世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第70話 三つ首との戦い(後)※

「加勢する!!」

殿下とスピネルは戦力の薄い左翼側の攻撃に加わった。

私は二人の動きを見やすいよう、左斜め後方に立つ。ユークレースとカーネリア様は私よりもさらに左に位置取ってもらった。万一の時でも逃げやすい場所だ。

「負傷者は左から順に一度下がれ!治癒魔術を受けたら速やかに持ち場に戻るんだ!」

隊長の呼びかけに騎士たちが動き出す。

 

『水の盾よ!』

小さな水球の魔術では大型魔獣の相手をするには弱い。

水を集めて二つの大きな水の盾を作り出し、一つを獅子首、一つを亀首からの攻撃に当てた。

特に重いのはその太い脚を使った攻撃だ。亀なので鈍重そうに見えるが、近くで見るとその脚は想像よりはるかに速く、そして長い。

しかもかすっただけで熟練の騎士すら吹き飛ばすほどの威力があり、全力で水の盾を張ってもわずかに方向を逸らすのがせいぜいだ。

最も恐ろしいあの闇の刃は連発できるものではないのか、使ってくる様子がないのが不幸中の幸いだ。

 

獅子首が放つ特殊攻撃も厄介だ。

咆哮はユークレースが耐音結界で防いでくれているが、時折吐き散らされる炎のブレスも油断できない。何しろ攻撃範囲が広いのだ。

私は水の盾を維持しながら、これらの攻撃に合わせてさらに防御魔術を使うのが精一杯だ。

ユークレースは次々と攻撃魔術を放って手助けしてくれているが、速度を重視しているようで攻撃というよりも牽制に近い。

彼はかなり集中して魔術を使っている様子だが、カーネリア様がうまくカバーしてその身を守っている。意外にいいコンビのようだ。

 

 

巨亀は首が二つになってから攻撃がやや単調になっているものの、暴れ方はむしろ激しくなっている。

前線に魔術師が増えたことで騎士たちが受けるダメージは減らせたようだが、体力気力共に消耗は激しい。状況が好転しているとは言い難い。

「…二つの首を同時に落とす」

護衛隊長が巨亀を見据えながら言う。

先程鷲首を落とした時の様子からすると、片方の首が落ちた時、残りがさらに激しく暴れる可能性が高い。だから同時に落とそうという判断なのだろう。

「しかし、獅子と亀の首は鷲よりも硬いようです。特に亀首は非常に硬い。落とせるかどうか」

殿下とスピネルが加わったとは言え、戦線から脱落した騎士もいる。攻撃力が足りないのではないかとビリュイが冷静に反論する。

 

「私が亀首の守りを弱めます」

そう言った私を、ビリュイや護衛隊長が振り返った。

魔獣の硬さは、物理的な強靭さではなくその特殊な魔力に依るものが大きい。魔術で干渉すれば、あの堅い防御をある程度脆くできる。

「なら、獅子首は僕が担当する!攻撃に合わせて、奴の守りに干渉すればいいんだろう」

続いてユークレースも言った。

その表情は真剣で、しっかりと落ち着いている。きっとやれる自信があるのだろう。

 

「…その作戦で行きましょう」

護衛隊長は即断した。

こうしている間にも巨亀からの攻撃は飛んできている。迷っている暇はない。

すぐさまビリュイが細かな作戦を立てる。

「では、私が雷の魔術で巨亀に隙を作ります。リナーリア様とユークレース様は雷が当たったらすぐに防御減衰の魔術を。騎士の攻撃のタイミングは隊長殿にお任せします」

「承知しました」

 

 

「総員、一旦下がれ!合図と共に一斉攻撃をするぞ!!」

魔術師は魔力を練り、騎士は構えを取ってそれぞれ攻撃態勢を整える。

(はし)れ稲妻、雷光の槌!其は貫く閃光なり!我が敵を地へと縫い止めよ!!』

ビリュイが詠唱を叫ぶ。

敵の動きを止める効果もある、雷の最高位魔術だ。もう魔力は残り少ないと思うが、出し惜しみはしないつもりらしい。

激しい雷が天から降り注ぎ、轟音と光が巨亀を打ち据える。

『鎧は(こぼ)ちて、盾は砕けよ!剣にて貫けぬものなし!!』

間髪入れず、私とユークレースの詠唱が重なった。

パキン、という高い音と共に巨亀の周辺を覆っていた何かが砕けるのが分かる。

 

「突撃!!」

殿下やスピネルも含めた騎士たちの剣が次々に閃く。

幾度も切り裂かれ、巨亀がぴたりと動きを止めた。

そして、大きく痙攣する。

「…やったか…!?」

ずるりとその首が落ちる。

()()()()()()が。

 

 

「…全員、後ろに跳べ!!」

左右の首を失い、一つ首となった巨亀の前脚が振り上げられる。

咄嗟に限界まで強度を上げた身体強化を使った。

足首がバキバキと嫌な音を立てるのを無視して後ろに跳ぶ。

 

