世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
天幕に入り、荷物の中から水着と日焼け止めを取り出す。
「わあ…リナーリア様の水着も凄く可愛いわね!」
「ええ…でも恥ずかしいです」
上下のセパレートになったコバルトブルーの水着。
たっぷりのフリルが胸元と腰回りを覆う形になっていて、大きなギャザーのお陰で貧弱な胸や腰のラインが上手く隠されている。
フリルが大量についた水着というのは最近の流行りだったはずだが、しかしこれは露出の多さが従来の水着とまるで違う。
お腹の部分が丸出しだし、スカートも太ももまでの丈しかない。腕も脚もほぼ全部出ていて、本当に胸と腰だけを隠したデザインだ。
貴族の常識から考えるととんでもない肌面積の多さだし、私から見てもやっぱり、水着と言うよりは派手な下着だ。
「可愛い~!とっても似合ってるわよ!!」
「そ…そうですか…?」
一応身につけてはみたが、この格好で殿下達の前に出るのかと思うと目眩がしそうだ。
アフラ様は「慣れれば大丈夫、いずれ絶対流行るわ!!」と断言していたが…これ流行るの?本当に?
「カーネリア様の水着も、とても素敵です。普段から剣術をやっているから、引き締まっていらっしゃいますよね」
彼女のパッションピンクの水着は露出度で言えば私のものよりも高く、しかも身体のラインが出るようなデザインだ。
だが可愛らしくリボンのアクセントが入っていて、彼女によく似合っているように思う。スタイルが良くて羨ましい…。
「私もこんなに肌が出ているのはちょっと恥ずかしいわね。でもこれ、今までの水着に比べてずっと身体を動かしやすいわ。泳ぐのが楽しみね!」
「うう…私が溺れたら助けて下さい…」
「あはは、大丈夫よ、任せて!…それよりリナーリア様、髪型を変えましょ。そのままだと邪魔になっちゃうでしょ」
「あっ、はい。お願いします」
荷物から櫛を取り出したカーネリア様が、うきうきと私の髪を解く。
「せっかくだから、普段はやらない髪型にしてみましょう」
「お任せします」
「殿下、きっと驚くわよ~!」
「ほー。それが新型水着か。随分と思い切ったデザインだな」
『……?』
「へ、へ、へそが。おへそが出ているぞ」
男性陣の反応は三者三様だった。
スピネルは目を丸くしつつ感心していて、ライオスはよく分からないという様子だ。まあライオスは水着自体ほとんど見た事ないだろうしな。
そして殿下は、赤くなりつつ物凄く慌てている。
「これ、上下で分かれてるから身体を捻っても布が引っ張られないの。泳ぐ時もきっと楽だわ」
「へえ、それで腹の部分が出てるのか。なるほどな」
「そ、そんなに肌を出していいのか…?」
ううっ、殿下がめちゃくちゃおへその辺りを気にしている。視線が中空とおへそを行ったり来たりしていて挙動不審だ。
凄く恥ずかしいが、さっき私も似たような事をしたのでやめてくれとは言いにくい。
「お前、コルセットなしでもそんなにウエスト細いのか。内臓どこに入ってるんだよ」
「ちゃんと入ってますよ。見た事はないですけど」
「あったら死んでるっての。これなら両手で掴めるんじゃないか?なあ殿下」
「…!?俺はそんな事はしないぞ!?」
「いや、やれとは言ってねえし…」
スピネルは呆れ顔になると、殿下を肘でつついた。
「それより、他に何か言う事あるだろ」
すると、横のライオスが私を見ながら口を開いた。
『変わった髪型だな。初めて見た』
「あ、はい。カーネリア様がやって下さったんです」
「可愛いでしょ!ツインテールっていうのよ!」
そう、私の髪は頭の両側で結んでくるっと巻き、短めに垂らしてある…んだと思う。結っている所を鏡で見ていたが、私には何をどうやっているのかさっぱり分からなかった。
