すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
フリーフローを使ったことで、偶然にもネク、ココ、ミナミモトと合流を果たした未央、卯月は、疑われながらも身の潔白を証明しつつ、互いの紹介をした。
シキ、凛は、その五人の姿を目撃し、未央と卯月を誘拐した犯人だと思い込み、その追跡を開始した。
「——じゃあ、改めて自己紹介させてもらってもいいかな?」
キャットストリートに戻る最中、ちょうどそこで一日が終わってしまった。
そして今日、五人は『渋谷ビガリイ』という建物の中で目を覚ました。
渋谷ビガリイ7階内のレストラン、『パスタ・ザ・ストロベRY』で、ネク達はテーブル席で、向き合うようにして座っていた。ネクの向かいには卯月が、ココの向かいには未央がいて、ミナミモトはただ一人でその店の人気メニュー、『いちごパスタ』に食らいついていた。
……人気とはいえど、訳ありの方だが。
「うっ……」
ネクは、あのミナミモトが一言も発さずにピンク色のパスタを口いっぱいに頬張るところを見て、思わず顔をしかめる。すると、視線を横に向けていることにココが気づき、
「ほら!!よそ見しないの!!」
「いや、だってどう見てもまずそ……」
「ここ!お店の!!中だから!!!それに、あのキッチンの人見てみてよ!めっちゃキラキラした目で、こっち見てるし!!」
「うわ、ホントだ……わ、分かったよ」
「あははっ!!まあ、そう思うのも無理はないよね〜」
ひょんなことから始まったネクとココの会話に未央が入り込んでくる。
「へ、ぱ、パスタ?」
話をしようとしている卯月を置いて、ネクとココと未央はどういうわけかいちごパスタの話を始めてしまった。
「あ、あの!ちょっとみんな……」
「ねえねえ、耳貸して!実はさ、あのシェフさんは気づいてないけどここのいちごパスタ、有名は有名でも……いわゆるゲテモノの方で、なんだよね……」
「……まあ、普通に考えてそうだよな。てか、気づいてないって、本当に料理人なのか?」
「う〜ん、一応私もここに来たことけど、他のパスタはちゃんといい味してるよ?ちゃんと常人の舌は持ってるっぽいけど」
「え、そうなのかココ?ならなんで、いちごパスタなんか……」
どんどん加速していく、いちごパスタについての余談。あの料理人は何を考えているのか。答弁者の三人の熱は冷める兆しが見えない。
「なんなら、ねっくんも試しに食べてみたら?あのパスタ、一部の人からは評判いいらしいからさ!!」
「えっ……いやいや、本当に無理だってああゆうの!1500円だぞ!?そんなに払ってゲテモノ食べたくねえよ!?」
「ええっ!?た、高っ!!値段見てないから全然気づかなかったよ!多分、よっぽど自信あるんだろうなぁ……」
「でも、案外いけちゃったりするかもよ?食わず嫌いほど損するものはないって!」
「いや、それは食べ物に限っての話で……」
「ちょーっと!!ストップストーップ!!!」
キッチンの奥からじっとこちらに期待の眼差しを向けている料理人に気づかれないよう、顔を寄せ合いこしょこしょ話をしていたネク、ココ、未央の間に、卯月は両手を滑り込ませ、三人を離す。
「いちごパスタよりも、もっと重要なことが今はあると思うよ!!」
「ご、ごめんってしまむー。ここ最近気が休まらないことだらけだったから、つい〜」
「気が緩むにも程があるよ!もー!!」
顔をぷくっと膨らませて、卯月は不満を顔全体で表現している。ネクとココもそれをちゃんと受け取り、ミナミモトのパスタが始まりとなったいちごパスタ議論はこれにて完全にお開きとなったのだった。
