世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第58話 叔父の男

アイキンの家は広場からすぐ近くだった。

「叔父さん、ただいま」と言うアイキンの後ろについてぞろぞろと家の中に入る。

「ああ、おかえり…」

そう言いながら出てきたのは、不健康そうな顔色をした男だった。ついさっきまで寝ていたのか、やや乱れただらしない格好をしている。

体格は騎士らしくがっちりとしているが、頬がこけている。そのせいで少し老けて見えるが、アイキンの話ではまだ20代半ばのはずだ。

「だ、誰…いえ、どちらさまで?」

叔父はいきなり大人数で押しかけてきた私たちにずいぶんと驚いたようだが、身なりを見てそれなりの身分の人間だと察したのだろう。とりあえず丁寧に応じてくれた。

 

「あのね、この人たちが、叔父さんの病気を診てくれるって!」

「何?」

アイキンの言葉に、叔父が表情を険しくする。

私は一歩前に進み出ると、わざと偉そうに胸を張った。

「私はこれでも、王都の魔術学院で魔術師の勉強をしているのです!この私が自ら診察をしてあげますので、光栄に思いなさい!」

ふん!と鼻息荒く言った所で、スピネルがすすっと叔父の方に近付き耳打ちをする。

「お嬢様は最近覚えたばかりの魔術を使いたくて仕方ないんだ。腕はへっぽこだからどうせ何もわかりゃしないが、いっぺんやれば気が済むだろうから、悪いがちょっと付き合っちゃくれないか。後で謝礼はする」

今の私は魔術師修業中の我儘なお嬢様で、皆はその取り巻きや友人という設定だ。ここに来るまでに軽く打ち合わせをしておいた。

 

「しかし…」

叔父は困った顔で私や皆の顔を見ていたが、その足にアイキンがすがりついた。

「ね、叔父さん、診てもらおうよ。お願いだよ。叔父さんが心配なんだ」

「……」

やがて、叔父は「分かった」とうなずいた。

それでアイキンが納得するならいいと思ったのだろう。

 

 

通いの家政婦がしっかり仕事をしているようで、家の中はきちんと片付いていた。

「では、いきます」

ベッドの上に横たわったアイキンの叔父の胸元に手を当て、探知魔術を発動する。

ざっと見たところ、身体そのものに特に異常はなく、怪我や病気の気配も感じられない。だが、臓腑全体が弱っているようだ。顔色が悪く痩せているのはそのせいだろう。

どうも体内の魔力の流れがおかしい。特に心臓のあたりだ。ここを中心に魔力の流れが狂っているように感じる。私はその部分に意識を集中させた。

 

「…これは」

私は慌てて手を引いた。

「どうしたんだ?」

アイキンの叔父が怪訝な顔で起き上がろうとする。咄嗟にその額に手を当て、魔術を発動した。

『しばしの安息を与えよ』

叔父の身体が傾き、再びベッドの上に倒れた。

「…おい、どうなってるんだ?」

突然の私の行動に周りの皆は驚いている。

「一旦眠っていただきました。少し厄介そうだったので…」

叔父には上手く眠りの魔術が効いたようだ。とりあえず、彼にはしばらく眠ってもらった方がいい。

「体内におかしな魔力反応があります。衰弱しているのはそれが原因のようなのですが、詳細が分かりません。魔力の異常は自然にも起こることですが、これは人為的なものを感じます。巧妙に隠蔽されているようにも思えます。しかし、このままこれ以上探知を続けるのは危険かも知れません」

「危険って、どういうこと?」

「ほとんど私の勘なのですが…逆探知の魔術も仕込まれているかも知れません」

「体内に逆探知の魔術を?それは、つまり…」

テノーレンが驚きの声を上げた。私はそれにうなずく。

「はい。…彼は、禁術の被検体である可能性があります」

 

「…すぐに王宮魔術師団に通報を」

そう言ったテノーレンを、私はすぐに止めた。

「待って下さい。まだ何の証拠もないんです」

現時点で分かっているのは、その可能性があるという事だけだ。魔術師団を動かすには弱い。

「可能性があるだけで十分ではないのか?」

「それだと、まずは調査の魔術師が派遣されてくる事になるでしょう。…でも、もし彼が被検体であるという推測が正しければ、犯人は彼に『医術師には診せるな』と命令できる立場の人間です。しかも、死んだという彼の同僚も被検体だったなら、組織ぐるみでやっていると考えるべきです」

「つまり、タルノウィッツの騎士団上層部か、それよりも上…下手をしたら、領主も一枚噛んでる」

スピネルの言葉に、皆の表情に苦いものが浮かぶ。

「…禁術に手を出しているなら、王宮魔術師団の動向には注意しているはずだ。調査が来た時点で、間違いなく隠蔽に走るだろうな」

「はい。そして、真っ先に消されるであろう証拠は…」

私は眠ったままのアイキンの叔父を見下ろした。

生きた証拠は、犯人にとって最も都合の悪いものだ。

 

