世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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婚約発表パーティー

「わあ…!リナーリア、とっても素敵よ!!」

 控室の中、お母様が嬉しそうに歓声を上げた。

「ええ、お嬢様、すごくよくお似合いです」

「本当にお美しいです!」

 コーネルやメイド達も口々に褒めてくれ、私は照れながら鏡の中の自分を見つめた。

 

 両肩が露出した鮮やかなブルーのドレス。

 私の瞳の色に合わせて選ばれたその生地には、よく見ると同じ青色の糸でびっしりと細かな刺繍が施されている。

 これは光の当たる角度によって色を変える糸で、一見するとただの青いドレスなのに、動くたびに美しい刺繍が模様となって浮かび上がるという仕掛けなのだ。とても凝っている。

 スカートの裾はゆったりと広がっているのだが、片側には太もも近くまで大きなスリットが入っていて、フリルが何層にも重なっている。一枚一枚は下が透けてしまうほどの薄布だが、上に行くほどたくさん重ねてあるので膝から上は全く見えない。

 

「本当に素敵なドレスですね…。ヴァレリー様には感謝しなければ…」

 スカートの裾を持ち上げながら呟く。両親は値段を教えてくれなかったけど、これ凄い高かっただろうなあ…。

 頼んだ時はかなり大胆なデザインだと思ったが、いざ着てみると思っていた程恥ずかしくはなくて少しホッとした。

 背中はほぼ丸出しで腰の近くまで大きく開いているんだが、こうして正面から見る限りは普通のドレスだからな。

 

 

「ドレスもですが、お嬢様ご自身もとても美しくていらっしゃいます!」

「そうねえ、王子殿下もきっと見とれてしまうに違いないわ」

「そ、そうでしょうか…」

 メイドがとっても力を入れて化粧をしてくれた私の肌は、何だかきらきらと光っている。王都でも人気の最新の白粉なのだそうだ。

 髪も丁寧に結い上げられたくさんの宝石を散りばめられていて、とにかく眩しい。まるで私によく似た別人を見ているかのような気持ちになる。

 

「あの、本当に似合ってますか…?派手すぎませんか?」

「何をおっしゃるんですか!このドレスがこれほど似合う方はこの国にいらっしゃいません!」

「そうです、それにお嬢様は、本日の主役なのですから。誰よりも美しく輝いているのは、当然の事ですよ」

 それはその通りだ。王子の婚約発表パーティーなのに、肝心の婚約者が地味な姿ではお話にならない。

 誰もが納得するほどに美しく、上品で、優雅で端麗でなければ。

 

 

 …しかし、そう思えば思うほどめちゃくちゃに緊張してきた。

 私が?この私が?並み居る貴族たちが納得するような、そんな完璧な婚約者たる姿を見せる?

 本当に今更だが、そんなの無理では…?

 これまで私なりにちゃんと貴族令嬢っぽくしようと努力してきたつもりだが、せいぜい表面を繕う程度のもので…いや繕えていたかどうかも怪しい。

 得意なことは魔術と勉強です。特に戦闘での魔術支援には自信と実績があります。

 いやダメだろ!!それじゃダメだろ!!

 

 ど、どうしよう。なんか本当にダメな気がしてきた。私が殿下と婚約だなんて。

 いや、今から取りやめる事なんてできないんだろうけど、でも殿下にもご迷惑をかけてしまうのでは?お父様やお母様たちにも恥をかかせてしまうのでは?

「あらあ…すっかりガチガチになっちゃってるわねえ…」

 お母様が呟く声が聞こえたが、頭に入ってこない。

 

 胃の辺りがぎゅうっと苦しくなる。手のひらに冷たい汗が滲んでいる。

 だめだ、しっかりしないと。ちゃんと笑顔で招待客に挨拶をするのだ。

 挨拶…あれ、え、どうするんだっけ?まず入場して、それから殿下が挨拶、あ、いや、国王陛下だったっけ?私は何をするんだっけ?

 必死で段取りを思い出そうとした時、コンコンとノックの音が聞こえた。

 

「お嬢様。エスメラルド殿下がお見えです」

「えっ!??」

 私はビクッとして振り返った。もうパーティーが始まる時間か!?と思ったけれど、時計はまだ30分も前を指している。

「…はい、支度はほぼ済んでおりますので、どうぞ中へ」

「私たちは少し席を外しているわね」

 お母様はにっこりと笑い、コーネルやメイド達と共に控室から出ていった。

 

 

 

