すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
桜庭音操の過去に、何故渋谷凛が関わっているのか。
そして、肝心の凛もまた、ネクの知り合いであるビイトと出会い、明らかな矛盾に気づく。
大切な、たった一人の友達を失ったことのショックは、ネクにとってあまりにも計り知れないものだった。それは二年前から現在までずっと、ネクのことを縛り続けていた。
「そうなんだ……ネク君も大切な人と、離れ離れになっちゃってたんだね」
過去を聞き、ネクが自分たちと同じく、凛が居なくなって悲しんでいるということを知った卯月は、ネクにとても強く共感する。
「……でもさ、なんかそれっておかしくない?」
しかし未央は、共感よりも先にネクの過去に登場する凛と、自分たちの知っている凛の食い違いに気づく。
「おかしいって……どういうことだ?」
「いや、今のねっくんの話って、『二年前』の話なんだよね?それで……しぶりんが死んだって言ってたけど、私たちは『一ヶ月前』までニュージェネレーションズとして一緒にいたよ?もちろん、生きてるし」
「……!?」
この言葉を聞き、ネクは驚きのあまり目を見開く。凛が生きている。それがもしも本当に事実なら、彼女は今この渋谷に……
「そういえば……確かに、未央ちゃんの言う通りだね。凛ちゃんとは、最近も会ったし、そのときに友達も連れてきてたしね」
「そうなのか!?一体どういう……これも、例のインバージョンの影響なのか、ココ……ココ?」
「…………」
ネクが何度もその名前を呼んでも、何故かココはこちらを向かずにぼーっと宙を眺めている。目は虚ろで、瞬き一つしていない。未央と卯月もココの謎の姿を見て、少し動揺する。
「ココ?おい、聞いてるか?……ココ!!」
大声で名前を叫びながら、ネクはココの肩を揺らす。すると、ココの身体は電気を受けたように跳ね上がり、ココは慌てて、ネクの方を向く。
「うわっ!?へ、へっ?どうしたの、ネク?私に、何か言った?」
「いや……お前の方こそ、急にどうしたんだ?黙りこくって、なんか変だぞ?」
自分自身の様子について言われると、明らかに不自然な慌てぶりを見せた。
「うっ……い、いやっ、なんでもないなんでもない!それよりも、なんだっけ?ああ!!ネクのお友達についてだったよね?大丈夫!私ちゃんと聞いてたから——」
この場に合わない変なテンションで急に話の流れを捻じ曲げ、強制的に切り替える。ネク、未央、卯月は一応はそのココの様子を流すが、
「……」
この男、ミナミモトからすれば、この違和感は非常に引っかかるものだった。
「え、えっとね!多分その凛ちゃん?って子はね、えっとえっと……」
動揺がまるで隠しきれていない。
一体……何を、そんなに『恐れている』のだろうか。
ミナミモトは、ココの急な変わりぶりに、思わずそう疑問を持たずにいられなかった。
シブヤラジオ、『ライムのスウィートシンデレラ』は、今まさに放送中だ。内容は至ってシンプルで、アイドルである尾藤来夢がリアルタイムで視聴者からお便りをもらう質問コーナーや、生歌を披露する歌唱コーナーなど、尾藤来夢が出演していること以外そこまで特別なことはない。
【はーい、まずは最初のお便りから。ニックネーム、アップルパイさんからのお便りでーす!ありがとねー!えっと何々……『ライムちゃんは、お兄ちゃんのことをどー思ってるんですか?教えて下さい!』、いやぁ〜、そりゃもちろん大好きだよっ!!大きくてカッコいいし、すごいボクに優しくしてくれるんだ!あ、でも、ちょーっとだけ頭が固いところは玉にキズ、かな?数学のテストだって、この前なんて3点だったし!ぷぷっ!】
渋谷スクランブル交差点に設置された、五台もの巨大なビジョン。そこに実の妹がアイドルとして映っていることを不思議と誇らしく、また何故か不安げに、ビイトはビジョンを見上げて思っていた。
「……ほんとーに、なんで今まで気づかなかったんだろうな?こんなおかしい光景が広がってんのに、ずっと気になんなかったなんて。もう訳分かんねえぜ……」