「えへへ……じゃあ、今度こそ改めて、ね?私は本田未央で、ファンのみんなからはちゃんみお〜!って呼ばれてるんだ!よければ三人もそうやって呼んでね〜!」
「私は島村卯月で、ファンの皆さんからは、未央ちゃんが付けてくれたあだ名のしまむーってよく呼ばれてるよ。これからよろしくね!」
未央と卯月は心からの笑顔で自己紹介をする。あだ名を言うところは、特に誰が聞いても分かるくらいの嬉しそうな声であり、ファンという存在が本当に好ましいものだということが伝わってくる。
「ファン?」
「なんだ、友達か何かの比喩か?」
しかし、ココとネクはいまいちピンと来ていなかった。それもそのはず、ネクはテレビ離れで、ココは長いこと渋谷にいなかったのだ。彼らはこの時点で彼女たちの正体に気づく由もなかった。
ところが、この男だけは違った。
「なっ……なんだと!?こんなところで逆行列だなんて……逆行列の逆行列の逆行列が、あり得るのか!!」
ミナミモトはパスタ皿に突っ込んでいた顔を上げ、両手で持っていたパスタ皿を思いっきり放り投げる。放り投げたパスタはそのままキッチンの方へ飛んでいき、導かれるようにあの料理人の頭部に衝突した。
ミナミモトはいつも通りに、そんなこと御構い無しで、クリームだらけの顔を未央と卯月に近づける。
「聞いたことあるぜ、その名前……お前ら、最近渋谷で話題の『シブヤマチ』だろ。人気急上昇中の期待の新人アイドルユニットで、今や渋谷で知らない奴は居ねえってな」
「シブヤマチ……?俺、聞いたことないんだけど……」
記憶を失う……時間改変前のシキやビイト、ライムからもネクはそんな単語は聞いたことがなかった。
ネクは頭の中にある時間改変後の、『死神ゲームに参加せずにシキ、ビイト、ライム、ヨシュアと出会わなかった世界線』の記憶も探る。
しかし、テレビ離れはそのままで、死神ゲーム以前の自分と殆ど何も変わらなかったため、結局分からなかった。
「じゃあ、こっちならどうかな?……『ニュージェネレーションズ』。ニュージェネとも呼ばれてたんだけど……」
ちょっとだけ期待を込めて、未央はネクに告げる。しかし、
「……ごめん、やっぱ俺、流行に疎くて……ココは?」
「にゅーじぇね……シブヤマチの方は、どっかで聞いた気がするけど、そっちはちょっと……ミナミモト、アンタはどーなの?」
「ニュージェネレーションズか……クソ、俺の脳内にゼタしっくりこねえぜ、そのユニット名!!お前らは二人揃ってシブヤマチ、その方程式は絶対だ!!」
ニュージェネレーションズ。未央がその言葉を口にするも、ネク、ココ、ミナミモトは誰一人としてその名前に心当たりがなかった。
不思議なことに『ニュージェネレーションズ』だけは、記憶を失った人だけではなく、記憶を取り戻した人の記憶にも存在していなかった。
「そっ、か……実はね、私たち、探してる人がいるんだ」
ニュージェネレーションズに関することなのか、明らかに沈んだ声になり、未央は弱々しく言う。本題、彼女たちの最も伝えたいことがこの先にあることを、ネク達は察する。
「ニュージェネレーションズの私たち三人はいつも仲良しで、たまに意見が違って喧嘩しちゃったときでも、すぐに仲直りして……ずっと一緒だったんだ」
「でもある日、急にその子は、私たちの前から姿を消しちゃって……私たちは必死で探したけど、いつのまにかその子は、私たちの中からもいなくなって……ようやく会えたと思ったら、その子は私たちの知らない子だった」
