世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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青薔薇と子供達

 春が終わりを迎える5月の末。

 ネフライトはこの季節、城の薔薇園によく足を運ぶ。

 元々好きな場所なのだが、この時季に限って特によく通っているのは、最も好きなあの薔薇が咲き始めるからだ。

 リナーリア。誰より敬愛する母の名が付けられた、とても珍しい青い薔薇だ。

 

「…見てよ、カロール、咲いてる!」

 一輪だけ花開いた青薔薇を指差し、隣に立つカロールに話しかける。カロールも上から覗き込んでうなずいた。

「本当だ。じゃあ、王妃様のとこ行くんですね?」

「うん。すぐ行こう」

 

 この薔薇は花が開いたばかりの時、最も鮮やかな美しい青色を見せる。母の瞳と同じ色だ。

 母もこの薔薇がとても好きで、ネフライトはこれが咲くことを一番に報告したいがために、毎日ここに来ているのだ。

 

 

 

「…母上、部屋にいるかな?」

「うーん、この時間なら多分」

 城の廊下を歩きながらカロールと話す。

 

 彼はネフライトの従者だ。年は2つ上で、今14歳。

 王家の子供には幼い頃から従者として同年代の同性の子供が一人つく決まりになっていて、第一王子であるネフライトにはこのカロールが選ばれた。

 少し能天気なところはあるが、ネフライトにとっては幼馴染であり一番の友人だ。

 

 そうやって歩いていると、前方に不審な人影が見えた。

 金髪に女騎士の服を着込んだ少女が、銅像の陰にしゃがみ込み奥の扉の様子を窺っている。

「あ!ヴィヴィア様だ!」

「うぇ…」

 嬉しそうな声を上げるカロールとは逆に、ネフライトは顔をしかめた。

 …この状況は、いつものあれだ。姉がああして身を潜めて待つ相手は一人しかいない。

 

 

 案の定、廊下の向こうからは赤毛をした長身の男が歩いて来る。

 姉はいきなり銅像の陰から飛び出すと、男に向かって思い切り木剣を突き出した。

「…たあぁっ!!」

 無駄のない素早い動きで胸元を狙ったそれを、男は僅かな動きだけで避け、手刀で叩き落す。

 

「…いったぁ〜い!!」

 

 悲鳴を上げて手の甲を押さえるヴィヴィアを、男…スピネルが呆れ顔で見下ろした。

「お前、本当に懲りねえな。城の中で木剣振り回すのやめろっつってんだろ」

「だって、こうしないとスピネルは勝負してくれないじゃない」

「闇討ちは勝負とは言わねえんだよ!あと本当に危ねえんだよ、周りが!見ろ、通行の邪魔になってるだろうが!」

 

 言われて姉はこちらを振り返った。

「あらネフライト、いたの」

「いたよ。見てたよ」

 

 ジト目になるネフライトの横で、カロールがズイッと身を乗り出す。

「あの、ヴィヴィア様、手合わせなら俺が相手しますけど!」

「えー?嫌よ、あなた私より弱いもの」

「そ、そんな…!!」

 

 ショックを受けるカロールに、こいつも懲りないなとネフライトは思う。毎回振られているくせに。

 そもそもこの姉のどこが良いのかネフライトには全く分からない。乱暴だしガサツだし気が強いし人の話を聞かないし無茶苦茶な事ばっかりするし。

 

 小さい頃から「遊びに行くわよ!」という姉に引きずられて行っては池に落ちたり蜂に追いかけられたり木から落ちたり、とにかくひどい目にばかり遭ってきたネフライトは、心底この姉が苦手である。

 姉にも従者の少女がいるのだが、これまた癖の強い性格で、姉の蛮行奇行を大して止めようとしないのだ。今日も姿が見当たらないし。

 

 

「ネフライト、またお母様のところ?本当お母様の事好きよね」

「別にいいだろ!…姉上も、少しは母上を見習って女らしくすればいいのに…」

 そう言った途端、「ぶはっ」と吹き出す声が聞こえた。

 

「…なんで笑うんですか」

「いや、すまん、何でもない」

 思い切り睨み付けるが、スピネルは口元を押さえて明らかに笑っている。何て失礼な奴だ。

 以前は父の従者だったというこの男は、何かというと母をからかっては怒らせている。その割には父も母もこの男とは仲が良く、全幅の信頼を置いている様子なのが気に入らない。

 

「とにかく、俺はもう行くぞ。じゃあな、ヴィヴィア。ネフライト殿下、失礼します」

「あ、待ってよ!勝負はまだ終わってないんだから…!」

 スタスタと歩き出したスピネルを追って、騒がしい姉は去って行った。

 小さくため息をつき、残念そうに姉を見送っているカロールを促す。

「ほら、行くよ」

「はい…」

 

 

 

 母の部屋を訪ねると、ちょうど来客中だった。

「叔父さん、こんにちは」

「こんにちは」

 褐色の肌に、額から生えた2本の角。

 この国に一人しかいない竜人である叔父ライオスは、直接血は繋がっていないが母の弟という立場だ。この城にはよく遊びに来る。

 

