世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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結婚式

「リナーリア様、もう目を開けても大丈夫ですよ」

 女官の声にそう促され、私はゆっくりと瞼を持ち上げた。

 眼の前にいるのは、輝くほどきらびやかに飾り立てられた青銀の髪の女性。

 …私だ。

 

 今日はついに、殿下と私の結婚式なのだ。

 

 

 

「お嬢様…本当にお美しいです…!!」

「ありがとう、コーネル」

 コーネルは早くも目を潤ませている。

 彼女は今後も私の使用人を続けたいとの事で、今日もこうして王宮の女官たちと一緒に私の身支度を手伝ってくれている。

 

 国王陛下が私のために用意して下さったのは、薔薇のモチーフをふんだんに取り入れたウェディングドレスだ。

 白を基調にして、刺繍やレースにはアイスブルーも使われている。

 最高級の絹を幾重にも重ねてあり、しかも裾がとても長い。

 更に長いヴェールやアクセサリーまで身に着けるので、これ絶対重いやつだ…と戦々恐々としていたら、ドレスは驚くくらい軽かった。軽量化の魔法陣を織り込んでいるらしい。

 

 

「リナーリア様、ジャローシス侯爵夫妻がお見えです」

「あっ、はい!」

 振り返ると、すぐに両親が控室に入ってきた。

「リナーリア…!」

「お父様、お母様」

 

「リナーリア…こんなに綺麗になって…うぅっ…」

 お父様は私の姿を見ただけで、もう泣き出してしまった。

「あなたったら…泣くにはまだ早いわ」

 そう言うお母様も目が潤んでいる。

 私は苦笑を返そうとしたが、つられてうるっと来てしまった。

 

 …前世の私は、結婚できなかった。婚約はしたが、結婚する前にリナライトの人生は終わってしまった。

 両親を式に招く事ができなかったのだ。

 そして今世の私はおかしな令嬢で、両親には心配ばかりかけていた。こうして晴れ姿を見せる日が来て、本当に嬉しい。

 

「お父様、お母様…ここまで育てて下さって有難うございます。私、お二人の元に生まれて本当に良かったです」

「ううぅっ…!!」

「も、もう、あんまり泣かせるのはやめて…!」

 

 両手で顔を覆う両親に、コーネルが泣き笑いの顔になる。

「ラズライト様をここに連れて来なかったのは正解だったかも知れませんね…」

 確かにラズライトお兄様はお父様以上に泣いてしまいそうだ。でもここで泣かなかったとしても、式の最中に絶対泣くと思う。

 スミソニアンと一緒になって号泣する光景がありありと目に浮かんで、私も少し笑ってしまった。

 

 

 

 両親が去ってすぐに殿下がやって来た。

 私を見て眩しそうに目を細め、微笑む。

 

「…本当に綺麗だ。君は間違いなく、この国で一番の花嫁だ」

「あ、ありがとうございます…殿下も、とてもご立派で…素敵です」

 殿下は白地に金をあしらった燕尾服だ。

 本当に素敵なんだけど、あまりに嬉しそうに私を見ているものだから、恥ずかしくてまともに顔を上げられない。

 

 すると、殿下が手を伸ばして私のイヤリングに触れた。

「よく似合っている」

「は、はい」

 このイヤリングやネックレス、ティアラは殿下が贈って下さったものだ。

 私の髪や瞳に合わせたのだろう、濃淡さまざまな色の青い宝石がいくつも使われている。

 

 普段は宝石やドレスにまるで興味がない私だが、今回ばかりは違う。

 …これは私のため、今日という日のために作られた、特別なもの。そう思うと、言葉にならない感動が込み上げて来る。

 宝石やドレスを大切にする人達の気持ちがやっと分かった。これは思い出を彩るものなのだ。

 私はこの先もずっと、この宝石を見るたびに今日の事を思い出すだろう。

 

「殿下…、本当に嬉しいです。ありがとうございます」

 辛うじてそれだけは口にすると、殿下はもう一度嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

「ところで、リナーリア。実は君に会わせたい者がいる」

「私にですか?」

 もうじき式が始まる。こんなタイミングで、一体誰に会わせたいんだろう。

 目を丸くしていると、殿下は「入ってもらってくれ」と後ろを振り返った。

 

「…ボラックスさん!」

 女官が開けた扉から入ってきたのは、白い箱を持った背の低い男。

 この城の薔薇園の管理をしている庭師のボラックスだ。

 私はよくあそこに行くので結構親しくしているのだが、この所は立て込んでいて足が遠のいていた。

 ボラックスの方も忙しいらしく管理棟を留守にしている事が多かったので、会うのは随分しばらくぶりのように思う。

 

 

「リナーリア様、この度は本当におめでとうございます」

 少し窮屈そうに礼服を着たボラックスは、丁寧に頭を下げた。

「どうもありがとうございます。ボラックスさんも結婚式に出席して下さるんですね」

「はい。エスメラルド殿下のご厚意で…。それで、あの、これを」

 ボラックスは酷く緊張した様子で、手に持った箱を私に差し出した。

 

「……?」

 受け取った箱は大きさの割に軽い。

 なんだろうと不思議に思う私に、殿下が言う。

「開けてみてくれ。花嫁に必要なものが入っている」

「はい」

 必要なもの…?

