世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
ヴァレリーはブロシャン公爵家の長女として生まれた。
ふわふわとした少し癖のある髪に、くりくりとした水色の瞳。砂糖菓子のように甘い声に、薔薇色の頬。
物心がつく頃には、ヴァレリーは既に自覚していた。
…私って、凄く可愛いんだわ。
何しろヴァレリーはどこに行っても大変可愛がられた。
ただ容姿が愛らしいだけではない。頭の回転が早く人の気持ちに敏い性質で、どのようにすれば相手が喜ぶかを読み取るのが得意だった。
つまり、生まれつき愛され上手、世渡り上手だったのだ。
そしてヴァレリーは成長するにつれて気が付いた。
自分は異性からは愛されやすいが、その代わり同性からは激しく嫌われる事がある。
原因は概ね嫉妬だと思うが、特に理由もなくこちらを嫌ってくる者もいる。そういう少女の中には時折、まるで話が通じない相手もいたりする。
そういうタイプへの対処には少々困ったが、それらも実家の権力や周囲の助けで大体何とかなった。
特に兄のフランクリンはヴァレリーに優しい。
兄は人当たりが良く、相手を立てるのが上手い。ヴァレリーがどこぞのご令嬢に嫌がらせを受けている時など、目ざとくやって来てはやんわりとその場を収めてくれる。
やる時はやるタイプだ、とヴァレリーは兄を慕っている。
ヴァレリーには弟も一人いた。名前はユークレース。
生意気で少々扱いにくい性格だったが、どうやら魔術に天才的な才能があるらしい。ほんの幼いうちからヴァレリーよりもずっと上手に魔術を使った。
弟に負けるのは少し悔しかったりもしたが、そのうち考え直した。
弟は才能に溢れているが、その分周囲の人間に合わせるのがとても苦手だ。他の子供達と馴染めず、孤立してばかりいる。
本人はそれでいいと意地を張っているが、どうにも生き辛そうに見えて仕方ない。
そもそもヴァレリーは、それほど魔術に情熱がある訳でもない。両親の期待が弟に集中するのはむしろ有り難いと気が付いた。
また、ヴァレリーの生まれたブロシャン公爵家は、この国の魔術師系貴族の頂点に立つ家だ。最大派閥であるパイロープ公爵家には及ばないものの、かなりの権力を持っている。
しかも祖父は現国王からの信頼が篤く、母は王妹。現在、王家と最も良好な関係にある貴族だと言って良い。
しかも領の財政は安定している。
農業よりも工業に重心を置いているため、他の領のように不作に悩まされたりしない。領の特産である魔石は、今後も需要が途切れないだろう。
貧しい領に生まれた令嬢はできるだけ裕福な家に嫁ごうと必死だったりするのだが、ヴァレリーにはそんな必要がない。
家の事は兄に任せればいいし、魔術師としての期待は弟が背負ってくれる。ヴァレリーはどこまでも自由な立場だ。
ヴァレリーは再び自覚した。
…私って、すごく恵まれてる人間なんだわ。
そんな訳で、容姿にも立場にも恵まれ愛想も良いヴァレリーは、幼いうちから非常にモテた。
しかしこれだという相手はなかなか見つからない。
家柄も顔も良く、兄のようにいざという時は頼れて優しい男がいい…などと考えているのだから当然である。
相手は選び放題なのだし、ヴァレリーが妥協する理由など一つもない。
同年代で一番高い地位にある少年と言えば、当然第一王子エスメラルドだ。母親似で容姿も良い。
王子は無口で表情に乏しく、何を考えているのか分からないため親しくなるのが難しいと評判だったが、従兄妹同士という関係もあってヴァレリーとは比較的親しかった。
確かに付き合いにくくはあるが、子供っぽくてうるさいよりもずっと良いというのがヴァレリーの感想だ。
この国では従兄妹婚は禁止されていない。親同士が同性、つまり兄弟や姉妹だとあまり良い顔をされないが、ヴァレリーの母と国王は兄妹なので問題ないらしい。