未央と卯月は、先ほどとは大違いの暗い悲しげな雰囲気で思いを語り始めた。二人の心の中に潜んでいた、負の感情が溢れ出しているのを感じ、ネク達は思わず黙ってしまい、話を聞いていた。未央は言葉を続ける。
「ずっと側にいたはずの親友を、私たちはけろっと忘れちゃってたんだ……酷いよね、私たち。たくさん作った思い出も絆も……私たちが一番忘れちゃいけない、帰ってこれる居場所にならなきゃいけないのに」
「最近、数日前に会ったとき、その子は別の友達と一緒に私たちのイベントに来てくれて……やっと会えたって喜びと、同時に二人だけでアイドルをやってることがやるせなくて、悔しくて……謝りたいんだ、私」
体感的に、会ってまだ数時間しか経っていないのにも関わらず、もうネクのことをあだ名で呼んでいる未央ですら、ずっと下を向き俯いている。よっぽど『その子』という存在が彼女らの心の支えとなっていることが分かる。
「……ねえ、ネク君。私たちの頼み事、聞いてくれる?」
「……なんだ」
「その大切な親友の……渋谷凛って子を、一緒に探してくれないかな」
力強く、何度も想う言葉を使い、渋谷凛という存在の大切さ、失った悲しみの大きさが痛いほど伝わってくる。ココ、ミナミモトは心に染み込んでくる痛さに耐える中、ネクは、
「……えっ」
予想の遥かに斜め上を突かれ、驚きの声を出してしまう。それは頼み事の内容が拍子抜けだったというわけではない。
むしろその真逆だ。
「どうして……どうして、その名前を……?」
「えっ?」
手をガタガタと震えさせるネクの反応を見て、未央と卯月は疑問を感じる。しかしそうなるのも無理はない。ココやミナミモトですら、ここまで感情が露わになっている姿を見るのは初めてだった。
「オイ、どうした急に!!腹でもくだしたか……」
「どうして……」
渋谷凛。その名前は桜庭音操の……
「『アイツ』の……凛の名前を!?」
かつての、交通事故に巻き込まれて命を落とした、唯一無二の親友の名前だったのだ。
「だあぁぁあ!!!おい、おっさん!!ネクは!ネクは平気なのかよ!?」
ワイルドキャットの店内から叫ぶような声が聞こえてくる。中には一人の男性と、もう一人の少年がいるようで、言い合いではなく、少年がひたすらに質問攻めをしていた。少年は金髪でドクロのニット帽を被っており、白のタンクトップを着ている。ガタイはいい。
おっさんと呼ばれている人物は落ち着けと言うが、少年は聞く耳を持たずに尋ね続ける。
「おい、落ち着けよ。それについてもゆっくり順を追って説明してやるから……」
「そんな暇ねーっつうの!!だってアイツ、あの時に撃たれてまたUGに……俺はまた守れなかったんだよ!だから俺は、友達を取り戻したいんだ!!」
「だったら尚更だ!!いいか、ビイト。事は今お前が考えていることよりも遥かにでけぇ。そんな中、何も知らないまま、またUGへ飛び込んで無事でいられるとでも思ってるのか?死神ゲームに参加したお前なら、この言葉の意味がよく分かるだろ」
「……っ」
焦りで前後を見失っている少年、ビイトを羽狛が一喝する。すると見失っていた我を取り戻したのか、ビイトは少し落ち着きを取り戻し、カウンター席にズシンとあぐらをかいて腰を下ろす。
「……俺、悔しいんだよ。友達の一人も守れやしない自分が、今の今まで何もかも『忘れて』過ごしてきたってことが……凄え、自分がムカつくんだよ……!」
「そう自暴自棄になるなよ。安心しろ、ネクは無事だ。あの日、お前がネクと一緒に戦った事で、ネクが消えるまでの時間は稼げた。その不幸中の幸いを招いたのは、紛れもなくお前だ。ビイト」
