世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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本編から10年以上後、殿下が国王になってからの話です。


お転婆な娘

 よく晴れた日の午前、城の図書室の中でスピネルはのんびりと本を広げていた。

 と言っても、本はただのポーズだ。心地よい眠りに誘うための道具と言ってもいい。

 紙の上に並んだ文字は、眺めているだけで眠気をもたらしてくれる…と昔リナーリアに言ったら、信じられないという目で見られた。

 こちらからしてみれば、文字の中の世界にそんなに夢中になれる方がよほど不思議なのだが。

 

 そんな事をぼんやり思い出しつつ、頬杖をつきウトウトとし始めた時、ふと人の気配を感じた。

「…見つけたぞ、スピネル」

 こちらを見下ろす翠の瞳。

「陛下…何でここに?」

 驚きと共に、スピネルは主の顔を見返した。

 

 

 

 第一王子だったエスメラルドが父カルセドニーから譲位され、国王となってから早7年。

 政務にもすっかり慣れたため、始めは相談役として常に側にいたスピネルも、別の場所で働く事が増えた。

 主に城の騎士団や兵に関する業務だが、これが意外に書類仕事が多い。

 

 やろうと思えばできるが書類など好きではないスピネルは、それを回避する方法をすぐに見つけ出した。

 つまり、有能な部下に丸投げする事だ。

 カヴァンスという名前の彼は学院の後輩であり、最初はスピネルの直属の部下として取り立てられた事に喜んでいたが、そのうちに自分がいいように使われていると気が付いたらしい。

 だが根が真面目な人物であるため、毎回ぶつぶつと文句を言いつつ仕事をこなしてくれている。

 

 

 今日もそのカヴァンスの机に書類を残し、のんびりとサボりを楽しもうとしていたのだが、まさかエスメラルドに見つかってしまうとは。

 図書室は涼しいし、静かだし、人の出入りも少ない。昼寝場所としてはなかなか穴場だったのだが、何故ここが分かったのだろう。

 

 そんな思考を読んだかのように、エスメラルドは言った。

「前にヴィヴィアに聞いたんだ。時々ここにお前がいるようだと」

「あいつか…」

 今年11歳になった元気いっぱいの少女の顔を思い出し、スピネルはしかめっ面になった。

 

「あいつ、昨日もいきなり扉の陰から襲いかかってきたぞ。城の廊下で木剣振り回すのはやめろって、何回言っても聞きやしねえ!陛下からもちゃんと叱っとけよ、父親だろうが」

「すまん…俺も何度も注意しているんだが…」

 

 ヴィヴィアはエスメラルドの3人の子供の一番上、第一王女だ。父親譲りの金髪をした美しい少女なのだが、何よりも剣術が大好きで、しかも恐ろしいほどのお転婆である。

 ペントランドから剣聖の肩書を受け継いだスピネルを倒したいという目標を掲げており、事あるごとに「勝負!」と言って襲いかかってくるので、スピネルは非常に迷惑をしている。

 

 

「はあ…。それで、一体何の用だ?」

 わざわざこんな所にまで探しに来たのだから、何か大事な用があるのだろうと尋ねると、エスメラルドは真剣な顔をしてこう言った。

 

「リナーリアが怒っている」

 

「……。よそを当たれ」

「そう言うな、頼む。何とか機嫌を取る方法を考えてくれ」

「スフェンに頼めばいいだろ」

「スフェンはリナーリアの味方だ。手伝ってくれない」

「だからって俺に言われてもな。大体、何やって怒らせたんだよ」

「ネフライトの剣術の稽古に付き合う約束をすっかり忘れてすっぽかした…」

 

 

 スピネルは思い切りジト目になってエスメラルドを見た。

「そりゃ陛下が悪い。素直に謝れよ」

「謝った、ちゃんと謝ったんだ。でも2回目となると許してくれなくて」

「マジで陛下が悪いんじゃねえか…」

「分かっている…反省している…」

 

 ネフライトは2番めの子供で第一王子、つまりエスメラルドの跡継ぎになる予定の少年だ。

 当然リナーリアはこのネフライトの教育には特に熱心で、エスメラルドから直接指導を受ける時間をなるべく取ろうといつも頑張っているらしい。

 