王子に特別好意がある訳ではないが、大人たちはちらほらとそんな話をしてくるし、そういうのも悪くないかなとヴァレリーも子供心に思っていた。
一番の理由は次期王妃というきらびやかな地位への憧れだ。豪華なドレスと宝石を身に纏い、沢山の者にかしずかれる生活には夢がある。
だがある時、あの無口な王子に親しい友人ができたという話を聞いた。
二人は出会ってすぐに仲良くなり、既に頻繁に行き来をしているらしい。
相手はジャローシス侯爵家の令嬢だ。リナーリアという名で、歳はヴァレリーよりも一つ上。
ジャローシス家は魔術師系貴族にしては珍しく商売上手で、貴族の間でも独特の立場を築いている新興の家である。領が離れている事もあり、ブロシャン家とはそれほど親交がない。
彼女はあまり身体が丈夫ではないとかでなかなか王都にも来なかったので、面識もなかった。
「やって来たと思ったら、最初に仲良くなったのが王子というのはできすぎじゃありません?」と、彼女の噂を聞いた令嬢の一人は少々ご立腹のようだった。
まあ、気持ちは分からないでもない。あの王子と一体どうやってそんなに親しくなったのだろうという単純な疑問の方が大きいが。
興味が湧いたので、城に行った際に王子に直接訊いてみる事にした。
可愛らしく微笑み、小首を傾げながら尋ねる。
「近頃殿下は、ジャローシス侯爵家のリナーリア様と親しくしていらっしゃると聞きました。一体どんな方なんですか?」
王子は少し黙り込み、ゆっくり口を開いた。
「色々な事をよく知っている。頭がいい」
それから、何か考えるような素振りで付け足した。
「…話していると、とても楽しい」
この無口な王子にしては長めのコメントだし、感情を読み取るのが得意なヴァレリーには分かった。これは大分気に入っているな、と。
「凄くきれいな方だという噂も聞きましたよ」
「うん」
この質問には淡白な返事だ。どんな感情なのかさすがに読み取れない。
斜め後ろに控えている従者のスピネルの方を見ると、彼は肩をすくめてみせた。
「そうですね。でもずいぶん変わったご令嬢ですよ。殿下とは話が合うみたいで、手紙のやり取りまでしていますが」
どこか面白がるような口調だが、さりげなく王子との仲を強調してきた。どうやら彼は、リナーリアと王子が親しくなる事を歓迎しているらしい。
ヴァレリーは密かにこの従者を高く評価している。何となく自分と似たものを感じるのだ。彼もまた立ち回りが上手く、要領の良いタイプだ。
そんな彼のお眼鏡にかなった令嬢にますます興味が湧いた。ぜひ会ってみたい。
その機会は案外早くやって来た。お茶会でたまたま同席したのだ。
リナーリアは噂通り美しい少女だった。ほっそりとしていて、肌が抜けるように白い。青みがかった銀という珍しい色合いの髪もあって、儚げな印象を受ける。
彼女はかなり緊張している様子だった。お茶会にあまり慣れていないのだろう。
周りのご令嬢の会話にいちいち大仰にうなずいては口をパクパクさせている。何とか会話に入りたいが、上手く入れないという感じだ。
肩に力が入りまくっているのが傍から見てもよく分かる。
お茶会そのものは一見和やかに進んでいる。
皆それぞれ他の令嬢の興味を引くような話題を用意してきているのだが、ある令嬢が話したのは、とても鮮やかなピンク色の花が咲く木についてだ。
「…それで、その木の株を分けてもらったんですけど、植えてみたら何故か青い色の花が咲いたんですって!元のお庭でそんな色になったことは一度もなかったそうで、不思議ですわよね」
すると、そこでシュバッ!と手を上げたのがリナーリアだった。少し頬を赤らめながら早口で言う。
