世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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フロライアの父にしてラスボスになりそこねた男、アンドラ・モリブデン侯爵の独白です。
時系列的には第173話の直前になります。


モリブデン家の血脈

 モリブデン侯爵家は、このベリル島において古い家である。

 その血筋は現在この島を統治しているヘリオドール王国の成立よりもずっと古く、はるか古代神話王国時代まで遡ると、アンドラ・モリブデンは幼い頃からそう教えられて育てられてきた。

 今でこそ一侯爵家に過ぎないが、本当はもっと貴い血を持つ一族なのだと。

 

 この手の言い伝えは多かれ少なかれどこの貴族家も持っている。

 2千年ほど前の戦いで島を救った騎士であるとか、神の末裔たる巫女の血筋であるとか、先祖は精霊との混血であるとか。真偽など誰にも分からないのだから、言ったもの勝ちなところもある。

 それでもアンドラは、自らの血筋を誇っていた。多くの人々を導き治めるべく生まれた人間なのだと、そう信じていた。

 

 代々のモリブデン家当主もまた、アンドラと同じような誇りを持つ者が多かった。

 中でもアンドラの曽祖父、つまり3代前のモリブデン侯爵は、この言い伝えが真実であると証明したいと考えた。

 元々歴史や考古学が好きな(たち)であったらしい。

 学者を集めて蔵の奥にしまわれた古文書を解読したり、遺跡の発掘を行ったり、モリブデン領の歴史研究をしようとした。

 

 …それが、ただの道楽で済んでいたならば。こんなものを見つけたりしなければ。

 ふとそんな考えが()ぎるが、過去は変えられない。何も知らなかった頃には戻れない。

 

 

 不可思議な黄金の天秤と、2冊の本。これらは厳重に保存魔術がかけられた箱に収められていた。

 本のうち1冊は「ソディーの手記」と呼ばれるものから、2つの竜の宝について書かれた部分を抜粋し解説を加えたものであるらしい。

 これら竜の宝は、呪われたこのベリル島から外の世界へ旅立ちたいという、ある女の願いを叶えるために流星の竜が作ったものだという。

 しかし、その夢に満ちた願いは叶わなかった。

 女は人心を惑わす魔女とされて処刑され、宝は当時の王が独占してしまったと、ソディーは強い悔恨と共に書き残している。

 

 …そして、もう1冊の本。

 今や己を縛る鎖となったその日記を、酷く忌々しい気持ちでアンドラは見下ろす。

 日記を書いたのはこのモリブデン家の始祖であるらしい。

 ジプサムという名のその男は、確かに貴い血筋の生まれで、ごく僅かな期間だが王でもあった。

 ただし、玉座から逃げ出した王だった。

 

 遥か遠い昔のおとぎ話。「竜人と王様」の童話に出てくる、嘘つきの王様。

 竜人は魔獣から人間を守っている事への褒美として国の宝である宝石を求めたが、王は竜人を騙して違う宝を渡そうとし、怒った竜人に殺されてしまった。

 その王の息子こそがジプサムなのだという。

 

 

『…父が竜人に殺された。なんてことだ。だから野蛮な竜人などと会わない方がいいと言ったのに。

 問題は宝玉だ。竜人はあれを持って逃げたそうじゃないか。あの宝玉こそがこの都を魔獣から守ってくれていたというのに。

 こんな状態で王位を継ぐなど、私には荷が重すぎる』

 

『都が大型魔獣に襲われた。対竜魔導砲を持ち出して何とか倒したが、起動に時間がかかったせいでかなりの死人が出たようだ。

 竜人がいないと、魔獣の殲滅がこんなにも困難になるとは。

 竜人を探さなければ。父を殺した事は不問にするしかない。竜人も宝玉も無しに、この国を守れる訳がない』

 

『都が安全ではなくなって、民は不満と恐怖を抱えている。兵士にも脱走者が増えている。議会は無能ばかりで何もできやしない。

 ああ、なぜ私がこんな目に。王など、なりたくてなった訳ではないのに』

 

『また魔導砲が一基壊れてしまった。何度も繰り返し修復しているせいで資材が足りないと、技術者達が悲鳴を上げている。

 竜人は一体どこにいるんだ。何故見つからない。せめて宝玉があれば』

 

 この辺りは、ジプサムがまだ王であろうとしていた頃の記述だ。

 若くして王位を継ぐことになり、困難の中で苦悩する様が伝わってくる。

 

 

『ソディーの手記というものを、アレディウスが見せてくれた。この話は本当なのか。

 宝玉は水霊神が我が国へと授けてくれた宝で、王はそれを管理する選ばれし者。そう教わってきたのに。

 ソディー。愚かな男。魔女セレナを自分の元に引き止めたくて、私の先祖に竜の宝を売った。その結果がこれだ。

 いや、一番愚かだったのはご先祖様だ。こんな島に閉じ込められて、私達にどうしろというのか』

 

