世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
「えっと…あんまり人目につかない方がいいですよね?」
3人で図書室から出ると、リナライトがこちらを見上げながら言った。
「そうだな。どこかゆっくり話せる所はあるだろうか」
「じゃあ、僕の部屋に行きましょう」
「分かった」
廊下を歩きながら、スピネルが尋ねる。
「そういや、ここの世界の殿下…小さい殿下は何してるんだ?」
「国王陛下のお見舞いです。最近お風邪を召されていたんですが、もう大分落ち着いたそうなので」
「ああ、なるほど」
父は季節の変わり目によく風邪を引く。うつっては困るので熱がある間は見舞いに行けず、症状が落ち着いた頃に行くのが常だ。
「だから僕、時間が空いたので図書室に来た所だったんです」
そう言いながら、リナライトはちらちらとエスメラルドやスピネルを見上げている。何かが気になるらしい。
「どうかしたか?」
「あっ、いえ、凄く大きいなと思って…。殿下、いっぱい背が伸びるんですね」
「俺の方が大きいけどな」
隣で胸を張るスピネルを、エスメラルドは横目で少しだけ睨む。
「もうすぐ追いつくぞ」
「無理だろ。殿下だってもうほぼ成長止まってんだろが」
「無理ではない。きっとまだ伸びる」
軽く言い合っていると、リナライトがびっくりしたように目を丸くしている事に気が付いた。
「仲、良いんですね」
「言ったろ、殿下とは友達だって。あと、お前とも友達だぞ、俺は」
「僕もですか!?」
「おう」
「そ、そうなんですか…」
ちょっと嬉しそうにリナライトはもじもじした。それから「あっ」と何かに気付いたように顔を上げる。
「あの、僕の身長はどうですか?お二人と同じくらい伸びますか?」
期待に満ちたその表情に、エスメラルドとスピネルは無言で顔を見合わせた。何とか言葉を探す。
「あー…俺たちよりは…少し、小さいな…」
「…やっぱり、そうですか…」
彼はしょぼんと肩を下げた。
「君は今いくつだ?」
「10歳です」
「ふむ」
10歳にしては少し小柄な気がする。食が細いのは前世でも同じらしい。
その身体つきを見る限り、彼が大きく逞しくなる姿はあまり想像できなかった。今のリナーリアの姿を知っているせいかもしれないが。
リナーリアがやけに筋肉にこだわっていたのは、もしやこの辺りが原因だったのだろうかと思う。
「背が伸びないからと言ってがっかりする必要はない。君はとても美…もとい、強くて賢くなる。俺の事を何度も助け、支えてくれた」
励ますように言うと、彼はぱっと顔を上気させた。
「本当ですか!?僕、未来でちゃんと殿下のお役に立ててますか!?」
「もちろん。この先もずっと、お互いに支え合う事になるだろう」
「嬉しいです…!」
彼はにこにこと笑顔を浮かべた。可愛い。スピネルもこれには微笑ましげな顔になる。
「あいつらしいな」
「ああ…本当に可愛い…」
「だからそれやめろって。いくら殿下でも、犯罪者一歩手前だぞ」
「誰が犯罪者だ!自分の婚約者の昔の姿だぞ、可愛いに決まっている!」
ついむきになって反論すると、リナライトがぽかんと口を開けた。
「こんやくしゃ…?」
「あ、いや、違」
慌てたエスメラルドが否定するよりも早く、リナライトは思い切りスピネルの脛を蹴りつけた。
「痛っっって!!!」
情け容赦のないその一撃に、スピネルが悲鳴を上げる。
「お前だな!!殿下に変なこと吹き込んだの!!」
「違うっつの!!いきなり蹴る奴があるか!!」
「殿下がそんなおかしな事言うはずない!お前が犯人に決まってる!!」
「何で俺って決めつけんだよ!?」
「だって何かいやらしそうな顔してる!!」
「今まで聞いた中でも一二を争う暴言だな!!!!」
スピネルは本気で痛かったらしく、脛を押さえつつちょっと涙目だ。リナライトの方は完全に臨戦態勢で、魔力を集中させ始めている。これはまずい。