 戸惑いつつ箱を開けた私は、思わず「わっ…!」と声を上げた。

 

 大小さまざまな薔薇を集めた、美しいブーケ。

 一際目を引くのは、鮮やかな深い青色をした大輪の薔薇だ。

 

 

「ボラックスさん、これ、もしかして」

「はい、そうです。天然の青薔薇です。昔リナーリア様にアドバイスをいただいて、改良を重ねてようやくこの色を出せました」

 染めたものではない、天然の青い薔薇。ボラックスがずっと研究していたもの。

 …ついに完成したのだ。

 

「凄い…」

 私は感嘆と共に青薔薇を見つめる。

 薔薇に青の遺伝子を組み入れるための魔術構成。そのアイディアをボラックスに話したのは、確か4年も前の事だ。

 だけど、品種改良には凄く時間がかかる。完成するのはもっとずっと後だと思っていたのに。

 

「凄い!!凄いですよボラックスさん!!こんなに早く作り上げるなんて…貴方は天才です!!」

「いえ、とんでもない。リナーリア様がいなければ、まだまだ完成していなかったでしょう」

 思わず興奮する私に、ボラックスは照れながら笑った。

 

 殿下もまた、私の隣で微笑む。

「完成の報告は俺が最初に受け取ったんだ。それで、結婚式にこれを使えないかと思いついて…。君を驚かせたくて、今まで黙っていてもらったんだ。済まなかったな、ボラックス」

「いいえ、お安い御用です。…今はこの数輪を用意するだけで精一杯ですが、これからもっと増やしていくつもりです」

 

 

「そうだったんですね…」

 私は呟き、それからふと思い出した。

 確かこの薔薇は、完成したら殿下が名前を付けるという約束だったはずだ。

「あの、これには何て名前を付けたんですか?」

 そう尋ねると、ボラックスは何故かにっこりとして、殿下は少し照れた顔になった。

 

「…リナーリア」

「はい」

「そうではなく、リナーリアと名付けたんだ。この薔薇の青色は、君の瞳の色にそっくりだろう」

「え…」

 

 私はしばしぽかんとして、改めて手の中の青薔薇のブーケを見つめ、それからまた殿下を見た。

「わ、わ、私の名前をですか?こ、この薔薇に?」

「ああ。ボラックスも賛成してくれた」

「そ、そんな、でも…」

 

 こんな綺麗な薔薇に私の名前を…?というかこれ、園芸界においてはかなり凄い発明なのに、それに私の名前を付けてもいいのか?

 私の名前が、一つの薔薇の品種として後世に残る事になってしまう。

 驚き恐縮する私の瞳を、殿下がじっと見つめる。

 

「この薔薇があれば、君の瞳がどんなに美しい色だったか、未来にまで色褪せずに伝えられるだろう?」

 

 

「……っ!!で、殿下…!!」

 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。絶対、今の私は真っ赤になっている。

「な、なんて…何て事をおっしゃるんですか…!!」

「俺の正直な気持ちだ」

「うううう…!」

 

 嬉しいけど物凄く恥ずかしい。

 ブーケで顔を隠しながら悶絶していると、後ろで微笑ましげに見守っていた女官がちらりと時計を見た。

「皆様、もうすぐお時間です」

「あっ、はは、はい!」

 

 

 

 

 …大広間の扉を前にして、大きく深呼吸する。

 いつもに比べて緊張度合いがマシなのは、手の中にある青薔薇のおかげだろうか。

 

 リナーリア。

 この薔薇の名前。

 今の私の名前。

 

「…殿下。私、リナーリアとして生まれて良かったです」

 

 今なら、心から言える。

 女に生まれ変わって良かったと。

 

 ヴェール越しに見上げると、殿下は「俺もそう思う」と言って小さく笑った。

 

 

 なお、この青薔薇が人々の話題になり、私は『青薔薇の王妃』とか『青薔薇の魔女』なんて呼ばれるようになるのだが…。

 それはまだ、もう少し先の話だ。




リナリアという花が実在しますが、リナーリアの名前は鉱物の青鉛鉱(リナライト)から取ったのでそれとは無関係です。
青鉛鉱で検索するとリナーリアの青がどんな色かよく分かるので、興味がある方はどうぞ!
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