 その叔父の膝の上にちょこんと座っているのは、妹のラピスだ。

「ラピスも来てたんだ」

「うん」

 小さくうなずいた妹の頭をライオスが撫でる。

 ラピスはネフライトやヴィヴィアとは少し年が離れていて、まだ4歳。無口で人見知りな子だが、この異形の叔父には(こと)(ほか)懐いていて、会うたびにこうして膝の上を専有している。

 

「ネフライトはどうしてここに?」

「薔薇園のリナーリアが、一輪だけどやっと咲いたんです。だから母上にお知らせしようと思って」

「まあ、そうなんですね。教えてくれてありがとう」

 ぱっと微笑んだ母に、ネフライトは嬉しくなる。

 美しく優しい母はネフライトの憧れであり理想だ。あの傍若無人な姉などとは全く違う。

 

「早速見に行きましょうか。ライオスとラピスも一緒に。…ヴィヴィアはどうしてるでしょうか?」

「姉上なら、さっきまたスピネル殿を追いかけていきましたよ」

「あの子はまたスピネルに迷惑をかけて…」

 母は一瞬困った顔になったが、すぐに気を取り直して立ち上がった。

「では、私達だけで行きましょう」

「はい!」

 

 

 

「…おとうさまは?」

 廊下を歩きながら、ライオスの腕に抱きかかえられたラピスが母に尋ねる。

「お父様は今、大事な会議の時間です。また別の時に一緒に見に行きましょうね」

「ん」

 

 国王としていつも忙しい父も、妻の名を付けたあの薔薇を愛している。咲いたと聞けばきっと見たがるだろう。

 王妃であり優れた魔術師でもある母も本来は忙しい立場なのだが、末妹のラピスはまだ幼い。

 5歳を過ぎて従者を付けるまではなるべく一緒にいたいという方針だそうで、公務や研究の類はかなり控えている。ネフライトもそうして育てられた。

 

 姉にはすぐマザコンだとか言われるが、ネフライトが母を敬愛するのは、そうやって母と過ごす時間が多かったせいもあると思う。

 若くして既に名君と名高い父の事だって、もちろんちゃんと尊敬しているし。

 

 

「…ああ、本当ですね。ちゃんと咲いています」

 薔薇園の一角にいくつも並んだ青い蕾、その内の一つがしっかりと花開いているのを見て、母は嬉しそうにしゃがみ込んだ。

 こうしてこの青い薔薇を眺める時、父との結婚式の事を思い出しているのだと、ネフライトは知っている。

 

「きれい」

「そうですね、綺麗でしょう。私とラピスの瞳と同じ色ですよ」

 しばし妹と共に見入っていた母だが、ふいにこちらを振り返った。

「ところで、ネフライト。ここには今、このリナーリアが10株ほど植えられていますが」

「はい」

「この中に一つだけ、私がほんの少し魔術構成を書き換えた株が混じっています。…どれだか分かりますか?」

 

 

「……」

 にっこりと笑って問いかけられ、ネフライトは笑顔のまま背中に冷や汗を流した。

 隣でカロールが「健闘を祈る」と言わんばかりに目を逸らす。

「ふふ、私が教えた探知魔術があればちゃんと分かるはずですよ。さあ、どれでしょう」

「は、はい…」

 

 この薔薇は元々、魔術を使い遺伝子情報を書き換えて作られた品種だ。

 だからよくよく見ればその痕跡が分かるのだが、そこから更に些細な違いを見つけ出すのは母が言うほど簡単な事ではない。薔薇の知識、魔術の知識、そして技術が必要になる。

 

 魔力を目に宿してじっと薔薇を見つめる。正直、どれも同じにしか見えない。

 いや、確かに少しずつ違っているのだが、それが自然に生じた違いなのか魔術によって生じた違いなのかの区別がつかない。

 ひたすら薔薇を見比べ続け、やがてネフライトは一つの株を指差した。

「こ、これ…でしょうか、母上…?」

 

 

「…正解です!さすがはネフライトですね!私も鼻が高いです…!」

 にこにこと笑って頭を撫でる母に、ネフライトは何とか笑い返す。

「あ、ありがとうございます…」

 むちゃくちゃ疲れた。

 凄まじく集中したせいで頭がちょっとクラクラする。訓練でたくさん魔術を撃った時よりはるかに疲れている。

 

 …そう、母はとても優しく賢く素晴らしい人だけど、勉強だとか剣や魔術の訓練になると一切の妥協をしないのだ。物凄く高いハードルを、当たり前のように設定してくる。

「陛下と私の子なんですから、絶対にできますよ!」と言うその笑顔には曇り一つなく、だからネフライトは必死で努力するしかない。

 

 ある時父に「母上の期待に応えるのが大変なんです」と相談してみた事があるが、父は重々しくうなずくとこう言った。

「俺も、リナーリアの期待に応えるのは本当に大変だった。リナーリアはいつでも俺を信じてくれて…本当に信じてくれてな…。できないなんて一切思っていないんだ…。だから、死ぬ気で頑張るしかなかった…」

 

 その遠くを見つめる目を見て、ネフライトは全てを悟らざるを得なかった。

 …あの無邪気な期待を裏切るなど、そんな選択肢は存在しないのだと。

 

 

「これなら、次はもっと難しい問題を用意しないといけませんね!」

 上機嫌な母に対し、ネフライトは「お手柔らかにお願いします…」と弱々しく笑い返した。

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