世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第44話 討伐訓練・2

先生の号令後、班ごとに順番に森の中に入り、探索を始める。

皆が同じ場所に向かうと獲物を取り合う事になりかねない。それを避けるためにも各グループに所属する魔術師の生徒がある程度周囲の気配を探知するので、自然と進む方角はバラけていく。

私も森に入ってすぐに広域気配探知の魔術を使った。いくつかの固まった人間の魔力反応の他に、ぽつぽつと魔獣の反応を感じる。思っていたより数が多いようだ。

「北西の方角が手薄のようです。魔獣も何匹かいるようですので、そちらに向かうのが良いかと」

「分かった。皆、行くぞ」

「はい!」

 

しばらく行くと、前方から魔獣の近付く気配を感じた。

「前から来ます。恐らく狼型、一匹だけです」

私の言葉に、皆の間に緊張感が走る。

狼型の魔獣はこの辺りで最も一般的なものだ。

そこそこ素早いが、それほど大きくはないし知能も高くない。特殊な魔術攻撃などもしてこないので、牙と爪にだけ注意していれば良く、かなり対処しやすい魔獣だ。

やがて草陰から黒い影が飛び出して来た。やはり狼型の魔獣だ。

殿下が落ち着いて斬りかかる。剣は魔獣の右足の付け根のあたりを捉え、大きく切り裂いた。魔獣が耳障りな叫び声を上げる。

 

魔獣は通常の刃物ではあまり傷付けられない。

騎士は剣を振るう際、その刃に己の魔力を込める事で魔獣に大きなダメージを与えられる。魔力持ちが騎士になる一番の理由だ。

騎士が主に剣を使うのは、剣が特に刃に魔力を込めやすいからだ。

槍などの長物だと魔力の消費が多くなるし、弓矢は魔獣に届くまでに魔力が減衰しやすく威力が弱まってしまうので、あまり好んで使われない。

戦闘中は身体強化や治癒、防御などにも魔力を使うので、騎士にとって剣が一番効率よく扱いやすい武器なのだ。

 

殿下は剣術の腕もさることながら、魔力の扱いも上手いので実に安定した動きだ。

右足を負傷した魔獣にニッケルがさらに斬りかかり隙を作ったところで、殿下が見事な一撃で魔獣の首を斬り落とした。

「近くに他の魔獣の気配はありません。お二人共、お見事です!」

褒め称えると、殿下は無言でうなずき、ニッケルは「ありがとうございます!」と照れながら笑った。

「王子殿下の剣術は本当に素晴らしいですね。リナーリア様の言っていた通りです」

最初の戦闘を危なげなく終わらせた事で、不安そうだったペタラ様も安心したようだ。

実際見事なものだった。私達魔術師も後衛も全く出番がなかった。

「ニッケルの補助も良かった。タイミング良く気を引いてくれたおかげで簡単に止めを刺せた」

「あ、ありがとうございます」

ニッケルは殿下に褒められて嬉しそうだ。

殿下が胸元に下げた時計型の魔導具を確認する。討伐数をカウントする窓にはしっかり「1」と刻まれているようだ。

「よし。このまま進むぞ」

 

その後、さらに2体の魔獣と遭遇した。狼型とイタチ型だ。

最初の戦闘でも十分余裕があったので、今度は殿下が引きつけ、それぞれニッケルとペタラ様が止めを刺した。

「もう3体討伐か。かなり良いペースじゃないか?」

そう言ったのはスピネルだ。確かに、探索を始めてからまだ2時間も経っていないのにこのペースは早い気がする。

「リナーリアさんの探知が的確だからじゃないかな」とセムセイが答える。

「ありがとうございます。でも、そもそも森の魔獣の数が多い感じですね」

なるべく効率の良いルートを選んでいるのも確かだが、それ以前に魔獣の気配自体が多い。どっちに行っても遭遇できる感じだ。うっかり囲まれないように注意した方がいいだろう。

「最近は魔獣多いですものね…」

ペタラ様が眉を曇らせる。

「ずいぶん深くまで来てしまったし、これ以上奥に行くのはやめておこう。余裕を持って戻った方がいい。途中で倒せそうな魔獣がいたら積極的に倒す」

そう言った殿下に皆がうなずこうとした時、スピネルが声を上げた。

「…狼煙が上がってる」

 

スピネルの視線の先へと目をやると、確かに木々の隙間から煙が見える。北の方角だ。

誰かが助けを求めている。

「そう遠くない。向かおう」

「はい」

殿下の言葉に全員が首肯し、走り出した。と言ってもあまり早く走るのは危険なので、小走り程度のスピードで進む。

私は走りながら探知魔術を使った。前方に反応が見つかる。

「この先に2人います。それに魔獣が一匹。それほど大きくありません」

「わかった」

 

