世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

42 / 292
第30話 模擬試合(前)

「支援魔術を使った試合、ですか?」

「そうだ。お前が殿下を支援して、相手は俺」

スピネルがそう言って自分を指差し、殿下もうなずく。

「魔術師との連携について少し知っておきたくてな」

「別に構いませんけど、それじゃ2対1になりますよ?いくら何でも有利すぎですし、ハンデをつけるべきでは」

「俺も殿下も魔術師とは集団でしか組んだことないからな。いっぺんやってみないとどのくらいのハンデが必要か分からないだろ」

それもそうか。私も今世の殿下やスピネルの剣術の腕については詳しく知らないしな。授業で見かけてはいるけど、まだ基礎訓練ばかりだし。

「そういう事なら、とりあえずやってみましょうか」

 

校庭の訓練場には剣術の試合用に使われる簡単な闘技場のようなステージがある。年に一回の武芸大会でも使われるものだ。

放課後すぐに向かうと、幸い使用者はまだいないようだったのですんなりと借りられる。

殿下とスピネルは木剣を持ち、私は一応杖を持った。普段はあまり使わないが、試合形式なので何となくだ。

「直接ダメージを与える攻撃魔術は使いません。開始の合図はどうします?」

「このコインが地面に落ちたらだ」

スピネルが懐から一枚の銅貨を取り出す。二人がいつもやっている方式のようだ。

「…いくぞ!」

 

闘技場の床に落ちたコインのかすかな音と共に、私は大小様々な大きさの水球をいくつも呼び出した。

スピネルは私の出方を確認する事もなく殿下の方へと突っ込んで行く。初めてだと言う割に思い切りが良い。

私の知る限り、殿下は守りが上手い剣士だ。今世でもその戦い方は大きく変わってはいないだろうと信じ、殿下への防御魔術はほとんど使わない方針で行く。

小さめの水球をいくつか操り、スピネルへ向かって動かす。素早く振られた剣がそれらを切り裂きつつ、迎え撃った殿下の剣も横に逸らした。疾い。

 

がんがんと木剣を打ち合わせる音が響く。

やはりスピネルは、速度を活かした剣を得意としているようだ。だが手数のうちのいくつかを私の水球への対処に割いているので、大分やりにくそうに見える。

殿下は急がずに隙を窺うスタイルだ。焦ったようなスピネルの動きには若干の罠っぽさもあるので、妥当な判断だろう。

試しに水球をスピネルの足元から顎に向かって打ち上げてみたが、しっかり避けられた。いい反応だ。

 

「殿下、少し厚めに支援します」

私は水球を大量に補充しながら言った。殿下が「わかった」と背を向けたま剣を振るいつつ答える。

「げっ、マジかよ!」

悲鳴を上げるスピネルに対し、殿下が攻勢に入った。私も先程より速度を上げた水球を次々に撃ち出す。

スピネルは剣だけではなく防御魔術も使っているようだ。それほど慣れてはいないようであくまで剣が主体だが、たまに魔術で水球を防いで落としている。

 

頃合いを見て、私は大きめの水球2つを左右から弧を描くようにして撃った。

スピネルは片方を魔術で防ぎ、片方を斬ろうとし、だがその水球は剣に触れる寸前に弾けた。

「うわっ!?」

ばしゃん!と水がスピネルの頭にかかり、一瞬動きが止まる。

その隙を見逃さず、殿下の剣が閃いた。

スピネルの手を離れた木剣が高い音を立てて闘技場の床に転がる。

 

「くっそ、やられた…」

びしょ濡れ頭になったスピネルが呻きながら天を仰いだ。

「水なんですから、塊のまま飛んでくるとは限らないでしょう」

しかもあの水球は弾けると同時に魔術を解除してただの水にしてあった。魔力を帯びた水なら同じく魔力を帯びた剣で払いやすいが、本当にただの水となると、ごく普通に水に向かって剣を振っただけにしかならない。必然、勢いのままスピネルに向かうことになる。

「水球の魔術だけでこれか…」

「初めて戦ったにしては大したものですよ。それに貴方、手加減していたんじゃないですか?」

「手加減?」

スピネルが眉間にしわを作る。

「だって私には攻撃しなかったでしょう。剣士と魔術師の組み合わせが相手なら厄介な魔術師から先に落とすべきだというセオリーくらいは知っていますよね」

 

「それはそうだが、ただの模擬試合だぞ?」

「どうせなら実戦に近い方がいいでしょう。言っておきますが、私は二重魔術を使えるので魔術行使中でもちゃんと自分の身を守れますよ。支援魔術師なら当然です」

二重魔術とは二つの魔術を完全同時に扱う技術だ。

攻撃系の魔術師なら敵の攻撃の手が届かない遠隔からの魔術行使が基本になるが、支援魔術師となるとある程度味方の近くにいないと細かい支援はしにくい。必然的に敵の攻撃に晒される危険も増えるので、二重魔術で自分の身を守りつつ支援をするのが必須となるのだ。

単純に二重魔術と言っても毎回同じ組み合わせで使うのとその都度違う魔術を組み合わせるのとでは難易度が桁違いなのだが、私はこれがかなり得意だ。

前世でも得意だったが今世の方がより精度が増しているように思う。多重魔術の行使は女性の方が得意だという俗説は本当なのかも知れない。

過去に唯一、五重魔術を使えたという魔術師も女性だったと言うが…でもまあ、その辺を今説明する必要はないだろう。

 

「殿下を相手にしながらお前に攻撃する暇なんかあるか」

スピネルがむっつりとしながら言う。

確かに、仮に私を倒せてもその間に後ろから殿下にやられるのがオチだ。でもその素振りを見せるだけでも殿下の集中力を削げるし、大分違ったと思うが…。

「まあいいですけどね。どうせこれはただの小手調べですし。でも、次からは遠慮しなくていいですよ。私、仮に二人いっぺんにかかってこられても問題なく捌けるくらいの自信はありますから」

どうも遠慮されてるようなので、私はあえて明るく言い切った。

「どういう前提だそりゃ」

「実戦ならよくある事でしょう」

実際は、もし実戦で殿下とスピネルの二人にかかってこられたら逃げの一手なのだが。

狭い闘技場で魔術師が剣士を相手にするのは愚か極まりない。まず間合いを取って、可能なら反撃をするだろう。

逃げ場がないくらい囲まれてしまったら、粘って味方が来るのを待つかできるだけ敵を巻き込みつつ自爆するくらいしかなくなるが…それはできれば二度とやりたくない。

 

「…分かった。じゃあ、次はスピネルがリナーリアと組むといい。俺が相手をする」

殿下が仕切り直すように言った。

「よーし!やったろうじゃねえか!」

今の結果が不本意だったらしいスピネルは俄然乗り気のようだ。もうちょっと粘れるつもりだったんだろうな。

「その前に、そのままじゃ風邪を引きますよ。乾かすのでちょっと待って下さい」

そう言って近寄ると、スピネルは後ろで束ねていた髪を解いてぶるぶると首を振った。周囲に水滴が飛び散る。

「ちょっ、何するんですか!」

「犬か」

殿下ですら呆れ気味だ。スピネルの方は何故か胸を張っている。犬じゃなきゃ悪ガキだな。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。