世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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川遊び(前)

 ゴトゴトと音を立てて、馬車が動きを止める。

 足元に注意しつつタラップを降りた私は、周囲の景色を見回して隣の殿下を見上げた。

「とても素敵な所ですね、殿下」

「ああ。気持ちの良い場所だ」

 

 青々と茂る木々に、キラキラと日差しを反射して輝く川。

 その水面は穏やかで透明度が高く、泳いでいる魚の影までよく見えそうだ。

 

 …そう、今日の私達は、王都からほど近いとある川のほとりへとやって来ている。

 水深が浅く流れも緩やかで、しかもちょっとした丘の陰にもなっているここは、王都に住む貴族たちが川遊びをする場所として昔から親しまれている、いわゆるレジャースポットだ。

 何故こんな場所に来ているかと言うと、話は数週間ほど前。

 いつものように学院の食堂で、殿下とスピネル、カーネリア様とランチを取っていた時に遡る。

 

 

 

「お願いします王子殿下!うちの新作水着のテストモニターになっていただけませんでしょうか…!」

 殿下に向かってがばっと頭を下げたのは、クラスメイトのアフラ様だった。

 彼女は服飾産業が盛んな領の生まれで、本人も裁縫が得意である。服のデザインに興味があるらしく、毎年芸術発表会の衣装作りなどで活躍しているご令嬢だ。

 

「新作水着とは、どういう…?」

 戸惑いながら尋ねた殿下に、アフラ様が勢い込んで答える。

「殿下もご存知かと思いますけど、昨年、川遊びで伯爵家のご令嬢が溺れる事件があったでしょう。助けようとしたお友達も溺れかけて…」

「ああ、あったな」

 

 私も覚えている。幸い、護衛の魔術師や騎士によって助けられたので全員命に別条はなかったはずだが、危うい所だったとちょっとした話題になっていた。

「あの事件、溺れた原因はご令嬢が着ていた水着にもあったようなんです。ほら、近頃は装飾過多な…裾の長い水着が流行していたでしょう。あれが手足に絡まったみたいで」

「ああ…あれか」

 

 元々この国の水着とは男女共通のシンプルな作りで、肩から二の腕、下は膝のあたりまでを覆う、身体にフィットした形のものだった。

 しかしだんだんとデザインに凝る者が出てきて、特にここ数年は下半身がスカート状になっていたり、肩や腰からひらひらとしたフリルや長いリボンなどが伸びた、それもうドレスじゃないのか?と言いたくなるデザインのものが流行していたのだ。

 主に女性用のものだが、男性用も結構派手なのが作られている。

 

 

「このまま、ああいう装飾の多い水着が流行るのは危険です。そこでうちの領のデザイナーが、動きやすくて可愛らしい、素敵なデザインの水着を新しく開発いたしました。…ですがこの新型水着、従来の水着に比べて少々肌の露出が多いんです。そのせいで敬遠されてなかなか広まらなくて…機能性はバッチリなんですけど…」

「ふむ」

 

「しかし、水着で露出が増えるのはむしろ自然な事なんです!その方が水中での動きを妨げませんし、水から上がった時も乾きやすいので身体を冷やしません。水着というのは本来、布面積を少なくするべきものなんです!」

「ふむ…そうだな」

 アフラ様の主張は理に適っている。殿下も、横で聞いている私たちもうなずいた。

 

「そこで、殿下にテストモニターになっていただきたいんです。うちの新作水着を試していただき、忌憚ない意見を聞かせてくださいませんか。殿下が認めたものとなれば、世間でも受け入れやすくなると思うんです!!」

 …ははあ、なるほど。

 つまりアフラ様は殿下に試してもらう事で、新作の宣伝をしようという訳だ。『あのエスメラルド王子も絶賛!!』とか何とか、そういう売り文句を使いたいのだろう。

 

 しかしいくらクラスメイトとは言え、殿下を宣伝に使うのはどうだろう…?

 私は斜め向かいにいるスピネルの顔を見たが、とりあえず止める気はない様子だ。殿下本人の意志で、モニターとして試すだけという形ならOKって事かな。

 それに、流行りの装飾過多な水着が危険というのも事実だ。もっと安全な水着を流行らせたいという意見には賛成できる。

 

 

「…忌憚ない意見を言って良いんだな?」

 忖度はしないぞという意味だろう、殿下が確認すると、アフラ様は「もちろん!」と力強くうなずいた。

 新作水着が絶対に良いものだという自信があるのだろう。

 

「今度、その水着を男女数着ずつ持ってきます。きっとお気に召していただけると思いますので、どうぞ皆さんで試されて下さい。…本っっ当に!可愛いので!」

 可愛いという点を強調しつつ、アフラ様はちらっと私の方を視線で示した。

 殿下も、ハッとした顔になって私の方を見る。

 …あれっ?もしかして私もモニターの人数に数えられてる…?