普段のようなオレンジ色のサイズの合っていない服ではなく、とても爽やかなワンピースを着ている、ビイトと同じ髪色の少女。メイクもしていて、とても輝いて見えるのが、自分を不思議な気持ちにさせる。
ハチ公近くの花壇の縁にあぐらをかき、自分があまりにもアホすぎると呆れて肘をつくビイト。シキは、既に腕を離されていて凛とも合流していたが、どうも引っかかることがあると言い、まだビイトと共にいた。
「ねえ、ビイト君。その、おかしいって何のことなの?あのビジョン……ライムちゃんが、どうかしたの?」
「はぁ?おいおい、一目瞭然だろあんなの?そもそもお前も聞いてないだろ、俺の妹のライムがアイドルになったなんて。考えられもしねーしな」
「……そっか、尾藤来夢ってそう言えば、未央ちゃんや卯月ちゃんと同じ芸能プロダクションに所属してる、新しいアイドルの子だったね。通りで聞いたことがあると思ったら……」
凛は前にテレビで、未央と卯月がライムを紹介していたことを思い出した。すごく穏やかな子で、生粋のお兄ちゃん子。その番組内でも、お兄ちゃんのことを何度も愛らしく呼んでいた。年は確か、自分の一個下くらいだった気がする。
そんなライムとライムのお兄ちゃんがシキと友達で、なんでかシキはそれを知らないで、もちろん自分もそれを知らないで……?
何故だろう、何故ここまで矛盾が生じてしまうのだろう?言ってることは単純。互いとも友達、ただそれだけのことなのに。
そういった記憶の食い違いが、真実へと自身を近づけていくことに、まだ凛は気づいていなかった。
「やっぱり、何かがおかしい……言動からしてシキとビイト君はなんらかの関係が過去にあったはず……でも、シキも私もそんなことは知らない。これって、『どっちかが間違ってる』ってことになるんじゃない?」
「どっちかが間違ってる?それって、私がビイト君とライムちゃんと友達か友達じゃないかってこと?なに言ってるの、凛。自分のことは自分が一番よく知ってるに決まって——」
「どっちか……だあぁぁあーー!!そっか!俺、分かっちまったぞ!!」
シキの言葉を遮り、ビイトはある一つの結論にたどり着いたことを知らせる。その結論とは、
「間違いねえ!この渋谷にいる奴ら、みんなが『記憶』を失ってるんだ!!俺も、ライムも、それにお前らもな!」
「……!?それってもしかして!?」
ビイトのはっちゃけたとんでもな理論を、意外にも凛はあっさりと信じる。それにはこれまで凛が聞いてきた、様々な人物たちの言葉が理由となっていた。
初日の少年、ヨシュア。
二日目のもう一体のにゃんタンを持っていた、正体不明の謎の少女。
三日目のノイズを呼び出した謎の青年、狩谷。
そして四日目の今日、今ここにいるシキの友達を名乗る少年、ビイト。
正直言うと、完全に信用できる確証はない。でも、これまでに起きている出来事も含めて考えると、これらはとても偶然には思えない。全てが繋がっている、そう凛は考えていた。
「記憶を失って……でもそれなら、今この世界自体がおかしいことにならない?記憶を失ってるとは言っても、君は『昨日までの自分の記憶』を今も持ってるんだよね?世界自体がおかしいなんて、どう考えても変だし……じゃあ、君の今の記憶って、一体なんなんだろうってことにならない?」
ビイトのこれまでの言動から、
ビイトは今まで『ある記憶』を失っており、何らかの理由で今日その記憶を取り戻したと考えられる。
しかし、ビジョンに映る彼女を見れば一目瞭然の通り、この世界にとっての普通は、取り戻した記憶とは明らかに乖離するものだ。
だとしたら、その失っていた記憶とは何なのだろうか?一体どこで……いつ存在していた記憶なのだろうか?
「えーっとぉ……ダメだ、コイツらが何言ってるのか全然分かんねえ……」
なんとか、話についていこうとするが、理解がまるで追い付かない発案者のビイトは頭を抱える。
失った虚無の記憶、ズレて狂っている世界、取り戻した虚構の記憶。
ビイトと会ったことで、着実と隠れていたものが見え始めている。そうして、凛とシキが何かを掴みかけた、その時だった。
【さて、次のお便りでーす!!ニックネーム、祈りの——ん?
