世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
その機会が訪れたのは、殿下が屋敷を訪問してから一月ほど経ってからのことだった。
律儀な性格である殿下は、お父様が送った最初のお詫びの手紙にすぐに返事をくれた。
私も読ませてもらったが、気にしていない旨と、庭を楽しませてもらった礼が簡潔ながら丁寧に書かれていた。
なので、「娘が会ってお詫びをしたがっている」という手紙をまたすぐに送りたかったのだが、第一王子というのはそれなりに忙しく、そうホイホイ会える相手ではない。
それにあまり強引な近付き方をしたら、他の貴族からいらぬ疑念を抱かれる恐れもある。
それで結局、様子をうかがいながら時間が経ってしまったのだ。
知らせが来た時、私は家庭教師のザイベル先生から歴史の授業を受けているところだった。
王城から帰ってきたばかりらしいお父様が「殿下がお前に会って下さるそうだよ」と言った時、私は思わず「やった!!」と飛び上がってしまい、礼儀作法の教師でもあるザイベル先生にたしなめられた。
「殿下にお会いするならば、もっとお淑やかにしなければなりませんよ」と諭され、肩を落とす。
私にはリナライトの記憶もあるので精神年齢は20歳を超えていると思うのだが、感情は10歳の少女であるリナーリアの肉体に引きずられてしまうのか、つい子供っぽい行動を取ってしまう事が多い。
殿下に会った時あんなに泣いてしまったのもそのせいだと思う。こみ上げる感情に身体が勝手に反応してしまった。
リナライトが10歳の時はもっと落ち着いた大人びた子供だったはずだが、リナーリアは結構活発な少女だ。
性別の違いか、環境の違いもあるのか。とにかく、周囲からも感情豊かな少女と思われているようだ。
しかしふとした時にはリナライトの時のような言動をしてしまう事があり、私は言葉遣いを注意されるのがしばしばだった。
前世がどうだろうと今は侯爵令嬢なのだ、お父様方に迷惑を掛けないためにももっと女らしく振る舞わなければいけないのだが、なかなか上手くいかない。
気を取り直すと、私は「殿下の手紙を読ませていただいてもいいですか?」とお父様に尋ねた。が、お父様は首を横に振る。
てっきり手紙でお返事をもらったのだと思ったが、どうやら違うらしい。
「お城でたまたま会ってね。それでお前に会っていただけないか直接お願いしたら『明日なら大丈夫だ』と返答をいただいたんだ」
「明日!?」
私はびっくりして大声を上げそうになり、ザイベル先生の視線を感じてあわてて声のトーンを落とした。
「ずいぶん急ですね…」
「実は殿下もお前のことを気にしていたみたいでね。そういうことなら、すぐに会おうと言ってくださったんだよ」
「殿下…!」
さすが優しい…!
思わず感動する私に、お父様が微笑ましげな顔になる。
「ザイベル先生、そういう訳だから、申し訳ないけれど授業はまた今度にしてくれ。リナーリア、ベルチェに報告しておいで」
お父様にそう言われ、先生の方を見ると、先生は眼鏡の奥の目を細めてにっこりと笑った。
「良かったですね、リナーリアさん。さ、早く奥様のもとに」
「はい!ありがとうございます!」
私は元気に答えると、走り出…そうとして何とかこらえ、お淑やかにドアを開けて部屋から出ていった。