世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
「こちらが、結婚式当日の大まかな段取りとなっております。と言ってもその都度侍女がご案内致しますので、頭に入れておく必要はございません」
「はい」
侍従長が差し出した紙を、私と両親はそれぞれ受け取った。
入場、楽団の演奏、国王陛下と王妃様の挨拶、殿下と私の挨拶、両親の挨拶…挨拶多いな…。
どこの結婚式も挨拶は多いものだが、やはり桁が違う。
とても大まかには見えない細かいスケジュールがずらずらと書かれている。
「こちらは挨拶や入場などの際に演奏する曲の候補でございます。お好きな曲、あるいはお嫌いな曲などございましたらお申し付け下さい」
「はい」
これまたずらずらと曲名が並べられた紙を渡される。
「こちらは会場を飾る花の見本でございます。リナーリア様は薔薇がお好きとの事ですので、薔薇を中心にお選び致しました。こちらも、何か要望がございましたらお申し付け下さい」
「は、はい…」
大量に並べられた花飾りやらプランターやらを示される。見本だけで凄い量だ…。
今日、私は両親と共に城を訪れている。殿下と私の結婚式の準備のためだ。
別に王家側で適当に進めてくれて構わないのだが、国王陛下や王妃様は私に気を遣って下さっているようで、できるだけ私や両親の意向を確認してから準備をしたいとの事だ。
婚約発表パーティーの時はかなり忙しなく、こちらの要望を聞いている暇がなかったせいもあるのだろう。
しかし式への要望をどうぞと言われても、そんなもの考えた事もない。
侍従長は紙を渡すたびにあれこれ丁寧に説明してくれているのだが、私も両親もただ圧倒されてうなずくばかりだ。
うちは侯爵家でも一番の新参だし、しょっちゅうパーティーを開くような社交的な家でもない。
ラズライトお兄様の結婚式の時はそれなりに盛大にやったが、あくまで我が家なりの盛大である。第一王子の式とは規模が比較にならない。
ふと、天井の大きなシャンデリアを見上げる。きっとこの国で一番豪勢なシャンデリア。
何しろ殿下の結婚式なので、式典のほとんどは当然ここ…城の大広間でやる。
当日は広いこのホールを埋め尽くすくらいの人が来場するだろう。
婚約発表の時も、ここで恐ろしく大規模なパーティーをやったのだが、あれを遥かに超える規模になるのかと思うと、思わず気が遠くなってくる。
両親もきっと同じ気持ちなのだろう、さっきからずっと作り笑いのままでろくに喋っていない。
「こちらは、当日提供される料理です。ご試食ください」
目の前に並べられたのは凄まじい数の料理だ。パーティー用なのでどれも一口か二口くらいのサイズなのだが、種類がものすごく多い。
カクテルグラスに入ったピクルスやサラダ、ハムやパテが乗せられたカナッペ、小さなパイにサンドイッチ、チーズ、串焼きになった肉や野菜、カップデザート…。
それぞれ何種類もあって、どれも美しく華やかに盛り付けられている。
運んできたのは侍女たちだが、城の料理人が何人も壁際に並んでこちらを見ている。
うう…視線が集まっていて食べにくい…!