……なんだろう、この外にいるワニみた……え、で、デカっ!?ち、ちょっと待っ……
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!】
突如、ライムの悲鳴が聞こえ、スタジオスタッフの慌てる足ぶりによって、カメラが倒される。ガシャンという音が交差点中に響くと同時に、全てのビジョンに、ノイズ音と共に白黒の砂嵐が映る。
「……!?お、おい!!!なんだよ今の、ライムの悲鳴が聞こえたぞ!?」
頭が混乱しているビイトだが、いつも誰よりも長い間一緒にいるライムのことに関しては人一倍過敏だった。誰よりも早く悲鳴を察知し、誰よりも早くライムの危険を嗅ぎつける。
「今の声、どう考えても何かあったって感じだよね!?ライムちゃんに事件が起こったのかもしれない!!」
「うん……タイミング的に、もしかしたらまたあの兄さん姉さんの仕業かも。何するか分からないし、急いで向かった方がいいよ!!」
シキと凛は、顔を見合わせて共感を示すために頷きあう。ビイトは顔中から汗を吹き出していて、ウズウズと身体を小刻みに動かしていた。
「行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ……」
今にも爆発しそうな時限爆弾のように、ビイトの体内タイマーは着実と秒数を削っていた。5、4、3、2、1……
『ルート5』
「んあ?」
焦りのあまり、何も考えられなくなっていたビイトの頭の中に、突然言葉と映像が流れ込んでくる。
その映像に映っていたのは、このスクランブル交差点から北西部にある渋急ヘッズの白い店内、文房具売り場に膝を抱え、肩を震わせながら姿を潜めるライムの姿だった。辺りにはシャープペンシルや筆箱などの売り物が散乱していて、高級商品のショーケースのガラスも、噛み砕かれたように粉々に砕け散っていた。
『今から15分後、渋急ヘッズの5A階に彼女はいる。』
「ぬお!?」
ビイトはその言葉を聞き、少し戸惑う。この一刻を争う事態の中、果たして本当にこの言葉を飲み込んでもいいのだろうか。もしもこの映像が、陥れるための紛い物だとしたら、ライムはその隙に……
『いい?大事なことを教えてあげる。この事件の元凶は『参加者』の消滅を図っている死神。あなたが参加者となった今、あなたがパートナー契約することになるライムは狙われ、消される』
『消される前に、ライムと合流して、パートナー契約を結ぶの』
「……ライムが死神に消されるだって!?おい!俺はどうすればいいんだ!渋急ヘッズに行けばいいのか!!」
頭の中の言葉に答えを求めて、ビイトはその場で大声を出す。凛とシキはその様子、ビイトが天を仰ぎながら声を荒げるところを見る。
「ちょ、ビイト君?突然どうしちゃったの!?」
「今、頭の中に言葉が入ってきたんだ!!ライムが渋急ヘッズの5A階に15分後に来るって!ライムがうずくまってる映像もあったし、間違いねえ!」
先ほどのあの映像では、ライムの瞳の色、髪の毛一本一本、さらに着ている服の縫い目や店内の細かい箇所までもがくっきり見えた。とても作り物だとは思えない、まるで直接、未来の時間を切り取ったようなリアリティだった。
「え、今から15分後って……全然時間ないじゃん!今から走って行かないと間に合わないよ!?」
「だあぁぁあ!!やばいやばいやばい!!早く行かねえと!」
「今はそれしか手がかりがないし、もしそれが本当ならライムちゃんが……早く向かおう!!」
「おう!」
「うん!」
凛がそう言うと、ビイトとシキは素早く頷き、三人で急いで渋急ヘッズに向かって走る。
先ほどの謎の言葉、映像。
サイキック『トレーラー』……これについて深く考える暇は、今の彼女たちにはなかった。