『なるほど、そういうのを可愛いというのか。…姉上は可愛い』
「ありがとうございます」
私はにっこりした。
辛抱強く言い聞かせたお陰で、最近のライオスはちゃんと私の事を姉上と呼ぶのである。弟が板についてきたようで嬉しい。
「ほら見ろ、先越されたぞ」
「あ、う、り、リナーリア」
スピネルに押された殿下が一歩前に出てくる。
「と、とても可愛い。水着も、髪型も、凄く可愛い」
「は、はい。ありがとうございます」
「すごく、とてもすごくかわいい」
「語彙力どこ行った…」
「とても」と「すごく」を繰り返す殿下に、スピネルが片手で顔を覆った。
「殿下とリナーリア様って結構似た者同士よねえ」
「それな」
「な、何?」
「えっ、そうですか?」
『…それより、我は早く泳ぎたいんだが。ここは暑い』
焦れた様子のライオスが川を指差し、私達は全員で顔を見合わせた。
確かに、さっきから日射しがジリジリとして暑い。
「行くか」
「そうですね」
「わっ、冷たい!」
「気持ち良いわねー!」
「お前らあんまりこの辺から離れるなよ?それと、足元が滑りやすい場所もあるから注意しろよ」
スピネルは相変わらずの保護者ぶりだ。殿下が上流の方を指差す。
「ライオスが既にすごい速さで向こうへ泳ぎ出しているが」
「……。まあ、あいつは放っといても大丈夫だろ…」
ライオスは泳ぎがとても上手かった。山に住んでいる時は自分で魚を獲ったりしていたかららしい。
背中の翼をしまえるのも、潜る時に邪魔だったからやってみたらできたんだそうだ。そんな理由で…。
カーネリア様とスピネルもそれぞれ泳ぎ出した。かなり上手い。
「リナーリア、こっちの岩の陰に小さな蟹がいるぞ」
「え、本当ですか?」
殿下と二人、岩陰を覗き込む。水が綺麗だから、生き物は皆こういう物陰に隠れているのだ。
それらを探すのはなかなか楽しいのだが、しかし…。
「あの、殿下は泳がないんですか?」
「そうだな。後で泳ぐつもりだ」
うーん。これは、泳げない私に気を遣ってくれているやつだ。
それに目を離すと危ないとも思われているのかもしれない。
「…殿下。私は水魔術の得意な魔術師です」
「?うむ」
「ですからこういう場所はむしろ得意なんです。泳ごうとさえしなければ、私は水の中では無敵です」
「だが…」
むむむ。信用されてない。ここは一つ、私の実力を見せて差し上げなければ。
「見ていて下さい、殿下。…『うねり流れし水よ、その
川の水面が大きな渦を巻き、ズゴゴゴっと激しい音を立てる。
やがて渦の中央から姿を表したのは、水でできた巨大な蛇だ。
「こ、これは…!」
「ふふふ、これだけではないんですよ」
私は水蛇を操って首を水面に近付けると、その上に跨った。
「おお…!」
驚く殿下の目の前で、巨大な蛇が私を乗せたまま鎌首をもたげる。
「どうです、殿下!」
私は殿下を見下ろしながら思い切り胸を張った。殿下が何故か視線を彷徨わせながらうなずく。
「ふ、太ももが…いや、す、すごい魔術だな…」
しかし、ここからどうするか考えてなかったな。これでどうやって遊ぼう。
水蛇の上から「えーと…」と周りを見回すと、口をぽかんと開けてこちらを見上げているスピネルと目が合った。
「…よし、行け!!」
「ちょ、おま、何でだよ!!やめろぉお!!!」
全力で泳ぎ始めたスピネルの後を追い、水蛇が身体をくねらせながら進む。
「ふはははは!!この私から逃げられる訳がないでしょう!!」
「どこの魔王だお前はー!!!」
高笑いをする私にスピネルが絶叫する。だがその時、私の前にさっと黒い影が立ちはだかった。
『スピネル!ここは我に任せて逃げろ…!』
「ライオス…!」
どうやら闘争心を刺激されたらしい。冒険ものの絵本で覚えた台詞を言いつつ両手を広げる。
