世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

59 / 292
第46話 水流下り

「殿下!大丈夫ですか!」

激しく燃え上がる蛇の脇に着地した殿下に、私は焦りながら声をかけた。

すぐに殿下が炎の中から走り出てくる。

「大丈夫だ。すごいな、全然熱くない」

「良かった…」

私は森に火が飛ばないよう効果範囲の狭い炎の柱の魔術を使い、同時に二重魔術で殿下の身体に防護魔術をかけた。

防護魔術には絶対の自信があるからやった事とは言え、炎に飛び込む殿下の姿はやはり心臓に悪かった。上手く行って良かった。

蛇が断末魔に暴れたり炎を浴びたりしたらまずいのでペタラ様にはニッケルとストレングへの結界を頼んだが、ほとんど必要なかったようだ。

「殿下!」

スピネルもこちらに走り寄ってくる。殿下が無事で安堵した顔だ。

皆ほっとしかけた所で、アラゴナ様の悲鳴が上がる。

「アーゲン様!」

 

崖の方を振り返り、慌てて駆け寄る。

「まずい、流されたぞ!」

そう叫んだのはスピネルだ。眼下に広がった川を見回すと、濁流の中を遠ざかっていく黒髪が見えた。

「アーゲン様!!」

「待て!流れが速すぎる!!」

飛び込もうとしたストレングを殿下が抑え込むのを横目で見る。

確かに、この流れの速さでは飛び込んだところで泳いで助けるのはまず無理だ。…しかし。

「…スピネル、後はお願いします」

「お前!?」

制止の声が届くより早く、私は崖下へと身を躍らせた。

 

 

「…リナーリア!!」

殿下の声を背後に聞きながら、魔力を集中させる。

水面へと落下した私は、()()()()()()()()()()()()()()

すぐさま二重魔術で周囲の水流を操り体勢を安定させる。

足元に魔力の力場を作り出す魔術で水の上に浮き、水流を操りながら川を下る「水流下り」と呼ばれる複合魔術だ。

アーゲンの姿は流されてもう見えない。急いで追いかけなければ。

 

さらに水流を操って速度を上げながら、どんどん川を下っていく。

かなりのスピードが出ているので正直怖い。万が一操り損なって引っくり返ったり岩に激突したら死にかねないが、こうしなければ先に流されたアーゲンに追いつけない。

やがて、濁流の合間に人の姿が見えた。アーゲンだ。

このまま追いつけば引き上げられるか?と思った時、左右が急に開けてきた。崖が途切れ、先には川原が広がっているようだ。

やった!これなら簡単に川岸へと上がることができる。だいぶ近付けたし、この距離ならアーゲンへの魔術も届くだろう。

私は足元の力場と水流の魔術を操って安定させながら、さらに精神を集中させもう一つ魔術構成を展開する。

「…ええい!!」

アーゲンを周りの水ごと大きく持ち上げると、川岸に向かって思いきり放り投げた。

続いて足元の力場に魔力を込め、力いっぱい跳ぶ。

「うわっ…、と!」

何とか川岸に着地できた…と思ったが、バランスを崩して派手に転んでしまった。顔をしたたかに地面に打ち付けてしまう。

「いたい…」

痛みに涙が滲みそうになるが、その前にアーゲンだ。ちゃんと生きているだろうか。

 

ずぶ濡れで川原に転がっているアーゲンは完全に意識を失っていた。

駆け寄って口元に手を当て様子を見てみるが、呼吸をしていないようだ。

すぐに顎先を持ち上げて顔をのけぞらせ、もう片方の手を胸に当てた。慎重にごく弱い魔力を送り、心臓と肺に刺激を与える。

「…ごほっ!」

幸い、すぐにアーゲンは呼吸を取り戻した。ごほごほと咳き込む彼の身体を横に向け、呼吸が楽になるように手助けする。

「大丈夫ですか?」

声をかけると、アーゲンはぼんやりと瞼を上げた。左右に視線をさまよわせてから私の顔を見て、ぎょっとしたように目を見開く。

「リナーリア!?血が!」

「えっ」

言われて顔に手をやると、ぬるりとした感触が触れた。…血だ。

 

 