「俺がアイツを、ネクを助けた……?じゃあ、ネクは生きてるのか!?」
「そうだ。お前がいなきゃ、アイツのソウルは改変よりも前に消滅して、完全に消えていた。アイツはちゃんとこの街にいる。だから今は落ち着いて、俺の話を……」
ビイトと喫茶店のマスターと思われる男は、そのまま話を始めてしまう。
そして、そんな中この店前に現れたのは、
「あ、ほら!ここだよ凛!きっとここに、未央ちゃんと卯月ちゃんが!!」
キャットストリートの喫茶店、ワイルドキャットの前に到着し、シキが高々と言う。
「えっ、どうしてここだって分かったの?確かに方向はこっちだったけど、他にもたくさんお店あるよ?」
「ふっふっふ……ねえ、凛はもう気づいてた?この黒いバッジ、人の心の声以外にも、例の化け物のいる場所も分かっちゃうんだよ?」
そう言うと、シキは目を瞑って、妙に手慣れた感じでスキャンを行う。すると行き交う人々の心の声が見える中、心の声とはまた異なった何かが映る。シンボルのようなもので、色は紫と、あの化け物を彷彿とさせるものだった。
「まあ、紫色のシンボルがそこら中に見えるんだけどさ。なんでかこのお店の周りだけ、一切シンボルがないんだよね。結構ウジャウジャといるんだけど、本当にここ辺りは何も」
「ふーん……確かにそれは不自然だね。なんか今日のシキ、いつもと違って凄い冴えてんじゃん。うわー、頼もしーなー」
「ふふん!いや〜それほどでも……って、バカにしてるよね!?」
と、お決まりのやり取りを終えたところで、凛とシキはその店を確かめようとする。見た目的には普通の喫茶店だが、それはあくまで外見の印象。人間と同じく内面はどうなっているか、それはまだ分からない。
もしかしたら、ここがあの死神たちのアジトなのかもしれない。
「分かってると思うけど、慎重にね」
「うん、分かってるっ、て!!」
ドガッ!と、凛は入口のドアを右脚で勢いよく蹴り、音を出して威嚇するようにドアを開ける。
「いや、はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ちょっと、アンタ達!早く未央ちゃんと卯月ちゃんを離さないと痛い目見ることに……むぐむぐ!!」
慌てて両手で口を塞ぎこみ、一旦店の外に凛を引きずり出すシキ。
「ちょちょ、ちょっと、話聞いてた!?そんな堂々と突き破っていくバカいないでしょ普通!?」
「むぐむぐ……ぷはっ!!だって、コソコソ入ったところで、ここ正面だからね!?すぐ殺されるよ!!それにシキだって、この前同じようなことしてたじゃん!」
仲良しにも関わらず、あまりにもグダグダすぎるチームワークを発揮する二人。束の間の出来事で、何が起こったか全く分からなかった店内のビイトは、理解がようやく追いつき遅れて叫ぶ。
「なんだ今の……って、だぁあぁあぁあぁあ!!!!!!あの緑のやつってまさか!!」
「ビイト?おい、どこ行くんだ、ビイト!!」
羽狛を無視して、ビイトは慌てて外に出ると、すぐそこにいる二人の少女……の内、メガネをかけた緑色の服の子を見つめる。手に持っているのはあの黒い人形で、その人形は白い棒線の目でじっとこちらを見つめていた。
「シキ!!やっぱり、シキじゃねえか!!」
「……あ、あれ?そういえば未央ちゃんも卯月ちゃんも、あの悪いお兄さんもお姉さんも居ない……へっ!?だ、誰?」
友人との久々の再会に、少し心躍らせながら近寄るビイト。しかし、シキの方は心躍るどころか、目の前でじっと姿を見つめても、何も思えなかった。それもそのはず、今のシキからすればこの目の前の少年は赤の他人に過ぎないのだから。
