世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第61話 王妃から見た関係

タルノウィッツ領を出た日の夕刻、私たちは次の宿泊地であるガムマイト領に到着した。

もう既に日が暮れかかっている。出発が遅れてしまったせいだが、日没前に着いただけまだ良かった。

暗くなると魔獣の活動がさらに活発になるので、道中の危険が増してしまうのだ。

戦闘が起きるとその度に足止めもされるし、町中以外で夜間に馬車を走らせる事は基本的に避けられている。

 

宿泊する部屋に荷物を運び込んでもらい、ベッドに腰掛けて少し休んでいるとドアをノックする音が聞こえた。

「リナーリア様、少しよろしいですか?」

ドアの向こうにいたのは魔術師のビリュイだ。手に遠話の魔導具を持っている。

「セナルモント殿からです。今回の件について、内密で話をしたいと」

「…分かりました」

嫌だなあ。やな予感しかしない。

 

 

一旦扉を閉め、念の為に部屋に防音の結界を張ってから遠話に出る。

〈やあ、リナーリア君。…まずは、今回の事件の通報について、王宮魔術師団を代表して感謝しておくよ〉

「いいえ。魔術師の犯罪を見逃すわけにはいきませんから」

〈そうだね。とりあえず、タルノウィッツへの派兵が決定したよ。明日の朝までには向こうに着いて制圧を始めるだろうけど、まだ周りには秘密にしておいてくれたまえ〉

「わかりました」

〈それでね、君にいくつか聞きたいことがあるんだけど〉

「…はい」

〈まずねえ、僕、君に意識潜行を教えた覚えはないんだよねえ。使用経験があったそうだけど、一体どこで使ったんだい?〉

…ですよね。突っ込まれますよね。説得力を増そうと思ってセナルモント先生の名前を出したりするんじゃなかった。

「…父に教わりまして…」

〈ふうん…まあ、君のお父上は優秀な魔術師だしねえ…。じゃあ、それはいいや〉

先生はあっさりとそう言った。本題はそこではないからだろう。

 

〈一番困るのはねえ、君。王宮魔術師の暗号を、一体どこで覚えたんだい?〉

これは絶対に追求されると思っていた。王宮魔術師団で使用される暗号は完全な部外秘だ。漏洩すれば厳しい罰が与えられる。

「…先生の本棚に暗号の解説書がありました」

〈あの本棚は鍵をかけてあったはずだけど〉

「かかってませんでしたよ?」

しれっと嘘をついてみた。

〈えええ?本当?参ったなあ…いやでも君、だからって勝手に読んじゃだめでしょ〉

セナルモント先生は信じてくれたようだ。とても申し訳ないが、私はひたすら謝ることにする。

「すみません、好奇心に勝てなくて…本当にすみません」

〈ううん…君って子は本当に…参ったなあ…〉

すみません先生…本当は前世で教わったものなんですが、緊急事態だったので仕方なく…。

私は王子の従者として王宮魔術師団とも関わりが深かったので、特例としてこの暗号を教えられていた。

将来的には殿下の側近として、近衛騎士団と王宮魔術師団の間に立つような立場を期待されていたんだと思う。この二つは連携して戦うことも多いが、わりと微妙な関係だったからな。

 

〈しょうがないなあ…。ばれたら僕まで処罰されるし、黙っておくよ。でも、テノーレン君にはちゃんと感謝しておくんだよ?〉

「テノーレン様に?」

〈彼、あの暗号の魔法陣図は自分が描きましたって言ってたからね。でも僕は君の描き方の癖を知ってるからすぐ分かっちゃったよ。上にはそのままテノーレン君が描いたって事で話が通ったみたいだけどね〉

どうやら彼は私の事を庇ってくれたらしい。ただの学生の私が暗号を知っていたらまずいと考えたのだろう。なんだか悪い事をしてしまったが、正直助かった。

「そうなんですか…。テノーレン様には後でよくお礼を言います。先生も、すみませんでした」

〈まあやっちゃった事はしょうがないけどねえ。でも今回はさすがに見逃しておく訳にいかないから、君には正式に僕の弟子になってもらうよ。それなら一応、暗号を教えても許されると思うし…。本当は君のご両親に話を通してからじゃなきゃいけないんだけどねえ…〉

「分かりました。両親は私が説得します」

今までは、いずれ弟子にするかもという曖昧な立場のまま王宮魔術師団の所に通っていた。弟子入りに両親や兄があまり良い顔をしなかったからだ。

私が危険な任務に派遣される事がある王宮魔術師になることを、家族は望んでいない。

でも私としては正式な弟子になれるのはむしろ歓迎だ。魔術の勉強になるし、立場的にも色々便利だ。

心配してくれる家族には申し訳ないが、私にはやりたい事がある。

 

〈詳しい話は王都に戻ってからだね。君にはよーく反省してもらうからね?僕はお説教とか、あんまり得意じゃないんだけどねえ〉

「はい…分かりました…」

今世では何かある度に叱られている気がする。主にスピネルからだけどついに先生にまで…。私は優等生だったはずなのに。

しょんぼりと肩を落としつつ、私は遠話を終了した。

 

 

着替えてから向かったガムマイトの晩餐は豪華なものだった。

ガムマイト領は高品質な肉食用牛肉の生産で知られる領である。牛肉は貴族から人気が高いので、かなり儲けているとも聞く。

その関係で美食には力を入れているらしい。メインの肉以外のメニューも凝っているものばかりだった。

牛肉好きのスピネルは非常に上機嫌だった。いつもは澄まし顔なので珍しい。

「これは良い肉ですね。柔らかいし、とても旨味が強い」

「ありがとうございます。生まれた時から管理をして育てた牛の肉を、我が領独自の技術で熟成させたものです」

自領の特産を褒められ、ガムマイト侯爵も嬉しそうだ。

殿下やカーネリア様も肉好きなので喜んでいるようである。朝はタルノウィッツの件で少し沈んでいたので安心した。

 