 

「ま、まって、どういうこと?叔父さんどうなっちゃうの?」

黙って話を聞いていたアイキンが必死の声を上げる。細かい内容までは分からなかっただろうが、このままでは叔父が危険だという事は理解しているようだ。

「大丈夫、落ち着いて。叔父様は必ず助けてみせるわ」

カーネリア様がアイキンを宥める。

「で、でも…」

不安そうに私たちを見上げるアイキン。

父母を亡くした彼から、更に叔父を奪うような事は絶対に避けなければならない。

「…叔父様は、明日の朝にはまた仕事に行かなければならないんですよね?」

「うん…」

そして、また3日は帰ってこない。その間にこちらの動きに気付かれたら、彼の命は危ない。時間がないのだ。

それにきっと、彼の他にも被検体はいるはずだ。その者たちも助けなければ。

 

「今、ここで証拠を抑えるべきです。そして、速やかにタルノウィッツ騎士団を制圧できるだけの戦力を送ってもらいましょう」

それが最も確実だし、被害を最小限に抑えられる可能性が高い。

「でも、どうやって証拠を?これ以上彼の身体を調べれば、逆探知の魔術が発動してしまうのでは」

王宮魔術師であるテノーレンは、さすがに魔術の事に関しては話が早い。逆探知されれば、敵にこちらの存在を知らせる事になる。

「意識潜行の探知魔術なら、逆探知の魔術を掻い潜れると思います。テノーレン様は使えますか?」

「…すみません、使えません。僕は戦闘や護衛が専門なので…。補助ならば経験はあるのですが」

やはりそうか。意識潜行はかなりの高等魔術な上に、一人で使う事はほとんどなく誰かが補助に付く必要がある。戦闘専門の魔術師なら、習得していない者の方が多い。

「では、私が行います。使用経験もありますので」

「あるんですか!?」

「探知魔術は得意な方です。私の師匠は探知が専門のセナルモント先生ですし」

実際に使ったのは前世での事だし、テノーレンが驚くのも当然なのだが、ここは何とかそう言って押し切るしかあるまい。

 

「ちょっと待て。それは上級の魔術で、しかも危険なやつじゃないのか」

待ったをかけたのはスピネルだった。騎士のくせに、探知魔術についての知識があるのか。

「それに失敗して、意識が戻らないまま廃人になったっていう魔術師の話を聞いた事があるぞ」

「何?」

殿下が眉をひそめる。

「本当か?リナーリア」

「いえ、それは昔の話です。危険が全く無いとは言いませんが、今はほぼ安全に術を使う方法が確立されています」

私は迷わずに殿下の目を見て言った。100%成功するとは言えないが、だけど自信はある。

殿下はしばし私の目を見つめ返し、それからテノーレンの方に向き直った。

「テノーレンはどう思う」

テノーレンは私を見て、それから問いかける。

「…リナーリアさん。使用経験があるというのは、本当なんですよね?」

「はい」

「その時の使用時間は」

「10分でした」

テノーレンは一瞬目を閉じた。それから一つ息をつき、口を開く。

「…5分。王宮魔術師として、許可できるのはそこまでです」

「テノーレン様…」

殿下もまた、テノーレンの答えを聞いてうなずいた。

「わかった。テノーレンとリナーリアを信じよう」

「私は魔術の事はよく分からないけれど、リナーリア様なら大丈夫だと思うわ!」

カーネリア様も賛成してくれる。

 

後は…とスピネルの方を見ると、私の顔を睨みつけてきた。

「…本当にできるんだな?」

「はい」

「……」

じっと私の目を見ている。嘘は絶対に見逃さないと言わんばかりだ。

「スピネル…」

「なんだ」

「私が死んだら殿下にお伝え下さい。どうか立派な王におなり下さいと…」

「遺言残そうとすんじゃねえよ!!しかも目の前に本人いるだろ!!」

スピネルは叫ぶと、「ああもう…」と言いながらぐしゃぐしゃと片手で頭をかき回した。

 

「分かったよ…そんだけ軽口が叩けるなら大丈夫だろ。やってやれ。こいつのためにな」

そう言って、アイキンの頭にぽんと手のひらを乗せる。

ずっと不安そうだったアイキンの顔が少しだけ明るくなった。

「叔父さん、大丈夫なの?」

「まだ分かりません。でも、助けるための証拠を必ず見つけてみせます」

微笑む私に、アイキンは表情を引き締める。

アイキンは私へと真っすぐに向き直ると、腰を折って大きく頭を下げた。

「…叔父さんを、どうぞよろしくお願いします」

「分かりました。…どうぞ、お任せ下さい」

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