世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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夫婦カエル

 高くそびえ立つ王城をぐるりと囲む城壁の、その中央にある重厚な門。

 ヴォルツとコーネルを連れた私は、上機嫌でそこをくぐった。

「こんにちは」

 門兵に挨拶すると、微笑ましげに「こんにちは」と返される。上機嫌なのがひと目で分かってしまったらしい。

 少しばかり恥ずかしくなるが、それよりも嬉しさが勝ってしまいすぐに頬が緩む。

 連れの二人と別れ、もうすっかり城内に慣れた様子の衛兵のカーフォルに案内されて城の廊下を進んだ。

 

 

 扉を開けると、すぐに殿下が出迎えてくれた。

「やあ、リナーリア」

「殿下!お帰りなさいませ!」

 殿下は昨日の夕方、毎年恒例の視察から帰ってきたばかりだ。一連の事件が解決した事もあり、去年よりは長めの日程が取られた。

 今日は学院が休みの日だし、殿下からは「良かったら城に来て欲しい」と昨夜のうちに連絡が来ていた。早く顔が見たかった私は、お言葉に甘えて朝から登城してしまったという訳だ。

 私を見た殿下もまた嬉しそうで、同じ気持ちでいてくれたのかなとちょっぴり照れてしまう。

 

 メイドがソファに座った私の前にお茶のカップを置き、「失礼します」と言って退室していく。

 ちなみに、今日案内されたのは殿下の私室だ。

 応接室ではなくこちらに通されるのは珍しいなと思っていると、殿下は何故か向かいのソファではなく私の隣に座った。

 思わずどぎまぎしてしまうが、殿下の方も微妙にそわそわしている。

 な、なんだろうこの空気…。

 

 殿下はごほんと一つ咳払いをすると、小さな箱をテーブルの上に置いた。

「…お土産だ。俺の趣味で選んでしまったから、君が喜んでくれるか分からないんだが…」

「あ、ありがとうございます…!」

 そうか、これを渡したかったから城に来て欲しかったのか。

 

「開けてみてもよろしいでしょうか?」

「ああ」

 心を躍らせながら蓋に手をかける。

 殿下からのお土産なら例え中身が石ころだって嬉しいに決まっているのだが、一体どんなものを選んで下さったのだろう。

 

 

 

「……」

 私は驚きのあまり、大きく口を開けて固まってしまった。

 無言のまま箱の中身を見つめる私に、殿下が慌てる。

「き、気に入らなかっただろうか。すまない」

「い、いえ!違います、逆です」

 私は必死で首を振った。

 

「あの、これ…もしかして、ボリバス領で…?」

 問いかけた私に、殿下が少し目を丸くする。

「知っているのか」

 ああ、やっぱり。間違いない。

「…私、前世でこれを持っていました」

「何?」

 

 

 箱の中に座っている、金と銀のカエルの置物。

 2匹のうちの小さい方、銀色のカエルを持ち上げそっと撫でる。

 どこか愛嬌のある顔立ち。ひんやりとしたその感触も、とても懐かしい。

 

「確か、15歳の視察の時です。私は従者として殿下と一緒にボリバス領に立ち寄って、細工物の店でこれを見付けました。きっと殿下が喜ぶに違いないと思って、こっそりと買ったんです」

 金と銀の2匹のカエル。包んでもらいながら、何だか殿下と私の髪の色のようだなと思った。

「銀色の方は自分で持っていることにして、この金色の方を殿下に差し上げました。…殿下は、とても喜んで下さって…」

「…そうだったのか」

 殿下も驚いた表情で、箱の中から金色のカエルを取り出した。

 

「…まさか、今世でもこれに出会えるなんて」

 しかも、殿下から贈って下さるなんて。

 嬉しさと懐かしさ、感激で、思わず目が潤んでしまう。

「ありがとうございます。…本当に、本当に嬉しいです」

「喜んでもらえて良かった」

 殿下が優しく微笑む。

 

 

「不思議な偶然だが、これを選んで良かった。婚約者に渡すお土産としてはどうかと思って悩んだんだが、むしろ婚約者にこそふさわしいだろうとスピネルが言ってくれてな」

「そうなんですか?」

 ちょっと首を傾げた私に、殿下が照れた表情になる。

「ほら、これは2匹で1対の、夫婦のカエルだろう。だから…」

 

「…夫婦…」

 私はビシッと硬直した。

 夫婦(めおと)のカエル。

 確かに婚約者にはふさわしいだろうが、前世の私はそれを殿下に片方渡してしまった。

 男同士で。

 

 

「ああああああー…!!」

 思わず両手で顔を覆う。

 どうりで!どうりであれを渡した時、周りの人が何かすごい微妙な顔をしてたはずだよ!!

「申し訳ありません殿下…!!私は何てことを…まさか夫婦のカエルだなんて思わなくて…!!」

 言われてみれば金銀のカエルは大きさが違っていて、それは2匹が夫婦であることを示していたのだ。よく見ると金色の方が凛々しい顔をしているし。

 でも私は、そんな事全然気に留めていなかった。

 

 殿下もこれが夫婦だとは気付いていなかったのか、それとも気付いていて黙って受け取ってくれたのか。

「穴があったら入りたい…!!」

 せめて2匹とも渡せば良かったのに、よりによって二人で分け合ってしまった。

 きっと今の私の顔は真っ赤だろう。さっきまでは感激で目が潤んでいたのに、もはや別の意味で涙目だ。

 

「い、いや、気にしなくて良い。俺だって気にしていなかったと思うし。それにカエルはオスよりメスの方が大きい場合が多いから、これは大きさが逆だ」

「…そ、そう言えばそうですね…」

 殿下は私を慰めてくれているようだ。

「何より、君は心を込めてこれを贈ってくれたんだろう?」

「…はい。ずっと殿下のお側近くに仕えられたらと…そんな思いを込めて、差し上げました…」

「だったら君は、何も間違っていない」

 

 

 …やはり殿下は、お優しい。

 殿下はようやく顔を上げた私に微笑みかけると、手のひらの上の金色のカエルをつまみ、私が持つ銀色のカエルに寄り添うように近付けた。

 2匹のカエルの鼻先がこつんと当たり、何だかおかしくなって「ふふっ」と笑ってしまう。

 

「…ありがとうございます。殿下」

 前世の自分のやらかしは物凄く恥ずかしいが、今世でもこのカエルに会えたのは嬉しい。

 殿下が私と同じ物を見付け、私に贈ろうと考えてくれた事が、とても嬉しい。

 

「これは家宝にして、一生大事にします!!」

 力いっぱいそう言うと、殿下は「ぷっ」と噴き出した。

「…リナーリア。君は、俺の家に入る訳だが」

「はっ…!?そ、そうだった…!!」

「王家の秘宝が一つ増えてしまったな…」

 肩を震わせて笑う殿下に、再び顔が赤くなるのが分かる。

 

 

「…そ、それくらい大事にするという意味です!!」

「うん…ありがとう」

 殿下はまだ笑っていたが、やがて笑いを収めてじっと私を見た。

 翠の瞳に私が映っているのが分かり、心臓が大きく跳ね上がる。

 伸ばされた手が、そっと頬に触れた。

 

「俺も一生大事にしよう。必ず」

 呟いたその顔がゆっくりと近付いてきて、私はぎゅっと目を瞑った。

 …私の顔色は、まだしばらく赤いままになりそうだ。

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