つい微笑ましく見ていると、殿下に「嬉しそうだな」と言われた。

「その割にあまり食べてないな」と言ったのはスピネルだ。

こいつ毎回私の食事量を見ているのか?お前は私の母か何かか。

確かにここの牛肉は他のものよりも美味しいと思うのだが、そもそも私は牛肉よりも鶏肉が好きなのだ。

「ちゃんと頂いておりますよ。こちらの料理は、さすが美食で知られるだけあってとても美味しいですね。私は、前菜で出てきたゆで卵の料理が一番気に入りました」

「あれはウフ・マヨネーズというものです。我が領の料理人が考えたものですが、ゆで卵に卵黄で作ったソースをかけた料理ですね」

「そうなのですか」

ガムマイト侯爵が解説してくれた。どうやら最近開発された料理のようだ。

あのとろっとしたソースはとても美味しかったな。サラダなどにも合いそうだった。

 

「済まないが、レシピを教えていただくわけにはいかないか?」

そうスピネルが侯爵に尋ねる。

「構いませんよ。我が領自慢の熟成肉はお教えする訳に参りませんが、あれは前菜でございますので」

ガムマイト侯爵は案外すんなりと了承してくれた。

「だそうだ。良かったな」

「ありがとうございます…!どうぞよろしくお願いします」

スピネルは私のために尋ねてくれたらしい。嬉しくなって頭を下げると、スピネルは片眉だけ上げて笑い、侯爵はにこにこと笑って「いいえ」と応じてくれた。

戻ったらすぐにコーネルに伝えよう。ぜひ王都でも食べたい。

 

その後出てきたデザートもかなり美味しかったので、ついお腹いっぱいになるまで食べてしまった。

部屋に戻ったらすぐドレスは脱ごうと思っていると、魔術師のビリュイから声をかけられた。

「王妃殿下がお呼びです。少々ご同行いただけますか?」

「…王妃殿下が?」

 

 

案内された部屋に入ると、椅子に座っていたその人が顔を上げてこちらを見た。

「…ああ、リナーリア。どうぞ、こちらにお座りなさい」

「失礼いたします」

まさか王妃様に呼ばれるとは思っていなかった。いささか緊張しながら、勧められた椅子に座る。こうして二人で話すのは前世以来だ。

「ビリュイから聞きました。タルノウィッツでは、ずいぶんと活躍したようですね」

「い、いえ…」

色々と問題も起こしてしまったのでとても褒められるような事ではない。

 

「エスメラルドからも貴女の事はよく聞いています。素晴らしい見識を持つ、優れたお嬢さんだと」

「…恐れ多い事でございます」

殿下が私の事を王妃様に話しているのか。何だか恥ずかしく感じる。

「私が傍にいる事で、なにか殿下に良い影響があれば良いのですが…」

「良い影響?」

「はい…おこがましい考えかも知れませんが、殿下が学び成長する助けになれればと…」

そう答えると、王妃様は少し首を傾げた。

「貴女はずいぶん変わった考え方をするのですね」

「えっ?」

「普通は、あの子が貴女をどう思っているのか、それがまず気になると思うのだけれど」

王妃様に指摘され、私は羞恥で赤面してしまった。

そうだった。今の私は従者ではなくただの友人という立場だった。

そういう役目があるわけではなく、単に殿下の好意で傍にいられるだけなのだ。

まず殿下に気に入られていなければ今の立場にはいられないのに、その事をすっかり忘れていた。

 

殿下を守るためとにかく近くにいようとしているけれど、どう振る舞うのが一番殿下のためになるのかは未だに分からない。

従者の時だって多分、分かっていなかった。あの頃はただ務めを果たすのに必死で、そんな事を考える余裕などなかったが、こうして生まれ変わってみて始めて分かった。私には足りないものばかりだったのだと。

もっとああしておけば、こうしておけばと思うことが色々とある。

私は殿下に友人として認められた上で殿下を守らなければならない。今の立場に甘えてはいけないのだ。

殿下はお優しい方だからきっと許してくれるだろうが、殿下の役に立たない私など一体何の価値があるのか。

何のために今こうして生きているのか、分からない。

 

何も言えずうつむいた私に、だけど王妃様は優しかった。

「…貴女が近くにいる事で、エスメラルドは確かに良い影響を受けていると思いますよ」

「え…?」

思わず顔を上げると、王妃様はわずかに微笑む。殿下とよく似た、ささやかで分かりにくいけれど優しい微笑みだ。

「あの子は今、学院に行くのがとても楽しそうです。いえ、学院に入る前からそうですね。貴女に会いに行く時はとても楽しそう。他にも、剣でも学問でも、色々なことを頑張っているようです。もともと真面目な子だけれど、きっと貴女に褒めてほしいのよ」

「そ、そうなのですか…?」

そんな事思ってもみなかった。

スピネルはあんまり殿下を褒めないんだろうか?殿下の事を主として認めているのは間違いないと思うが、スピネルと殿下とは好敵手という意味合いも強そうだから、あまり手放しでは褒めにくいのかも知れない。

あの二人の関係は私には理解しきれない部分がある。

 

「だから、貴女にはこれからもエスメラルドの傍にいてほしいわ。あの子の事を、どうかよろしくお願いします」

「あっ…は、はい!承知いたしました…!」

慌てて頭を下げる。よく分からないが、王妃様には認めていただいているようだ。

今、私がやっている事は間違いではないのだろうか。

そうであって欲しいと願いつつ、私は王妃様の部屋を辞去した。

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