…?」
「いや、俺に訊かれても分かんねえよ」
「だが、しかし、大胆なドレスを着たリナーリアというのは…」
「だから俺に訊くなって。当日を楽しみにしとけばいいだろ」
「それでは心の準備ができないだろうが!!」
「知るか!!そんなもん!!!」