世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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竜人と絵本

「ヴォルツ、その本はこちらにお願いします」

「わかりました」

 色とりどりの絵本が、机の上に重ねて置かれる。図書館から借りてきたものだ。

「運んで下さって有難うございました。もう下がっていただいて大丈夫です」

「はい」

 ヴォルツが「失礼いたします」と一礼して退室するのを見送ってから、ソファへと座り隣の顔を見上げた。

「…では、ライオス。今日はこの本を使って勉強をしましょう!」

 

 

 今日は学院が休みなので、ライオスの様子を見るためにジャローシス邸へと来ている。

 近頃の彼はかなり人との生活に慣れたようだ。いつもちゃんと上着や靴を身に着けているし、ナイフやフォークの使い方も上手くなった。

 家出の回数も大分減った。山の空気や動物たちが恋しくなるのか度々一人で山へと出かけているようだが、その時は誰かに告げてから行くし、夕食の時間には帰って来るという。

 屋敷の者や私の友人知人達とも、ちゃんとコミュニケーションを取れるようになってきている。

 

 そこで私は、ライオスに現代語を教え始める事にした。

 彼は現在、首から下げている竜の宝玉の力で周囲と意思を通じ合わせているが、宝玉はいずれこの国のために譲ってもらう予定でいるからだ。

 

 ちなみに宝玉の譲渡については、以前恐る恐る打診してみたところ、驚くほどあっさりと了承した。

 これは元々この島の人間のために作られたものだと、彼は知っていたらしい。偶然手に入れたようなものだし、私になら渡しても構わないと言う。

 奇跡の力が込められた宝玉をそんなに簡単に手放していいのかと私達は驚愕したのだが、よく話を聞くと、彼は宝玉の力を自由に使える訳ではないのだそうだ。

 大きな力を引き出せるのは、人間の願いを叶えたり守る時だけらしい。自分自身に危機が迫った時にも使えたが、それは意識してやった事ではなかったとか何とか。

 

『島の守護者たる竜の力は、欲望のままに使えるようなものではないのだ』とミーティオは言っていて、「どんな時どのように願いを叶えられるか検証したい」という先生の提案は満場一致で却下されていた。

 とりあえず、今の所はまだ宝玉をライオスに持っていてもらう事も決まった。彼の元にあるのが一番安全だからである。

 

 

 まあそんな訳で、いずれ宝玉を手放す時のため、ライオスは現代語を学ばなければいけない。

 まだまだ先の話になるだろうし急ぐ必要は特にないのだが、彼は案外乗り気のようだった。

 これは多分、単に暇だからだろう。ライオスは屋敷にいても基本やる事がない。私は学院に通っているし、両親や兄夫婦は外出する事も多い。

 ライオス自身は庭でぼんやり日向ぼっこをしているだけでも別に構わないそうだが、それだと使用人達の方が落ち着かないようだ。

 彼らに気を遣われるのも困るから、何か時間を潰せるものが欲しいと思っていたらしい。

 

 読み書きを覚えれば、一人で本を読んだり勉強もできる。

 そして現代語を話せるようになれば、幻影の魔術で人間に化け、お忍びで外に出る事だってできるようになるだろう。

 それに、さまざまな知識を増やしていくのはライオスにとっても楽しいようだ。学習意欲が旺盛なのはとても良い事だと思う。

 先生の所でも勉強をしているのだが、そちらでは物の名称だとか会話で使える単語を中心に教わっているそうなので、私はもっと詳しく文字や文法を教えていこうと思っている。

 

 

 私は一冊の絵本を手に取ると、机の上に広げてみせた。

 絵本は子供でも分かるように平易な言葉で書かれているものばかりなので、勉強には丁度いいと思ったのだ。綺麗な絵もついているから、ただ文字を読み書きしていくよりも飽きないだろう。

「まずは、私がお話を読んでいきますね。…昔々、ある所に、赤い頭巾をかぶった可愛い女の子がいました…」

 指で文字をなぞりながら、声に出して読み上げる。

 隣のライオスは、真面目な表情で本を見つめているようだ。

 

 そうして何ページか読み進めた所で、ライオスがふと首を傾げた。

『…これは、赤い帽子の少女と狩人が狼を退治する話か?』

「え?知ってるんですか?」

『ああ。昔、ある人間に聞かせてもらった』

「昔って…古代にですか?という事は、この童話は古代から伝えられているもの…!?すごい!!」

 なんてことだ。古い童話だとは知っていたが、まさか古代神話王国時代からあったなんて…。後で先生にも教えてあげなければ。

 いやでも待てよ、これだけでは本当に同じ話なのかどうか分からない。

「もう少し詳しく聞いてもいいですか?それってどんなお話でした?」

 

 

 

