世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第60話 意識潜行(後)

「ではまず、私とアイキンは魔術局に行ってきます」

「君たちだけでは危ない。俺も行こう」

そう言ってくれたのは殿下だ。続けて、スピネルが言う。

「なら、俺は一旦戻ってうちの護衛騎士の誰かを呼んでくる。王宮魔術師が到着するまで、アイキンたちを守る人間が必要だろう。…あと、遠話の魔導具も持ってきた方がいいよな?」

「そうですね。とりあえず通報だけは魔術局からしますが、実際に兵を動かす時にはもっと詳しくやり取りをしなければならないでしょうし…。言うまでもありませんが、タルノウィッツ側には気付かれないようにお願いします」

「ああ」

「テノーレンとカーネリアは、ここで彼を見ていてくれ」

アイキンの叔父を見下ろした殿下の言葉に、二人がうなずく。

「分かりました」

「任せてください!」

 

 

それから、町の魔術局に行ってまず遠話の魔導具を借りた。

私は魔術学院魔術師課程の学生証を持っているので、貸し出し許可はスムーズに出してもらえる。この学生証は王国で発行しているものなので、簡単に身分を証明できるのだ。

受付で円筒形の魔導具を受け取り、王宮魔術師団の座標番号を入力すると、すぐに魔術師団から応答があった。

「こんにちは、リナーリア・ジャローシスです。すみませんが、セナルモント先生はいらっしゃいますか?」

〈ああ、こんにちは。分かりました、少々お待ち下さい〉

魔術師団の通信係は交代制のはずだが、この声には聞き覚えがある。顔見知りだ。

おかげですぐに取り次いでもらえた。普段から王宮魔術師団に通っておいて良かった。

 

ややあって、魔導具から馴染みののんびり声が聴こえてきた。

〈…やあ、リナーリア君。どうしたんだい?今は旅行中じゃなかったっけ〉

「はい、そうです。今はタルノウィッツ領にいます。今の所旅は順調ですよ。途中でちょっと変わった魔獣も見かけましたけど」

〈変わった魔獣?大丈夫だったかい?〉

「黒い狐の魔獣でした。こちらには気付いていなかったようですが、どうやらタルノウィッツの騎士団の方に向かっていましたね」

〈…ふうん?〉

黒狐というのは、犯罪を犯した魔術師を指す隠語だ。多分これで伝わると思う。

「それでですね、先生から出されていた魔法陣の宿題。これが解けたので、今から送ります。すぐに見てもらえますか?」

〈うん、いいよ。今日はどうせ任務はないしねえ〉

「それと、私が育てている花の水やりも忘れずにお願いします。3番めの棚にある、赤い花です」

これは魔法陣の暗号を解くコードの符丁だ。赤の3。

〈…分かったよ。他に何かあるかい?〉

「採点はできるだけ早くお願いします。できれば明日の朝までに到着するように。それと、テノーレン様が先生に相談があると言っていましたよ。後で連絡が行くと思います」

〈なるほど、そうかい。分かった。…それじゃあ、良い旅を〉

「はい。…ありがとうございます、先生」

先生は最後までのんびり声のままだったが、私の言葉を不用意に訊き返すような事はしなかった。ちゃんと理解した上で話を合わせてくれたのだろう。

やはり私の師匠は、変人ではあるが有能な人なのである。

 

遠話を終えた後、さらに長距離転写の魔導具を借りた。

この板状の魔導具は、紙に書かれた絵や文字を読み取り、全く同じものを別の紙にそっくり書き出すという転写の魔術を長距離間で行うものだ。これにより、離れた別の場所と文字や絵などの情報をやり取りできる。

紙を読み取る入力の機能と紙に書き出す出力の機能の両方がセットになっている高度な魔導具で、個人で所有している者はほとんどいない大変貴重で高価なものだが、王宮魔術師団には当然これが置かれている。

遠話と同じく座標番号を入力し、3枚の暗号化した魔法陣図を送った。

この図に使った暗号は王宮魔術師団でのみ使われているものだ。解読コードを知らない者にはまず解けないので、受付の者にはただ下手くそな魔法陣を送ったようにしか見えないだろう。

 