『私は最低な王だ。民を捨てて都を逃げ出した。仕方ないだろう、私にはもう何もできやしない。あそこにいれば死ぬだけだ。

 一応、天秤は持ってきた。いつもただ傾いてるだけで何の役にも立たないが、あの話が本当なら、これは捨ててはいけないものだ』

 

『都から出て1ヶ月、あちこちを転々としてきたが、この村にしばらく落ち着けそうだ。

 ここの村人は私をどこかから落ち延びてきた貴族のお坊ちゃまとでも思っているらしい。部下たちと力を合わせて魔獣を何匹か倒したら、やたらに感謝された。

 こうして村を守っていれば、しばらくは居させてくれるだろう』

 

 これは原本ではなく曽祖父が現代語に翻訳させたものであるため、記述はかなり飛び飛びだ。

 特に意味のない記述は多くが省略されてしまっている。恐らくは意訳もかなり含まれているのだろう。

 

 

『あれから1年。もうすっかりここの生活に慣れた。ハンスなど嫁まで作ってしまっている。

 村人もとっくに私の正体に気付いているだろうに、都に通報するつもりはないらしい。もしかしたらジュリアが庇ってくれているのかも知れないが。

 まあ、都はここ以上に魔獣に襲われていて酷い有り様だというから、通報されたところで私を捕まえに来る余裕などないだろう』

 

『今日、息子が生まれた。ミラーと名付ける事にする。ジュリア、ミラー、私はお前たちをどこまで守れるだろうか。

 おかしな話だ。王をやっていた頃より、この小さな村の長をやっている今の方がよほど重たい責任を感じている。この村を、何としても守らなければ』

 

『デニスが死んだ。ハッサンもだ。これでもう5人。魔獣は凶悪だ。恐ろしい敵だ。いつまでこんな戦いを続けなければいけないのか。

 時々竜人の事を思い出す。竜人は我々のために、ずっとこんなものと戦っていたのか。

 彼は今どこにいるのだろう。とっくにこの島を出て行ってしまったのだろうか。それはきっと、仕方のないことだ』

 

『ジュリアは困った奴だ。ミラーにこっそり、お父さんは本当は王様なんだよと教えているらしい。豪華なお城に住んでいたんだよ、だとか。城など一度も見た事がないくせに』

 

 時折こうして、ジプサムの私的な記述が混じる。

 わざわざそれを抜粋したのは、書き写した者の悪意か、それとも。

 

 

『天秤の傾きが、少しずつ平衡に戻っていっている。この島の人間の数が減っているという事だ。

 風の噂だと、島の北側はもう壊滅状態らしい。あちらは元々竜被害が酷く未だに立ち直れていなかったから、魔獣の攻撃に耐えられなかったんだろう』

 

『今日は2人死んだ。全ては我が先祖の罪だ。女神の呪いを、魔獣の脅威を侮り、竜の宝を奪った。

 分かっている。とても許されるものではない。それでも死にたくない。死なせたくない。滅びを受け入れる訳にはいかない』

 

『川向こうの村が大型魔獣によって壊滅した。生き残ったのはこの村に逃げ込んできた何人かだけだ。

 次はここが狙われるだろう。私達に守れるだろうか。いや、やるしかない。この時のために必死で皆を鍛えてきた。

 女子供は地下に隠す。それと、あの天秤も。ジュリア、ミラー、どうか私の分まで生きてくれ』

 

 …記述はここで終わっている。

 ジプサムがその後どうなったのかは伝わっていないが、恐らく魔獣との戦いで死んだのだろう。

 そして彼の息子ミラーの末裔が、今のモリブデン家というわけだ。

 

 

 

 アンドラの曽祖父は初め、この2冊の本の内容を信じようとはしなかったらしい。

 当然だろう。これらに書かれている事が真実ならば、我々モリブデン家は島に大災害をもたらす原因となった大罪人の末裔という事になる。

 だから黄金の天秤の謎を解き明かそうと躍起になり、魔術師達に調査を命じた。

 

 結論として、黄金の天秤は人間では持ち得ない不可思議で強大な魔力によって作られていた。

 いかな魔術をもってしても解析できず、何をしても傷付ける事はできず、何を乗せてもその皿は常に一定の位置しか示さない。

 これは確かに、奇跡によって作られた宝物なのだ。

 だがそれでも、信じるには至らなかった。天秤の「女神の呪いを(はか)る」という力は一朝一夕には証明ができず、宝玉や竜人の実在だって証明されていないからだ。

 

 そんな時に飛び込んできたのが、「竜人を見た者がいる」という噂だった。島の各地で似たような噂が広がっているらしい。

 伝説だと思われていた竜人が実在するのなら、本に書かれている事もやはり真実なのか。

 曽祖父は必死になって竜人を探し回った。各地の目撃情報を集め、優秀な魔術師や占い師にその行き先を調べさせた。

 

