世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
護衛の騎士たちが交替で巨亀の注意を引いたおかげで、騎士の全員に
その間にも着々と蜥蜴の数は減らされている。
辺りに広がった瘴気からは新たな蜥蜴が出てきているのだが、それよりも倒される速度の方が早い。
戦況が安定したのを見て取ったビリュイが言う。
「私はこれより亀との戦闘に加わります。ブロシャン公爵とフランクリン様はここで王妃殿下や皆様をお守り下さい」
「承知した」
「王妃殿下、公爵夫人、ヴァレリー様はなるべく魔力を温存して下さい。傷を負った騎士は後方に下がらせますので、その時は治癒魔術をお願いします」
「ええ」
さすがビリュイは実戦経験が豊富のようだ。てきぱきと指示を出している。
「リナーリア様、ユークレース様はそのまま魔術による騎士たちへの支援と、蜥蜴への攻撃をお願いします。カーネリア様もお二人の守護のままで。積極的に魔術を使っている者は狙われやすいので注意して下さい」
「はい」
「王子殿下、スピネル様は蜥蜴の掃討を」
「ああ」
これも妥当な配置だろう。蜥蜴の相手をする者は必要だし、巨亀の相手よりはずっと安全だ。
「…皆様、よろしくお願いします。どうぞご無事で!」
水球をいくつも操り魔獣を牽制しながら、時折二重魔術で水の壁の防御魔術を展開し、攻撃を受けそうになっている騎士を守る。
ユークレースは思った以上に的確に攻撃魔術を放ち、蜥蜴を葬っている。落ち着いて対処さえできるなら、元々攻撃力は十分にあるのだ。
巨亀には護衛隊長が中心になって当たっている。
前世の巨亀は主に獅子首がブレスや咆哮などの特殊攻撃、亀首が防御と物理攻撃を行っているようだった。
今回増えた鷲首は、主に魔術を担当しているように見える。炎や風の攻撃を飛ばしてきているが、ほぼビリュイが防いでいる形で、かなり負担が大きそうだ。
あまり時間をかけない方がいいだろう。
蜥蜴の数が減るにつれこちら側に戦況が傾いているように見えるが、時間が経てば不利になるのはこちらの方だ。このままでは巨亀を倒すよりも早くビリュイの魔力が尽きる。
その事を理解しているのだろう、護衛騎士たちはまず鷲首に攻撃を集中させているようだ。
「まず一つ首を落とす!陣形を整えろ!左翼と中央でそれぞれ獅子と亀の注意を引き、右翼は俺と共に鷲に全力攻撃!」
護衛隊長の声に「応!」と騎士たちが答え、周囲に散開し構えを取る。
「
掛け声と共に、右翼側の騎士たちが一斉攻撃を仕掛ける。
鷲首が黒い血を撒き散らしながら苦痛の声を上げ、他の首もつられたように暴れ出した。それをビリュイが拘束の魔術で必死で抑える。
「もう一度行くぞ!」
暴れる巨亀の攻撃を避けながら、騎士たちが体勢を立て直す。
「…突撃!!」
再び、苛烈な攻撃が一斉に鷲首に加えられる。
「はあっ!!」
鷲首が大きく怯んだ瞬間、護衛隊長が大きく踏み込んだ。
跳び上がりと共に放たれる一閃。わずかな間の後に、ぐらりと鷲首が傾く。
まずい、と直感が警鐘を鳴らす。
「ユークレース!!耐音結界を…!!」
叫びながら水球を亀首の近くに集中させる。
『風よ、轟きを包み凪いで静まれ!』
ユークレースの耐音結界が周辺に広がった。
…ダメだ。これでは騎士たちを守りきれない。間に合え。
水球を帯のように広げ、二重魔術で更に水の壁を重ねる。
「ぐあっ…!!」
騎士たちが苦痛の声を上げる。
2人ほどが後ろに吹き飛び、真っ赤な血が弾けた。
鷲首が落とされた直後、獅子首が咆哮を上げ、亀首から闇の刃のような何かがいくつも放たれたのだ。
私も必死に防御の魔術を使ったが防ぎきれなかった。魔獣特有の魔術だ。ほとんど前兆がなかった。
獅子首から放たれた威圧の咆哮のせいで、騎士たちの対応が一瞬遅れたのも被害を増やした。
ユークレースの耐音結界は後方にいた私たちの事は十分に守ってくれたが、巨亀のすぐ目の前にいた騎士たちまでは守りきれなかった。
「…くそ!亀首も魔術を使うのか!」
「負傷者は後方に下がって治癒魔術を受けろ!!」
負傷者のうち、すぐに起き上がれた者が動けない者を助け起こして急いで下がった。そこに王妃様や公爵夫人が駆け寄っていった。
耐音結界のおかげで、後方の者たちがすぐに動けるのは幸いだ。
…やはり巨亀は前世よりも遥かに手強い。
首は二つに減ったが、使ってくる攻撃の種類は前世より多い。
それ以上に騎士たちやビリュイの魔力や体力の消耗が大きそうだ。残りの首を落とすまで保つかどうか。
全体の状況をもう一度確認する。
治癒魔術を受け巨亀の前へと戻っていく騎士が1名。
もう1名は傷が深く、戦闘に戻れるかどうか分からなさそうだ。
前に残り巨亀と戦闘を続けている騎士たちも、無傷の者はほとんどいない。
対して後方にいる私たち魔術師や、殿下、スピネルはほぼ無傷だ。消耗もまだ少ない。
瘴気から湧き出る蜥蜴魔獣の数はずいぶん減ってきている。
戦況的には、どうすべきかは明らかだった。
後方にいる者、その一部だけでも前に出て巨亀との戦いに加わるべきだ。私も、もっと前に出た方が戦いやすい。
だが私はその判断を下せなかった。そもそも下せる立場にもない。
後方にいるのは重要人物や、戦闘に慣れていない人ばかりなのだ。
私一人が前に出て危険に晒されるのは構わないが、それをやればきっと周囲を巻き込むことになる。もちろん殿下もだ。私が前に出るのを黙って見ていたりはしないだろう。
…どうしたらいい。
ぐっと唇を噛んだ時、また一体蜥蜴を斬り捨てた殿下が言った。
「リナーリア、魔力付与の魔術はあとどれだけ保つ」
「あと15分は保ちます。身体強化と盾もです」
私の答えを聞いて、殿下はスピネルに呼びかけた。
「行くぞ、スピネル」
「ああ」
スピネルは即答した。
二人もやはり、今の戦況が分かっているのだ。危険を冒してでも前に出なければ、きっと巨亀は倒せない。
「ブロシャン公爵、フランクリン、しばらく持ちこたえてくれ。…リナーリア」
「私も前に出ます!!」
何か言われる前に私は叫んだ。殿下が巨亀と戦うのを、こんな後ろから指を咥えて見ていられるものか。
「僕も行く!!」
隣のユークレースもまた叫んだ。
「……」
殿下が、普段は決して見せない険しい表情で私たちを見る。
一瞬のその沈黙を破ったのは、静かで落ち着いた声だった。
「行きなさい」
はっとその声の主を見る。
王妃様だ。
「皆で力を合わせ、魔獣を倒しなさい。それが今私たちのすべきことです」
「…母上」
それは、人の上に立つ者としての決意に満ちた言葉だった。揺るぎない青い瞳で殿下の事を見ている。
「殿下。考えてる時間はねえ」
「……。分かった」
スピネルにも背中を押され、殿下は逡巡を打ち捨ててすぐに前を向いた。
「行くぞ!」