「くぅっ…!」

苦痛をこらえながら何とか着地する。

…仕留めきれなかった。一番硬い亀の首を落とせなかったのだ。

首元には大きな傷口が開き、止めどなく黒い血が溢れているが、まだ死んでいない。

巨亀の周囲にどす黒い魔力が広がった。

幾人も負傷させた、あの闇の刃を放とうとしている。しかも、かつてない威力でだ。

騎士たちはさっきの前脚を避けるために周囲に広く散ってしまっている。この範囲では、とても守りきれない。

 

「ユークレース!!自分に二重防御を!!」

私は叫んだ。カーネリア様はユークレースの近くにいるから、きっとユークレースの結界の範囲内だ。

『光よ、壁となれ…!』

ビリュイもまた全体を覆うように防御魔術を使ったようだが、あまり強固なものではない。もう魔力が残っていないのだろう。

『水の壁よ…!!』

私もできる限りの広さで水の壁を二重に展開する。これも範囲が広い分かなり薄くなっているが、ないよりはマシだ。

騎士たちの身体強化があれば、盾がわずかに刃の速度を鈍らせている間に避けられる可能性はある。

 

 

今の私が安定して使えるのは最大で三重魔術までだ。あともう一つだけなら魔術を使える。

その使い道を迷うことはなかった。

私が最も守りたいと願うもの、それは初めから一つだ。

『光の盾、魔を退けよ!悪しき力からかの者を護れ!!』

 

私の魔術によって、輝く光が殿下の身体を包むのとほぼ同時。巨亀が大量の闇の刃を周囲に放った。

「……!!」

金属が叩かれるような甲高い音と共に、いくつもの刃が魔術の防壁を貫いて飛んでゆく。

無作為に撒き散らされたそのうちの一つが、私の方へと向かって来るのが分かった。

私が騎士だったなら、まだ己の身体を動かし避ける事ができたかも知れない。

だけど無理だ。さっき、巨亀の前脚を避ける時に使った身体強化で恐らく足首が砕けている。踏ん張りが効かない。これ以上ここから動けない。

 

…やはりもう少し鍛えておくべきだったな。

眼前に迫り来る闇の刃を見ながら諦め気味にそう思う。まだこんな所で死にたくはなかったのに。

だが目を瞑ろうとした瞬間、突然私の前に一人の影が飛び込んできた。

見間違えようもない赤い髪が大きく剣を振りかぶる。

「…スピネル!!」

打ち下ろされた剣が闇の刃とぶつかり、弾き飛ばされた。

スピネルの前に青く光る盾が現れる。私が最初に使った戦乙女の盾だ。しかしそれも、すぐに砕け散る。

「ぐっ…!!」

鮮血が飛び散り、その身体がぐらりと傾いて膝をついた。

 

 

巨亀の使った闇の刃の魔術によって騎士のほとんど全員が傷を負っている。

無傷で立っているのはたった一人。殿下だ。

 

翠の瞳が迷うことなく巨亀を見据え、前に奔る。

再び巨亀の周辺に黒い魔力が広がる。またあの刃を使うつもりなのだろう。だが、遅い。

「…はあっ…!!」

電光石火の踏み込み。神速で振るわれた剣が、狙いを過たず亀首につけられた大きな傷へと吸い込まれた。

膨れ上がりかけていた黒い魔力が霧散する。

 

断末魔の叫びを上げながら今度こそ亀首が地に落ち、騎士たちが快哉を叫んだ。

 

 

 

巨亀の大きな甲羅が、空中に溶けるように消えてゆく。

その様を見届ける前に、足の痛みをこらえて必死で前に進んだ。

「…スピネル!しっかりして下さい!!」

うずくまっているスピネルの肩に手をかけ、ごろりと仰向けにする。

その胸は大きく切り裂かれ、血で赤く染まっていた。

「…いってえ…」

「喋らないで下さい!!今治癒します!!」

すぐさま探知魔術を流す。幸い内臓は傷付いていないようだ。

「お兄様!!」

「スピネル…!」

駆け寄ってきたカーネリア様や殿下の声を聞きながら、必死で治癒魔術をかけ始める。…出血が多い。

「…大丈夫だ。これくらいじゃ死なねえ」

「喋るなと言っているでしょう!!」

「泣きそうな顔してんじゃねえよ…」

「してませんよ…!」

 

胸元にかざした手から広がった治癒の光で、じわじわとゆっくり傷が塞がっていく。

医術師ではない私では、この速度の治癒魔術が精一杯だ。

早く塞がってくれ。誰も死なせないと、そう誓ったのだ。

「…今回は間に合ったな。…やっと守れた」

「え…?」

言葉の意味が分からず、私はスピネルの顔を見た。

少しだけ考え、それからようやく理解する。

「…あの時の事、まさかずっと気にしていたんですか?」

3年前、私が転移魔法陣で古代神話王国の遺跡に飛ばされた事件。あの時、スピネルは殿下の手を引いて助けることを選んだ。

「…あんな胸糞悪いのは、もう御免だ…」

「貴方は…」

 

何とか傷を塞ぎ終わり、静かに治癒の光が消える。これ以上は専門の医術師でなければ癒せない。

「…貴方は、バカな人ですねえ…」

…普段はあんなに私のことをバカだバカだと言っているくせに。

私を庇ってこんな傷を受けるなんて、自分だって十分バカだろう。

そう言って笑うと、スピネルは「うるせえ」とだけ呟いて目を閉じた。

 

 

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