世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第65話 魔術戦

魔術戦の審判は最年長かつ魔術師のフランクリンがする事になった。

さっきまでは青くなっていたが、私とユークレースのどちらも引く気はないと知って諦めたようである。

魔術戦は騎士が試合をする闘技場よりも広い場所で行われる。今回は魔術師塾の訓練場の中だ。土のグラウンドに線を引いただけのものだが、結界の魔術はしっかり設置した。

離れて立った私とユークレースはそれぞれ魔力を練って試合開始に備える。

フランクリンの腕が上がり、一呼吸の後にさっと下げられた。

「…始め!」

 

 

まずは小手調べだ。

いつものように水球を大量に召喚する。攻防一体のこの魔術は、私にとって最も馴染み深いものだ。

向こうもまずは得意の風魔術でこちらの様子を見るつもりなのだろう、風の刃を次々に撃ち出してくる。

私は薄い水の膜を大きく広げた上で、水球を操り風の刃を弾いた。

風の刃は速度に優れ、使う場所を選ばない汎用性の高い魔術だ。その上、視認性が悪く見えにくいという特徴もある。

気付かない所から飛んでくる事があるので、水の膜は念の為だ。

 

私が全ての刃を余裕で防いだのを見て、ユークレースはふんと鼻を鳴らした。

「なら、これはどうだ…『旋風よ、天へ向かい荒れ狂え』!」

竜巻が3つ続けて生み出され、こちらに迫る。これはいくつかの水球を一つに合わせて当てる事で後ろに逸らした。

『火よ熱よ、爆ぜて飛び散れ!』『水よ、時を止め穿つ槍となれ!』

さらに爆炎、大量の氷槍、広範囲の熱湯に雷撃など、ユークレースは多彩な魔術を放ってくる。

どれも威力が非常に高い上に二つ以上の魔術を使った複合魔術も多く、技術の高さが窺える。

私は風魔術なども補助に使いつつ、ほぼ全てを水球の魔術で防いた。

 

「バカの一つ覚えか」

「その一つ覚えで対処できる程度の魔術しか来ないもので」

この程度ならそれで十分だと答えると、ユークレースの水色の目が釣り上がった。

実際私は最初の位置から全く動いていない。

呼び出した水球のほとんどはユークレースの魔術によって吹き飛ばされたり蒸発させられているのだが、その度に瞬時に水分を集め直し補充しているので不足はない。

私は魔術を繰り出す速度と、鉄壁の守りとには自信があるのだ。今世では特に、その練度を上げる事に力を入れ繰り返し鍛錬してきた。

ちょっとやそっとの連続攻撃でこの守りを貫けるとは思わないで欲しい。

 

「手加減してやってれば調子に乗りやがって…」

ユークレースが片手を前に突き出す。

『土よ、舞い上がれ!』

足元の土を巻き上げて砂嵐を起こしながら、二重魔術で風の刃を撃ち出してくる。視界を塞いだ上での広範囲攻撃だ。

『水よ、螺旋に巡れ!』

私はすかさずいくつもの水球を集めると、自分の周りを取り囲むように渦を作った。渦が回転する勢いで風の刃を防ぎつつ、渦の中に巻き上がった砂を吸収していく。

「お返しします」

細かい砂が混じって一瞬で泥水となった渦を、私はユークレースに向かって放った。

「こんなもの効くか!」

ユークレースが目の前に風の壁を作り出す。

だが風の壁で防がれたかと思われた泥水は、そのまま弾けるとユークレースの足元に吸い込まれた。

「…甘いですね。『泥濘となりて敵を捕らえよ』」

途端にユークレースの足元が泥沼と化した。土と水の複合魔術だ。

「くっ…!」

足元に魔力を集中させ、ユークレースがその場から飛び退る。

 

「…くそっ!!」

ユークレースは悪態をついた。

まだ私がほとんど動いていないのに、自分は大きく飛び退ることになった。それが悔しいのだろう。

思った通り、ユークレースはあまり魔術戦に慣れていない。魔術の多彩さに対し、攻撃がやや単調だ。

同年代の子供では彼に敵う者などいない。そして、彼と戦えるレベルに達している魔術師で魔術戦を好む者はあまり多くないし、しかも子供と戦いたがる者などほとんどいないだろう。

だからユークレースは魔術戦の経験が少ないのだ。前世で私に勝負を持ちかけて来たのも、恐らく同年代の相手を求めてのことだったのだろう。

あの頃は分からなかった事が、今の私には分かる。

だから私は、今度こそ彼に応えなければ。

 

 

『炎よ、燃え盛りて壁となり敵を阻め!』

ユークレースは今度は私の周囲を炎の壁で囲った。逃げ場をなくすつもりなのだろう、同じ魔術を二重に使い壁を分厚くしてあるようだ。

敵の攻撃を防ぐ用途でも使われる魔術だが、このように足止めに使うこともある。

防御の魔術に自信がある私も、さすがにこの炎の中に留まり続けるのはまずい。だが、すぐに飛び出せばきっとそこを狙い撃ちにされる。

私は土魔術で足元から大きな土塊を作り出し、風魔術で覆ってから前方へと撃ち出した。

「…何!?」

思った通り、ユークレースはその土塊を私だと思い、風の刃で攻撃したようだ。

その間に私は耐炎魔術と身体強化を使い、反対側へと跳んで炎の壁を突破している。

 

ユークレースが動揺している間に、今度はこちらから反撃だ。

『土よ、そびえ立ち敵を取り囲め』

ユークレースの周りを土壁で囲んでから、そこに火球を放り込んでやった。

慌ててユークレースが土壁を壊して飛び出して来る。咄嗟の破壊力はさすがのものだが、当然私にとっては良い的だ。そこを狙ってさらに水球を飛ばす。

『風よ護れ…!』

ユークレースは体勢を崩しつつも風魔術で何とか全ての水球を防いだ。

 

