世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

268 / 292
不思議な小箱・4

「…という訳で、光に呑まれて気が付いたらあの図書室にいたんだ」

「でも、転移したって感じじゃなかったな。魔法陣なんて見えなかったし」

 エスメラルドとスピネルは、この世界に来た時の状況を語った。

 リナライトは真剣にそれを聞き、「ううーん…」と難しい表情で首を捻る。

 

「その箱の光ってる部分に触ったのが、魔導具を発動させるスイッチになったんでしょうね。二人で触ったから、二人同時に魔導具に巻き込まれた。そこに書かれていたっていう文字の意味が分かれば、戻る方法も分かるかも…」

「…すまない、見た事もない文字だったから意味は全く分からない。どんな形だったかもうろ覚えだ」

 自分はリナーリアほど記憶力が良くないので、ちらりと見ただけの模様など覚えてはいない。

 スピネルも同じなのだろう、両手を上げて肩をすくめる。

 

 

「じゃあやっぱり、帰る方法は前後の状況から推測するしかないですね…」

「推測とか、お前難しい言葉知ってんなあ」

 スピネルが横から口を挟む。確かに、10歳とは思えない語彙だ。

「いっぱい本を読んでますから!」

 リナライトは得意げに胸を張った。それから、ちょっと恥ずかしそうにごほんと咳払いをする。

 

「えっと、それでですね。そういう魔導具って、目的を果たせば動きを止めるはずなんです。スイッチを押す時、何か目的になりそうな事を考えていませんでしたか?」

「特に、何も」

「変わった箱だなとか、そんな事くらいしか考えてなかったと思うぞ」

 

「うーん…じゃあ、お二人の前に触った人は?」

「そりゃお前だが。お前が何考えてたかなんて分からねえよ」

「あっ、そうか、僕が殿下に箱を手渡したんでしたっけ」

「そうだ。それに、箱に魔力を込めたのも君だったはずだ」

「ええっ…でも、未来の僕が何を考えてたかなんて、僕にだって分かりません」

 リナライトの言う事は最もだった。リナーリアは彼にとっては見知らぬ未来の存在で、その記憶などないのだし。

 

「記憶…記憶か…」

 ここがリナーリアの記憶を元にした世界なのは間違いない。何しろ、あの場にいた者で「リナライト」の姿を知っているのはリナーリア本人しかいないのだから。

 だが、その記憶はあまり他人に見られたいものではないはずだ。

 彼女が生まれ変わっているという事実を知っているのは、自分たちを含めたごく僅かな者だけ。記憶を覗かれれば、他者にその秘密がばれてしまうかもしれない。

 つまりこの状況は、彼女が望んで作り出したものではない。

 

「たまたまあの瞬間だけ、発動する条件が整ってしまった…だから予想外の目的が設定されてしまった…?」

 ただの勘だが、きっとそうに違いないと確信する。

 鍵はやはり、彼女の記憶だ。

 

「…あの時、君は何を思い出していたんだ…?」

 思わず呟きながらリナライトを見下ろすと、彼はとても困った顔になった。

 

 

「…いや、待てよ?」

 スピネルが首を傾げる。

「だったらその目的ってのは、あの図書室にある物なんじゃないのか?目的から離れた場所に出てきたってしょうがねえだろ」

「あっ、なるほど。そういう事か」

 リナライトがぽんと手を叩く。

「その時の僕って、何か図書室に関する話とかしてませんでしたか?」

 

 エスメラルドとスピネルは顔を見合わせると、同時に叫んだ。

「…ブーツを履いた猫の絵本だ!!」

 

 

 

 それから15分ほど後、「図書室で探して来ます」と言ったリナライトが部屋に戻ってきた。

 ぞろぞろと3人でまたあそこに向かえばマーカスに不審がられるだろうし、とりあえず彼に絵本を持ってきてもらう事にしたのだ。

 

「ありましたよ、これの事ですよね?」

「ああ、間違いない」

 ブーツを履いた猫の絵本。スピネルが持ってきたのと同じものだ。

「どこかの貴族が10年くらい前に寄付してくれたものだと、以前マーカスさんが言ってたと思います」

「そうなのか」

 理由は分からないが、今世では寄付されなかったのかもしれない。だから、あの図書室にはなかった。

 

 本を受け取り、ぱらぱらとページを捲ってみる。綺麗な挿絵だ。

「…特に何も起こらないな」

 きっとこの絵本が関係していると思うのだが、触れただけで帰れるほど簡単ではないらしい。

「そもそも、未来の僕は何故これの話をしていたんですか?」

 尋ねるリナライトに、スピネルが答える。

「未来のお前は、この絵本を見たがってたんだよ。でも図書室にはなかったから、俺が兄貴の伝手で探して借りてきた所だったんだ」

 

「僕がこれを…」

 リナライトは何故か、探るようにエスメラルドの方を見た。

「どうした?」

「いえ、あの…。…殿下、この絵本の事、覚えてませんか?」

 

 覚えていない。いや、知らない。

 今のエスメラルドは、彼の主だったエスメラルドではないからだ。

 

 

「……。すまない」

 そう答えると、彼はとてもがっかりした顔をした。

 きっと何か、大切な思い出があったのだろう。

 

「本当にすまない…」

「あっ、いえ!そうですよね。子供の頃の事なんて、覚えてないですよね」

 彼は笑って首を振ったが、やはりどこか悲しそうだ。

 胸の痛みを覚え、エスメラルドは「良かったら、話して聞かせてくれないか?」と言った。

 

「君との思い出を俺も知りたい。いや、思い出したいんだ」

「…分かりました」

 リナライトは、遠慮がちにうなずいた。




このエピソードは次話で終わります!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。