世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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不思議な小箱・2

「確かに似てるな、あの子供…えーと、リナライトだったか?」

 本を読む少年の姿を見つめ、スピネルが呟く。

「それは、リナーリアの前世…俺の従者だった時の名前だ。以前そう聞いた」

「え」

 スピネルはぽかんと口を開けた。

 

「前世?あれが?なんでそれがこんな所にいるんだ?」

「やって来たのは多分、俺達の方だ。あの緑色の小箱の力だろう。魔術師はあれを、記憶に関する魔導具だと言っていた」

 

 あれが一体どんな魔導具なのかは知らないが、記憶に関する魔術ならばエスメラルドもスピネルも知っている。

 数年前、視察の途中で立ち寄ったタルノウィッツ領でリナーリアが使った「意識潜行」。対象者の意識の中に入り込み、その記憶を()るという魔術だ。もし、それと似たような効果を持っている箱だったのだとしたら。

 司書のマーカスが若返っているのも、それで説明がつく。

 

「じゃあ俺達は今、あいつの記憶を見てるってのか?」

「見ていると言うより、記憶の世界の中に入っているように感じるな。こうして触れると、きちんと感触があるし…」

 エスメラルドは本棚に手を伸ばし、一冊の本を取り出した。

 しかし、表紙の文字はぼんやりとぼやけていて読めない。ぱらぱらとページを捲ってみるが、中身もやはり同じだ。

 

「開けるけど、読めねえな。…もしかして、あいつがこの本の内容を知らないからか?」

「ふむ。ここが記憶を元に再現された世界だとするなら、知らないものは再現しようがないという事か」

「こんだけ細かく再現できてるだけで凄いけどな。普通に現実に見えるぞ」

 魔導具の力なのか、それともリナーリアの記憶力が人並み外れて良いからなのか。

 

「しかし、参ったな。これ、一体どうやって戻ればいいんだ?」

「そうだな…あの箱は見当たらないし…」

 考え込んだ瞬間、後ろから声をかけられた。

「…あの、そちらで何をされているんですか?」

 

 

 

 振り返ると、大きな青い瞳がこちらを見上げていた。

 ぎょっとして固まったエスメラルドの顔を見て、少年の緊張した表情が驚きに変わる。

「…で、殿下そっくり…?」

 

「すげえな、近くで見ると本当にあいつの小さい頃そっくりだ」

 感心したような声を上げるスピネルの隣で、エスメラルドは思わず口元を抑える。

「これは…可愛いな…!」

 出会ったばかりの頃の彼女もとても可愛らしかったと記憶しているが、こうして大人の目線で見下ろすとまた違って見えた。

 小さくて華奢で、天使のように愛らしいとはこの事かと真剣に思う。

 

 だが、それを聞いたリナライトはビクッと怯えた表情になった。

「あの、どちらさまですか?何のご用でここにいるんですか?」

 青い目には警戒の色がはっきりと浮かんでいる。エスメラルドはおろおろした。

「ど、どうしよう、スピネル」

「いや、ちょっと落ち着けよ。…えーと、お前はリナライト…だよな?」

「あ、はい、そうです」

 スピネルに話しかけられ、リナライトは少し慌てたように姿勢を正した。

 

「申し遅れました、僕はリナライト・ジャローシス、エスメラルド殿下の従者をしております。この図書室に、何かご用でしょうか」

 背筋をピンと伸ばし、生真面目な口調で彼は名乗った。マーカスに頼まれた留守番をきちんと努めようとしているのだろう。

 

 

「…可愛い…!」

 思わず呟くと、またリナライトがビクッとした。

「それはもう分かったから、口に出すのをやめろ!こいつ怯えてんじゃねーか!」

「すまん、つい…」

 スピネルに突っ込まれ、エスメラルドは反省した。

 リナライトは完全にこちらを警戒している。どうやら不審者だと思っているようだ。

 それでも目を逸らそうとしない所はいかにもリナーリアらしいと、そこがまた可愛く思えてしまうのだが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 

「おい、どうする?」

 スピネルが声を潜めつつ尋ねてきて、エスメラルドは少し考え込んだ。

「…ここがリナーリアの記憶の中ならば、この世界の中心は彼だろう」

 ちらりと遥か下にある少年の顔を見る。

「元の世界に戻る鍵は、きっと彼だと思う」

 

