がたんごとん——

 過ぎ去っていく街灯の明かりを横目に時間を無駄にしていた。

 声のない世界で、送る、不思議な物語。

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無言列車

 時間は相対的に進む。

 

 がたんごとんと身体を揺らしながら、車窓の先にある点々とした明かりをぼーっと考えていた。

 

 今、この瞬間も、時間は進み続けている。

 

 もしも私が、何もない道のど真ん中で立ち尽くしていたとしても、時間は私を置き去りにして遠くへ進み続けるのだろうか。

 

 いや、そんなことはない。

 

 私の手を引いて、いつまでもいつまでも進み続けるだろう。

 

 私が「とまって」と叫んだとしても、彼は振り返りもしないまま手を引き続けるのだ。

 

 対照的に光はどうだろうか。

 

 どんなに私が早く走ったところで、光に並ぶことはないらしい。

 

 彼の姿を見たことはあるのだろうか。

 

 面影はよく見える。

 

 抜き去っていくあの温かい光の一つ一つ。

 

 姿は見えているのに、私は彼の面影しか見ていないのだ。

 

 彼と一緒に時を進み。いつか、人生を全うするのだろうと思いたい。

 

 ——ぐぅ~。

 

 不意に腹の虫が文句を言った。

 

 そういえば列車に乗ってから数時間。ビスケット以外口にしていないことを思いだした。

 

 ちょっと良い列車を選んだのだから、夕食はいいものが出るだろうと期待はしていたが、何が出てくるかは全く分かっていない。

 

 旅のお供に持ってきているのも、味のしないビスケットと、ぬるくなった缶コーヒーくらいだ。

 

 ——あぁ、本当につまらない。

 

 そんな事をガラスに映った自分に投げかけていると、扉を叩く音が聞こえた。

 

 手の甲。硬い骨で三回やさしく叩く音に身体ごと顔を向けると、ゆっくりと扉が開いた。

 

 小さな隙間から一枚のメモ紙が見えた。

 

『申し訳ありません。中に入ってもよろしいですか。

 

 

 

 

 良ければ二回ノックをお願いします。』

 

 私は、木造の壁に手の甲を二回叩いた。

 

 ——カラカラと扉を開けると、中年の車掌が二枚の紙を持って笑顔を見せた。

 

 私は少しだけ考えた。

 

『ビーフ』

『チキン』

 

 とりあえず、私は、『ビーフ』を指さした。

 

 車掌は口だけで「ありがとう」と伝えると、一礼をして彼は出て行った。

 

 *

 

 しばらくして、少し高齢の男が扉を開けた。

 

「全く、最近の若い男と言うやつは——な、なんだお前は」

 

 私に気付いた男は大きな声を上げた。

 

 私は一目を向けて一礼だけした。

 

 しばらくすると男はまた大きな声を上げた。

 

「なんだ、部屋を間違ったのか。まったく」

 

 その言葉を残し、男は去っていった。

 

 開け放たれた扉をしばらく見ていると、先ほどの車掌が現れた。

 

 私の方へ顔を向けると、ジェスチャーで「扉を閉めますか」と言った。

 

 私は頭を縦に振り。車掌はゆっくりと扉を閉めてくれた。

 

 ——何だったのだろうか。さっきのは……

 

 

 *

 

 

 しばらく外の街灯が過ぎていくのを眺めていると、扉をノックする音が聞こえた。

 

 私は扉の方に身体を向けた。しかし、扉は特に何か変わっている風ではなかった。

 

 ——不思議だな。

 

 私は扉の方へゆっくり歩み寄りと、扉から大きな手が伸びて私の口を押えた。

 

 扉の小さな隙間を巨体が無理やり滑り込んでくる。

 

 二メートルを優に超え、私の身体を覆い隠すほどの巨体。

 

 力は強いと思うが、痛みはない。

 

 大きな身体で後ろに追われただけだった。

 

 ——それにしても……

 

 彼は何しに来たのだろうか。

 

 目線を上げて彼の顔を見ると、何かを心配するように後ろを覗いていた。

 

 私の口をふさぐ手も、小刻みに揺れていた。

 

 ——もしかして……

 

 私は彼の手の上に手をかぶせた。

 

 ビクッと身体に力が入った。そして、ゆっくりと私に目線を落とした。

 

 笑みを見せ、声を上げるつもりはないことを伝えると、ゆっくりと大きな掌が私の唇から離れていった。

 

「あの……すみません」

 

 消え入りそうな声で彼は言った。

 

 私はゆっくりと首を横に振って見せ、先ほど座っていた方とは逆の椅子に座るように促した。

 

 *

 

 大きな身体はまるでフランケンシュタインだ。

 

 彼がここにいる理由は聞かないが、きっとたくさんの理由があるのだろう。

 

 うつむきながらただただ流れる時間の中で、私はあることを思い出した。

 

 ——夕食は何だろうか。

 

 そういえば、「ビーフ」か「チキン」か選べたが、いったい何が出てくるのだろうか。

 

 機内食のような選択肢だったし、きっととても豪華なものが来るのだろうな。

 

「あの……」

 

 妄想に耽っていると彼が口を開けた。

 

「すみません。いきなり……でもよくわからなくて……その……」

 

 私はゆっくりと首を横に振った。

 

 彼のような人はこれまで何度か見てきた。だからこそ、私は慌てずゆっくりとした態度をすることにしている。

 

 何を考えてるか分からない。とも言われることが多いけれど……

 

「ありがとうございます。あの……ここは一体どこなんでしょうか」

 

 私はその質問に悩んだ。

 

 ——だって……。

 

「あ……すみません。こんな質問してしまって……」

 

 私は両手を振って否定をした。

 

「でも、慌てている気持ちの後ろに、とても落ち着いてる感情が残ってるんです。おかしいですよね……まったくわからない場所なのに、安心してこの場に座って居れるなんて……」

 

 私は笑って首を横に振った。きっとキミはたくさんの事に困っているのだろう。

 

 わからないこともたくさんあったのだろう。

 

 私はゆっくり立ち上がり、うなだれているキミの頭を撫でた。

 

 ——大丈夫だよ。

 

 ただ、その気持ちだけをキミに伝えたくて……

 

 

 *

 

 

 がたんごとん……。

 

 身体を揺らしながら止まることのない列車がどこまでも進んでいく。

 

 コンコン……

 

 扉を叩く音が聞こえる。

 

 ゆっくりと扉を開けて入ってきた車掌は、一台の台車に何かを乗せてきた。

 

 一礼をして、備え付けされているテーブルの上にカレーを置いた。

 

 ——カレーかぁ……

 

 サイコロステーキやジャガイモがゴロゴロと転がっていた。

 

 ——そういえば……

 

 待っていましたと言わんばかりに腹の虫がなった。

 

 誰もいない部屋で響き渡るのは本当に恥ずかしいものだ。


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