世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第59話 意識潜行(前)

「意識潜行は、名前の通り自分の意識を対象物の中へと潜り込ませる魔術です。対象物の現在の状態だけではなく、過去に起こったことまで『()る』ことができます。彼の体内に逆探知の魔術が仕込まれていたとしても、意識潜行ならばその魔術に触れることなく、彼に何が行われたかを知る事ができると思います」

あまり魔術に詳しくないだろう殿下たちに向かい、私は説明をする。

「この魔術は先程スピネルが言った通り、意識を潜らせたまま戻って来られなくなるという危険を孕んでいます。それを防ぐため、意識潜行を使う者の補佐として、意識を引き戻す目印の魔術を使う者を傍に付ける技術が開発されました。今回は、テノーレン様にこの補佐を行ってもらいます」

テノーレンがうなずく。この補佐はやった経験があるそうだから大丈夫だろう。

 

「この目印の魔術は、潜行する術者と関わりの深いものを何か媒介にします。思い入れが強ければ強いほど良いのですが、物でも生物でも構いません。例えば普段から身につけている指輪だったり、愛用の杖だったり、配偶者や家族、仲間だったりします。それを手に握った状態で魔術を使います」

私の場合、思い入れの深い品に心当たりはあるのだが、この場に持ってきているものはない。

だから私は殿下の顔を見つめた。

 

「…そういう訳なので、殿下。私の手を握っていてくれませんか」

私のこの世における一番の未練、一番の執着は殿下の命だ。殿下を媒介にすれば、私は意地でも絶対に戻ってくるだろう。

そう思ったのだが、後ろで話を聞いていたカーネリア様がなぜか「きゃあ!」と悲鳴を上げて赤面しながら頬に両手を当てた。

見ると、つられて殿下まで顔を赤くしている。

…しまった。物凄く意味深な感じになってしまった。

「い、いえ、違います!変な意味ではないです!ほら、殿下は大切な友人ですし!!」

慌てて弁明するが、カーネリア様はきゃあきゃあ言っているしテノーレンはなぜかショックを受けた顔をしていた。

ただ一人スピネルだけは真面目な顔をしていたが、普段なら真っ先にからかってくるはずなのに何故なんだ。こういう時こそからかってくれないと困るんだが。

 

「ええと、ただ目印にするだけです!この魔術で殿下に危険は及びませんので、だから、その、いいですか?」

「う…うむ。わかった」

殿下はちょっと目を逸らしながら了承してくれた。

うう…本当に違うので気にしないでほしい。とても気まずい。

「では、さっそく魔術に取り掛かりましょう!テノーレン様、お願いします!…あ、あと、紙を数枚とペンはありますか?」

「うん、あるよ。持ってくる」

横で話を聞いていたアイキンがそう答え、駆け出していった。

 

 

 

「…では、魔術を始めます。5分経ったらテノーレン様が合図をして下さるので、その時は殿下は手を握ったまま私に呼びかけて下さい。それでよりスムーズに意識を戻せるはずです」

「うむ」

私が握った殿下の手には、既にテノーレンが目印の魔術をかけて保持してくれている。後は意識潜行の魔術を使うだけだ。

アイキンの叔父の胸に手を当て、目を閉じて呪文の詠唱をする。

『我が(まなこ)(うつ)()の眼にあらず。深淵にこそ我が眼はあり。過去を見通し、偽りを見破る眼なり』

閉ざされた視界が、更に深い暗闇の中に沈んでいく。音が、感覚が遠ざかっていく。

 

 

…気が付くと、私は温かく赤い水の中にいた。

この景色は以前にも見た事がある。意識潜行の魔術を使った時に見えるイメージの世界だ。無事に魔術に成功したらしい。

あまり時間がないので、急いで用を済ませなければならない。

 

意識を集中して研ぎ澄ませると、周囲にいくつもの泡が浮かび上がった。

泡にはそれぞれ、様々な光景が写っている。

たくさんの人々。男もいれば女もいる。剣を持った騎士らしい姿の人間が多い。

アイキンの姿もちらほらと見える。心配そうな顔でこちらを見ている。

幾人かの親しげな男たち。

血に塗れた誰かの姿がひときわ大きく映る。

…違う。これではない。

 

時折見える魔術師らしい壮年の男に、更に意識を集中させる。

魔術師から何かを訊かれているらしい場面が多く見える。探知魔術もかけられているようだ。

魔術師は古びた本をめくりながら、手に持った書類にしきりに何か書き込んでいる。

タルノウィッツの前侯爵の姿もちらりと見えた。

…もっとだ。もっと遡れ。

 

またどこかの天井が見える。先程から何度も見ている部屋の天井だ。

あの魔術師の男がこちらを覗き込んでいる。いくつもの魔石を手に持っている。

杖を振りかざし、長い呪文を詠唱し始める。

遠くから私を呼ぶ声が聴こえた。

…待って下さい。もう少しなんです。

また呼んでいる。

…もう少し。

また、声が、

 

