世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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式の準備(後)

「だから俺は、結婚式が楽しみだ。俺のわがままかも知れないが、できれば君にもいい思い出にして欲しい」

 

 …式を楽しむ。

 そんなの一度も考えた事なかった。ただ役割を、儀礼を、無難にこなす事しか考えてなかった。

 でも殿下の言う通り、結婚式というのは一生に一度の思い出になるイベントのはずなのだ。

 子供の頃私も母に聞かされた。結婚式の思い出。

 準備も、それから当日も色々と大変だったと言っていたけれど、母はとても楽しそうな顔でそれを語ってくれたのだ。

 

 

「…さすがは、殿下です…!」

 思わずそう言ってから、前世の殿下にも同じような言葉で励まされた事があったな、と思い出す。

『大丈夫だ。劇は上手くいく。きっといい思い出になる』

 あれは確か、3年生の芸術発表会の時だ。あの時私は、劇の開演を目の前にして酷く緊張していた。

 

 …殿下は、私が困っている時や沈んでいる時、いつもそうして声をかけてくれる。

 そして、私に大切な事を気付かせて下さるのだ。

 

 思わず目を細めた私に、殿下は不思議そうにした。

「?」

「いえ、すみません。少し思い出していました。前世のこと」

「前世の?…どんな?」

 

「芸術発表会の劇で、私がお姫様役をやらされた時です」

「お姫様…?しかし、君は」

「ええ。女装させられたんです。クラスの皆に決められて、無理矢理。似合ってるとか言われても、私としてはとても屈辱的だったんですが」

 今となっては楽しかっ…いややっぱり腹立つな。ヘルビンは許さない。

 

 

「似合っていたのか…なるほど…」

 殿下は真顔で納得した。

 そう言えば殿下、あの緑色の箱の形をした古代魔導具の中で、前世の私に会ったんだよな。その私はまだ子供だったらしいけど。

 

「その劇の時も、殿下に励まされたんですよね。きっといい思い出になるって。…あ、それに」

「なんだ?」

「冗談で言われたんです。『もしお前が女だったら、俺は婚約の相手に困らなかっただろう』って」

 ついおかしくなってふふっと笑う。

「私は、『そうなった時は考えて差し上げます』って答えました。まさか、本当にそうなるなんて夢にも思いませんでしたけど…」

 

 

 殿下は少し目を丸くして、それからじっと私の顔を見た。

「そうか…」と、やけにしみじみとした様子で呟く。

 

「では俺も、知らないうちに前世での望みを叶えていたんだな」

「ええ?あれはただの冗談ですよ。私の緊張を和らげようと」

「いや、違う。きっと俺は本気だったと思う。君が男だろうと、俺が君という人間に惹かれないはずがない」

「ええぇ…?」

 

 でも確かに、あの時の殿下の表情は真面目だった。

 あくまで例えばの話だし、恋愛感情とかそういうのではないだろうけど、そうだったらいいと本気で思って下さっていたのか。

 

 …私の事を、生涯を共にしたい相手だと、そんな風に。

 

 

「……っ!!」

 ま、まずい。嬉しい。嬉しすぎて顔がめちゃくちゃ緩んでいるのが分かる。

 ニヤニヤが止まらない。

 

 嬉しさと恥ずかしさで悶絶していると、いつの間にか殿下がムスッとした顔になっていた。

「す、すみません、あまりに嬉しくてつい…!」

 反応が気持ち悪すぎて引かれてしまった…と慌てる私に、殿下は「違う、そうじゃない」と首を振る。

 

「俺は、俺に嫉妬している」

「はい?」

「君にそんな顔をさせる、君の主が羨ましい」

 

「……」

 私は再びぽかんとしてしまった。

 あの殿下がヤキモチを焼くなんて…。

 しかも、よりによって相手が自分って。

 そんな事ある?

 

 

「あは、あははっ…」

「…笑わないでくれ。自分でもおかしな話だとは思っているんだ」

 殿下はますますムスッとするが、どうしても笑いを止められない。

「だって、殿下」

「仕方がないだろう。君の事になると、俺はとても平静ではいられない」

 

 ちょっぴり赤くなって横を向きふてくされる殿下に、また笑ってしまう。

 …ああ、やっぱり殿下は、私の主とは違う。

 こんな風に拗ねてヤキモチを焼く所なんて、前世では見た事がなかった。

 二人は同じだけれど、やっぱり違うのだ。

 

 そして、私も。

 いくら記憶があった所で、やっぱり前世の私と今の私は違う。

 リナライトでは決して歩む事がない未来を、私は歩み出している。

 

 

「殿下。機嫌を直してください」

 こちらを振り返った殿下に、精一杯の気持ちを込めて微笑む。

 

「リナライトの主は、前世の殿下だけです。…でも、私の、お、お、夫になる方は、貴方だけでしゅ」

 

 

「…か、噛んでしまった…!」

 私は両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。恥ずかしい。ここは大事な所だというのに!

 本当に私は、肝心な所で締まらないから嫌なのだ。

 絶対に顔が真っ赤になっていると思いながら小さくなる私に、「リナーリア」と頭上から声がかけられる。

 

「ありがとう。俺は幸せ者だ」

 

 見上げた殿下は、とても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 いつも表情が控えめな殿下にとってはすごく珍しい、ほんの少し頬を赤らめた、満面の笑顔。

 伸ばされた手を取って立ち上がると、ぎゅっと抱き締められた。

 大きな胸の温かさに、一瞬だけ目を閉じる。

 

 

 

「…そろそろ戻ろうか。皆をあまり待たせるのも可哀相だ」

「はい」

 

 手を繫いで隣を歩きながら、そっと端正な横顔を見上げる。

 …近頃殿下は私に向かって、「一緒に」という言葉をよく使う。

 これは私の意思を尊重しようとしているからだ。

 私達は夫婦になるのだと、二人で共に歩むのだと、言葉と態度で示して下さっている。

 

 私も、いつまでも前世の記憶や関係に引きずられてはいけない。

 今の私は殿下の後ろを付いて歩いていた従者ではない。隣に立ち、歩む者になるのだ。

 王子妃になれば人前に立つ機会が一気に増えるし、人に命令を下したり指示を出す事も多くなる。苦手だからといって、その度に毎回まごついてなどいられない。

 

 思い出は大切だけれど、今世での新たな立場、新たな関係に慣れてゆくために、少しずつでも考え方を変えていかなければ。

 なるべく楽しむ。いい思い出にする。そう前向きに考えて臨めば、少しは苦手意識も取り除ける…はずだ。きっと。

 

 

「…そうだ、殿下。私、パーティーでジャローシス領のバッファロー肉を出したいです」

「それは良いな。ローストビーフかサンドイッチなら、パーティーにもぴったりだろう」

 

「あと、花もです。うちの領には珍しい植物が多いので、来場する方に見ていただきたいです。飾りの一部に使っていただけたらと…輸送がちょっと大変だと思いますけど…」

「ふむ。アーゲンに相談してみるか。パイロープ領はジャローシス領から近いし、その手の輸送は得意のはずだ」

 

「ウェディングケーキの上には、ミナミアカシアガエルをかたどった人形を飾りましょう」

「それは…ううん…それはどうだろうな…?」

 真剣な顔で眉根を寄せた殿下に、私は声を上げて笑った。

 

「冗談ですよ、殿下!」

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