「失った記憶がアイドルとしての記憶だとすれば……俺の友達としての凛は、一体どこに行ったんだ?」
ネクは腕を組みながら、今まで生じることのなかった矛盾について考える。
二年前、交通事故で命を落とした、自分のかつての友達の『凛』、
1ヶ月前まで、未央や卯月と共にアイドルとして活動していた『凛』、
今この渋谷内で行方が分からなくなっている、記憶を失った『凛』。
ネクはもちろん、二年前のあの時以来凛の姿を見たことはない。しかし、未央と卯月は一ヶ月前、さらには数日前にも凛をこの渋谷で見かけているという。
インバージョンが発生し、その後ミナミモトやココと共に変わってしまった渋谷を探索する中で、変わっていない、元に戻ったはずの少女たちと会った。
しかし、何故か同じあの渋谷を知っているはずなのにも関わらず、自分たちの話は『大きく食い違う』点が多い。
「インバージョンの時間改変……だけじゃ辻褄が合わねえ。同じ渋谷で、同じ存在と過ごした奴もいれば、同じ存在を失った奴もいる。それも時系列は乱数状態だ……」
「時間が……過去が変わっちゃったせいで、凛ちゃんも私たちも記憶がなくなってた。それだけでも驚きなのに、まだ他にも何かがあるかもって……」
「時間改変……そんなSFチックなことが現実に起こってるなんて、私未だに信じられないよ、しまむー」
既にネクたちは今この渋谷で起きている出来事を未央たちへ、卯月たちは記憶を取り戻してから今に至るまでの経緯をネクたちへ、情報を互いに共有し合っていた。
「まあ、そーなるのが一般的だよ。
——現実と非現実は常に背中合わせ。
すぐそこには、自分たちの常識が通じない世界が潜んでいる。死神ゲームが開催されるUGは、全てがRGの非常識で成り立ってるからね」
自分たちの過ごしていた渋谷の、もう一つの次元、UG。そこでは死者たちがコンポーザーという存在により、価値をジャッジされる死神ゲームが行われていた。
生き残るために、多くの人が人を消し、多くの人が人に消される。死神も参加者も、死にたくなければ必ず誰かを犠牲にするしかない、そんな残酷な出来事がこの渋谷で行われているなんて。
あれから落ち着いたのか、もう動揺は見られないココは未央と卯月に、彼女たちの知らない世界の真実を伝える。未央と卯月は信じられないと、思わずレストランの窓ガラスから外を眺める。
どこまでも広がっている青空の下にあるこの街、自分たちが普段通っている道も、少し前にニュージェネでイベントを開催したところも見える。歌って踊って、必死でその日に向けて練習に練習を重ねたパフォーマンスを披露して、観客も自分たちもどちらも笑顔になっていた。
でもその時、もし自分たちの笑顔の裏で誰かが苦しんでいたのだとすれば……
この渋谷に対する見方が彼女たちも変わってきていた。
「渋谷の街を舞台に繰り広げられる、理不尽と不条理のゲーム。でも、今は開催されていない。この渋谷UGの死神たちは、前に俺たちがほとんど倒した」
「……でも、そこにいるミナっちとココッペ以外に現れた、あの謎の死神たち。そして私たちとしぶりんを引き離したのも、この渋谷がおかしくなったのもそいつらの仕業ってことだね」
「ああ、そうだ。倒せば全てが元どおりに……なるのか……?」
「ええっと……絶対かどうかは分からないけど、考え的には多分元どおりになると思うよ?だってこのインバージョンを引き起こしてるのは、あの死神コンビなわけだし、やっつければインバージョンも止まるでしょ?で、止まったら……」
ふと、ココは言葉を発するのを止める。確かにそのサイキックを発動している存在が消滅すれば、当然サイキック自体も発動しないまま終わる。
ただ、既に起きている場合はどうなる?