 

 曽祖父は山に分け入り、魔獣に襲われる危険を冒しながら大声で竜人へと呼びかけた。

 3日間山を彷徨ってついにその祈りは届き、竜人は姿を表した。

 異形の姿をした竜人は、その首に赤い宝玉をぶら下げていたという。

 

「竜人。竜人よ。どうかお答えいただきたい。貴殿が首から下げているそれは、かつて流星の竜が残したという宝なのか?」

『…そうだ』

 

 曽祖父の問いかけに、竜人は不思議な声で答えた。

 

「その宝玉には、この島から出るための奇跡の力が込められているというのは、本当か?」

『そうらしいな。我には使えんが』

 

 曽祖父は衝撃を受け、震えながらも平伏した。

 だとしたら。その宝玉は、何としても人間の手に取り戻さなければならない。

 祖先の罪はとても(あがな)えるものではないが、このままにしておく訳にはいかない。

 

「竜人よ。どうか、その宝を我々に返してはくれまいか。それはこの島の未来に必要なものなのだ」

 

 恥を忍んで懇願した曽祖父に与えられたのは、辺りを凍てつかせるような激しい怒気だった。

 

『…そう言ってお前たちはまた、我から奪おうとするのか』

 

 怒りに満ちた赤い瞳で見下ろし、竜人は言った。

 

『お前もあの王と同じだ。他者を利用し、奪い、肥え太ることばかりを考えている欲深い生き物。人間はいつもそうだ』

「そ、そん、な」

『我はお前たちが生きようが死のうがどうでもいい。お前たちが、我の命に興味などなかったように』

 

 竜人が示したのは明確な拒絶であり、はるか遠い祖先である王への非難だった。

 そのままどこへともなく飛び去り、そして二度と姿を表すことはなかった。

 

 

 …曽祖父はその後、再び考古学研究にのめり込んだ。

 大災害を回避する方法、そのヒントを見つけ出したかったからだ。

 そうして発掘されたものの一つが死神の卵の製造方法だ。

 曽祖父は今際の際にそれを息子に託し、こう遺言を残した。

 

「大災害を防ぐ方法は、私には見つけられなかった。後のことはお前の判断に委ねる。…だが、やはりどうしても滅びが避けられないとそう思ったのなら、死神の卵を使ってモリブデン領を守れ」

 

 

 

「……」

 

 無言で日記を箱に収め、厳重に鍵を掛ける。

 曽祖父が遺した死神の卵。祖父の代から研究を重ね、万一に備えて量産してきてある。

 しかし、アンドラはあれを使う気はない。狙いはあくまでエスメラルド王子だ。

 王子は明日、このモリブデン領にやってくる。またとない好機だ。

 速やかに、そして確実に、暗殺を実行しなければならない。

 

 何しろ王子は計画に気付きかけている節がある。

 恐れているのは計画が漏れる事そのものではない。密やかに進めてきた計画に気付いてしまうほどの王子の鋭さ、英明さだ。

 あの王子には間違いなく名君としての器があり…だからこそ、この島の滅びは加速する。

 

 だいそれた事であると分かっている。己がやろうとしているのは、多くの人々の運命を変え、犠牲を強いる計画だ。罪なき者たちが大勢死ぬ事になるだろう。

 今まで迂遠(うえん)な方法ばかり取ってきたのも、心の何処かに恐れがあったからだ。

 しかしもう猶予はない。利用するはずだったフェルグソンは勝手に暴走し、逆にあちらを勢い付かせてしまった。

 

 自分がやらなければならないのだ。王子を殺し、この国を混乱に陥れ、その発展を止める。

 大災害を回避するために。

 幸い、必要な駒は手元に残っている。オットレは若く愚かで、王子には遠く及ばない俗物だ。娘のフロライアを使えば簡単に操れるだろう。

 

 ダンブリン。フロライア。

 二人の子供たちには、モリブデン家に連なる者として厳しく冷酷に接してきた。

 それこそが子供たちの未来を守る唯一の方法だと、そう信じて。

 

 己が英雄であるなどとは思っていない。なりたいとも思わない。

 当主の座を継ぎ、父から天秤と2冊の本を譲り渡されたあの日に、己の血脈に誇りを抱いていたアンドラ・モリブデンは死んだ。

 このモリブデン家は罪科の上に立っている。

 

 …だが、己の手を汚して守れるものがあるのなら、これからも罪を犯し続けよう。

 玉座から逃げながらも、最後は小さな村を守った祖先ジプサムのように。

 それこそがモリブデン家に残された唯一の矜持なのだと、アンドラ・モリブデンは信じていた。




本編では謎が多いまま終わってしまった人物なので、その補完です。
ちなみに、アンドラの曽祖父と会った頃のライオスはまだ長い眠りから目覚めたばかりでした。
ここから数十年の山の中での生活が、ライオスの心を無意識のうちに変えています。
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