世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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すっとこどっこいの騎士(後)

「お嬢様、どうか自分に罰をお与え下さい…!」

 ヴォルツはリナーリアの前に跪き、絨毯に頭を擦り付けそうなくらいに頭を低く下げていた。

 

「あの、ヴォルツ。本当にもう良いですから、頭を上げてください。貴方のその忠義はとても嬉しく思いますが、貴方には何の罪もありません」

「いいえ。自分はお嬢様をお守りできませんでした。それが何よりの罪です」

 ヴォルツは下を向いたまま唇を噛みしめる。

 

 実はさっきからもう、この問答を何度も繰り返している。だがヴォルツは引き下がらなかった。

 …お嬢様は心優しいから、こんな自分でも許そうとしてくれる。

 しかしそれに甘えてはいけない。本当に最悪の事態になっていた可能性だってあったのだ。

 

 

 リナーリアは自分たちと別れた直後にフェルグソン一味によって誘拐され、2週間近くも行方が分からなくなっていた。

 厳重に警備され、人の出入りもしっかりと管理されている城の中で人が攫われるなど、誰一人考えもしなかった。

 落ち度があったのは王宮側だとして、城まで同行したヴォルツやコーネルが責められたりはしなかったのだが、それがむしろ辛かった。

 

 あの日、城内の様子は正月休みのためにいつもとは違っていたのだ。衛兵に任せたりせず、傍を離れないようにするべきだったと己を悔やみ、毎晩ろくに眠れなかった。

 リナーリアは今頃、一体どこでどんな風に過ごしているのか。恐ろしい想像が何度も頭をよぎり、必死でそれを振り払った。

 救出され、無事に王都に帰ってきたその瞬間まで、本当に生きた心地がしなかったのだ。

 

 

「…自分は騎士失格です。どうか罰をお与え下さい」

「でも、私はこうして無事に帰ってきた訳ですし…罰など必要ないかと…」

「それでは自分が納得できません!!」

 

 リナーリアは明るく振る舞っているが、その白い手には魔術を使うために自ら切りつけたという傷が残っているし、元々ほっそりとしている身体はますます痩せてしまった。

 その痛ましい姿に、罪悪感を感じずにはいられない。

 

「分かりました…。では、お父様に決めて頂きましょう。ヴォルツに処罰を与えるべきかどうか」

「いえ、お嬢様。旦那様方は、ヴォルツ様の処遇はお嬢様に一任すると仰っておいでです。ヴォルツ様は昨日既に、これと全く同じやり取りを旦那様方としていらっしゃいましたので」

「ま、丸投げ…!?」

 

 口を挟んだのは、リナーリアの使用人のコーネルだ。ずっと後ろに控えていたので、彼女も話を全て聞いている。

 ヴォルツにとっては同僚である彼女は、リナーリアが攫われたあの日も共に、リナーリアに随行していた。

 彼女もずっと、攫われたリナーリアの身を強く案じていた。こちらを睨んでいるのはきっと、ヴォルツの不甲斐なさに腹を立てているからだろう。

 

 

「お嬢様。どうか処罰を」

「ヴォルツ…」

「どんな処罰だろうと、お嬢様が受けた艱難辛苦に比べれば軽いものでしょう。それでも、どうかお願い致します」

「でも」

 

「お嬢様!自分にけじめをつけさせて下さい…!」

 頭を下げたまま、もう一度繰り返したその時。

 

 

「…ヴォルツ様!!!いい加減になさって下さい!!!」

 

 

 雷のように響いた怒声に、ヴォルツは驚いて思わず顔を上げた。

 コーネルだ。

 リナーリアの横に進み出て、両腕を組み憤怒の表情でこちらを見下ろしている。

 

 …同じ主を持つ者同士、コーネルとはそれなりに長い時間共に過ごしてきた。

 彼女は真面目で無駄口を好まない性格で、いつも落ち着いている。人との会話が苦手なヴォルツにとって非常に付き合いやすい同僚だったのだが、こんなにも怒っている所は初めて見た。

 リナーリアも「こ、コーネル…?」と呆気に取られた顔をしている。

 

 

 コーネルは怒りの形相のまま言葉を続けた。

「さっきから聞いていれば、いつまでもウジウジ、グダグダと…!!いい加減にして下さい!!お嬢様がこんなにも困っているでしょうが!!!」

 

「……」

 ヴォルツは絶句して、リナーリアの顔を見つめた。

 形の良い眉を下げたリナーリアが気まずそうに小さくうなずき、激しく衝撃を受ける。

 

「処罰を受ければヴォルツ様はすっきりするのでしょうが、お嬢様は何一つ喜びません!!どうしてそれが分からないんですか!!」

「…し、しかし、自分は」

「しかしもかかしもありませんよ、このすっとこどっこい!!お嬢様のお気持ちを考えろと言ってるんです!!お嬢様がそんな事を望む方ではないと、貴方だってよく知っているでしょう!!!」