恐る恐る、ゆで卵が乗ったカナッペに手を伸ばす。
「……」
もぐもぐ口を動かす私に、侍従長が少し心配げな顔になる。
「…お気に召しませんでしたでしょうか?」
「あっ、いえ、とても美味しいです!」
味は本当に美味しいのだ。…多分。でも、上手く喉を通っていかない。
「何かお飲み物を…」
侍従長がそう言いかけたところで、殿下が片手を上げて遮った。
「せっかく出してもらったのに済まないが、一度休憩を挟んで良いか。リナーリアもジャローシス侯爵夫妻もまだあまり空腹ではないようだし、パーティー料理ならば多少時間が経ってからでも問題あるまい」
「承知致しました」
突然の提案だが、侍従長は即座にすっと頭を下げた。
両親がほんの少し安堵したような表情になるのが分かる。二人も私と同じように、なかなか料理が喉を通らなかったらしい。
…殿下は、私や両親が緊張しているから休憩を提案してくれたんだな。
そう思いながら横顔を見上げる。
「では、ジャローシス侯爵と夫人は別室に案内を頼む。…お茶でも飲んで、しばらくくつろいで下さい」
殿下の言葉は、前半は侍従長に、後半は両親に対してのものだ。
両親が「有難うございます」と礼をする。
それから殿下は、私の方を見て微笑んだ。
「リナーリア。少しの間、裏庭を散歩しないか」
「はい!」
城の廊下を歩いて裏庭に出た私は、思い切り外の空気を吸い込んだ。
初夏の日射しは少々暑いが、庭の草木を通って届けられる風は緑の匂いが濃く、何だかとても落ち着く。
「はあああぁ…」
吸い込んだ息を大きく吐いた私に、殿下が苦笑する。
「済まない。ずいぶん緊張させてしまったようだ」
「いえ、そんな!…すみません、私も両親も、こういう事には慣れていなくて…」
ぶんぶんと首を振る私に殿下は少し困ったような顔になったが、無言のまま歩き始めた。
いつもの散歩コース、カエルがいる池の方向だ。
短く刈られた芝を踏みながら歩いていると、殿下がポツリと言った。
「…君は、結婚式だとかパーティーの準備には興味が無いだろうか?」
「えっ!?…いえ、そのような事は、決して」
「では、興味があるのか?」
「……」
私はしばらく黙り込み、池に着いたところで降参した。
「…すみません。興味は、その、正直なところ…。今まであまり持ったことがなかったもので…」
社交が得意ではない私は、パーティーやお茶会がずっと苦手だった。
前世でも自分や殿下の婚約発表の時など多少準備に携わったが、やっぱりほとんど口を出さず人に任せっぱなしにした。
今世では友人ができたおかげで、前世に比べれば大分ましにはなったのだが、それでもやはり特に好きな訳ではない。
うつむく私に「だろうな」と言って殿下はうなずいた。
「実は俺もだ。パーティーに大して興味はない」
…それもそうだった。殿下だって特にパーティーが好きな訳ではない。
王子というのはどこに行っても注目される。常に人に囲まれ話しかけられ、気が抜けない。
嫌いとまでは行かなくとも、必要だから出ているだけだし、その準備など尚更どうでもいいだろう。
本当に申し訳ない、と私は肩を落とす。
今は社交シーズン真っ只中だ。殿下だってお忙しいのに、こうしてわざわざ時間を割いて付き合って下さっている。
なのに、私はただうなずくばかりでろくに感想も言えていない。文句が無いなら無いなりに、もう少し何か言いようがあるだろうに。
せめて殿下を拘束しないよう、スムーズに終わらせる努力をするべきだった。
「…だが、今回ばかりは別だ。俺は、結婚式をとても楽しみにしている」
「え…?」
私は思わず顔を上げた。
「楽しみ、なんですか?」
「ああ」
殿下は真面目な顔でうなずく。
「理由は簡単だ。…これが、君と一緒にやる事だからだ」
「……」
思わずぽかんとする私を見ながら、殿下は言葉を続けた。
「儀礼に挨拶、覚える事はたくさんあるし、当日はきっと凄く大変な一日になるだろう。とても忙しく、多くの人間に囲まれて、目が回るような思いをするに違いない。だけど、とても大切な思い出になると思う。…俺たちの、一生に一度の結婚式なのだから」
Twitterの旧アカウントにログインできなくなってしまったため、新アカウントに移行しました。
更新告知の他、色々と呟いております。らくがきなどもあります。
どうぞフォローよろしくお願いします!
https://twitter.com/umesugiu
【挿絵表示】