「どうだった?」

魔術局から出て少し離れた所で、殿下がやや小声で尋ねてきた。

「ちゃんと先生に連絡が取れました。私の言いたい事は、ちゃんと伝わったと思います。証拠もしっかり送りました」

それから、隣を歩いているアイキンに声をかける。

「案内してくれてありがとう。…もう少しの辛抱ですよ」

「うん!」

 

 

アイキンの家に戻った私たちは、スピネルが護衛の騎士を連れてくるのを待ってから今後のことを相談した。

相談の結果、護衛の騎士と事情を知っているテノーレンをこの場に残し、私たちは予定通りこの領を出る事になった。

アイキンや叔父のことは気になるが、今は祭礼の旅の途中だし、王妃殿下や王子殿下を危険に晒すわけにはいかない。何より、余計な行動をしてタルノウィッツ側に気付かれては困る。

王宮魔術師団とは、テノーレンがしっかり連絡を取ってくれるはずだ。

テノーレンには皆の前では伏せておいた禁術の魔法陣の詳細も伝えておいた。きっと速やかに兵が送られてくるだろう。

アイキンと叔父、それから被検体の騎士たちの事は、しっかり保護してもらえるようにテノーレンと護衛騎士に頼んでおいた。

恐らく王都に連れて行かれ、そこで王宮魔術師によって体内の魔法陣を除去する事になるだろう。

 

なお、アイキンにはこの時初めて私たちの身分を明かした。

この国の王子とその側近や友人だと知ってアイキンはしばらくぽかんとしていたが、我に返るとガバッと大きく頭を下げた。

「王子殿下、みなさん、本当にありがとうございました…!このご恩は、絶対に忘れません!」

「まだ終わったわけではない。それに、今回の事はほぼこちらのリナーリアの手柄だ。無事に事件が片付いてから、彼女に感謝するといい」

「はい!リナーリア様、ありがとうございます!!」

終わってからでいいと言っているのに。私は苦笑しながら「いいんですよ」と言った。

「民を守るのは、私たち貴族の責務です。苦しめるなんてもってのほかです。当然のことをしたまでですよ」

「それでも、叔父さんを助けてくれたのはお姉ちゃ…リナーリア様です。本当に、ありがとうございました」

もう一度下げられたその頭を撫で、それからアイキンの家を後にした。

 

もう出発予定時刻はとっくに過ぎている。

急いで領主の館に戻ると、馬車は荷物を積み込み、すっかり出発の準備ができているようだった。

タルノウィッツ侯爵一家に挨拶をし、すぐに馬車に乗り込む。来た時より人数が少ないのを気取られないように、もう一人の随行魔術師であるビリュイが幻影の魔術を使って誤魔化してくれているようだ。

「王妃殿下、王子殿下、皆様、どうぞお気を付けて。良い旅を」

タルノウィッツ侯爵も前侯爵も、何も気付いていないようでごく普通ににこやかに送り出してくれた。

その様子はとても非道な魔術の実験をしている人間には見えず、私はそれが少しだけ怖いと思った。

彼らはあれが必要な事だとでも思っているのだろうか。既に人死にが出ている。そして、露見していなければこれからも出ただろう。実際、前世ではこの事件は露見していなかったのだ。

彼らの罪がきちんと白日の元に晒される事を信じつつ、私たちはタルノウィッツ領を出発した。

 

 

 

「…はああ、疲れました…すごく緊張しました…」

外の空気を吸った私は、折りたたみ椅子の上でぐったりと背を丸めながら言った。

今はタルノウィッツ領からしばらく馬車を走らせて遠ざかった後、遅めの昼食の休憩に入ったところだ。

「お疲れ様、リナーリア様。ほら、お茶よ」

「ありがとうございます…」

私はカーネリア様から手渡されたカップに口をつけ、温かい紅茶を飲んだ。

向かいでは同じく疲れた顔のスピネルと、殿下もお茶を飲んでいる。

 

ついさっきまで私とスピネルは殿下とカーネリア様とは別の馬車に乗り、護衛騎士の隊長と魔術師のビリュイに向かって今回の一件の説明をしていた。ある意味、意識潜行の魔術を使った時より緊張した。

