すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
相当なダメージを受け、瀕死に陥ったシキ、凛。
それとは裏腹に、困難を乗り越えたことで何かが芽生え始めていたネク、ココ、ミナミモト、未央、卯月。
そして、次々と死神達の計画を挫いていくその裏で、何者かの暗躍を感じるのだった。
「はぁはぁ……や、やっつけた……?」
巨大ノイズ、ディゾナンスゲーターは大きく倒れ込むと、眩い光を放ち、膨大なソウルの塊粒子と化した。やがてその粒子も完全に消え、渋谷を貪る獣の脅威は、これで一旦は去った。
「ああ、俺たちの勝利、完璧な道筋を辿り、美しい解を導いたのさ」
「辺りもだいぶ静かになったな。もう心配はなさそうだ。やったな、ココ」
自分達の勝利を確信し、ミナミモトとネクがそう言うと、
「……はぁぁぁぁっ!!よーーーやく終わったぁぁぁぁぁ!!疲れたよ、ネク〜〜〜!!」
ココはようやく身に溜まっていた空気を抜き、前へ倒れ込むように、ネクに寄りかかった。
「うおぉっ!?き、急にどうしたんだよ!!は、恥ずっ……やめてくれっ!!」
「ふふっ、やーだもーーんだ!」
「え、えぇ……?」
急にしがみつかれ、剥がそうとしても、その怪力さ故全く離れない。
ノイズとの戦闘で疲れてしまったのだろうか。目をつぶり、ニヤけながら甘えてくるココの姿を見て、ネクは仕方なくされるがままになる。
「やった〜〜!!勝った勝った〜〜っ!!」
「お疲れ様!やったね、三人とも!!」
そんなことをしていると、未央と卯月が笑顔で近寄り、戦いを終えた三人を迎え入れてくれた。既に痛みは引いているらしく、負ったダメージも問題なく、こうして立つことも出来ていた。
「いえーい……って、あれあれ〜〜っ?何やらアツアツな感じがしてますなぁ、お二人さ〜〜ん?んん〜?」
「はぁ!?おい、茶化すなよ、未央!!ココも、は、早く離れろ……って!」
「えー、いやーちょっと疲れすぎちゃってさー、もーちょっと支えてくれてると、女の子として嬉しいなーーって?」
「お前が良くても、俺が困る!!」
「うわぁ!イチャイチャなオーラが、め、目に入って染みる……ぷぷっ!」
「お、おい!!」
ココに抱きつかれてタジタジしているネクを、未央はつつきながら、ニヤニヤと茶化す。ネクが否定しても、ココが誤解を招くように離れなかったり……そんな微笑ましい場面を、卯月はミナミモトと共に並んで見ていた。
「ふふっ、仲良しなんだね、あの二人。まだ会って少ししか経ってないけど、すごい仲がいいって伝わってくるよ。ミナミモト君も、そう思わない?」
「……伝わってくる、か。アイツは逆行列、いや、そもそも真偽の有無が特定できない、まるで訳の分からない存在だ。この四日間、ずっと俺はアイツに裏をかかれ続けている気がする」
「え……裏をかく?ココちゃんが訳が分からないって、どういうことなの?」
卯月には、ココとネクは単なる仲良し同士に見えていた。だが、ミナミモトは周囲とは違い、彼女に異なる印象を抱いていた。
「言うのを伏せていたが、アイツは一度、ヘクとガチの殺し合いをしたことがある。その結果、アイツは銃でヘクのことを撃ち、ヘクを殺した」
「……えっ」
「奴らに操られてたって、アイツは言ってたがな。そんで、その一言でなかったようにして振る舞ってる。
だが、おかしいと思わないか?殺された奴と、殺した奴が、信頼して心を通わせるだと?普通に考えれば無理な話だ」
腕を組み、鋭い眼差しでネクとココを見るミナミモト。これまで抱いていた違和感も含め、やはり信じる気にはなれない。ネクもココも、究極的にはどちらも自分の敵であることに変わりはない。
「あの逆行列の正体が『何者』なのか、何を隠しやがってんのか、俺にも分からない。ヘクも心中には、疑いを抱いているはずだ。
……結局、誰とも仲間になんか、なれるはずもねえ。絆も友達も、計算の邪魔になるだけのゴミだ」
その場に唾を吐き捨てながら、ミナミモトは言う。ミナミモトの言うことにも、確かに一理はあるだろう。