「す、すっとこどっこい…!?」

 

「あの、コーネル、そこまで言わなくても…。ヴォルツは責任を感じている訳ですし…」

「お嬢様、ヴォルツ様を甘やかす必要はございません!!大切なのはお嬢様のご意思です。処罰など必要ない、何を言おうと変える気はないからさっさと引き下がれと、そうはっきりお命じになれば良いのです!!」

「そ、そうですね…」

 リナーリアはコーネルの剣幕に腰が引け気味だった。リナーリアもまた、彼女がこんな風に大声を出して怒る所を初めて見たのだ。

 

 

 ヴォルツはショックのあまり、がっくりとうなだれた。

 …処罰を受けたいという自分の願いは、リナーリアにとっては迷惑でしか無かったのか。

 今更気付いた所で、どうしたら良いのか分からない。

 一体どうしたらこの罪を償えるというのか。

 

 

 

 リナーリアは、言葉もなく肩を落としているヴォルツと怒っているコーネルを交互に見た。

 しばし考え込んだ後、「そうだ」とぽんと手を叩く。

 

「…では、こうしましょう。ヴォルツは今日から暫くの間、私の運動に付き合って下さい。それが罰です!」

 

「…うん、どう?」

 ヴォルツは言葉の意味が理解できず、ぽかんとして繰り返した。

 リナーリアが真面目な顔でうなずく。

「私はこの通り、随分体力が落ちてしまいました。できる範囲で身体を動かすようにとお医者様にも言われてるんですが、事件の後始末が終わるまでは外を出歩く訳にいきません。ですからヴォルツには、屋敷の庭でもできるような運動の指導をお願いします」

 

「…そ、そんなものは、とても罰とは」

「いいえ、私が罰と言ったら罰です。…これは、主人としての命令です!」

 リナーリアはわざとらしく眉を吊り上げて言い切った。どうやらコーネルの意見を取り入れ、命令する事に決めたらしい。

 そして命令だと言われてしまえば、ヴォルツには逆らえる訳もない。

 

「承知致しました…」

 そう言って再び頭を下げると、リナーリアは安心したようにほっと息を吐いた。

 青い瞳を細めて柔らかく微笑み、ヴォルツの目を見つめる。

「ヴォルツ。どうかあまり自分を責めないで下さい。私はこれからも、貴方に護衛をお願いしたいと思っていますので」

 

 

 

 …その日の夕方、帰り際。

「コーネル」と名前を呼んで近付くと、コーネルは少し意外そうな顔をした。ヴォルツの方から声をかける事は珍しいからだろう。

 

「昼間は済まなかった。…おかげで、目が覚めた」

 あの後、命令通りにリナーリアやコーネルと軽い運動をした。

 リナーリアはほんの少し身体を動かしただけですぐに息が上がってしまっていたが、どこか楽しそうにしていて、そのうちにだんだんと分かってきた。

 

 コーネルの言う通り、自分はリナーリアを困らせているだけだった。

 処罰を受けた所で、リナーリアが受けた苦しみが軽くなる訳ではない。そんなものはただの自己満足に過ぎないのだ。

 コーネルが怒ったのも当然だろう。

 

「ありがとう、コーネル」

「いいえ。…その、私も少々言い過ぎました。申し訳ありません」

 コーネルは少し恥ずかしそうだ。取り乱した所を見せたと思っているのかもしれない。

 

「いや、勉強になった。俺はまだまだ足りない部分ばかりのようだ。…どうかこれからも、よろしく頼む」

 深々と頭を下げると、コーネルは頬を赤く染めてあたふたとした。

「それは、ええ、も、もちろん。お嬢様に仕える者同士、ですし…。わ、私の方こそ…」

「ああ。君のような使用人がお嬢様の傍にいてくれて、本当に良かった。俺が言うのもおこがましいが、どうかこれからもお嬢様を支えて差し上げて欲しい」

 真面目にそう頼んだヴォルツに、何故かコーネルは急に無表情になった。

 

 

「…よろしく頼むというのはつまり、『お嬢様をよろしく頼む』と、そういう意味ですか」

「……?他に何がある」

 思わず尋ね返すと、コーネルは無言でヴォルツの顔を見つめた。

 いや、これは見つめると言うよりも睨まれている気がする。

 

 もしや、自分はまた何か間違えたのだろうか?

 そう尋ねようとした瞬間、コーネルはくるりと踵を返した。そのまますたすたと歩き出す。

 かと思うと、突然すごい勢いでこちらを振り返った。

 

「頼まれるまでもありません!!ヴォルツ様よりも私の方がずっと、お嬢様の事を好きですから!!!」

 

 さらに、鼻息荒く付け足す。

 

「…この、すっとこどっこい!!!!」

 

 呆然とするヴォルツを取り残し、コーネルは肩を怒らせて去っていった。

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