「ん?シキの知り合い?」
「いや、まず会ったことすらないような……君、名前は?」
「はぁ?俺の名前は尾藤大輔之丞(ビトウ ダイスケノジョウ)……じゃなくて、ビイトだろ!!変な冗談言うなよ、シキ?それよりも、大変なんだ!!」
凛の戸惑いとシキの異変に気づかないまま、ビイトは話を続ける。内容は勿論のこと、
「ネクが……死神に撃たれて死んだネクが、今この渋谷にいるんだ!消滅してなかった……生きてたんだ!!」
「……『ネク』……?」
ビイトが空を仰ぎ、歯を食いしばって声を出す。その声は少し震えていて、どうやらそのネクという人が生きていたことがとても嬉しいらしい。しかし先程と同じく、シキには『ネク』と言われても、また赤の他人のために何も分からない。
「……あの、さ。君、もしかして人違いじゃないかな?私、シキにそんな友達がいたなんて、聞いたことないんだけど」
ビイトの全く噛み合わない話の内容と、シキの戸惑っている表情から凛はそう推測し、ビイトにそう告げる。しかし、ビイトはそれを否定する。
「いいや、そんなことねえぜ。なんたって俺たち、いつも四人で一緒にいたんだしな……ていうか、お前は誰だ?」
「私は渋谷凛。シキとはずっと前からの友達だよ」
「ずっと前から……そうだったのか、シキ!?なんだよ、そんな仲良い友達がいたなら、もっと早くから教えてくれれば良かったのにさ!」
「え、えっと……」
会ったばかりの初対面の男の子に肩をバシバシと叩かれ、慣れてないためか変に緊張してしまっているシキ。いつも見慣れないぎこちなさが、とても目立っている。
「はははっ!よし、そうと決まれば早速ネクに会いに……って、だあぁ!!そういえば、ライムに連絡すんのすっかり忘れてた!」
だあぁと摩訶不思議な声を上げると、ビイトはポケットからガラケーを取り出す。電話帳と書かれたボタンを押し、『尾藤来夢』に電話をかける。
「ん?尾藤来夢って、なんかどっかで聞いたことあるような……」
ビイトの電話画面を覗き見して、その名前に心当たりがあった凛。それも友達などではなく、未央や卯月と同じような『芸能関係』でだったような。
「おっ、ようやく繋がったか!なあライ——」
その少女、ライムの名前を呼ぶ前に、電話からは聞き慣れたその声が聞こえてきた。しかし、その声はいつものような和やかな雰囲気ではなく……
[ちょっと、お兄ちゃん!!なんでこんな時にボクに電話してくるの!?今はCM中だったからまだしも、オンエア中だったらまずいでしょーが!?]
電話の向こうから聞こえてくるのは、少し荒げたような妹のライムの声だった。少し怒って、また慌てているようで、いつもに比べて早口気味だ。
「CM……あ、そうだ。
そういえばお前って、アイドルだったな。
んで、今はシブヤラジオの生放送を………いや!?はあぁぁぁぁ!?」
『うわぁ!?ちょ、お兄ちゃんってば急に叫ばないでよ!も〜ビックリした……あ、もう始まる。それじゃあね、お兄ちゃん!!もうこの時間帯に電話してこないでよね?』
「おいおい、待て待て!?そもそも、なんでお前がそんなもんやってるんだよ!?おい、ライム?聞いてんのか……き、切れちまった……」
ビイトの言葉を待つ前に、ライムは通話を切ってしまう。そしてビイトは自身の頭の中にある、『もう一つの記憶』に気づき、ライムがアイドルになったことを思い出した。しかし、今のビイトからすればそんなことはとても信じられなかった。
