世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第49話 果し合い

討伐訓練から数日経った放課後、私は学院の図書室へ来ていた。

学院からほど近い場所には立派な王立図書館があるので、この図書室の蔵書数は少ない。

本も魔術や剣術など学院の教育課程に関連したものばかりなので、本を読むためというより自習をするためという意味の強い場所だ。

私は普段あまりここに来ないのだが、今はニッケルと向かい合わせで長いテーブルの前に座っている。

少し彼に頼みがあって来てもらったのだ。

 

周囲の迷惑にならないよう、小声でニッケルに話しかける。

「実は、この前戦った翼蛇の魔獣の絵を描いてほしいんです」

「魔獣の絵っすか?」

「はい。セナルモント先生…王宮魔術師に提出するレポートに付けたいんですけど、私は絵が苦手でして…」

昔から絵は苦手だ。

先日、美術の授業でも絵を描く機会があったが散々だった。

私は学院の花壇とその近くにいた猫を題材にしたのだが、時間内に終わらず一度持ち帰ってから仕上げた。そして、それを見たスピネルに死ぬほど笑われた。

自分でも上出来とは言えない自覚はあったのだが、涙目になるほど笑うのは酷いと思う。

殿下は可愛いと言ってくれたのに…。猫じゃなくて犬って言ったけど。

魔法陣や魔術の構成図なら描けるのに、なぜ絵になるとダメなのか自分でも分からない。

 

「授業中にニッケル様が描いている絵を少し見たんですが、とてもお上手でした。それに絵を描くのが趣味だと、入学式の自己紹介の時言ってましたよね?」

「えっ、はい。よく覚えてたっすね」

彼の母親もまた絵画が趣味だそうだから、きっと母から教わったのだろう。

それも彼の家のトラブルの原因の一つだったはずだが、殿下が解決したそうなので今は触れても問題ないと思う。

「…お願いできませんか?」

「…わ、分かりました!俺で良ければ!」

本気で困っていたので、どうか引き受けて欲しいという気持ちを込めて見つめると、ニッケルはちょっと赤面しながらも承諾してくれた。有り難い。

 

 

私が差し出した紙と鉛筆を使い、ニッケルはさっさっと線を引いてゆく。

すごい。早い。みるみるうちに、翼を広げ鎌首をもたげた翼蛇の姿が紙の上に現れる。

「わあ…!すごいです!本当にお上手ですね!」

「そ、それほどでも…」

褒め称えると、ニッケルは照れたように笑った。

「あんまり役に立たない趣味ですし…」

「そんな事ないですよ、本当にすごいです。胸を張っていいと思いますよ」

私にはとても真似できない。本心からそう言うとニッケルは口元を真一文字に引き結んでムニムニと動かした。

どうやらよほど嬉しいらしい。今まであまり褒められたことがないのだろうか。

 

「そういう感じで全体の雰囲気や大きさが掴める絵と、あと二面図…ええと、蛇を真上から見たところと、真横から見たところを描いてほしいんです。二面図の方は注釈を入れるので、簡単な感じで」

「こんな感じっすか?」

「あっ、そうです!すごい!」

私の説明をすぐに理解してくれたらしい。シンプルな線で蛇を横から見た図を描いてくれる。

「これでもう提出できそうな感じですね」

「えっ、ダメっすよ!これはラフなんで、ちゃんと仕上げたやつを別に描きます」

「そうなんですか?」

「はい。いつまでに描けばいいんすかね?」

「できれば来週までに…。大丈夫でしょうか?」

「お安い御用っす!」

「ありがとうございます!助かります」

良かった。無事にレポートが完成したら何かお礼をしなければならないな。

 

その時、少し大きな音を立てて図書室の扉が開いた。

「リナーリア様!」

何か必死な表情で現れたのはペタラ様だ。何事かと周囲の視線が集まり、慌てて口を抑えている。

急ぎつつもなるべく静かに席を立ってペタラ様の元へ向かう。ニッケルも一緒だ。

廊下に出て図書室の扉を閉め、問いかける。

「一体どうなさったんですか?」

「あの、カーネリア様に頼まれて呼びに来たんです。スピネル様が、闘技場で上級生と果し合いをするって」

「え!?」

 