「待て、落ち着け!すまない、俺が少し言い間違えただけだ。婚約者ではなく、従者だった」
急いで割り込んだエスメラルドに、リナライトが目を吊り上げる。
「どんな間違いですか!本当はこいつに変な事そそのかされてるんでしょう!正直に言ってください!」
「違う、本当に間違えたんだ。…スピネルは、俺の大事な親友だ。信じてくれないか」
「……」
彼は不満げにむぅっと唇を尖らせたが、黙って目を見つめ続けると、一応は矛を収める気になってくれたようだ。練り上げかけた魔力を霧散させ、スピネルの方を振り返る。
「…でも、もし殿下に変な事教えたら絶対許しませんので。覚えておいてください」
「お前なあ…」
スピネルは完全に呆れ顔である。
「あいつ、すぐ突っかかってくる面倒な奴だと思ってたが、この頃に比べりゃまだ丸くなってたんだな…マジで痛かったぞ」
スピネルはエスメラルドにだけ聞こえるようにぼそっと呟いた。
「…うむ…」
リナーリアは昔まるで友達がいなかったという話を思い出す。
学院ではカーネリアやスフェンを始め友好関係を広げているから、どうもあまりそんな気はしなかったのだが、今の様子を見てやっと分かった。かつての彼女は、もっと過激な性格だったらしい。
再び歩き出しながら、エスメラルドはリナライトに話しかけた。
「実は、俺の婚約者が君に少し似ているんだ。だから君を見ているとつい、彼女を思い出してしまってな」
「えっ!殿下、ご婚約されたんですか!お相手はどなたですか!?…あっ、僕に似てるって事は、母上の親戚とか…!?」
「あー…それは…」
どう誤魔化そうかと悩んでいると、リナライトはハッとした顔になった。
「あ、そうか、未来の事は軽々しく教えられないんですね?そう物語の本で読みました!」
「うむ、まあ、そんな所だ」
スピネルが隣でにやにやと笑う。
「さっきから可愛いとか言ってるのはその婚約者のせいだ。どうせ、子供が出来たらこんな感じかーとか思ったんだろ?」
「…ま、まあな…」
まだ一年以上先とはいえ、早くも結婚式の準備が始められようとしている今、彼女にそっくりの少年の姿というのは色々と考えるものがある。リナーリア似の男の子というのも良いなだとか。
「そういう事だったんですね」
リナライトは明らかにほっとした様子だ。思った以上に不審がられていた事にちょっと傷付く。
「あの…さっきは蹴ってすみませんでした」
「まあ、分かったんならいいけどよ」
きちんと頭を下げて謝る彼に、スピネルは苦笑した。
「いつかお会いするのが楽しみです!殿下の婚約者!」
「…うむ」
無邪気そのものの笑顔に、エスメラルドは何とも言えない顔でうなずいた。
そうこう言っている間に、彼の部屋に着いたようだ。スピネルの部屋と同じ場所である。
中に入ると、大きな本棚が目に付いた。分厚い本がたくさん並んでいる。
「へえ…」とスピネルが感心したように見回す。自分の部屋とは随分印象が違うからだろう。
「たくさん勉強しているんだな」
「はい!立派な従者になって、殿下をお支えしたいので!」
「そうか。ありがとう」
手を伸ばして頭を撫でると、彼は少し驚いた顔をした。「えへへ」とくすぐったそうに照れ笑いをする。
「殿下に頭を撫でられるの、なんか不思議な感じです」
「俺もだ」
まさかこんな風に彼女の頭を撫でる日が来るとは。いや、正確には彼女自身ではないのだが。
ふわふわと柔らかく触り心地の良い髪だ。そう言えば、彼女の髪にはほとんど触れた事がない。
触れてみたいとはずっと思っているのだが、青銀の髪はきらきらと綺麗で、何だか気が引けてしまうのだ。
その点スピネルは、時々からかい混じりで気安く彼女の頭を撫でている。
妹がいるからそういう行動に慣れているのだろうと思うが、少しだけ恨めしくなってしまう。
「…何で睨むんだよ?」
「何でもない」
無事に帰ったら、彼女に髪を触らせてくれと頼んでみようと、エスメラルドはひっそり決意した。