 

「分かった。その新作水着、ぜひ試させてもらおう」

 殿下は何故か、期待に満ちた様子でうなずいた。

 

 

 

 …そんな訳で、すぐに私にサイズを合わせた水着が届き、私は殿下達と共に川遊びに行く事になってしまった。

 スピネルとカーネリア様、それからライオスも一緒だ。

 

 私は泳げないし水着も苦手なので正直全く気が進まなかったのだが、「流れの緩い浅瀬だけなら大丈夫だろ。いざって時はちゃんと助けてやるし」とか「新作水着、いいじゃない!私達だけだから恥ずかしがる事もないわよ」とかスピネルとカーネリア様に言われ、しかも殿下がソワソワと物凄く行きたそうにしていたので、断れなかったのである。

 

 まあ夏の暑い時に川で涼むのは楽しいものだし、普段王都から出る機会が少ない殿下が遊びに行きたがる気持ちも分かる。

 水泳訓練の時とは違って「魔術は使うな」なんて言われる事もないだろうし、殿下と一緒なら滞在中は護衛のため周辺の出入りは制限されるはずなので、余計な衆目に晒される心配もない。

 せっかくだから私も行って楽しもう、と考えることにした。

 

 ちなみにライオスは、山や川が好きみたいだからひょっとして行きたがるかな?と思って試しに誘ってみた所、『行く』と即答したので連れて来た。

 彼は時々自分の翼で王都の外に遊びに行っているのだが、私達と一緒というのは滅多にないので嬉しかったらしい。

 近頃はスピネルやカーネリア様ともすっかり打ち解けてるしな。殿下とはやっぱりまだちょっと溝があるんだけど。

 

 

 

 

「…皆様、天幕の用意ができました!」

 護衛の騎士の声で後ろを振り返ると、川原に簡易的な天幕が立てられていた。中で着替えたり荷物を置くためのものだ。

 スピネルが私とカーネリア様に尋ねる。

「お前達は着替えに時間かかるだろ。俺達が先でいいか?」

「はい」

 どうしたって女性の方が身支度に時間がかかるからな。その方が効率的だ。

 

「お兄様達はどんな水着なのかしら!楽しみね」

「そうですね」

 私用の水着は既に渡されているのでどんなデザインか知っているが、他のものはまだ見ていない。男性用はどんなのなんだろう。

 

 

 少しの間川を眺めつつ雑談をしていると、天幕から3人が出てきた。

「わ、わ、で、殿下!」

「まあ!男性用の新型水着って、上は裸なのね!?」

 カーネリア様と共に驚きの声を上げる。

 3人共、膝より少し上までのズボンを履いているだけで、上半身は裸だ。従来の水着とはまるで違う。

 

「えっ、これだけですか?下着とかではなく?」

「そうらしいな。でも言われてみりゃ、男は別に胸を隠す必要ないしな」

「ああ。それにこれなら、きっと水中でも泳ぎやすいと思う」

『我はいつもこれでも構わないぞ』

 久し振りに窮屈なシャツや上着から解放されたせいか、ライオスは上機嫌のようだ。

 

 

「はえぇ…」

 思わず嘆息しつつ、改めて殿下の全身を眺める。

 

「殿下…すごい!凄い格好良いです!大胸筋が…上腕二頭筋も!それに三角筋も素晴らしいです!!いつの間にこんなに腹直筋が割れて…!?」

「お前マジで筋肉しか見てねえな!!!」

「だって凄いじゃないですか!!いえ、前から凄いと思ってましたが、脱いだらもっと凄いです…!!」

 

「…そんなに見つめられると恥ずかしいんだが…」

 殿下がちょっぴり恥ずかしそうにする。

「あ、すみません、あまりに格好良くて…つい…」

 いかん、思わず凝視してしまった。両頬を押さえながら視線を逸らす。

 

「こいつの食いつきっぷりにはちょっと引くが…良かったな、殿下。頑張って鍛えた甲斐があったじゃねえか」

「うむ…」

 スピネルがニヤっと笑い、殿下は照れた顔でうなずいた。本当に格好良い。

 

 すると、横でライオスがむっとした顔になった。

『我だって凄いぞ。いや、我の方が凄いぞ』

「ええ、もちろんライオスも素晴らしく逞しいです。でもライオスの筋肉は見慣れていますので」

『むぅ…』

 ライオスは初めて会った時からずっと上半身裸だったからな。確かに見事な筋肉なんだけど。

 

 

「お兄様だって格好良いわよ!歴戦の勇士って感じ!」

「勇士…?」

「そうですね。スピネルも格好良いです」

「そりゃ、ありがとよ」

 

 苦笑しつつ肩をすくめるスピネルは、殿下やライオスよりは細いのだが、決して痩せている訳ではない。無駄なく引き締まっているという感じだ。

 しっかりと腹筋も割れていて、全身よく鍛えられているのが分かる。

 

 カーネリア様が歴戦の勇士と言っているのは、胸元に大きな傷痕があるからだろうな。ブロシャン領で巨亀と戦った時の傷だ。

 この件に関しては今でも少々申し訳なさを感じるのだが、でもこうして見ると傷はむしろ格好良いような気もする。口に出したら怒られそうなので言わないが。

 

 

「それじゃ、リナーリア様。私達も着替えましょ!」

「そうですね」

 カーネリア様と連れ立って天幕に向かう。

 うう…やっぱり気が重い。あれ着るのかあ…。

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