世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
その日、4歳のリナライトは父と母に連れられ城へとやって来ていた。第一王子の従者を決めるため、王子との面会に来たのである。
王子は来年5歳になるので、同年代の貴族の子供たちから従者を選ばなければいけない。リナライトは従者となるためのいくつかの条件を満たしていたので、城から従者に立候補するかどうか問う旨の通達が届いていた。
ブーランジェ公爵家の四男など、他に有力な候補がたくさんいるとは言え、チャンスはチャンス。
父はリナライトに「名誉あるお役目だ。もし選ばれたらすごいことだよ」と言い、リナライトもそれにうなずいた。
従者の選定は、王子、王子の教育係、その他周辺の者数名にて行われる。
まず大人たちによる面接。それから文字の書き取りやごく簡単な足し算などのテスト。これは既に先日済ませてある。ここである程度人数を絞った上で、候補者の親である貴族についての身辺調査が行われ、問題なければ王子や王妃との面会が組まれる。
そこでの印象を加味して、ようやく従者が選ばれるのだ。
第一王子は順当に行けば将来の国王なのだから、その友人であり相談役となるべき従者というのは本当に重要な立場だ。選定は慎重に行われた。
候補者の面会は、おおむね身分の順に行われる。リナライトは後の方だ。
しかし何やら、言われていた予定時間よりもだいぶ遅れている。
どこぞの子息が王子に自分を売り込もうとずいぶんと粘ったのだと、そう囁く声が漏れ聞こえてきた所で、案内係の者がやって来て「申し訳ありません。少し時間がかかっているので、一時間ほど休憩を挟みます」と言った。
休憩の間、リナライトは母と共に城の中を散歩することにした。座りっぱなしで疲れていたからだ。
父は旧知の貴族と話し込んでいる。
中庭に出たところで、母も親しいご婦人の姿を見つけた。たちまち話し込み始め、リナライトは手持ち無沙汰になる。
「母上。すこしまわりをみてきてもいいですか」
母は少し考え、「あまり遠くへ行ってはいけませんよ。庭の中にいるんですよ」と言って了承を出した。
リナライトは幼いが利発で素直な子供だ。それにやや人見知りでもあるので、あまり自分から離れることもないだろうと思ったのだ。
しかし、初めて来る王城はリナライトにとってとても好奇心の沸き立つ場所だった。
ジャローシス侯爵家の屋敷にいる者より、ずっと立派な鎧の衛兵。魔術師のローブを纏った老人。不思議な彫刻。動物の形に整えられた植え込み。
庭をとことこと歩いたリナライトは、そのまま建物の裏に回り込んだ。そこは母の言った「庭の中」からは外れていたが、彼は地続きである場所は庭のうちだと思っていたのである。
角を曲がり、壁に沿ってどんどんと歩いていくと、少し離れたところに木に囲まれた小さな池があるのが見えた。何となく興味を引かれ、池の畔へと近付く。
あまり見たことがない木だったので、歩きながら見上げようとした瞬間。
「ふむな!」
突然の声に、リナライトはびっくりして足元を見た。ぴょこん、と濃い緑色のカエルが跳ねる。
「わ、ごめん!だいじょうぶ?」
少し慌てるリナライトを置いて、カエルはぴょんぴょんと跳ねると池の中にぽちゃんと飛び込んだ。
泳ぎ去るカエルを見送った後、リナライトはきょろきょろ周りを見回した。すると、木陰に一人の少年がしゃがみこんでいるのを見つける。
リナライトと同じ年頃の、淡い色の金髪をした少年だ。
「ありがとう。きみのおかげで、ふまなかったよ」
「…べつに」
少年は無表情のまま、池の方へと向き直る。
その目は泳ぐカエルの姿をじっと追っている。踏むなと叫んだことと言い、きっとカエルが好きなのだろう。
「きみはカエルを助けたかっただけなんだろう?でもぼくも、あのカエルをきずつけなくてすんでよかった。…だからありがとう」
リナライトがそう言うと、金髪の少年はリナライトを見てぱちぱちとまばたきをした。
「……。クロツメアマガエル」
「それがあのカエルのなまえ?」
少年はこくりとうなずいた。
「かえったらずかんでしらべてみるよ」
リナライトは本好きだった。
幼いながらも優秀なところを見せていたリナライトのため、父である侯爵はやや高い図鑑なども買い与えてくれていた。動物図鑑もあったので、きっとカエルも載っているだろう。
少年は再びうなずいた。無表情のままだが、どこか嬉しそうに見える。
その時、遠くからリナライトを呼ぶ声が聴こえた。近くにいないことに気付いた母が探しているらしい。
「ごめん、ぼくもういかなきゃ!またね!」
手を振って駆け出したリナライトに、少年もまた手を振り返す。
母の声がする方へと駆けながら、リナライトは少年の名前を聞き忘れた事に気が付いた。
なんとなく友だちになれそうな気がしたのに、と少し残念に思う。
普段は人に話しかけるのが苦手な方なのだが、あの少年には不思議と抵抗を感じなかったからだ。
「…また会えたらいいな」
わずか1時間ほどの後に再会し、彼の名前を知ることになるとは、この時全く想像もしていなかった。