ネクの無事を確認して安心したのもつかの間、今度は様子のおかしいシキに訳のわからないうちにアイドルとなってラジオに出演しているライム……
ビイトは考えることをやめた。
「……ああぁぁぁ!!ごちゃごちゃしたのは嫌いだぁぁぁ!!とにかく、早くネクとライムを探しに行くぞ、シキ!!」
「えっ?ちょっと待ってよ!?私たちも人を探してる最中で……うわぁぁっ!!!」
ビイトに腕を掴まれ、引っ張られて強引に連れて行かれてしまうシキ。
「ええっ!?ちょ、ちょっと待ってよ、君!!」
シキを追いかけようと、置いて行かれた凛は慌てて走り出す。急に目的が変わってしまい、戸惑いを感じるが今はそれどころではない。早く、シキをビイトから連れ戻さなければ。
しかし、このビイトとシキの構図は、この世界の不合理、不自然さに気づくには十分すぎるほどの出来事だった。
店内にはこの場の空気に合わない可愛らしいBGMが、ずっと流れ続けている。しかし、そんなことはネクにとってはどうでもよかった。
あの日の出来事、いつまでも心の中で消えることなく、苦しみの渦を巻いている、あの日の記憶。
その記憶が、目の前にいる二人の少女によって今、心の奥底から再び姿を現した。
時は遡り、過去へ。
『遅いな……まだかな、アイツ?』
現在から二年前。ネクがまだ中学一年生だった時、彼はそのときからクラスで孤立していた。もともと、人との交流があまり好きじゃなかったのもあり、休み時間中もいつも独りで窓を見ていて、掃除のときも弁当を食べるときもグループでの話し合いのときも、何があってもネクはずっと一人だった。
やがてクラスの中で殆どの生徒から名前すら忘れられ、気づいたらネクは、本当に独りぼっちになってしまっていた。そして、少しは友達という存在に興味を持っていた本人の思いも、友達なんかくだらない、いつかは離れ離れになる、そんなくらいなら作る必要なんてないという考えへと、変に凝り固まってしまったのだ。
しかし、
『ん?電話……凛からだ』
そんな、周りの奴らを忌み嫌っている彼だったが、クラスの中で唯一、何故か自分に対して優しく、積極的に接してくる少女が、一人だけいた。
とある日、いつものように窓を眺めていると、突如として自分の机に一冊のノートが置かれた。そのノートの表紙には、
【英語 中1-C 渋谷凛】と書かれており、右を見ると、そこには優しく微笑みながらこちらを見る少女がいた。
“ほら、昨日休んでたから今日のテスト勉強できてないでしょ?私も勉強するのすっかり忘れちゃっててさ、よかったら一緒に勉強しない?”
凛という少女は、笑い混じりにそう言った。
正直言うと、ネクはあまり乗り気じゃなかった。いつもだったら、邪魔だとコイツを払いのけようとしただろう。でも今日は定期試験の日、赤点を取ってしまえば、成績に大きく関わってきてしまう。
“……助かる”
仕方なく、誘いに乗ったネク。その少女は勉強してないと言ったのにも関わらず、物凄く分かりやすく丁寧に試験範囲、さらにはその内容の説明までしてくれた。問題を作ってくれたり、その答え合わせをしてくれたり。
結局、その少女はネクに教えただけで一切自身の勉強をしなかった。
結果として、ネクはこのテストでクラス内でトップ、最高点を取ることが出来た。答案返却のとき、クラス中の奴らが自身を見てざわついたのは、ちょっと気持ち良かった。少し普段よりも誇らしげに席に着くと、あの時の少女が近づいて話しかけてきた。
“ふふっ、やったね、ネク君!喜んでるみたいで、私も本当に嬉しいよ!!”
