世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第169話、ライオスと和解したいとお茶会を開いた直後の、リナーリアの母の話です。


ベルチェから見た不思議な男

 ベルチェ・ジャローシスはジャローシス侯爵夫人である。

 ごく普通の魔術師系貴族の家に生まれ、夫アタカマスと出会い、そして結婚した。

 幸せな人生を送っていると自分でも思っている。

 夫は少々お調子者だが善良で民からは慕われているし、3人の可愛い子供たちは素直で心優しい。

 

 ただ、のんびりした気性の者ばかりのジャローシス家の中で、末娘のリナーリアは少し毛色が違った。

 とても利発で愛らしい子なのだが、引っ込み思案で人見知り。生真面目で何事にも一生懸命で、夢中になると周りが見えなくなる所がある。

 いつも一人で本を読んだり花を眺めているような大人しい子だ。

 身体も弱くすぐに熱を出すので、ベルチェはリナーリアをあまり領地から出さず、過保護気味にして育てた。

 

 そんなリナーリアも成長するにつれ少しずつ身体が丈夫になり、熱を出す事も減った。

 本人も王都での暮らしに興味を持っており、10歳にしてようやく王都で社交シーズンを過ごさせる事にした。

 その時リナーリアは、運命の出会いをする。

 第一王子のエスメラルド殿下だ。

 

 王子と出会って以来リナーリアは生来の人見知りを隠し、背伸びをしてしっかりした物言いをするようになった。

 ベルチェとアタカマスは最初こそ戸惑ったものの、恋をしたからだろうとすぐに納得をした。

 娘は努力して王子にふさわしいご令嬢になろうとしているのだ。王子の前で大泣きしてしまったという失敗からの反省もあるのだろう。

 元々賢い子だから、その気になれば成長は早い。少々の親馬鹿も混じえつつ、夫妻は娘の変化を受け入れた。

 

 何より、王子側の反応も満更ではなさそうだ。むしろかなりの脈ありだとベルチェは見ていた。

 ジャローシス家は侯爵位を持ちながらも田舎貴族であるという意識が強く、さほどの権力を持たないし興味もない。

 これで王子妃、ひいては王妃になるというのはとても大変そうだが、可愛い娘のためである。

 できる限り他の貴族家と波風を立てないように応援しようと、夫妻は密かに努力していた。

 ブーランジェ公爵家の兄妹とリナーリアが親しくなったのは幸いだった。嫉妬ややっかみの多くは、彼らが抑止力となってくれているようだった。

 

 

 だがしかし、問題は予想外のところにあった。リナーリアはかなりのトラブル体質だったのだ。

 おかしな魔法陣で転移して行方不明になったり、出てくるはずのない大きな魔獣と対峙したり、女だてらに武芸大会に出てみたり、安全なはずの城の中から誘拐されたり…。

 どうやらこの子は、数奇な運命の元に生まれてきたらしい。

 

 リナーリアが平凡な貴族令嬢などではない事は、おっとりとしたベルチェも薄っすらとは感じていた。

 この子は何か、大切な使命のようなものを抱いて生まれてきたのではないか。そんな気がするのだ。

 

 実は昔、不思議な夢を見た事がある。コウモリのような黒い翼を持つ子供が枕元に立っている夢だ。

 子供は寝ているベルチェに手をかざすと、青白く輝く光の玉をその手から落とした。

 光の玉はすぅっとベルチェの腹のあたりに吸い込まれていって、その後で目が覚めた。

 リナーリアを身籠っている事が分かったのは、それから少し経ってからだ。

 

 この夢の話は、夫とイクノにしか話していない。イクノは実家から連れてきた侍女で、ベルチェにとって最も信頼できる古くからの友人だ。

「その夢は決して人に話してはいけません。コウモリの翼だなんて、まるで悪魔のようじゃありませんか。そんなのが夢枕に立って生まれたなんて噂をされたら、生まれてくるお子様が可哀想です」とイクノは言い、ベルチェもその通りだとしぶしぶ頷くしかなかった。

 実のところベルチェには、あの子供は悪い存在だとはとても思えなかったのだが。

 突然枕元に立っていても不思議と恐怖を感じなかったし、何よりあの光の玉が腹に入った時、とても温かかったのだ。

 

 まあそんな訳で何かと普通ではない気がする末娘だったが、それでもベルチェにとっては守るべき大切な子供だ。危険な目に遭うたびに心を痛めてきた。

 特に今回、秘宝盗難事件に巻き込まれ誘拐された件では寿命が縮む思いをした。

 無事に戻ってきたから良いものの、命を落としたり、一生消えないような傷を負っていることすら考えられたのだ。

 リナーリア本人もこれは堪えたようで、いつになく思い詰めた様子なので、夫妻もあまり強くは言えなかったのだが…。

 

 

 そうして、ようやく平和な日常が戻ってきたある日。

 リナーリアがベルチェとアタカマスに頼み事をしてきた。とある人物をもてなすのを、二人にも手伝って欲しいのだと言う。

 二人はすぐに承諾した。リナーリアは何でも自分で解決したがる子で、このように頼ってくるのはとても珍しかったからだ。

 

「それで、お招きするのはどこのどなたなのかしら?」

「実は、私の命の恩人なんです」

「なんだって?もしかして、秘宝事件の時に?」

「えっと…、はい、そうですね。その方がいなければ、私は今こうして無事ではいられなかったでしょう」

 

 それを聞いて、ベルチェとアタカマスは気を引き締め直した。

 娘の命の恩人とあらば、全力でもてなさなければならない。

 

「じゃあ、豪華なパーティーを開く必要があるかしら。人を集めて…」

「い、いえ、それには及びません!」

 

 リナーリアは慌てて首を振った。

 

「私達だけの小さなお茶会にしたいんです。と言うのも、その方は事情があって人前には出られないんです。顔や姿は隠さなくてはならなくて、話もほとんどできません。…そのために、普段はとても孤独な生活を送っていて…。平気なふりをしていますが、きっと寂しいと思うんです。だから何とか、私達だけでもてなしたくて…」

「……」

 

 思わず黙り込む。そう言えば、そのような人物の話は王家の発表にも一切書かれていなかった。

 世間に正体が知られるとまずい人物。あるいは、病気や障害などで一般的な生活が難しい人物だろうか?

