世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第20話 将来の夢

「ところで、さっき勉強の時間を削ってるって言ってたが、勉強は大丈夫なのか?」

話題を変えるようにスピネルが言った。

「はい。学院入学に必要な学力は十分に身に着けていますので」

「ずいぶん自信満々だな。本当に大丈夫なのか」

「なんで疑うんですか」

「お前が『基礎はできてます』って言ったダンス、とんでもなく悲惨だった事を覚えてるか?」

「ぐっ…!」

痛いところを突かれて私は呻いた。

「本当に勉強は得意なんです!何ならテストしてみてもいいですよ」

思わずむきになってそう言うと、スピネルが面白がるような表情になる。

「よーし、じゃあ俺と殿下で問題を出してやる。ちゃんと答えられなかったら罰ゲームだ。何でも言うことを聞いてもらうぞ」

「分かりました。では全問正解したらスピネルと殿下が罰ゲームでいいですね?」

「望むところだ」

「いいだろう」

殿下もうなずいた。ここは良い所を見せなければならないだろう。

 

「デンスの丘の戦い」

「329年の夏ですね。ケルスート将軍が200の兵を率いて戦い、3日かけて勝利しました」

「ペクロラス伯爵領の特産物は」

「主に小麦ですね。量よりも質を重視しているので収穫量は少なめですが、それなりの利益を得られているようです。また鉱山があり少量ですが良質の鉄が採れるので、そちらの収入もあり領の財政は安定しています」

「…詳しいな」

殿下が嘆息した。

先程から歴史、文学、数学など色々な問題を出されているが、今の所全問正解だ。

 

「そういやお前色んな薀蓄がすらすら出てくるもんな…。覚えるのは得意なわけか」

「確かに記憶力には自信がありますけど、教科書の内容以外のことも色々知っていますよ。ペクロラス伯爵夫人は絵画に興味があって…あ、鑑賞ではなく自分で描く方ですが。その新しい顔料を作りたくて伯爵には内緒で鉱山に人を送っていることとか」

「…俺も知らない情報なんだが」

スピネルはびっくりしたようだ。

王子の従者は貴族間の事情にも精通しておく必要がある。恐らく彼もかなりの事情通のはずなので、自分が知らない情報が出てきて驚いたのだろう。

 

「ふふふ、噂話は貴族の嗜みです。何なら伯爵が懇意にしている王都の娼館も知ってますよ?」

つい得意になってそう言うと、スピネルがぎょっとして「は!!?」と叫んだ。

「え、この手の話題は貴族間では鉄板ネタではないですか。あ、いや私は行きませんが」

「当たり前だバカ!!」

ちなみにペクロラス伯爵と夫人の事情は、今から1年ほど後にこの件が理由で離婚するしないの騒動に発展し、貴族の間でかなりの噂になるのでよく覚えているのだったりする。

「そうじゃなくて令嬢が娼館とか何とか口にすんな!慎みってもんがないのかお前は!見ろ、殿下がびっくりしてんだろ!」

スピネルに言われて殿下を見ると、目を丸くして絶句している。

「あ…す、すみません。うっかり…」

「うっかりじゃねえよ!!」

 

何だか思った以上に怒られてしまった。スピネルはよくこういう話をしそうだと思ったのに…。

実は私も前世ではその手の話題が大の苦手だったのだが、学院生活を送る上で必要と判断し克服したのだ。

何しろ、年頃の男というのは寄ると触るとそういう話になる。そして更なる下ネタへと発展していく。特に騎士課程の奴らだ。

あの脳筋共は魔術師課程の男を見るとすぐに青瓢箪だのヒョロガリだのと馬鹿にしてくるのだが、その上さらに堅物とからかわれるのは我慢ならなかった私は、下ネタを克服することを決意した。

「舐められたくないので猥談について勉強しようと思います」と言った時の殿下の生暖かい目は今でも忘れられない。

でも、従者として様々な貴族の相手をするためにはその手の話は絶対に避けて通れないし、後々役に立ったりもした。

勉強は無駄にはならないのだ。

 

