世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第22話 彼女との邂逅

「やあ、リナーリア!すごいね、よく似合っている。とても美しいよ。まるで湖の妖精のようじゃないか」

「お兄様ったら、褒めすぎですよ」

大げさに感動してみせるティロライトお兄様に、私は苦笑する。

今日の私はいつもとは違う、舞踏会用にあつらえた高価なドレスを着ている。

肩を出し、長手袋を着けた少し大人っぽいデザインのものだ。腰のあたりから裾にかけて薄水色から濃紺のグラデーションになっているのが美しい。

胸元は詰め物をして膨らみを増量してあるのが少々情けないが仕方ない。前世ではあまり筋肉がなく胸板が薄い事を気にしていたが、まさか女になってまで胸の薄さを思い知らされるとは…。詰め物でごまかせるだけまだマシだが。

化粧は私の希望を聞いて控えめにしてくれたようだが、髪は物凄く時間をかけて丁寧に結い上げられた。コルセットもいつもよりきつい。

これでパーティーが終わるまで過ごさなければならないのだから、女性は大変すぎる。

 

「本当に美しいよ。ベルチェの若い頃にそっくりだ」

お父様も私を見てニコニコしている。

私は学生時代評判の美人だったというお母様にそっくりらしく、確かに整った顔をしている方だとは思うのだが、顔の作り自体は前世とあまり変わらないから褒められても嬉しくない。いかにも弱そうだと侮られて苦労した記憶ばかりだからだ。

そう言う輩は全員魔術で締め上げられたら楽だったのだが、殿下の体面に傷を付ける訳にはいかないので9割5分くらいは頑張って我慢した。残りは締めたが。

「もう良い時間ですし、出発しましょうか。道が混みそうだから早めに行かないと」

お母様がそう言って、私とお父様、お兄様はうなずいた。

今日はついに、お城での入学祝いパーティー…そして舞踏会なのだ。

 

 

受付の者に招待状を手渡し、衛兵から簡単なチェックを受け、城の大広間へと向かう。

もう既にかなりの人数が集まっているようだ。

軽く会場を回り、知り合いの貴族やご令嬢たちと挨拶を交わす。皆さすがに気合が入っていてとても綺麗だ。思わず目が眩みそうになる。

こんなに人が多い場所は前世ぶりだ。正直得意ではないが、なんとか気合を入れて乗り切らなければ。

 

「リナーリア様」

後ろから声をかけられ、私は振り向いた。カーネリア様だ。隣には兄のレグランド様がいる。

カーネリア様は同い年の少女に比べると長身な方だけれど、レグランド様が隣にいるとかなり小柄に見える。ここの家系はみな背が高いのだ。

「カーネリア様、こんばんは。レグランド様、お久しぶりでございます」

「久しぶりだね、リナーリア嬢。驚いたよ、君はいつでも美しいけれど、今宵はその美しさが輝き出さんばかりだ。月の女神だって恥ずかしがって隠れてしまうことだろう」

「まあ、お上手ですね。レグランド様こそ、今宵もたいそう素敵でいらっしゃいます」

よくもこんな歯の浮くような台詞がすらすら出てくるものだ。女たらしオーラがすごい。こうして挨拶しているだけでも、周囲のご令嬢が熱い視線を送っているのが分かる。怖。

 

「リナーリア様のドレス、とても素敵ね。よく似合っているわ」

「ありがとうございます。母や使用人が皆で選んでくれたのです。カーネリア様こそ、今日もとてもお美しくていらっしゃいます」

カーネリア様は、明るい赤の髪がよく映える鮮やかなレモン色のドレスだ。華やかで、快活な彼女によく似合っている。

「そうかしら。私もリナーリア様みたいにもっと大人っぽいドレスにすれば良かったわ」

「カーネリア様はもう十分に魅力的ですよ。これ以上美しくなられては、兄君が心配なさるでしょう」

そう言ってレグランド様を見上げて笑うと、レグランド様も微笑んだ。

「その台詞は、君の兄君にそっくり返したいな。きっとずいぶん心配している事だろう」

私の横にいたティロライトお兄様は「そうですね」と苦笑した。

「リナーリアはしっかりしているようで抜けているので…。きっとスピネル殿にもご迷惑をおかけしているでしょう」

むむ。確かにスピネルには色々世話になってはいるが、認めるのはちょっと悔しい。

そんな私の内心を読み取ったのか、レグランド様は笑って「どうかな」と肩をすくめた。

「だとしても、美しいご令嬢の役に立てるならば弟も本望だろう。これからも弟をどうぞよろしく」

「私からもお願いするわ。お兄様をよろしく」

「い、いえ、そんな」

なぜか兄妹そろって頭を下げられてしまい、私はちょっと焦った。

こちらは下っ端侯爵家だというのに、わざわざよろしくお願いするなんて。ブーランジェ家の人、見た目の割に律儀すぎじゃないですか?