ネクは驚いていた。ここまで自分のことを見てくれて、気にかけてくれて、優しくしてくれるなんて。再び少女の笑顔を見て、温かい心に触れたことで、この時、ネクの硬い考えに、パキッとヒビが入った。
それから毎日、凛は休み時間になるとネクの机にやってきて、話したり遊んだりで、ずっとネクと過ごすようになった。最初は鬱陶しく感じていたネクもいつの間にか、徐々に心を開いていき、自分から話を切り出すことも増えてきた。
そして、ついにはプライベートでも一緒に過ごすことが多くなった。
この日も凛と待ち合わせしていて、ネクは宇田川町の壁グラ前で今か今かと凛を待っていた。
つい先日、渋谷のCD屋へ一緒に行って、そこで凛と買った『ヘッドフォン』をつけて。
『もしもし……あ、凛か。今どこらへん……スクランブル交差点?ああ分かった、じゃあ、もうすぐだな。
……え?い、いや、全然待ってなんかない。俺も、えっと、今ちょうど来たとこだしな』
普段学校で過ごしている時よりも、明るめなネクの声。声を交わしているだけで表情が少し緩んでいく。
『うん……うん、分かった。じゃあ、ここら辺で時間潰してるから。じゃあな、凛』
電話を切ると、ネクは何処かへ行くわけでもなくただ壁にゆっくりと寄りかかる。その壁には、『CAT』の文字と何故か心が惹かれる数々の革命的な芸術がある。
ここを教えてくれたのも、CATというアーティストに自身を導いてくれたのも凛だった。
『ふぅ……CAT、今日も俺のこと見ててくれるよな』
そして、それから20分後、30分後、1時間後……
……どれだけ待っても、彼女はここに来なかった。
電話も繋がらなければ、メールも既読がつかない。何故か一切連絡が取れない。
『……これ、おかしい、よな』
嫌な予感がしたネクは、咄嗟にその場を飛び出して、スクランブル交差点へと向かう。人混みを掻き分けて走り、運動が苦手で体力の乏しいその身体に何度も鞭を叩き、そして辿り着く。
センター街方面から見た、スクランブル交差点の中央ど真ん中。
そこにあったのは、赤黒いシミだった。
いつものチカチカするほどの人がいない、雰囲気のおかしい異様なスクランブル交差点。傍の方には鼓膜が破れるほどうるさいサイレンを上げる救急車数台と、バンパーに大量の血がついたトラックがあった。
交差点を取り囲むように野次馬となって、ざわついている大勢の人々の中には、自身のクラスメイトも大勢いた。皆、涙を流しながら抱き合っていた。
『そんな……嘘、だ……嘘だ、よな?』
信じられなかった。それも当然、ついさっきまで話をしていたはずなのに、どうして、どうして急にこんな事が……
【臨時ニュースをお知らせします】
声を聞いて、ネクを始め、交差点に集う多くの人々が大型ビジョンに目を向ける。ビジョンに映し出されているのは、深刻そうかつ悲しげな表情でいるアナウンサーらしき人物だった。
『や、やめろ……』
【先程、この渋谷スクランブル交差点にて、青信号の交差点に侵入した乗用車に撥ねられ、数十人が死傷するといった事故が発生しました。警察はこれについて】
ネクは思わず耳を塞ぎこもうと、首にかけていたヘッドフォンをつけ、頭が潰れるくらい耳に押し付ける。しかし、大型ビジョンの音量はかなりのものでそんな程度では到底塞ぎきれないものだった。聞きたくない、あのアナウンサーをなんとしても黙らせたい。
しかし、そんなネクの願いも虚しく、
【死亡したのは、13歳の少女の——】
『うわぁぁぁぁっ!!!!!!やめてくれぇぇぇぇぇっ!!!!!!!』
周りの人々の視線が一気にこちらを向けられる。しかし、そんなこと御構い無しに、ネクはその場で跪き、涙を流した。
『ああっ……あぁぁぁぁぁぁっ!!!!!』
ようやく出来た、本当は欲しくて欲しくて堪らなかったたった一人の友達。まだ出会ってほんの少ししか経っていなかった、もっとこれから沢山の思い出を作っていくはずだった友達。
もし、自分が今日ここにいなければ、待ち合わせ場所を宇田川町から渋谷駅前にしておけば、時間を1時間前にズラしておけば、予定を明日にしていれば……怒り、悲しみ、憎しみ、後悔。負の感情がネクの心を覆い尽くしていく。
心の、孤独という壁のヒビを負で埋め尽くし、また再生させ、そして、
「…へらへら笑ってバカ話して調子合わせて気ぃ使って疲れて傷ついて……そんな関係なんて意味ないだろ!!」
「ウザいんだよ……他人なんて邪魔なだけの、ただの重りなんだよ!!」
ネクの本当の思いは、心の中にある暗い牢獄の果てへと閉じ込められたのだった——
この物語の主要な出来事の一つとして、このネクと凛の、二年前の出来事があります。これは今後も、ずっと大きく絡んでくる内容になっています。