世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
今日はカーネリア様の招きで、ブーランジェ公爵家のお茶会へ参加だ。
カーネリア様はスピネルの妹君だが、スピネルと一緒に会ったことは一度しかない。しかしもう何度もお茶会には招いていただいている。
彼女は明るく誰にでも分け隔てない性格だし、他の令嬢と違って殿下やスピネルのことについて色々聞き出そうとしたりもしない。むしろ私と同じく、周りからあれこれ尋ねられてうんざりしている立場だ。
自然と意気投合し、私にとっては数少ない心許せる貴族令嬢となっている。
お茶会での話題もやっぱり、入学祝いパーティーについての話題が大半だった。
「…ではカーネリア様は、レグランド様と踊られるのですか?」
私の問いに、明るい赤毛に水色の瞳をした少女は大きくうなずく。
「そうよ。だってスピネルお兄様のお相手はもうごめんですもの。レグランドお兄様に優しくエスコートしていただくわ」
その遠慮のない言い草に思わず苦笑してしまう。
レグランドというのも彼女の兄で、ブーランジェ家の次男だ。王宮で近衛騎士をやっている。
「カーネリア様は、スピネル様の舞踏会デビューの時にファーストダンスを踊られたんですよね」
そう横から発言したのはペタラ様。私と同い年の、薄茶色の髪をしたご令嬢だ。おとなしく心優しい性格で、彼女とも良好な付き合いをさせてもらっている。
カーネリア様の主催するお茶会は、このような温和な性格の方が主で私でも気安く参加できるのでとても有難い。
そのカーネリア様は、スピネルの話を出されて不満そうに唇を尖らせた。
「スピネルお兄様は普段はちっとも会ってくれないくせに、都合のいい時だけ私を引っ張り出すのよ。デビューの時だって、好きな女性を誘ったらどうなのって言ったのに『そんなのいないし面倒だからお前でいい』って」
「まあ…」
スピネルは今17歳だが、殿下に合わせて今年学院へ入学する。従者への特別措置だ。しかし舞踏会デビューは15歳の時にすでに済ませており、その時はこのカーネリア様を相手にファーストダンスを踊ったらしい。意外なようでもあり、スピネルらしい気もする。
前世は女たらしのイメージしかなかったが、どうも今世の彼はその気配が少ない。従者って忙しいからなあ…。女の子と付き合う暇がないのかも知れない。
「私のことより、リナーリア様よ。王子殿下からお誘いは受けていないの?」
まさかの直球を投げてきたのはカーネリア様だった。
他のご令嬢も「あっ、言っちゃった」という感じで、興味津々の様子で私を見ている。今まで遠慮して言わなかっただけで、やはり聞きたかったらしい。
「ありませんよ。殿下とは親しくさせていただいていますけど、ファーストダンスの相手なんて恐れ多いですもの…とても務まりません」
私は落ち着いて微笑むと、はっきりと、しかしあくまでも控えめな口調で否定した。
スピネルに提案された「無口で大人しい令嬢」スタイルを私は未だに貫いている。思った以上にやりやすかったからだ。
私の返答に、一座に「なーんだ」というちょっとがっかりした空気が広がる。…期待されても困ります。
カーネリア様は唇に手を当てながら「やっぱりそうなのね」と首を傾げた。
この手の質問はしょっちゅうなので、私と殿下がそういう関係ではないと彼女はすでに承知しているはずだ。多分この直球はただの確認だろう。
「じゃあ、お相手はどうするの?」
「兄に頼もうかと思っています」
長兄のラズライトお兄様は領地にいるが、次兄のティロライトお兄様は学院に在学中なので王都にいる。そこそこモテるのでもしかしたらお相手にという誘いが来ているかもしれないが、さすがに妹の頼みを断りはすまい。
「…他の殿方からお誘いはされてないの?」
「はい。特には」
うなずくと、カーネリア様はなぜか「うーん。お兄様のバカ…」と言いながら頭を悩ませ始めた。どうしたんだろう?
「では王子殿下は誰と踊られるのかしら」
「リナーリア様ではないなら、ブロシャン公爵夫人あたりではないの?」
ご令嬢達があれこれと喋り合う。
「殿下とお似合いと言うのなら、フロライア様とか?」
誰かがそう言い、彼女の名前に私は思わずピクリと反応してしまった。
うっ、何人かこっちを見てる。違います。違うので気遣わないで下さい…!
「私は殿下にお似合いの方はもっと他にいると思いますわ」
そう言ったのはリチア様だ。私より2つ年上の黒髪の美しいご令嬢である。私としては、タイミング的にとても有難いのだが…
「殿下はぜひ、スピネル様と踊るべきだと思いますの!!」
…そう、この人こういう人なんですよね…。
貴族には同性愛趣味の者がちらほらいる。男性でも女性でもだ。
そして、そういう類の話が殊の外好きな人間というのもまた、ちらほらいるのである。
その事を話に聞いてはいたのだが、実際に会ったのは前世から合わせてもこのリチア様が初めてだったので、私は大変衝撃を受けた。
なんと彼女はそういう物語を楽しむだけではなく、実在の人物…特にそういう噂がある訳でもない人物でも、その手の妄想をするのが趣味だというのだ。しかもその趣味を持つ貴族は彼女一人ではないらしい。
私はとても驚き、それから「前世の殿下と私もそういう妄想をされていたのではないか?」と気付き、危うく意識が空に飛ぶところだった。恐ろしい事にちょっと心当たりがあったのだ。
歴代の王子の中には従者に手を出した者も時折いたらしいし、仮にそうなっても周りの者は別に止めない。下手にそこらの侍女やご令嬢に手を出してうっかり子供でもできたら大変だが、従者ならその点安心だからだ。
私も教育係に「もし求められたら断ってはいけませんよ」と言われたし、そういう知識を教えられたりもした。
もちろん殿下はそんな趣味など一切なかったのでその知識が役立つことはなかったが。
せいぜい、今世ではスピネルがあの授業を受けたんだろうなあ…と思うくらいだ。どんな顔して聞いていたのか想像すると死ぬほど笑える。
他人事になったから笑えることだが。
「男性は男性と、女性は女性と踊っても良いと思いますの」
熱意を込めてそう言うリチア様にカーネリア様など他のご令嬢たちは苦笑い気味だが、中にはうなずいている者もいるから恐ろしい。
リチア様は毎回この調子なので感化されるご令嬢がだんだん増えてきている気がする。たいてい男性同士のことが話題の中心だが、女性同士の場合もあるので流れ弾に当たらないように注意しなければならない。
「アーゲン様なども素敵ですよね。殿下とお二人並んだら金髪と黒髪でとても映えると思うのですけど…」
「あっ、私この間お二人が親しくお話をされているのを見ましたわ!」
お、おう…。
私は微笑みが引きつらないようにするので精一杯だった。
その後、お茶会は理解不能の妄想を交えつつも和やかに終わった。
やめて欲しい。次殿下とスピネルに会った時、二人がダンスをする姿を想像して噴き出したらどうしてくれるんだ。