 そうして残されたのは、礼服姿の殿下と私である。

 細かく美しい刺繍の施された、すらりとしたテールコート。殿下、すごく立派でかっこいいな…。

 いや殿下はいつでも立派だしかっこいいんだけど、今日は特に、何というか、すごい。輝いているようにすら見える。

「殿下、とても素敵です」

「ありがとう。リナーリアも、…とても美しい」

 

 殿下は私を見て感心しつつ、どこか拍子抜けしたような顔をしていた。

 …や、やっぱり、あんまり似合ってないのかな…。

 思わずうつむいた私の耳に、殿下の心配そうな声が聞こえる。

「どうした、リナーリア。緊張しているのか?」

「…はい、あの、すみません…」

 

「どうして謝るんだ?」

「いえ、あの、殿下に申し訳なくて…」

「何がだ?」

「う、上手く振る舞える気がしません。私などが本当に、良いんでしょうか…あっ、いえ、決して殿下のご判断が間違っていたと思っている訳ではないのですが、その」

「……」

 

 

 きつく握りしめた私の両手を、大きな手が包み込んだ。

「大丈夫だ、リナーリア。俺がついている」

 顔を上げると、思っていたよりずっと近くに翠の瞳があった。

「君は誰よりも素晴らしい女性だ。その事を俺はよく知っている。君は間違いなく、未来の国母たるにふさわしい人だ」

 

 でも、殿下に恥をかかせてしまうかもしれない。そう思った私の心を読んだかのように、殿下はゆっくりと諭すように言う。

「上手く振る舞えなくても構わないんだ。誰だって緊張したり失敗したりする。そういう時は、俺がきちんとフォローする。…夫婦とは、そういうものだろう?」

「で、殿下…」

 

「いや、まだ結婚した訳ではないんだが。…だから、その、安心して欲しい」

 少し照れたように言う殿下に、じわじわと胸に温かいものが広がる。

「ありがとうございます…!」

 思わず笑顔になった私に、殿下もまた微笑んだ。

「俺はいつも君に助けられてきた。だから、君が困った時はいつでも俺を頼ってくれ」

「はい!」

 

 …私の隣には殿下がいて下さるのだ。

 殿下と並び立つにふさわしい人間である自信などまだ持てないが、殿下はそんな私を信じ、選んで下さった。

 そのお気持ちに応えるためにも、せめて精一杯堂々と振る舞わなければ。

 

 

 

「…君はやっぱり、笑顔の時が一番美しい」

 嬉しそうに目を細められ、自分が恥ずかしくなる。

 そうだ、着る者が暗い表情をしていたら、どんな美しいドレスだって台無しだ。そんな単純な事さえ忘れていた。

 

「そうですね、このドレスの美しさに恥じないような振る舞いを心がけます!」

 力を込めてそう言うと、殿下は少し首を傾げた。

「何を言うんだ。もちろんドレスも素晴らしいが、それより君の方がよっぽど綺麗じゃないか」

「えっ?」

 でもさっき殿下は、私の姿を見てちょっとがっかりしていたような…。

 

「君は誰よりも何よりも、魅力的で美しい。自信を持って欲しい」

 殿下は優しく微笑むと、私の身体をそっと抱きしめた。

 …そう言えば殿下は、私が何を着ても毎回嬉しそうに褒めてくれている気がする。じゃあさっきの表情は、ただの見間違い…?

 そう思った瞬間、殿下はいきなりバッ!!と腕を解くと一歩後ずさった。

 

 

「…!??」

 何か、物凄い衝撃を受けたかのような顔で自分の両手を見つめている。

 一体何事かと驚く私に、殿下は恐る恐る口を開いた。

「…り、リナーリア、その、背中が」

「え?…ああ、はい、このドレス、背中が開いているんです」

 

 見せるのは少し恥ずかしいが、くるりと回って後ろを向く。

 背中のほとんどが出ているので、抱きしめられると素肌に手が触れてちょっとくすぐったかった。

 あ、そうか、殿下も素肌に触れたからびっくりしたのかな?と振り返ると、両手で顔を覆っていた。耳が赤い。

 

「…なんて大胆なドレスを着ているんだ…!!」

「えっ」

「思ったより露出が少なかったから安心していたのに…そんなのもう裸じゃないか…!!!」

「違いますよ!!?」

 

 

 …この上にちゃんとストールも羽織ると説明したのだが、殿下がキリッとした顔を取り戻すまでにはだいぶ時間がかかってしまった。何やら手をわきわきさせていたので、素手で背中に触ったのが余程衝撃だったのだろうか。

 時間ギリギリになって控室を出ると、めちゃくちゃ笑いを堪えているスピネルがいたので、とりあえず思い切り足を踏んでおいた。

 パーティーの最中、殿下が何故か私の後ろにばかり立っていたのは、気のせいだと思う事にする。

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