「……都合よく、世界はまた元どおりに戻るのかな?いや、元どおりというより、私たちの本来の時間へ……」
都合よく。そう考えた途端、ネク、ココ、ミナミモト、未央、卯月の全員の思考が停止する。今までその都合よくという言葉を信じて行動をしてきていた彼らは、一切疑おうとしてこなかった。
倒せばそれでいい。目的はともかく死神たちの行動を阻止すればいい。それこそが重要だと思い込んでいた。しかし、本当の終わりはそこではなく、『本来の時間の世界へと帰ること』だ。
未央と卯月は親友の凛と共に過ごす世界、ネクはようやく出来た新しい友達と過ごすあのすばらしきせかいへ。
「シキ、ビイト、ライム……」
そして、雲行きが徐々に怪しくなってきたその時だった。
「……あ、あの」
ネクは肩を叩かれて声をかけられる。声をかけてきたのは、あの例のイチゴパスタの料理人だった。黒い手提げのカバンを持ち、汚れたピンク色の料理服姿のままこの店を出ようとしている彼女の様子を見て、ネクは何かを察する。
「えっ、えと、何ですか?」
「いや、何ですかじゃなくて……逃げないんですか、あなたたちは?」
ふと、この言葉を聞いてネクはキョロキョロと辺りのテーブル席を見渡す。誰もいない。いつのまにか、自分たち以外の客は従業員も含めて、みんな揃ってこの店からいなくなっていた。しかもそれだけじゃない。この渋谷ビガリィ自体がほとんどもぬけの殻となっており、このビル内に残っているのは、もう自分たちだけだった。
「あれ?何があったんだろう?」
「はあ……ちゃんと、店のラジオ聞けば分かりますよ。ほら、あれです」
料理人が指差す方向、天井に設置されているスピーカーに全員で視線を向ける。そこからは、誰かの焦るような声が聞こえてきた。
【緊急速報です、突如、渋谷内に巨大なワニを模した生命体が出没しました。ビル一つ分ほどある、その個体は、どうやらラジオ局内を襲撃したのち、暴走しながら渋谷北東部へと進んでいる模様です。
その際に、ラジオ番組の収録中だった、尾藤来夢さんが行方不明に——】
「……!?今、なんて!?」
かつての知人だった人物の名前が出て、ネクは驚きのあまりガタッと席を慌てて立ち上がる。そしてその際、未央と卯月も、ネクと全く同じ反応をしていた。
「今の時間帯……そうだ!丁度、ライムちゃんのラジオの時間だよ!」
「ビル一個分……そ、そんなのが今、この渋谷にいるの?怪獣映画じゃないんだからさ!?」
卯月は先輩として少し親交のあった後輩のライムのことを、ココは超巨大ノイズについてを、それぞれが頭の中で情報を整理する。
その場にいた料理人の説明によると、既にほとんどの人がこの渋谷から避難しようとしているため、バスや電車、タクシーなどの交通機関がパニック状態になっているらしい。
今も多くの人が渋谷に取り残されているらしく、このままでは大惨事を引き起こしかねない。
「そんな巨大なノイズ、俺だって聞いたことねえぜ……それに、ライムって奴も、記憶がねえんだ。ノイズの習性上、恐らく狙いは大量のソウルじゃない、そいつ一点。間違いねぇ、これは『奴ら』の仕業だ」
「言われなくても、それくらい分かってるし!!」
「えっと、北東部って言ってたよね?ミナっちの考え通りだったら、場所は……ライライは、宇田川町とか渋急ヘッズの近くかな?ここからだとちょっと遠いかも……」
「だからって、ジッとしてるわけにはいかない。急いで向かえば間に合うはずだ!」
その言葉を聞き、ココとミナミモトも立ち上がると、ネク、未央、卯月は今すぐ店を出る。エレベーターを待つ時間も惜しいため、ヒカリイ内の非常階段から急いで下ろうとする。
しかし、ここは地上9階。どれだけ急いでも、地上までかなりの時間がかかってしまう。
「ねえ、ネク!昨日羽狛さんからもらったあのバッジ、うまく使えたら、かなり短く移動できるんじゃない!?」
「そっか、確かにお前の言う通りだ!!分かった、やってみる!!」
ココの提案に了承したネクは、自身のポケットから『エンタングルメントバッジ』と『アンサプレッションバッジ』を取り出し、急いでレストランの中に戻り、飛び込むようにして窓ガラスに向かって突進する。
一見すると全く訳の分からないその行動に、未央、卯月、そしてわざわざ五人を待っていた料理人は、思わずネクのことを止めようとした。
「ちょ、ねっくん!?いくらなんでもそれは死んじゃうって!!」
「ネク君!?も、もうちょっと冷静になって——」
だが、未央と卯月の警告を聞かずに、ネクはフリーフロー状態になって右手を振り、宙にワイヤーを出現させる。普段のサイキックなら一定の長さしか出現しないワイヤーだが、フリーフローサイキックとして強化されたことで、それはどこまでも無限に伸びていく。たった一本の細いワイヤーは、窓ガラスを突き破ることで粉々に破壊し、渋谷の空に新たなる道をかける。延びて延びて延び続けて……何か肉のようなものに突き刺さるのを、ネクは感じ取った。
「……なるほど、こう使えばいいのか」
ネクはワイヤーに飛び乗り、そしてワイヤーの上を滑るようにして進んでいく。『レールスライド』。フリーフローアクションの一つであり、何か細長いロープのような物質を具現化させるサイキックの後に、使用することができる。さらにレールスライド中に【敵に攻撃を与えたい】と念じれば、瞬間的にその敵の元へワープして強力なダイブ攻撃、『スライドダイブ』を追撃で喰らわせることが出来る。
(今すぐに、ライムの元へ……近くの巨大ノイズに、攻撃を!!)