それからすぐに、蜥蜴に似た姿の魔獣が見えてきた。

一人の生徒が剣を持って向かい合い、もう一人がその後ろに座り込んでいるように見える。近くには燻っている狼煙もある。

「ニッケル!」

「はい!」

殿下の声に、ニッケルがスピードを上げて駆け出す。魔獣がこちらに気付き、攻撃を仕掛けようと体勢を低くする。

「気を付けろ!毒を持っている!」

そう叫んだのは剣を持った方の生徒だ。跳んで襲いかかって来る魔獣の爪を、ニッケルが剣で防ぐ。

「ペタラ様!」

『風の刃よ!』

私の声に応え、ペタラ様が風の魔術を撃ち出した。

それを避けて飛び退った蜥蜴の目を狙い、私は水の魔術を使う。水撃がうまく命中し、目潰しができたようだ。蜥蜴が「ギャッ」という叫びを上げる。

すかさず踏み込んだ殿下が、蜥蜴の身体を両断した。耳障りな断末魔の叫びが響く。

 

「大丈夫か」

「あ、ありがとうございます、王子殿下…」

怯えた表情で座り込んでいたのは別のクラスの女子生徒だった。負傷しているようなので、治癒魔術をかけるためにペタラ様が近くに寄りしゃがみ込む。

もう一人の騎士の生徒は負傷の他に毒を受けているようで、こちらの治療には私が向かった。幸い、身体が少し痺れる程度の軽い毒のようだ。

「何があった。他のメンバーはどうした?」

問いかける殿下に、解毒魔術を受けながら騎士の生徒が答える。

「俺達は、アーゲン様の班です。皆で探索を進めていたら、急にとても大きな魔獣が現れて…」

「大きな魔獣だと?」

「探知魔術にはかからなかったのか?」

殿下とスピネルが聞き返す。騎士の生徒は、自分でも信じられないという様子でうなずいた。

「はい…本当に突然現れました。翼のついた大きな蛇の魔獣です」

…これはちょっと厄介だな。

そう思う私の横で、ニッケルとセムセイが声を上げる。

「翼のついた蛇の魔獣なんて聞いたことないっすよ」

「僕も知らないな」

「…かなり珍しい魔獣です。蛇型は潜伏を得意としているものが多いので、その魔獣もそうなのでしょう。だから魔術で探知できなかった」

私は実物こそ見た事がないものの、本で読んだことがあったので説明した。

特殊な形状の魔獣は、それぞれ厄介な特殊能力を持っているものが多い。

 

「いきなり襲われたので、こちらの彼女は足を負傷してしまって…しかもその蛇は、アラゴナ様を攫って行ったんです」

「何!?」

皆が驚く。魔獣は非常に攻撃性が高く、人間を見ればすぐに襲いかかってくる。攫うなどという行動は滅多にしない。

騎士の生徒が話を続ける。

「アーゲン様達は俺に彼女を任せて、すぐに蛇を追いました。狼煙を使ったのもアーゲン様の指示です。…だけど、その後すぐに蜥蜴の魔獣が出てきてしまって」

蜥蜴の魔獣は素早く、毒を持っているものが多い。

女子生徒の方は動揺して魔術を使えるような状況ではなかったようだし、毒を受けた状態の彼一人ではなかなか倒せなかったのだろう。そうして戦っているうちに私達が到着したわけだ。

 

「すぐに助けに行こう」

殿下がそう言い、スピネルが問いかけるように私を見た。

「少し調べてみます」

私はそう言って目を閉じ、再び探知魔術を発動した。自分を中心に行う広範囲の探知ではなく、方向と範囲を絞ってより詳細に行う中級の探知魔術だ。

意外にあっさり、大きめの魔獣の反応が見つかる。探知しやすいという事は、潜伏はしておらず戦闘中なのだろう。

魔獣の周囲に4人分の人間の反応。ただ少し離れている者がいる。アラゴナ様だろうか。

「…ほぼ真っすぐ北の方角、それほど遠くありません。反応からして、大きめの中型と言ったところだと思います。人間は4人。…アーゲン様の班の人数は?」

「俺たちを含めて6人です」

という事は、全員まだ無事だ。

 

「…恐らく潜伏以外には強い特殊能力を持っていません。襲撃に成功したあとでわざわざアラゴナ様を攫ったのは分断を狙ってのことでしょう。つまり、知能は高いが戦闘能力はそれほど高くない個体だと推測されます。アラゴナ様さえ取り戻せれば、私達でも討伐可能でしょう」

このくらいの大きさなら、問題なく対処できるだろうと判断する。

迷いなく告げた私に、殿下とスピネルもいけると判断したようだ。顔を見合わせて「よし」とうなずき合う。

それから殿下がアーゲンの班の生徒を見る。騎士の方はともかく、女子はとても戦えそうな様子には見えない。

 

「近くに他の魔獣の気配は?」

「ありません。しばらくは襲われないでしょう」

「わかった。…セムセイ、ここに残ってもらえるか。この二人を守り、先生達が来たら説明を頼む」

「はい」

「スピネル、リナーリア、ニッケル、ペタラは俺と共に来い」

「はい」

殿下の指示に皆が応える。

「北の方角だったな」

「はい。向こうです」

私は北を指差した。確か北側は川が流れる崖になっていたはずだが、知能が高い魔獣なら自らある程度水に近付いたりもする。

私は腰につけたポーチから狼煙玉を取り出し、セムセイに手渡した。

「予備の狼煙です。必要なら使ってください」

「ありがとう」

皆でぐるりと周囲の顔を確認し、お互いにうなずき合う。

「よし、行くぞ!」

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