急いで立ち上がり、また魔力を練ろうとするユークレースを見ながら思う。やはり彼は強い。

並の魔術師なら私の繰り出した水球の速度に付いて行けず、さっきの攻撃で落とされていただろう。

速度では私に分があるが、高い魔力量と魔術センスに裏打ちされた彼の魔術は、どれも純粋に威力が高いのだ。彼の天才たる所以である。

しかし天才であるがゆえに、隙も多い。

「その程度ですか?ブロシャンの天才児も大した事ありませんね」

分かりやすい私の挑発に、ユークレースは顔色を変え完全に頭に血を上らせたようだった。

「…だったら本気を見せてやるよ!!」

若いな。まあ14なら仕方ないが。

 

ユークレースの周囲に大きく魔術構成が広げられる。高等魔術を使う気のようだ。

私は再び大量の水球を呼び出し、いつでも魔術を使えるように魔力を練った。

『力を運ぶ風、巡りたる大気。我が敵を切り裂き、自由を取り戻せ!!』

彼が最初に放ったのは鎌鼬の魔術だ。

沢山の風の刃をごく狭い範囲で回転させ、繰り返し斬りつける。彼の祖父である魔鎌公、その通称の元ともなった強力な攻撃魔術だ。

私は全ての水球を駆使し、風の刃への防御に当てる。恐らく彼にとって最も得意な魔術の一つなのだろう、凄まじい威力と速さだ。

だが、これはただの時間稼ぎのつもりなのだろう。鎌鼬の魔術を維持しながら、ユークレースはさらに二つの魔術を展開しようとしている。

今日初めて見せる、三重魔術だ。

 

彼が広げた残り二つの魔術構成を、私は素早く、そして冷静に分析した。

『…鎮火』

私の呟きと共に、パキン、と魔術師だけに聴こえる高い音を立てて炎の魔術が停止する。

『旋風!』

さらにもう一つ。私の声と共に、風の魔術があらぬ方向へと回転し始める。

 

「…そんな」

ユークレースがその様を呆然と見上げる。

彼が生み出そうとしていた炎は僅かな残り火だけを点して消え、竜巻は上空へ向かい意味もなく風を撒き散らしていた。

「…これで終わりです」

私の手元には、残った全ての水球が集まっている。

それを彼の頭上に持ち上げると、滝へと変えて叩きつけた。

 

 

「勝者、リナーリア・ジャローシス…!」

「…っ!!」

審判のフランクリンの声に、ずぶ濡れになってへたり込んでいたユークレースがバッと顔を上げる。

「ぼ、僕はまだ戦える!」

「お前の負けだよ、ユーク。分かってるだろ?最後の水魔術は彼女が手加減してくれたものだ。…そうじゃなきゃ、お前は濡れるだけじゃ済んでないよ」

兄に諭され、ユークレースは唇を噛んでうつむいた。

そんな彼の元に、私は歩み寄る。

 

「ユークレース様。貴方の敗因は何か分かりますか?」

「……」

「貴方が私の挑発に乗って三重魔術を使おうとしたからです。あれは、貴方にはまだ早い。練度が低すぎます。だから私に、魔術の書き換えを許してしまった」

私が使ったのは、相手の魔術の発動を止める阻害魔術の中でも特に高度なもの。魔術の書き換えだ。

相手の魔術構成を瞬時に読み取り、その緩みや粗のある場所から自分の魔力を流し込んで構成を書き換える。そうして、魔術の効果そのものを変えてしまう。

本来なら実力に差がある相手以外にはなかなか使えない術だ。それがなぜユークレースに通じたのかと言うと、彼が三重魔術を使おうとしていたからに他ならない。

彼は3つの魔術を同時に使うため一つ一つの魔術の構成が粗雑になっていた上、構成を編む速度もいつもよりも遅くなっていた。

だから私は最初の鎌鼬を防ぎながら、業火の魔術に干渉して構成を書き換えて消し、続いて竜巻の魔術を乗っ取り方向を変えて無効化した。

結果的に、私は二重魔術で彼の三重魔術を防いだことになる。

 

「貴方が使った鎌鼬の魔術、あれは見事なものでした。威力、精度、速度、全てに優れていた。あの練度の魔術ならば、多重魔術でなくただ連続で使われただけでも私は苦しかったでしょう。しかし貴方はそれをせず、練度の低い三重魔術を使う事を選んでしまった。戦術の面においても未熟と言わざるを得ませんね」

「……」

「確かに貴方の才は素晴らしいものです。しかし小手先の技術を磨くことに気を取られすぎているように思います。才に胡座をかくことなく、一つ一つの魔術の練度を…」

言いかけて、私は途中で言葉を止めた。

へたり込んだままのユークレースがぶるぶる震えている。

その顔は真っ赤で、ずぶ濡れなので気付かなかったが涙目になっているようにも見える。

 

「うっ…ぐっ…」

「あっ、えっと、あの…」

もしかしてこれはまずいのでは。

そう思って慌てたが、もう遅かった。

「うわああああああん!!ちくしょおおおおおおおお!!!!」

絶叫しながらユークレースは訓練場の外へと駆けて行った。

その後ろ姿を呆然と見送る。

それから恐る恐る背後を振り返った。

殿下や皆が何とも言えない表情でこちらを見ている。

 

「…あの…もしかして、やりすぎました…?」

えへ、と誤魔化し笑いを浮かべると、スピネルが「…本当にこてんぱんにしやがった」と言いながら大きくため息をついた。

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