世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第40話 歴史の勉強

「あ、そこ間違ってますよ、殿下。アステラスの乱は178年ではなく、187年です」

「む…」

私の指摘を受け、殿下が眉根を寄せてノートを睨んだ。

教科書をめくり、該当部分を確認する。私が言った通りだったようだ。ただ直すのではなく、自分でちゃんと確認する所が偉い。

「…本当だ。ありがとう」

「どういたしまして」

 

今日は久々に城へと来ている。

新年祝いが終わったところなので王宮は静かだ。普段王宮に詰めている官吏達も休みを取っているし、兵士の数も少ない。今が一年のうちで一番静かな時と言えるだろう。

年末年始の休みで学院の授業はないし、普段色々と忙しい殿下もこの時ばかりは暇なはずなので、私は一緒に宿題をするという名目で殿下の所に来ていた。

名目と言うか実際にそれが主な目的だ。殿下の成績は前世よりも少々低い。恐らく従者が私ではなくスピネルになった影響だと思う。

十分優秀な成績だし特に問題はないのだが、折角の機会なので学問にも力を入れていただきたいというのが私の考えだ。

 

「やっぱり殿下は歴史が苦手みたいですね」

「そうだな…数学などは解く楽しみもあるんだが、暗記はな」

前世でも殿下は暗記が好きではなかった。スピネルは殿下以上にその傾向が強いようなので、二人で勉強するとどうしてもそこが弱点になるのだろう。

どうせならスピネルにも指南してやりたかったのだが、今は新年休みを取っていてブーランジェ領に帰っている。多分あと10日くらいは戻ってこないだろう。

 

「ただ無闇に覚えようとしても、そう頭に入ってくるものではないのですよ、殿下」

「なら、どうすればいい」

「例えばですね…この、305年のエリンギウム川東の魔獣災害」

私はぱらぱらと教科書をめくり、指をさす。

「この戦いにまつわる逸話を殿下はご存知ですか?」

「それならば知っている。有名な話だろう。窮地に陥ったゲータイト伯爵を、幼馴染である友人のシュンガ伯爵が兵を送り救った。その事をゲータイト伯爵は深く感謝し、シュンガ伯爵領が不作で困窮した時に塩を送り恩を返した…という話だ」

「そうですね。では、シュンガ伯爵がなぜゲータイト伯爵を救ったのかは分かりますか?」

「…?友人だからではないのか?」

不思議そうにする殿下に、私は首を振った。

「違いますね。いえ、それもあるのかも知れませんが、それだけではないと思います」

 

「この戦いが305年のいつ頃の事だったかはご存知ですか?」

「ええと…」

「春のことです。エリンギウム川の源流は北の白尖山にありますので、春は雪解けの水で流れが早くなります。それでシュンガ伯爵は、船に乗って川を下る事で素早く兵を送れました」

「ふむ」

うなずく殿下に、私は話を続ける。

「今私は簡単に説明をしましたが、先程の殿下の説明と合わせて、いくつか大事な情報が含まれています」

「…どういうことだ?」

「まず、シュンガ領がゲータイト領よりも上流にあったということ。それからシュンガ伯爵が、兵を送り込めるだけの船を所有していたということ」

「うむ」

殿下はよく理解できていない顔だが、とりあえずうなずく。

 

「ゲータイト領は後に塩を送った、つまり塩の特産地です。塩を産出する領が裕福であることは殿下も知っていらっしゃいますよね」

「ああ。塩は貴重だからな」

「はい。それに、塩は小麦や野菜のように不作になる事はありません。常に必要なものなので、値下がりもほとんどありません。対してシュンガ領は、後に不作になった事からわかるように、農産物が特産です。具体的には小麦ですね。…ここで、船の話が関係してきます」

「うん?」

殿下が首をひねり、それからすぐに答えにたどり着く。

「…そうか、シュンガの船はもともと小麦を運ぶためのものか」

「はい。船に載せて運ぶのは、馬車に載せ街道を行くよりはるかに簡単で速いです。しかも、ゲータイトは裕福です。当然金払いも良いので、シュンガにとってゲータイトは『お得意様』なのですよ」

船を使えば重い小麦袋を楽に速く下流まで運べる。帰りの船を曳くのは面倒だが、水の上を行くため魔獣被害が起こりにくく、護衛があまり必要ないという利点もある。

運送の経費を抑えられ、しかも相手の支払いはきちんとしていると来れば、取引先としては理想的この上ない。

 

「誰だってお得意様には無事でいてもらいたいものです。だから兵を送って救いました。それに、その時恩を売っておいたおかげで、小麦が不作の時に助けてもらえましたしね」

「なるほどな…」

殿下は深く感心したようだ。

「この話はただの美談ではなかったのだな。若干夢が壊れた気もするが…」

「まあ、友情もあったと思いますよ?領地も歳も近いので、両伯爵が幼馴染だったのは本当の話みたいですし。ただ、その他にも色々と事情があったというだけです」

貴族が一切の損得勘定なしに兵を動かすのは難しい。本人がそれを望んでも、周囲がそれを許しはしない。

何が動機だったかは本人にしか分からないが、家臣達を説得できるだけの材料が十分にあったのは確かだ。

 

「ただ『305年のエリンギウム川の戦い』と言ってしまえばそれでおしまいですし、興味も湧きにくいと思いますが、こういう話を聞けば覚えやすくなるでしょう?しかも、シュンガ領とゲータイト領の位置関係や特産物も頭に入ります。知識というのは、そうして広げて役に立てていくものなんですよ」

「ああ。勉強になった」

素直に納得してくれた殿下に私は嬉しくなる。殿下は本来、知識欲も記憶力も十分に持っている方なのだ。それをちゃんと活かせば成績ももっと上がるだろう。

「このような小話をたくさん収めた本に心当たりがあります。今度図書館で借りてきましょう。きっとお勉強の役に立ちますよ」

「ありがとう。…君はやっぱりすごいな」

「いいえ。殿下にしっかり学ぼうという意欲があればこそですから。そのお手伝いができたなら、私も嬉しいです」

にっこりと笑うと、殿下は少し照れたようだった。

 

「なら、図書館には一緒に行こう。他にも君のお薦めの本を選んでくれ」

「はい!お安い御用です」

「ついでにスピネルにも何か選んでやってくれ。あいつも、君が薦めた物なら読むだろう」

「そうですか?…いえ、私の腕の見せ所ですね。絶対に読ませてみせます」

スピネルは本とかあまり好きじゃなさそうだからな。でも必ず面白いと言わせてやろう。

「よろしく頼む」

やる気を見せる私に、殿下は楽しそうに笑った。

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