 

 

カーネリア様達と別れた後も何組かの貴族達に挨拶をしていると、大広間にラッパの音が響いた。

国王陛下と王妃殿下のお成りだ。後ろには幾人もの侍従を連れ、エスメラルド殿下とスピネルもいる。

陛下は今年で39歳。背の高い穏和そうな印象の男性だが、不思議と人の目を惹き付ける雰囲気を持っている。少し癖のある髪は栗色だが、瞳の色はエスメラルド殿下と同じ翠色だ。

殿下の髪色や容姿は王妃殿下似だが、穏やかな中に意思の強さが覗く翠の瞳は国王陛下によく似ていると思う。

 

豪奢な椅子へと腰掛けた陛下は、広間の中をゆっくりと見渡してから口を開いた。

「今宵は、この秋に魔術学院へと入学する子供たちへの祝いの席だ。学院は様々な学問、知識、教養、そして魔獣と戦うための力と技術を学ぶための場である。君たちは将来この国を背負って立つべき責務を持って生まれた者だ。よく学び、そうして得たことを、この国を守るために役立ててほしい」

そこで陛下は言葉を切り、横に控えている殿下へと視線を送る。

「また、学院は新たな知己を得て、絆を結びつける場でもある。お互いに尊重しあい、切磋琢磨していくように。…皆も知っていると思うが、余の息子エスメラルドも今年学院へと入学する。エスメラルドは学問も武術も努力を怠らない、自慢の息子だ。しかし未だ未熟な子供でもある。君たちと同じだ。どうか仲良くし、必要ならば遠慮なくぶつかっていって欲しい。それがこの国の未来に良い影響を与えると、余は信じている」

殿下を含め、会場中の者皆が陛下へと頭を下げた。

さすが陛下、しっかり親馬鹿を入れてきた。と言っても殿下が優秀なのは事実なのだが。

 

陛下のお話の後は、今年入学する子供達がその親を連れて一組ずつ国王陛下夫妻へと挨拶をしていくのが毎年の流れだ。

最初は王子殿下で、その後はおおむね爵位と家格の順になる。混乱が起きないようしっかり侍従が案内をしてくれるし、ここで長時間の挨拶をするのはマナー違反として白い目で見られるので、さくさくとスムーズに進んでいく。

やがて私の番も回ってきた。陛下に拝謁するのは今世で初めてなので緊張する。

「ジャローシス侯爵家が長女、リナーリアでございます。学院には魔術師課程にて入学いたします。この国のお役に立てるよう、勉学に励み研鑽を積む所存でございます」

「リナーリアか。…将来有望な魔術師だと聞いている」

私はごく普通にお決まりの文句で挨拶をしたのだが、陛下の返事は定型句とはちょっと違っていた。普通は「うむ、頑張れ」程度の返事で終わるはずなので、内心ちょっと慌てる。

「はっ。恐れ多いことでございます」

「期待している。身体に気を付け、よく励むように」

「はい!」

 

「陛下から期待してるって言われるなんて、すごいじゃないかリナーリア。良かったね」

国王陛下や王妃殿下の前から下がった後、ティロライトお兄様がニコニコしながら言った。

「そ、そうですね…ちょっとびっくりしました」

うーん、セナルモント先生から話を聞いたんだろうか?2年前の古代神話王国の遺跡発見事件の報告は陛下の元にも上がってるだろうし。

特別なお声がけをいただいた事で少々周りの注目を集めている気もするし、何だかそわそわしてしまう。でも、陛下自ら期待していると言われるのは本当に光栄なことだ。

私はあまり顔に出さないよう、内心でひっそりと喜びを噛み締めた。

 

 

それからもしばらく国王陛下への挨拶の行列が続いた。

すでに陛下への挨拶を済ませた者は、会場を回って貴族達への挨拶回りだ。ひたすらに挨拶、挨拶である。同級生になる子女や、その親や親戚とも良好な関係を築いておくに越した事はないからだ。

しかし物凄く疲れる…。しかもこの後踊るんですよ?本気ですか?

 

そうして回っているうち、私は一人の令嬢の後ろ姿を会場の中に見つけた。

波打つ輝く蜂蜜色の髪。

ドレスに包まれた肢体は、まだ15歳とは思えない女性らしい豊かなラインを描いている。

 

私は深呼吸をすると、ゆっくりと彼女に近付いた。

蜂蜜色の髪が揺れ、振り向いた紫色の瞳が私を見る。一部の隙もなく整ったその美しい顔が、見る者の心を捕らえる優しげな笑みを浮かべる。

私は微笑みを返すと、彼女に向かってゆっくりとお辞儀をする。

「こんばんは。フロライア・モリブデン様」

 

「初めまして。リナーリア・ジャローシスと申します。こちらは兄のティロライトです」

深々と丁寧に挨拶をした私に、彼女もまた優雅な挨拶を返した。

「初めまして、リナーリア様。お噂はかねがね伺っております」

そう言って柔らかく笑う。

「リナーリア様とは一度お茶会などでご一緒したいと思っていたのですけれど、なかなか機会がなくて…。お会いできて嬉しゅうございます」

「こちらこそ、フロライア様と今日までお会いできる機会がなくてとても残念でした」

これは私の本音だ。今まで彼女と会う事を特別避けていた訳ではない。だがジャローシス家とモリブデン家に接点はないし、どこかのお茶会で一緒になるということも不思議となかった。

「9月からは、同じ学び舎に通う者同士。どうぞ、よしなにお願いいたします」

「はい。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」

 

彼女は頭を下げると、にっこりと笑って去っていった。

…今世での彼女との初めての出会いは、それだけだった。

 

どうという事のない無難な挨拶だったけれど、彼女はやはり完璧で美しかった。

その後ろ姿が、私の胸に言いようのない激しい感情を渦巻かせる。

 

彼女は前世での殿下の婚約者。

殿下に毒を盛った張本人。

そして、前世の私が生涯で唯一恋をした女性だった。

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