私は水蛇の上でニヤリと笑った。ライオス相手なら手加減は無用だろう。
「行きますよ…!!」
『来い!!』
突進する水蛇をライオスが受け止める。この勢いを両腕だけで止めるとはさすがだ。
だが、こちらもこれで終わる気はない。川の水を吸い上げ、水蛇を更に巨大化させる。
『ぐぅっ…!』
ライオスが両翼を広げた。周囲に光が集まるのを見て、スピネルが慌てて声を上げる。
「待て!!それはやばい…!!」
凄まじい圧力がライオスの腕から放たれ、水蛇を押し戻す。
まずい。ぶつかり合う力に水蛇が耐えきれない。
咄嗟に方向を変え逃れようとするが、迸る水の勢いをすぐに止める事などできない。
「くっ…!!」
だめだ、保たない…と思った瞬間、轟音と共に水蛇が弾け飛んだ。
空中に投げ出され、思わず悲鳴を上げる。
「ひゃあああっ…!!」
「リナーリア!!!」
「…大丈夫か。リナーリア」
「……」
…気が付くと殿下の腕の中にいた。
翠の瞳が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。川に落ちる寸前で受け止めて下さったのだ。
「で、殿下…!すみません…!!」
「怪我はないか?」
「は、ははははい!」
殿下の両腕と胸板の感触に、一瞬で顔に熱が集まる。す、すごい。逞しい。
硬直する私の向こうで、スピネルがライオスの頭をぽかりと殴る。
「お前、やりすぎだぞ!少しは手加減しろ!」
『すまん…』
「もう、びっくりしちゃったわ」
カーネリア様は胸を撫で下ろしているようだ。
ライオスがしょんぼりした顔で私の様子を窺う。
『すまん。大丈夫だったか、姉上』
「え、ええ。大丈夫です」
『しかし、顔が真っ赤だ』
「…これは、何でもないんです!!」
その後私もスピネルに叱られてしまったので、魔術は控えて普通に楽しく川遊びをした。
殿下は私に泳ぎを教えてくれようとしたのだが、まず身体を水に浮かせるまでに時間がかかり、結局ちっとも泳げないままだった。申し訳ない。
スピネルはすぐに沈む私を例によってめちゃくちゃ笑っていたが、カーネリア様に思い切り叱られていた。ざまあみろ。
そしてライオスはお詫びのつもりなのか、どこからか物凄く大きな魚を獲ってきて私達を驚かせた。
まるまる太っていて美味しそうなので、帰ったら城の料理人に調理して貰い皆で食べる予定だ。
「…今日はとても楽しかった。近いうちにまた来よう。次こそ一緒に泳ぎたい」
帰りの馬車の中、殿下はそう言って微笑んだ。
「はい!次こそ頑張ります!」
「あの水着、本当に可愛かった。よく似合っていた」
「ありがとうございます。アフラ様もきっと喜びますよ」
「そうだな。彼女には感謝しよう」
向かい側では、スピネルに寄りかかったカーネリア様がすやすやと寝息を立てている。
スピネルとライオスもウトウトとしているようだ。
それを見ていたら私もすっかり眠くなってきてしまった。今日はかなり体力を使ったからなあ…。
あくびを噛み殺していると、隣の殿下が囁いた。
「リナーリアも疲れただろう。眠いなら寝ても構わない」
とても申し訳ないけれど、本当に眠い。この眠気には抗えそうにない。
「ありがとうございます…」
お言葉に甘えて寄りかかると、殿下が小さく咳払いをして身じろぎをした。
殿下の三角筋、硬いなあ…とぼんやり思い、また顔が熱くなる。
うう、どうしよう。また赤くなってるの、殿下に気付かれないと良いんだけど。
なお、アフラ様には「動きやすいし、とても可愛くて良かった。素晴らしい」と感想を伝えたようで、テストモニターは大成功だったと彼女はとても喜んでいた。
早速売り込みを始めるそうで、来年辺りには本当に新型水着が流行っていそうな気がする。良かったなあ。
私も、次にまたあれを着るのが楽しみだ…と、ちょっとだけ思った。