話を聞いた隊長とビリュイはかなり驚いているようだった。

タルノウィッツ騎士団の禁術絡みの犯罪を見つけた事は既にスピネルから聞いていたはずだが、まさかほぼ私たちだけで証拠を見つけてきたとは思わなかったのだろう。

特にビリュイからは若干呆れ顔もされた気がするが、気のせいだと思っておく事にする。

 

 

「…そう言えば、リナーリア。君は三枚目の魔法陣の効果について言っていなかったが、あれは何だったんだ?」

「…あれは」

あまり昼食時にしたい話ではないのだが、殿下に「教えてくれ」と言われ、躊躇いながらも答える。

「体内の魔法陣に対し探知をかけられた時や、断りなくあの領を出ようとした時などに発動するものです。でも逆探知ではありませんでした。…周囲の体組織ごと、3つの魔法陣全てを即座に破壊するものです」

「え…?だって、魔法陣が書き込まれていたのは心臓って言ってたわよね?それじゃあ、それが発動していたら…」

カーネリア様が青くなる。

「間違いなく即死です。…叔父の見た光景を魔術で視ましたが、彼の死んだ友人と、魔獣と戦って死んだという騎士は別人です。魔獣と戦った騎士は、魔法陣の効果で奮戦の末に死んだようですが、友人の男はそれを見て恐怖したらしく…逃げ出そうとした末に…」

「…なんて、惨い…」

「では、もう二人も死んでいたのか」

「もしかしたら、それ以上かも知れません…」

領主の館に葬られたという騎士の墓を調べれば、もっと詳しいことが分かるはずだ。共同墓地ではなく館に葬られたのは、万一にも調べられたくなかったからだろう。

私の視た光景が全てではない。まだ他にも、隠された真実があるのかも知れない。

 

 

タルノウィッツ領から持ってきた昼食のサンドイッチをつまむ。しかしあまり食欲は沸かない。

普段はよく食べる殿下たちも、いつもより食が進んでいないようだ。

「…何だか、とんだ事になっちまったな」

スピネルがため息をついた。

全くその通りだ。せめてブロシャン領に着くまでくらい、のんびりと旅気分を楽しめるかと思っていたのに。

「まさか伝説の老騎士団が禁術の被害者だったなんて…」

カーネリア様は手のひらに乗せたコインを眺めながら、悲しげな表情で言った。タルノウィッツの古道具屋で買った、伝説の老騎士団を彫り込んだ古い記念コインだ。

伝説に憧れていた彼女は、今回の事件で知った真実がショックだったのだろう。

 

「…どんな思惑があったにせよ、彼らが命を懸けてタルノウィッツ領を守った事に変わりはない」

そう答えたのは殿下だ。

「そうですね。それが禁術によって為せた事なのだとしても、散った命の尊さは変わらない。彼らの勇気と犠牲は称賛されるべきものだと思います」

「結果として、老騎士団の犠牲によってタルノウィッツの町は守られた訳だしな…」

私とスピネルも殿下の言葉に同意するが、カーネリア様は暗い顔でうつむく。

「…でも、老騎士団に魔術をかけた魔術師や、あの前侯爵のやった事は許されないわ…」

「もちろんだ。上に立つ者ならば、彼らがそこまでしなければならない状況に陥った、その原因の方をよく考えるべきだ。彼らの忠義に報いるためには、二度とそんな事態が起こらないようにするべきだったろう。決して少ない騎士でやりくりをしようとする事ではない」

落ち込むカーネリア様に、殿下はきっぱりと言った。

 

「領を豊かにし、多くの騎士を抱えられるように努力する。…無論、言うほど簡単なことではあるまい。たくさんの困難が伴うはずだ。だが、それを諦め騎士に犠牲を強いるのは、領主のするべきことではないだろう」

そう言う殿下の横顔を、私は見つめる。その口調は平静だが、目には怒りが宿っている。

「…はい、殿下。私もそう思います」

「ああ」

「そうね。殿下の言う通りだわ…」

 

殿下はまだ若いが、王として考るべき事、為すべき事をきちんと分かっている。

そして、それを行う覚悟も持っているのだと私は信じている。

やはり殿下はこの国にとって必要なお方、王となるべきお方だ。

必ず殿下をお救いしなければならないと、私は決意を新たにした。

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