 

 

私とペタラ様、ニッケルの3人は大急ぎで外の闘技場に向かった。

闘技場の周囲にはかなりの人だかりができている。上級生を中心に騎士課程の男子生徒が多いようだが、女子生徒の数も多い。

試合はまだ始まっていないようで、スピネルと二人の上級生の男子生徒が離れて立っている。

木剣を持っている方の上級生は確か、騎士課程の3年生だ。名前はスクテルドだったか。前世の武芸大会でも上位に入っていた人物だったと思う。

「勝負は一本、審判は私が務める」

もう一人の上級生、緑の髪の生徒が闘技場の脇の審判台に移動して言った。生徒会長のジェイドだ。スクテルドとは友人なのだろうか。

会長の後ろにカーネリア様と殿下の姿を見つけた。シルヴィン様もいる。私たちはそちらへと駆け寄った。

「カーネリア様!殿下!」

「あっ、リナーリア様!こっちこっち!」

 

「一体どうなっているんですか?何故試合を?」

「えーと私、あのスクテルド様から交際を申し込まれたのよ。それでいつもみたいに『お兄様より強い方でなければお付き合いしません』って言って断ったんだけど、そうしたらあの方、本当にお兄様に試合を申し込みに行っちゃって」

「まあ」

予想外に平和な理由で安心する。この学院では割とよくあるものだ。

ごく普通に剣術の練習としての試合もよく行われるのだが、一人の女子生徒を取り合って試合をするとか、騎士はそういうシチュエーションが大好きなのだ。その時は一瞬で話が広まりかなりギャラリーが集まる事になる。

有名な所では、スピネルの父であるブーランジェ公爵もそうしてライバルと試合をし、見事勝利した末に公爵夫人とお付き合いを始めたのだそうだ。

いつも厳しい顔をした方だが、情熱的な一面も持っているらしい。

 

「私はてっきり、スピネルが上級生に失礼でも働いたのかと…」

「あはは、ごめんなさい。でもリナーリア様は、お兄様の試合見たいかと思って」

「ええ、それはとても見たいです。呼んで下さってありがとうございます」

前世と同じならスピネルの腕前はこの時点で学院で一番のはずだ。ぜひ見ておきたい。

何しろスピネルは武芸大会で3年連続優勝の記録を打ち立ててたからな。

殿下は1年生の時に3年生のスピネルに負けてしまったので3年連続優勝はできなかった。負けた時とても悔しがっていたのでよく覚えている。

 

「始まったぞ」と殿下が言い、私は闘技場の上へと視線を移した。

真横から振るわれた剣をスクテルドが防ぐ。木剣を打ち付け合う音が周囲に響いた。

スピネルの剣は相変わらず速い。長身から来るリーチの長さも存分に活かし、次々に攻め立てている。

スクテルドはそれをよく防いでおり、合間合間に鋭く反撃を繰り出している。

流石に二人共見事な腕前だ。

だが拮抗しているかに見えた形勢は、時間とともにスピネルの側へと少しずつ傾いていくのが分かった。

実力に差があるのだと、私の目からも見て取れる。

 

「スピネル様、本当にすごいですわ…」

戦いの様子を見つめるシルヴィン様はうっとりとした表情で、その巻毛の薔薇色と同じくらいに頬を染めている。

確かに戦っている時のスピネルは格好良い。物語から抜け出てきた騎士のようだ。

「すげえ…」

「ええ」

ペタラ様やニッケルもまた試合に見入っている。

どうもニッケルはスピネルがまともに戦うところを今までほとんど見ていなかったらしい。

1年の剣術の授業は基礎中心だし、試合形式をやっても殿下以外が相手ならまず手加減するだろうからな。

討伐訓練でもスピネルは後衛だったし、蛇との戦いではニッケルも必死で剣を振るっていたから他が戦ってる様子を見る余裕はなかったのだろう。

 