 とにかく、非常に扱いが難しい相手だという事だけは分かった。

 戸惑うベルチェよりも早く、沈黙を破ったのは夫のアタカマスだ。

 

「分かったよ。お前の恩人なら礼儀を尽くすのは当然だ。精一杯、その方に配慮した形で会おう。…私達も親として、お前を助けてくれたお礼を言いたいからね」

「そうね。私達で、その方をおもてなししましょう」

「お父様、お母様…!」

 

 リナーリアはぱっと顔を輝かせ、ベルチェとアタカマスは優しく微笑んで頷いた。

 

 

 

 お茶会が開かれたのは、それから1週間後の事だ。

 場所は王都の外れにある古びた屋敷。出席者はその客人の他はリナーリアとその友人であるスフェン、ベルチェ、アタカマスだけ。

 給仕はコーネル一人だ。口が堅く信用できる使用人であることは、ベルチェもよく知っている。

 

 しばらく待たされた末に姿を表した客人に、ベルチェとアタカマスは驚愕した。

 かなりの長身。全身を覆う長いローブを身に纏っていて、フードは顔が見えないほどに深く被られている。

 ここまではまあ予想していたが、フードが何かおかしな形に盛り上がっているように見えるのは何故なのか。明らかに普通の人間の頭の形ではない。

 そしてローブの裾や袖口からチラチラと見える手足は褐色をしていた。色はともかく、何故靴を履いていないのか。ぺたぺたという足音が気になって仕方ない。

 

「こちらライオスさんと言います。前にも話した通り、私の命の恩人です。声は出せませんが話はちゃんと聞こえています。…ライオス、こちらは私の両親です」

「…じゃ、ジャローシス侯爵、アタカマスだ。娘を助けてくださった事に、心よりの感謝を申し上げる」

「その妻、ベルチェでございます。リナーリアの事、本当にありがとうございました」

 

 謝意を述べる夫妻に対し、ライオスと呼ばれた人物は酷く戸惑った様子でぎこちなく頷いた。

 フードからわずかに覗く口元はやはり褐色の肌をしている。

 皮膚の病なのかも知れないと、ベルチェは思った。それならば顔や身体を隠したがるのも分かる。…頭の形の理由は皆目見当もつかないが。

 

 ジャローシス領は島の端にあり、やむを得ない理由で故郷を追われたはぐれ者が住み着きやすい土地だった。中でも障害があったり病を持っていたりと、力を持たず弱い者たちが多く集まっていた。

 そのような土地柄、ジャローシス家は虐げられる者たちが生きていけるようにと手を差し伸べ、仕事を与える事業を積極的に行っていた。

 異端と扱われやすい者たちへの理解が普通の人間よりもずっと深かったのが幸いし、ベルチェやアタカマスは、ライオスの奇妙な姿を何とか受け入れる事ができていた。

 

 

 

「…それでね、リナーリアのお陰でその香草は、水耕栽培が良いと分かったのですわ」

「身体に良いし肉料理によく合うから、薬草としてだけではなく嗜好品としてもよく売れるのですよ」

「目を離さずに見ておく必要があるんですが、それほど力は必要ないので、足の悪い方や女性でもできる仕事なんです。だから子守をしながら栽培の仕事をしている方が多いみたいですね」

「子守も大事な仕事だからね!皆が働きに行っている間、子供たちの面倒を見る人間は必要…ジャローシス領はよく考えて役割分担をしているんだね!」

「……」

 

 ライオスという人物は全く声を発する事はない。ただベルチェやアタカマス、スフェン、リナーリアの話に時折頷くだけだったが、概ね和やかに聞いてくれた…と、ベルチェは思う。

 お菓子やお茶には積極的に手を伸ばしていた事や、ちらりと見えた大きな手、大きな体格からして、ライオスはまだ若く逞しい男であるようだ。

 そしてリナーリアが時折挟む話から察するに、普段は全く人に接する事がない生活をしているというのは本当のようだった。家族もいないようだ。

 

 年頃の娘の近くに突如現れた謎の男に対し警戒心がない訳ではなかったが、ベルチェは不思議と気にはならなかった。

 …どうしてかしら。あの子とは、前にも会った気がするわ。

 そう思ってから、ベルチェは自分で首を傾げた。ライオスはあんなに立派な大人の体格をしているのに、どうして「あの子」などと思ったのだろう。

 しかしいくら思い出そうとしても、ライオスとどこで会ったのか思い出せない。

 

 …なんだかリナーリアと似ているからかしら。あの、素直で嘘がつけない感じ。

 不器用で頑固そうな印象が、どこかあの子に似ているのよね。

 そう思うと何だかおかしくなり、ベルチェは一人笑った。

 

 ライオスとはまた来週お茶会をしたいと、リナーリアには言われている。

 彼をもてなしたいという娘の願いを叶える気持ちが、もちろん一番ではあるけれど。

 ベルチェ自身もまた、あのライオスという不思議な男を楽しませてやりたいと、そんな気持ちになっていた。

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