世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
この学院には身体測定というものがある。
年に一度冬休み明けに行われ、身長、体重、視力、聴力、魔力量などを調べるものだ。
年末年始を実家でのんびりと過ごし体重が増えた者も多い時期のため、特に女子からは嫌がられている行事である。
私もまた、前世からこれがあまり好きではなかった。
いつも測定用紙を誰にも見られないようにコソコソと隠さねばならなかった。
何故なら、私の身長は平均よりも少し、ほんの少し低かった。そして体重もまた少しばかり足りなかったからだ。
ちなみにどうして平均値を知っているのかというと、測定用紙には参考として過去数年の生徒の平均値が予め記されているからだ。誰だよこんな余計な事したの。
これを見て傷付く生徒もいると気付くべきではないだろうかと、私は思う。
そして生まれ変わって女になった私は、幸い身長の方は平均に近い数値にまで伸びたのだが、体重はやっぱり足りていない。
他の女子は羨ましいだとか何とか言うが、ドレスを着る度に胸に詰め物をする立場にもなって欲しい。胸囲の測定がなくて本当に良かった。
…別に気にしてないけど、殿下はどう思ってるんだろう。…別に気にしてないけど…。
測定は男女それぞれ別の場所で行われる。
私達ももう3年生、身体測定の手順には慣れているのでかなりスムーズに進み、終わった者から続々と教室に戻ってくる。
女子はあまり結果を見せ合ったりしないが、男子の中にはお互いに見せ合ってあれこれ言っている者も多い。
殿下とスピネルもその中の一人のようだ。スピネルはニヤニヤしていて殿下は渋い顔なので、何となく内容は想像できる。
殿下だって十分大きいのに…と思いながらつい見ていると、スピネルが私の視線に気付いたらしい。何やら手招きをしているので、そちらに歩み寄る。
「何ですか?」
「睨んでたのはそっちだろ。なんだ?お前ももう伸びなくなってたクチか?」
「ちゃんと伸びてましたよ!!…に、2ミリほど…」
小さく付け足すと、スピネルは憐れみの籠もった目で私を見た。こいつ殴りたい。
「…あっ、でも、体重は4キロ増えてましたよ!」
「体重増えて得意げにしてる女初めて見たぞ…てか4キロ増えてそれかよ、もっと太れよ」
「んなっ…!」
思わずショックを受けるが、すぐに殿下がフォローしてくれる。
「リナーリアは去年の今頃、秘宝事件に巻き込まれてやつれていたからだろう。体重が増えて良かった」
「あー、そういやそうだったな」
そう、あの頃に比べれば私は格段に健康的になったのだ。あれで反省して、たまにだけどランニングだってしてるし。
「そういう貴方はどうなんですか?伸びたんですか?」
「さすがにもう伸びねえよ。でも鍛えた分体重はちょっと増えたな。別に見たかったら見てもいいぞ」
スピネルと、何故か殿下まで測定用紙を差し出してきた。
正直興味はあったので両手に持って数字を見比べる。用紙には1、2年の時の測定値も書かれているので成長が分かりやすい。
…げ、スピネルの奴190近くあるのか。でっか!
道理で見上げると首が疲れるわけだ。腹立つ。殿下より3センチも大きいし。
あ、でも体重は殿下の方が重いな。あとは…殿下、相変わらず耳が良いんだな。ふむふむ。
「あれ、スピネル、結構魔力多いんですね」
「俺もおっさんがついてるからな。その影響っぽい」
「ああ、それで」
スピネルにはミーティオの魂が少し混じっている。竜の鱗の影響で魔力量が増えた私と同じらしい。
「そう言えば、リナーリアの魔力量はどのくらいなんだ?かなり多いとは聞いたが」
殿下に尋ねられ、私ははっと気が付いた。
二人には見せてもらっておいて、自分のは見せないというのは卑怯である。不公平だ。
私は自分の測定用紙を取り出すと、恥ずかしさで赤面しつつ思い切って差し出した。
「…わ、分かりました…どうぞ、見て下さい…!」
「ち、違う!!そういう意味じゃない!!」
「やめろバカ!!俺達がセクハラしてるみたいだろうが!!」
仕切り直すように、殿下がごほんと咳払いをした。
「…き、聞きたかったのは魔力量だけだ。もちろん君の事ならば何でも知りたいとは思うが、無理に知りたい訳ではない」
「は、はい。えーっとですね、2万8000くらいです」
「にっ…!?」
二人が驚愕の顔になる。
「マジかよ…平均の3~4倍あるだろ…」
「私も驚きなんですよね…」
前世の軽く2倍以上ある。ミーティオの鱗恐るべし…私は竜の血が濃いから、特に影響を受けやすかったのだろうという話だが。
「だけどユークも2万以上あるらしいですよ?」
「そうなのか。凄いな」
「…ふーん」
殿下は感心した顔になったが、スピネルはちょっと面白くなさそうだ。
スピネルとユークレースは元々あまり仲が良くなかったが、近頃ますます険悪な気がする。多分カーネリア様の事が原因だろうけど。
「…で、でも、殿下も凄いですよ!」
話題を変えようと話しかけると、殿下は少し戸惑ったようだ。
「凄い?何がだ?」
「体重です!随分増えてますけど、これって筋肉ですよね?」
「ああ…まあな。近頃は身長があまり伸びなくなった分、筋肉がつきやすくなったように感じる」
「やっぱり!ひときわ逞しくなられたと思っていたんです…!」
「そ、そうだろうか」
「はい!服の上からでは分かりにくいのですが、こう…胸板が厚くなられたというか…大胸筋が発達されたというか…!」
身振り手振りで大胸筋を表現する私に、スピネルが「お前は本当相変わらずだな…」と心底呆れた顔をする。
それから、急に面白がるような顔になって言った。
「お前、そんなに筋肉好きなら、殿下にいっぺん触らせてもらったらどうだ?」
「え、良いんですか!?」
「えっ」
「えっ」
…はっ。しまった、つい食いついてしまった。二人が目を点にしている。
「い、いえ、すみません、無理にとは」
「あ…俺も別に、嫌という訳ではないんだが…」
「じゃあ良いんですか!??」
「えっ」
「えっ」
「はっ…!しまった…!」
スピネルが頭痛を堪えるように頭を抱え込む。
「…やめろ、俺が悪かった。お前が本気なのはよく分かったから、そういう事は他人がいない所でやれ…」
「そ、それじゃまるで私がいかがわしい事をしようとしてるみたいじゃないですか!!」
「しようとしてんだよ!!お前は!!!!」
…結局、いくら何でもまずいだろうと判断してやめた。
正直ものすごく触ってみたかった。大胸筋。
その後何がどう伝わったのか、カーネリア様に「セクハラにセクハラ返しはどうかと思うわ…」とジト目で言われたが、もちろん否定しておいた。
触ってないのにセクハラは酷いと思う。触ってないのに…。