思考内で対象を選択したことで、ネクの身体はワイヤー上から消え、その何かの元へと瞬間移動した。
そして、それらの一部始終を見ていた五人は…
「……あ、あれ?ねっくんは?どこ行っちゃったの!?」
「あー!!!やばっ、また見失っちゃったよ!!」
「あのデルタ関数……一人なんかでいさせたら、たまったもんじゃねぇ!!!」
「私たちも、早くネク君の後を追おう!このワイヤーを辿っていけば、どうにか見つけられるかもっ!」
「……あ、あのお客さん、消えちゃった……?」
昨日のこともあったため、急いでネクの後を追うことにするココとミナミモト。未央、卯月、それに、ここに居ては危ないと料理人も一緒に連れて行く。連れて行く方法は……もちろんあれだ。
「……ううっ」
ひたすら自分を追いかけてくる怪物から逃げ続け、命からがら渋急ヘッズに逃げ込んでから15分。ライムは未知への恐怖から思わず涙を流した。
ギシギシと建物の軋む音が、心の中に、恐怖の種を植えつけていく。楽しさや喜びを荒々しく引き抜かれ、穴だらけのライムの心は今にも崩壊寸前だった。膝を抱えて静かに身を潜めているが、その場に漂う命の危険からの緊張感により、手足は意識下から切り離されて震えていて、鼻をつまらせながら、喉から助けを求める弱々しい声を絞り出す。
「助け、て、お兄ちゃん……!!」
すると、その声に反応したのか、この建物に抱きしめるようにしてしがみついていた怪物は、外から大きな腕と鋭い爪で渋急ヘッズの丁度5A階を引っ掻く。しかし、それは引っ掻くなどでは、到底表現できないほどの威力だった。
〈グゥゥラァァァァァァッ!!!!〉
「うわぁぁぁっ!!!!」
大きな音を立てて、ビルの頑丈な壁が豪快に破壊される。壁に巨大な空洞ができ、筒抜けとなった店内に怪物は首を突っ込む。目は白色で、皮膚はゴテゴテとしたトゲのついた鎧のようで、色は『紫』色。刺繍が至る箇所に刻まれ、巨大で非現実的、全くもってリアルじゃなかった。
荒い息をつきながら、ジッと店内の一点を集中して見ているノイズ。視線の先にいるのは、どんな高級シャーペンでも、超低価格の安売り筆箱でもなく、今にも泣き叫びそうな少女だけだった。
〈グルルルル……〉
なんでこんなことになってしまったのか。自分はただ、いつも通りに日常を過ごしていただけなのに。この渋谷でこの楽しい、すばらしき日々を送っていたいだけなのに。
腕を乱暴に振り回し、更に壁の空洞を広げていく。そして広がったことで徐々にバランスが崩れている建物内に、腕を伸ばして自身の体重をかける。
バキッ。その音が聞こえたのと同時に、ライムの身体は宙に浮いた。
用語説明のバッジ欄を更新しました。
各能力の説明を入れてます。(増えるたびに、ここは次々と増えていきます)