しかし貴族令嬢の出す話題としては確かに不適切だった。私は素直に謝る事にする。なんかこれ前にも似たような事があった気がするな。

「確かにスピネルの言う通り、若い令嬢の話すことではありませんでしたね。すみません。次からは気を付けます」

「そのうち本当に殿下に嫌われても知らねーからな」

「殿下は娼館の話をしたくらいで人を嫌ったりしません!」

「お前その殿下への謎の信頼やめろ。殴るぞ」

「スピネル、暴力はいけない」

「殿下…頼むから黙っててくれ…。こいつには一度きっちり説教しないと」

スピネルはぐったりした様子で私を指差す。

「せ、説教は勘弁して下さい。反省してます。本当に反省してますから」

「嘘つけ」

「本当ですよ!…あ、そうそう、罰ゲーム!私の勝ちですよね?私からのお願いは説教をなしにするという事で、どうか一つ…」

スピネルはしばらく私を睨み下ろし、それから「しょうがねえな」とため息をついた。

 

「それにしてもリナーリアはすごいな。家庭教師になれそうだ」

殿下に褒められた。嬉しい。

「ああ、それはいいですね。王宮魔術師になれなかったら、家庭教師も良さそうです」

「…王宮魔術師団に出入りしているとは聞いたが。本当に王宮魔術師になるつもりなのか?」

「そうですね。入れるかは分かりませんが」

私は去年から、セナルモント先生を訪ねてしばしば城の王宮魔術師団の所に通っている。

主に古代王国の話を聞かされる事になるが、魔術について相談したり少しだが訓練を見せてもらったり、他の王宮魔術師ともぼちぼち親しくさせてもらっている。

前世ではよく通った場所なので慣れているし、懐かしい。やはり私は魔術師なので、沢山の魔術の本や薬品、魔導具などが並んだあそこの雰囲気がとても落ち着くのだ。

 

だが、私の返答を聞いたスピネルは何故か厳しい顔になった。

「お前ならいくらでも良い家に嫁げる。わざわざ王宮魔術師になって働く必要なんてないだろ。…ただの魔術師とは違う。時には特に危険な魔獣とだって戦わなきゃならないんだぞ」

「さっきは私は慎みがないとか怒ってたのに、結婚を勧めるんですか?」

「混ぜっ返すな。お前はバカだし女らしくないしバカだが、一応教養はあるし魔力も高い。家は侯爵で、バカだが見た目も悪くない」

「今バカって3回言いましたね」

「4回目が欲しければ言ってやるぞバカ。それで何故王宮魔術師になりたがるんだお前は」

 

スピネルのその疑問に、私はあえて普通の口調で答える。

「うちは優秀な兄が二人いますし、財政的に困窮してる訳でもないので、私が無理に嫁ぐ必要はありません。それなら私はこの国の役に立つ仕事をしたいのです」

あまりに優等生すぎる発言だと自分でも思うが、これは私の嘘偽りない気持ちだ。

どうせ一度は死んだ身なのだし、今更裕福で安全な暮らしを送りたいとは思わない。

殿下を守った上でまだ生きていたら、今度こそこの国と殿下のために働きたい。

だが、それを聞いた殿下とスピネルはすごく微妙な表情だった。やっぱり胡散臭く聞こえてしまったかな。

 

「それに、私ほどの魔術師をそこらの貴族家に埋もれさせておくのは惜しいですよ」

「自分で言うな」

「事実ですので。今回王都に来る途中も魔獣の群れに襲われましたけど、しっかり撃退しましたし!」

「リナーリアが戦ったのか?」

殿下が少し驚く。

「数が多かったのと、中型が何匹か混じっていて少々手間取りそうだったので手伝っただけですけどね。撃退したというのは冗談です。護衛達が頑張ってくれたので、私は後ろから水の防護壁を張った程度です」

我が領の騎士や魔術師達は優秀なので私が出て行かなくても何とかなったとは思うが、彼らが傷付き怪我をする所など見たくはない。

多少の怪我は魔術で癒せるけれど、私が手助けする事で怪我自体を防げるならその方がいいだろう。

 

「ここ十数年、魔獣の数が増え続けているからな。お前の他にも、王都への移動の際に魔獣に襲われた貴族が何人かいる。特に最近は町や村での被害報告も増加傾向だ。幸い、まだ大した被害は出ていないが」

「やはりそうなんですね…」

私は僅かに眉をひそめる。私の記憶通りなら、これから魔獣被害の件数はさらに増えていくことになる。少しずつだが、確実に。

「王都の中は安全だが、気を引き締めなければいけないな」

殿下の言葉に、私とスピネルはうなずいた。

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