顔についていた血の正体は鼻血だった。着地に失敗して顔を打ち付けたせいらしい。

「…大丈夫、もう傷はないよ」

「ありがとうございます…」

アーゲンに治癒魔術をかけてもらい、私はローブの袖で顔を拭った。ちゃんと血は止まったようだ。

「礼を言うのはこっちの方だ。…君が僕を助けてくれたんだろう?確か、水魔術が得意だったよね」

「はい。水流下りで追ってきて…貴方がちょうどここの川岸に引っかかっていたので、何とか引き上げました」

力任せに魔術で放り投げたという事は内緒にしておこう。得意の水魔術とは言え、密かに三重魔術を使ってしまったし。アーゲンが気を失っていて良かった。

「あの蛇の魔獣も君たちが倒してくれたんだろう。崖下で少し聴こえていたよ。…他の皆は無事だろうか?」

「ええ、魔獣はきちんと倒しました。怪我をしている人もいましたが、恐らく命に別状はないと思います。貴方の班も、私の班も皆無事ですよ。アラゴナ様も」

「そうか、良かった…」

アーゲンはほっとしたようで、大きく胸をなでおろした。

「…僕も流されないようにずっと岩に掴まっていたんだけど、どうも魔獣を倒せたようだと分かったら、力が抜けてしまったんだよね…」

苦笑するアーゲンに、私はどう声をかけて良いのか分からない。

 

「…とりあえず、服を乾かしますね」

濡れたままではまずいので、魔術を使ってアーゲンの服の水気をある程度飛ばした。

私のローブも水しぶきがかかってかなり濡れているので少し乾かす。まだ湿っているけど完全に乾かすのは無理だから仕方ない。…あと、鼻血もついてるな…うう。

見ると、アーゲンは剣も腰のポーチも流されてしまったのか持っていないようだ。ただ、首にはリーダーに配られた時計型の魔導具が下がっている。

「貴方は丸腰ですし、大人しく救助が来るのを待った方がいいでしょうね。その時計があるから居場所は先生たちにもすぐ分かると思いますし。結構な距離を流されてきたので、来るまでは時間がかかるでしょうが」

私は緊急事態なので水流下りを使ったが、本来この流れの速さでは使うのはかなり危険だ。

救助は普通に徒歩で来るだろう。

「…こちらの無事を知らせるためにも、一応狼煙を上げておいた方がいいだろうね。狼煙玉は持っているかい?」

「いいえ。他のメンバーに渡してしまって」

「僕も流されてしまって持っていない。近くで木の枝を拾ってこよう。焚き火を熾せば暖も取れるだろうし」

「そうですね」

全体的に湿っているし、川の近くなので少し寒い。火は必要だ。

 

「…近くには魔獣はいなさそうですね」

私はさっと探知魔術を使った。

魔獣の気配は遠い。あの蛇のような特殊な魔獣はそうそういないはずだし、川も近いので恐らく大丈夫だ。

「拾うのは多少湿った木でも大丈夫です。魔術で乾かせますので」

先日の雨もあるし、そう都合よく乾いた枝は落ちていないだろう。衣服は力加減を間違えたら燃えたり穴が開いてしまうので完全には乾かしにくいが、元々燃やすつもりの木なら魔術で楽に水分を飛ばせる。

だがアーゲンは少し心配げな顔になった。

「魔力は大丈夫かい?いくら君でも、もうずいぶん魔術を使っているだろう」

「大丈夫ですよ。心配ありません」

戦闘と水流下りでそれなりに魔力を消耗しているが、まだ十分余裕はある。我ながら驚きの魔力量だ。

「…だけど、かなり疲れているように見える。血が止まったばかりでもあるし、僕が枝を集めてくるよ。君は少し休んでいてくれ」

「…そうですね。では、お願いします」

確かに朝からずっと歩いたり走ったり、さらに色々あった上に今はこの状況だ。魔力は余裕があっても体力の方はかなりきつい。

アーゲンも川に流されて相当消耗しているだろうが、元々私よりはるかに体力はあるだろうしな。

あまり心配されたくはないし、大人しく任せる事にしよう。

 

「あ、でしたらこれを一応持っていってください」

私はローブの中に手を入れ、懐から護身用のナイフを取り出した。ブーランジェ公爵から貰った品だ。

あまり人に貸したくはないが、丸腰で行かせるのはさすがに危険なので仕方ない。枝を集めるのにも刃物があった方が便利だろうし。

「大切な品なので無くさないでくださいね」

「わかった」

アーゲンは真面目な顔でうなずき、ナイフを受け取った。

 

枝を集めに行くアーゲンの後ろ姿を見送った後、私は川原に手足を投げ出し仰向けになった。

本当に疲れたな…。

太陽は天頂近くにある。正午くらいかな。

しかし、まさか討伐訓練で翼蛇の特殊魔獣と遭遇するとは。また私の知らない出来事が起きてしまった。

人間ならともかく魔獣の行動には干渉できない。やはり私が関わらない所でも、この世界は私の記憶とは違う部分があるのだろう。

 

まだ何の手がかりも得られていない。その事にわずかに焦りがある。

早く殿下を救う手立てを見つけ出したい。

…殿下は今頃何をしているだろうか。私を心配しているかな。

「君を信じる」と言ってくれた殿下の後ろ姿を思い出し、ほんの少し泣きたいような気分になった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。