世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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少し時間が戻って、結婚前のお話です。


宝玉の機能

「…そうしてオウジサマは、オヒメサマとケッコンし、スエながく、シアワセにくらしました」

 ぱたんと絵本が閉じられ、私はにっこりと笑って拍手をした。

「お疲れ様です、ライオス!とても素晴らしかったですよ!」

 褒められたライオスがちょっと得意げな顔になる。

 

 ライオスの現代語の勉強は順調だ。

 発音はまだ若干ぎこちないものの日常会話くらいなら話せるようになったし、文字も覚えた。

 絵本のように難しい単語が使われていない本ならもう十分読めるようだ。

「これなら、ジャローシス領の民の前に出て行っても大丈夫そうですね」

「ウム…」

「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。私も付いていますから」

 

 

 今年学院を卒業した私は、ライオスを連れ数年ぶりにジャローシス領で冬を越す予定だ。

 何しろ来年には結婚式を挙げるので、一冬まるまるジャローシス領で過ごせるチャンスは今年が最後なのである。

 今のうちにあちらの屋敷の者たちや領民たちに顔を見せておきたい。

 

 ライオスも去年はまだ人間社会に慣れておらず、王都を離れるのは色々問題があるという判断で、ジャローシス領には行かなかった。今年やっと許可が降りたのだ。

 父や母からは領内の話を色々聞いているので、行く事自体は楽しみらしいのだが、知らないたくさんの人間と会うのは少々不安らしい。

 

 

 でもまあ、これも修業と思って頑張ってもらうしかあるまい。

 ライオスがこの国の民にその存在を知られてからもう1年半経っている。

 我が家の一員で貴族という立場である以上、そろそろ人前に出る事に慣れてもらわなければいけない。

 特にジャローシス領の民に親しみを持ってもらうのは重要だ。

 何故なら領内の火竜山にある遺跡は、ミーティオを復活させるための発掘調査が来年にも予定されているからだ。

 

 ジャローシス領やその周辺地域での竜のイメージはあまり良くない。民間に伝わる伝承は、竜が人の敵であるというものばかりだ。

 当時の王が竜の宝を奪った事を正当化するため、良い伝承は残さず悪い伝承ばかり残したのではないかと推測されているが、突然「実はこの竜は島の守護者でした」と言ってもなかなかすぐには浸透しないだろう。

 発掘調査に反対する民が出て来る事は想像に難くない。

 

 

 …だが、この竜人ライオスは違う。

 つい昨年この国の民を守るために超大型魔獣と戦ったという話は小さな子供にまで知れ渡っているし、生きて動いていて直接話もできる。そのインパクトは抜群だ。

 発掘調査に協力してもらうため、いずれミーティオが復活した時のため、ライオスを通じてできるだけ竜のイメージを良くしたいという訳だ。

 そして親しみを持ってもらいたいなら、古代語を宝玉の力で翻訳するより現代語が使えた方がいいだろう。

 

 ちなみにミーティオには少々距離があったライオスだが、若干渋りはしたもののこの件への協力を了承してくれた。

 ミーティオは普段はほとんど出てこないし、宿主であるスピネルは何かとライオスの世話やらフォローをする事も多いので、いつの間にかわだかまりが薄れたらしい。

 最近などむしろスピネルとは仲が良さそうに見える。あいつ面倒見良いからな。

 

 

「…しかし、改めて不思議な宝玉ですよね。一体どういう仕組みで言葉を翻訳して伝えているのか」

 思わずライオスの胸元の赤い宝玉を見つめる。透き通っていて、吸い込まれそうな不思議な魅力がある。

「オレにもわからない。カミのチカラをリヨウした…ええと、キノウ?のようだ」

「まあそうですよね…」と納得しかけ、私はふと首を傾げた。

 

「…機能?ライオスが宝玉の力を使ってやっている事ではないんですか?」

「ちがう。これには、はじめからそういうキノウがある。ニンゲンのためのキノウ」

「えっ!??」

 

 人間のための機能?なら私が持っても同じ事ができる?何のために?

 これはミーティオがセレナのため、島を出て新天地に行く者のために作ったものだ。

 じゃあ、新天地を探すために必要な機能という事に…。

「…み、ミーティオに会いに行かなければ!!」

 

 

 

 

『…その通りだ。神は、この島の外にはいくつもの島や大陸があり、そこには服装や言葉など、あらゆる文化が異なる人間たちがいると言っていた』

「何でそんな大事なことを早く言わないんですか!!!」

 答えたミーティオに、私は思わず叫んでしまった。

 

 確かに考えてみれば当たり前だ。

 同じ島の中ですら、古代と現代では言葉が違う。それなのに、まるで違う遠い場所で生きている人間が、私達と同じ言葉を話す訳がない。

「マジかよ…」と呟いたスピネルの横で、セナルモント先生は何やら考え込んでいる。

 

「たいりく…?大きな陸地?ああ、そうか!海の向こうには、この島より遥かに広大な大地があるんだね!?それを大陸と呼ぶ訳だ!!」

「そこ!?いやそこも驚きではありますけど!!」

『すまない…説明するのを忘れていた』

「このうっかり竜!!」

 そう言うとミーティオはちょっとしょぼんとした。これが島の守護者で私の先祖…ううう。

 

 

『…外の人間がどれほど繁栄しているのかは私には分からないが、新天地を探す際には、きっと様々な者と出会う事になる。そして、生き物は自らの縄張りを侵される事を嫌うものだ。言葉を翻訳する機能があれば、無用な争いは避けられると思った』

 その考えは正しいと思うが、先に言っておいてくれ。心構えがあるのとないのとじゃ全く違う。

 今のうちに分かって良かった…。

 

「その機能って、使えるのは宝玉を持っている当人だけですよね?」

『そうだ』

「では、新天地を見つけ、天秤への門を開いた後はどうなりますか?」

『天秤は残るが、宝玉は消える。門の周辺には結界が張られ、悪しきものが近づけないようになるが、言葉を翻訳する力は失われるだろう』

「やっぱり…」

 

 

「うーん、でも新天地を見つけるまでの間は言葉を通じさせてくれるだけでも、十分と考えるべきじゃないかな。新しい場所、新しいことを始める時には困難はつきものだ。言葉はその内の一つに過ぎないよ」

「…そうですね」

 真面目な口調で言った先生に、私はうなずいた。

 

「でも、出発までにはまだ時間があります。言葉の問題に限らず、想定しうる困難に対処する方法をできるだけ考えましょう。それが私達に出来る事です」

 

「そうだな」

「もちろんだとも」

 スピネルと先生が答え、ミーティオが一歩前に進み出る。

『私も、できる限りの協力をしよう』

 

「…当たり前ですよ!!ミーティオ、貴方にはこの宝玉や船を作った責任があるんです。まずは、他に何か忘れている事がないかしっかり思い出して下さい!!」

 そう叱ると、ミーティオは眉を下げた情けない顔で『分かった…』と答えた。

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