「…ふむ、私が知っている話よりちょっと残酷な感じですね。でも大筋は同じです」

 ライオスが語った話を紙に書き出してみたのだが、細かい所で違いがある。頭巾が帽子だったり、狼がおばあさんでシチューを作って女の子に食べさせようとしていたりだとか。

 こういうのって原典は大人向けなのか結構怖い展開だったりするんだよな…などと考え、私はハッと気が付いた。今日はライオスに言葉の勉強をさせるはずだったのだ。

「す、すみません、完全に話が逸れていました」

『我は別に構わん』

 ライオスは特に気にしていないらしい。本を手に取り、ページをめくって絵を眺めている。

 

「そう言えばさっき、人間に聞かせてもらったと言っていましたが…」

『クトナという女だ。研究所で働いていて、我の世話をしていた。戦いのない日には、よくそのような話を聞かせてくれた』

「なるほど。他にどのような話を?」

『8匹の山羊の子供の話に、金の卵を生むアヒルの話。それから、星から金貨をもらう話…』

 

「星から金貨を?その話は知りませんね」

『貧しく身寄りのない少女が、自分の持っているわずかなパンや服を他人に施し与えていく話だ。それに感心した星が、空から金貨を降らせてくれる』

「やっぱり、知りません」

 きっと長い時の中で埋もれ、失われてしまった話なのだろう。

 

 

 私は思わず身を乗り出した。

「…ライオス、これ、とても凄い事ですよ!貴方のおかげで、遠い昔に失われた童話を蘇らせる事ができます!」

『童話を、蘇らせる』

「そうです。なるべく詳しく思い出して、聞かせてくれませんか。それをまとめて、本にして出版しましょう!!」

『本。…絵本にか?』

 ライオスはぱちぱちと瞬きをした。

 

「童話というのは、その時代の文化や生活の知恵、教訓などが含まれているものも多いんです。それを現代に伝える事には、大きな意義があります!」

『文化…意義…そういうものなのか…?』

 どうもあまりピンときていないようだ。

 うーむ、こういうのは人間特有の考え方だろうし説明するのも難しいな…。

 

「あと、子供たちがきっと喜びます。私も子供の頃は、絵本で色んな物語を読むのがとても好きでした。ライオスも話を聞いていて楽しかったんじゃありませんか?本にすれば、そういうお話を他の人達にも広く伝えられるんですよ」

 もう少し身近な部分で凄さを説明しようと試みる。これは分かりやすかったらしく、ライオスは小さくうなずいた。

『…そうだな。クトナの話は、面白かった』

 

 その赤い瞳には、わずかな感傷が浮かんでいるようだった。

 そう言えば彼から古代の人間の名前を聞くのは初めてだな、と気付く。

 ミーティオの話では、ライオスには父を名乗る人間がいたはずだが、彼は今まで一度もそれについて話そうとはしていない。

 先生がそれとなく尋ねてみた時も、研究所に関する事はほとんど答えなかったそうなので、やはりあまり話したくないのだろう。

 いずれ彼が話したくなった時に聞こうと、そう思っている。

 

 

 …そんなライオスが自分から話したのだから、クトナという人は彼にとって特別に親しい存在だったのかもしれないな。

「クトナさんに感謝しなければいけませんね。クトナさんが貴方にお話を聞かせてくれたおかげで、私たちは遠い時を越え、その物語を知る事ができるんですから」

 

 それに、ライオスとこうして家族になる事ができた…と、私は心の中で付け加える。

 もしも人間との間に嫌な思い出しかなかったのなら、彼は人間に関わる事をせず、私の願いを叶えたりもしなかったに違いない。きっと今も山の中で、一人で暮らしていただろう。

 その人がいたから、ライオスは人間や家族というものに興味を持つようになったのではないだろうか。今私がこうして生きているのも、元を辿ればその人のおかげなのかもしれない。

 

 

 ライオスは手に持った絵本をじっと見つめた。

『…そうか。人間はこういう形でも、自分の存在をどこかに残していくのか』

「そう、そうなんですよ!物語を作った人が死んでしまっても、物語そのものや、それにまつわる思い出は残ります。それも本の持つ力の一つなんです。ライオスは賢いですね」

 そう言って褒めると、ライオスはちょっとだけ嬉しそうにした。

 

「やっぱり本を作りましょう。そうすれば、本を見るたびにクトナさんの事を思い出せますよ」

『クトナを…』

 本を出版する方法など私も知らないが、先生かお父様の伝手で何とかなるだろう。魔術師には自ら本を執筆して出版する人も多いし。

 絵本にするなら挿絵が必要になるが、その辺りはギロルに相談してみれば良いかな。人気絵師だから頼むのは難しいだろうが、誰か紹介してくれるかもしれない。

 実際に本が出来上がるまでには大分時間がかかるだろうが、何だかちょっとわくわくしてきた。

 

「そのためにも、しっかり現代語を覚えなければいけませんね。まずはさっき言っていた、星の金貨の物語を話してください。私が文字に起こしていくので、それを使って勉強しましょう」

『ああ、分かった』

 ペンを握って微笑みかけると、ライオスはやる気に満ちた様子でうなずいた。

 それから、記憶を探るような表情で口を開く。

『…昔、ある所に、父も母も亡くしてしまった小さな少女がいました…』

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