やがて、試合に決着がついた。スピネルの木剣がスクテルドの喉元に突き付けられたのだ。

「勝者、スピネル・ブーランジェ!」

ジェイド会長が片手を上げる。おおっというどよめきと、女子の甲高い歓声が観衆に広がった。

「すごいな、あのスクテルドに勝ったぞ」

「スピネル様かっこいい…!」

ざわめきの中で、スクテルドがスピネルへと片手を差し出す。

「完敗だ。…カーネリア嬢の事は潔く諦める」

「先輩も、素晴らしい腕前でした」

二人はそう言って握手をして、周囲からはぱちぱちと健闘を称える拍手が沸き起こった。

 

 

「さすがねお兄様!!すごくかっこ良かったわ!」

「ええ、とてもお見事でした」

闘技場を降りたスピネルを皆で口々に褒めながら迎える。

「なんだよ、お前ら皆見てたのか」

スピネルは片眉を上げた。軽く息は上がっているものの、やはり余裕の表情だ。

「あ、あの、スピネル様、本当に素敵でした」

そう言ったシルヴィン様にスピネルは「ありがとう」と甘い笑顔で微笑む。シルヴィン様は頭から湯気を上げんばかりだ。

 

「皆様は私が呼んだの!お兄様の勇姿を見て欲しくて!」

「お前なあ。面倒なことに巻き込むんじゃねえよ」

はしゃぐカーネリア様に対し、スピネルは言葉の内容こそ投げやりだがむしろ楽しそうだ。

「だって、お兄様より強くなきゃ嫌って言えば大抵の人は諦めてくれるんだもの」

「…まあいいけどな。試合相手が向こうからやって来てくれるし」

ははーん。これが例のアレだな。殿下が言ってたやつだな。

「スピネルはカーネリア様に甘いんですねえ」

私が笑いながらそう言うと、スピネルは思いきり顔をしかめた。

「ちげーよ!たまには殿下や師匠以外とも試合したいんだよ!殿下との試合はめちゃくちゃ疲れるし!」

ああ、なるほど…という顔になったのは私とカーネリア様だ。ペタラ様やシルヴィン様、ニッケルは不思議そうにしている。

「そうなんすか?」

「試合の時の殿下のしつこさったらないぞ…本当に。お前もいっぺんやってみろよ」

「お、俺は無理っすよ!」

「俺は別に構わないぞ」

「え!?本当っすか!?」

いつでも来いという殿下に、ニッケルは恐縮しつつも嬉しそうだ。

彼の腕前では殿下のしつこ…粘り強さを引き出すのは無理な気がするが、でもいい経験を積めるだろう。

 

「でも、それではカーネリア様はどなたともお付き合いできなくなっちゃうんじゃないかしら…」

そう言ったのはペタラ様だ。

「えっ、それなら殿下がいますよ?」

思わず反論すると、何故かシルヴィン様以外の皆が私の方を見て微妙な顔をした。

「…いくらリナーリア様でも、今のは聞き捨てならないわ。王子殿下には申し訳ないけど、お兄様の方が強いもの」

カーネリア様が不満げに唇を尖らせる。

「えっ…そ、それは、そうかも知れませんけど…でもそのうち殿下が勝つと思いますし…きっと」

スピネルは学院卒業後はブーランジェ家の騎士になって領地に引っ込んでしまい、正騎士たちで催される剣術大会には参加しようとしなかったから、結局殿下とどっちが強いかは分からなかったんだよな…。

だんだんと小声になりながら言う私に、カーネリア様は呆れ顔になった。

「リナーリア様は相変わらずねえ…」

「そうですね…」

ペタラ様にも苦笑されてしまった。

「ありがとう、リナーリア。君の期待に応えられるように努力する」

殿下だけが真面目にうなずいてくれた。優しい。

 

「ま、俺はまだまだ負ける気はないけどな」

スピネルは殿下を見るとにやりと笑った。

「ああ。そうでなくては困る」

殿下もまた、笑うスピネルを見て受けて立つ。

「すげえ…かっこいい…!」

二人の間に流れる不敵な空気に、ニッケルが感動の声を上げた。

お前ももっと頑張れ。まあ気持ちは分かるけど。

やっぱり二人が羨ましいな、と私は思った。

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