「じゃあ、ちゃんと名乗って事情を話した方がいいんじゃないか?こいつなら、殿下が頼めば協力してくれるだろ」

「そうだな。まずは聞いてみよう」

 二人でうなずき合い、リナライトへと向き直る。

 

 

「リナライト。信じられないかもしれないが、俺はエスメラルドだ」

「……は?」

 彼の表情が一瞬で険しくなった。

「確かに似ていらっしゃいますが、殿下は僕と同い年です。あなたのように大きくはありません」

「本当なんだ。俺達は…あー…」

 このリナライトはきっと、魔導具によって作り出された仮初の存在だ。しかし本人にその事を告げて良いものなのだろうか?混乱してしまうのではないだろうか?

 

「…不思議な魔導具の力で、今よりももっと未来の世界からやって来たみたいなんだ」

 エスメラルドは迷った末に、とりあえずそう説明した。

 

「そんな魔導具、聞いた事ありません」

「王宮魔術師は古代の魔導具だって言ってた。まだ使い方が分かってないらしくて調べていたんだが、俺達はたまたまそこに居合わせて、魔導具の力に巻き込まれたんだ」

 スピネルが説明し、リナライトは眉を寄せる。

「あの、あなたは?」

「俺はスピネルだ。スピネル・ブーランジェ。殿下とは友達だ」

 

「…ブーランジェ家の?」

 リナライトは目を丸くし、スピネルを見上げる。

「その髪の色は、確かにそっくりですけど」

「ああ、会ったことあったか?悪いな、昔のことで覚えてない」

 スピネルは適当にごまかし、リナライトはむむっと唇を曲げた。それから、もう一度エスメラルドの方を見る。

 

 

「…本当に殿下だと言うなら、僕の質問に答えて下さい」

「分かった」

 どうやら試すつもりらしい。彼のことはよく知らないので少し不安になるが、エスメラルドは真面目な顔でうなずいた。

 

「ジャローシス領にいる固有種のカエル。その名前を知っていますか?」

 それならばもちろん知っている。とても思い出深いカエルだ。

「ミナミアカシアガエルだろう。体長は約2センチ。鮮やかな黄色に黒い斑模様が入っている」

「!?」

 まさか即答するとは思わなかったのだろう、リナライトは驚愕した顔になった。

 

「…で、では、僕と殿下が初めて会った時に見たカエルを覚えていますか」

 これにも即答する。

「クロツメアマガエル。…君は、それをうっかり踏みつけそうになっていた」

「……!!」

 

 

 リナライトは信じられないという顔でしばし言葉を失い、それから突然ガバッと頭を下げた。

「…も、申し訳ありません!!まさか本当に殿下だとは思わなくて…!!」

「いや、いい。すぐに信じられないのは当然だ」

 必死に謝る彼に、罪悪感でちくちく胸が痛む。

 本当は彼と初めて会った時の記憶などない。リナーリアから聞いて知っているだけなのだ。

 

「俺達は元の世界に戻りたいんだが、方法が分からないんだ。すまないが、協力してくれないだろうか」

 そう頼むと、彼は大きくうなずいた。

「わ、分かりました!頑張ります!」

 真面目そのものの表情で意気込む姿は、やはりリナーリアにそっくりだ。昔からこういう性格だったんだなと微笑ましくなる。

 

「で、お前は分かるか?戻る方法」

 スピネルが尋ねると、彼は眉を寄せ考え込んだ。

「…そんな魔導具、本当に聞いた事ないです。でも、それを使った時の事をもうちょっと詳しく聞かせて下さい。何か分かるかも…」

 だがその時、がちゃっと図書室の扉が開いた。マーカスが戻ってきたのだ。

 

「リナライト君、留守番ありがとう。…おや、そちらの方々は?」

 エスメラルド達の姿に気付いたマーカスが少し目を丸くし、すぐにスピネルが答えた。

「すまない、俺達は城には不慣れで、道に迷って入ってきてしまったんだ。彼が道案内をしてくれるそうだから、もう出ていくよ」

「マーカスさん、失礼します」

 礼儀正しくぺこりと頭を下げたリナライトに、マーカスが微笑む。

「ああ、またおいで」

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