「そ、それはきっと、花を植えた土のせいです!元の木はアルカリ性の土壌で育っていて、株分けした先は酸性土壌だったので、その影響を受けて色が変わったのかと思います!た、対処方法としては、乾燥させた卵の殻を細かく砕いて撒くのがよろしいかと…!」
場はしんと静まり返った。今まで無言だったリナーリアが突然発言したから…ではなく、その内容を誰も理解できなかったからである。
「あっ、すみません…つまりあの、土にはそれぞれ性質というものがあってですね…卵の殻に含まれる成分がそれを変えられるんですが…」
リナーリアはしどろもどろになった。だが、やはり理解できないのでフォローのしようがない。
なるほど、スピネルの言う通りこれは変わっている。
一人の令嬢が少し眉を寄せる。
「リナーリア様って、ずいぶん難しいお話をなさいますのね。私にはちっとも分からないのですけど、もしかして、王子殿下ともこういうお話をされているのかしら?」
「い、いえあの…そういう訳じゃ…す、すみません…」
リナーリアはしょぼんと肩を落とし、困った様子でうつむいた。
…これはまずいわ、とヴァレリーは思った。
彼女のかよわい容姿で落ち込んだ顔をされると、まるで相手が虐めているみたいになる。
ちょっとした嫌味程度だというのに、絵面が非常によろしくない。傍からだとよってたかって責めているかのように見えてしまいそうだ。
問題は彼女がこれを計算してやっているのかどうかだが、今はとりあえずフォローに入った方が良いだろう。
「うふふ、良いじゃありませんか。私にもよく分かりませんけど、リナーリア様はきっとお花に詳しいんですね。素敵です」
にっこりと微笑みかけると、リナーリアはとても嬉しそうに表情を明るくした。
「はい、そう、そうなんです!すみません、つい説明したくなってしまって…」
そう言いながら、感謝の眼差しをヴァレリーに向けてくる。助けてもらったと思っているらしい。
こちらはただ、お茶会の雰囲気が悪くなるのを阻止したかっただけなのだが。
ヴァレリーはこれで確信した。
…この人、天然だわ。
結局、リナーリアは最後まで他の令嬢たちと打ち解けられないようだった。
彼女は会話が上手くないし、令嬢たちにはいきなり王子と親しくなったという彼女に対する壁がある。
しかも後で他の子から、スピネルが彼女を庇ってどこぞの令息たちを締め上げたなんて噂も聞いた。
あの外面のいい従者は、無口な王子よりもよほど令嬢たちと親しく人気がある。当然面白く思われないだろう。
ヴァレリーは彼女に危険の匂いを嗅ぎ取った。
今後彼女がちゃんと周りの令嬢と仲良くやっていけるなら問題はないのだが、そうならなかった場合。
嫉妬した令嬢たちはヴァレリーを担ぎ上げて彼女を攻撃しようとするかも知れない。ヴァレリー本人にその気がなくともだ。
そうなると王子や従者も巻き込み、非常に面倒な事になる可能性がある。彼らはきっとリナーリアの味方をするだろうし。
これは回避するに限る。
ヴァレリーは王子の件について、あっさりと戦略的撤退を決めた。
リナーリア自身は無害のようだが、その周囲には地雷が埋まっている。迂闊に近付いてはいけない。
次期王妃という立場には若干の未練もあったが、そのために泥沼の争いをする気などヴァレリーにはさらさらない。
かと言って、彼女と親しくなるつもりもない。それはそれで面倒そうだからだ。
どうも彼女は厄介事に巻き込まれやすい体質のような気がする。
それに、あの嬉しそうな顔を見て分かった。彼女は助けてあげたくなるタイプだ。本人はそれを自覚していないようだが。
誰かと敵対するのも、誰かに肩入れするのも御免だ。
自分は自分のために、自由で楽しく生きていきたい。
それがヴァレリーの生き方なのだ。
…でも何だか面白そうだし、程々の距離で見守ろうっと。
密かにそう思った。