 

 

「…リナーリア!!」

はっと目を開ける。

翠の瞳が間近で私を見ていた。

「…殿下」

「良かった…なかなか目を覚まさないから心配した」

「すみません、ちょうど大事な所だったので、少し粘ってしまいました…。起こして下さってありがとうございます」

大丈夫だと微笑んで見せると、殿下はほっとしたように握っていた手を離した。

「どこも何ともないんだな?」

「はい、問題ありません。必要な事もちゃんと視えました。…紙とペンは?」

「これだよ」

アイキンに紙とペンを手渡された私は、近くの机に向かいガリガリとペンを走らせる。

「…リナーリアさん、これは…」

テノーレンは見れば分かるだろうな。私が何を、どうやって描いているのか。

「…すみません、その話は後で」

テノーレンはかなり複雑そうな顔をしたが、一応うなずいてくれた。

 

 

しばらくして、出来上がったのはあちこちが崩れた三枚の魔法陣図だ。

暗号化するためにいくつも計算をしながら描いたので少し時間がかかってしまった。

「これは?」と尋ねてくる殿下たちに、私は説明をする。

「彼の体内…心臓に埋め込まれている魔法陣を暗号化したものです。間違いなく、彼は禁術の被検体でした」

私は一枚目の魔法陣を指す。

「これは外傷を受けた際、自動的に傷を塞ぎ、延命する魔法陣」

それから二枚目の魔法陣を指す。

「これは同じく外傷を受けた際に発動するもので、戦意を高揚させる魔法陣」

最後の三枚目。

…これは、アイキンの前では言わない方がいいだろう。

 

「…どの魔法陣も未完成です。安定した効果を得られるものとは思えません。そして、未完成の魔法陣をいくつも体内に書き込んでいるせいで、予期しない副作用が発生しているようです。体内の魔力が乱れ、彼の身体を弱らせています。今はまだ大丈夫のようですが、この状態が続けば命に関わります」

「…ひどいな」

「施術したのはここの騎士団に所属している魔術師です。…そしてこれらの魔術はおそらく、タルノウィッツ領の伝説に残っている老騎士団にかけられたものと同じです」

「え…?」

カーネリア様が口元に手を当てる。

 

「タルノウィッツの老騎士団の伝説の正体は、禁術を使うことで普通の人間には有り得ない身体能力を発揮した者たちです。伝説の老騎士たちが戦いの後ほとんど死んだのは、魔獣との戦いで傷ついただけではなく、禁術の反動を受けたからだと思われます」

騎士団の魔術師が持っていた古びた本。その中身がわずかに読めたのだが、伝説の老騎士団の戦いと、その時使われた魔術について書かれているようだった。

きっとどこかに、当時その魔術を施した魔術師の残した資料があったのを発見したのだろう。

「犯人の目的はその禁術を再現し、完成させる事でしょう。アイキンの叔父様の所属している部隊は全員が被検体のようでした」

「そんな、どうして?」

「…騎士の損耗を防ぐため…少ない戦力で多くの魔獣を倒すため、でしょうか。この領は、たくさんの騎士を抱えられるほど裕福ではありませんから…。あるいは、ただの功名心かも知れませんが…」

アイキンの叔父から読み取れた情報からは、そこまでは分からなかった。当事者に訊かなければ分からないだろう。

「…魔術師に指示をしているのはタルノウィッツ前侯爵のようでした。施術の際に立ち会っている場面が視えましたので。現侯爵が関与しているかは分かりません」

立場的に全く知らないという事はない気がするが、これも調べてみなければ分からない。

 

重たい沈黙が場に落ちた。

静まり返ったところで、アイキンが必死に言う。

「…それで、叔父さんは?叔父さんはどうなるの?」

「大丈夫です。こんな事は到底許されるものではありません。王宮魔術師団が、悪い人たちを捕まえて叔父様を助けてくれます」

「ほんと!?」

やっとアイキンに笑顔が浮かんだ。私はそれに微笑んでうなずき、周囲の皆を見回す。

「今すぐこの魔法陣を証拠として王宮魔術師団に送りましょう。これを見れば、すぐに動いてくれるはずです。…アイキン、魔術局の場所はわかりますか?」

「うん、分かるよ!案内する!」

魔術局は各領に一つは必ず置かれているもので、魔術師たちによって運営されているギルドだ。住民に様々な魔術を提供しその生活を支えたり、依頼を受けて魔術師を紹介したりする。

この魔術局には必ず長距離間の転写魔術を使える魔導具や遠話の魔導具があるので、それを借りれば王宮魔術師団に連絡ができる。

 

「魔術局を使って大丈夫か?領主の息がかかっていたりしないか」

「魔法陣は暗号化してありますし、人に見られたり聞かれても問題ないように伝えます」

セナルモント先生に連絡がつけば一番手っ取り早い。あの人は大体いつもいるから大丈夫だろう。

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