 がっくりと肩を落としているエスメラルドに、スピネルは一つため息をつく。

「まあ、陛下は忙しいからしょうがねえけどよ…」

「リナーリアもそこは分かってくれているんだ。だからめったな事では怒らないし、いつも俺を労ってくれる。…でも、子供の事になると許してくれない…」

「そういうとこ、あいつも母親らしくなったよなあ」

「それは嬉しいんだが、本当に困っているんだ。なあ、どうしたら良いと思う?」

「だから俺に言われてもな…」

 

 

「…お父様、そういう事なら私がお母様に言ってあげましょうか?」

 突然響いた少女の声に、スピネルとエスメラルドは後ろを振り返った。

「ヴィヴィア!」

 

「お前まで来たのか。俺の静かな休憩時間が…」

「何が休憩よ、どうせサボりだったんでしょ?」

「うっせえ」

 腰に手を当てて勝ち気な笑みを浮かべる金髪の少女に、スピネルは渋い顔になる。

 

「それより」と身を乗り出したのはエスメラルドだ。

「リナーリアの機嫌を取るいい方法があるのか?」

「えっ?…別にないけど」

「ノープランかよ!」

「な、ないけど!私が一緒に謝ったら、きっとお母様も許してくれるわ。…多分!」

 

 

「…わかった。頼む、ヴィヴィア」

 適当極まりない提案だったが、エスメラルドは頼る事にしたようだ。溺れる者は藁をも掴むというやつだろう。

 ヴィヴィアはにんまりと笑うと、任せろと言わんばかりに自分の胸を叩いた。

「決まりね!その代わり、スピネルは私と手合わせをするって事でよろしく!」

 

「待て、何で俺が巻き込まれてんだよ!そこは陛下でいいだろ、どうせネフライト殿下と稽古するんだし!」

 すかさず突っ込んだスピネルに、ヴィヴィアが肩をすくめる。

「だって私、ネフライトとは一緒にやっちゃダメってお母様に禁止されたんだもの」

「は?なんで?」

「ヴィヴィアは手加減をまるでしないから、ネフライトがすっかり嫌がってな…」

 

 ネフライトはヴィヴィアよりも2歳下なので、体格も技術も到底姉には敵わない。

 ついでに言えば、父の剣の才能を受け継いだのは姉の方であるらしかった。ヴィヴィアは幼い頃からその片鱗を見せていて、同年代の子供と比べても飛び抜けている。

 ネフライトの方はどちらかと言うとリナーリア似で、本人も剣より魔術に興味があるようなのだが、身体を鍛えるためにもある程度の剣術は嗜んでおかなければならない。

 

「お前なあ…年上なんだから少しは手加減してやれよ」

 スピネルが呆れ顔で見ると、ヴィヴィアはぷいっと横を向いた。

「いいから、早くお母様の所に行きましょうよ。スピネルも一緒よ!」

「俺は行かねえぞ」

「じゃあここでサボってたってこと、皆にバラそっかなあ~」

「……」

 

 

 

 そうして結局、スピネルは2人と一緒にリナーリアの部屋を訪ねる事になってしまったのだが…。

「ヴィヴィア!またお勉強をサボりましたね!」

「ひぇっ…」

 出迎えたリナーリアは、腕組みをして怒っていた。

 

「だ、だって、今日のお勉強は午後から」

「それは先週の宿題をちゃんと終わらせていたらの話です!貴女は半分もやってないじゃありませんか!」

「うっ…」

 ピシャリと言われ、ヴィヴィアは言い訳を引っ込めて小さく身を縮めた。

 

 次に、エスメラルドがじろりと睨まれる。

「陛下も、一体どこで油を売っていたんですか」

「す、すまない」

「私ではなく、スタナム殿に謝って下さい。用事があるそうで、執務室でずっと待っています」

「すまな…わ、分かった…」

 

 

 2人共完全に白旗を上げている。

 これ以上巻き込まれる前に自分は逃げよう…そう思ってスピネルは踵を返しかけたが、すぐに呼び止められた。

「スピネル」

「お、おう」

 恐る恐る振り返る。

 

「カヴァンスにばかり仕事を押し付けてはいけないといつも言ってるでしょう!自分では判断できない書類が溜まっていると、また嘆いていましたよ。早く戻ってあげて下さい!」

「分かった…」

 …やっぱり怒られた。

 これでは今日は、とても昼寝できそうにない。

 

 小さくうなだれたスピネルは、同じようにうなだれているヴィヴィアやエスメラルドと共に、すごすごと部屋を出ていくしかなかった。

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