だが卯月は、それでもネクとココに疑いの目を向けることはなかった。
「だけど、あのネク君、すごい楽しそう。ココちゃんのことを見て、明るくなってて……私は、二人のあの笑顔、本物だと思うよ」
「……あぁ?」
二人の笑顔を否定したミナミモトに、卯月はさらに否定を重ねる。ミナミモトは微かに威圧感を感じ、思わず本能的に、卯月を睨みつける。
「……何故だ、何故そう決めつけられる?」
「うーん、『分かる』って理由じゃダメかな?」
「ふざけるな……お前にだってあるはずだ。自分の生み出した嘘で、誰かを騙したことが。
そうだ、人は嘘をつき、偽で真を隠すことができる。今の俺たちの関係も、同じだ」
ミナミモトは次々と、卯月を釘刺しにしていく……だがその声には、彼らしくない、微かな感情が混じっているようにも思えた。
「パートナーとしての契約も、信頼できる確証も何一つない。アイツらとも、俺の『目的』のために、仕方なくいるだけだ。信頼なんか……必要ねぇ」
まるで、感情的な交わりそのものを避けているような。
「ミナミモト君……確かに私は、前に笑顔で人のことを騙したことがある。不安で、押し潰されそうな自分ばかり気にして、周りのことが見えなくなって……いつのまにか、心配してくれてる友達にまで嘘を重ねてた」
ミナミモトの言葉によって、卯月の脳裏に浮かんだのは、思い出したくもないほど情けない自分の姿。
何をすれば良いのかも分からなくなり、自分に自信が持てなくなり、笑顔が消えていき、最後には自分の笑顔で勇気を与えられた友達を、上辺だけの無理やりな笑顔で幻滅させてしまった。あの時に言われた言葉は、今でも卯月の心に無数の杭となって突き刺さっている。
悲しさ、恥ずかしさ、呆れられて失望された時の絶望感、思い出す度に鼻の奥が詰まりそうになる。
(……凛ちゃん)
でも、その出来事が卯月に与えたのは、苦しみだけじゃない。ぎこちない作り笑いじゃない、自分自身が心から嬉しく、自然に生まれ落ちる笑顔こそが、人々に勇気を与え、また笑顔を届けられると。
笑うことは誰でもできる、でも、その笑顔で誰かを勇気付けられるかどうかは違う。
心からの笑顔。真の笑顔だけが、人の心を動かすことが出来るのだと。
「けれども友達が、最後まで私の側を離れないでいてくれたから、私は『笑顔』を取り戻すことが出来たんだ。
私は、友達の大切さも、本当の笑顔の力も、よく知ってる。
だから、あの笑顔は本物だって分かる……あの笑顔が嘘だなんて、誤魔化してるなんて、そんなことはないよ」
「……っ」
「ミナミモト君だって、ココちゃんやネク君と話してて、すごい楽しそうだったよ。本当は二人と仲良くしたいんじゃないのかな?でも、何だか、それを強情になって遠ざけようとしてるような……」
「っ、な、何だと……?」
ミナミモトが無意識のうちに抱いていた、友達や馴れ合いへの抵抗に、卯月は勘づいていた。自身の弱点を突かれたことで、ミナミモトは口調をさらに荒げていく。
「舐めてんじゃねぇぞ……いいか!?世界は数学的に、理論的に成り立っているんだ!!正解か不正解か、あるいは解なしか!!人の心だって同じだ!!問題文で解を欺くように、綺麗事で心の奥底を包み込んで、本心を欺いて、だから信じることなんか出来な——」
「それって、わざと頭を固くしてるだけじゃないのかな?意地っ張りにならないで、二人と普通に仲良くしてみるのが一番だと思うよ。そうすれば、きっとミナミモト君にだって、自然な笑顔が生まれるはず。
私は、そう思うな」
「……!?」
優しく、女神のような笑顔でミナミモトにそう言う。卯月の言っていた、真の笑顔を初めて直視したミナミモトは、心の錠の一部が取れかけるような感覚に陥った。
理屈では説明できなくとも、何故かそう感じてしまう。理論よりも感情が勝る……こんな気持ちになるのは、何年振りだろうか。
「……フッ」
「ん?」
「……ハハハッ……すげえ、な。懐かしい、こんなガキの頃の気持ちを思い返させるなんて……面白い奴だぜ」
卯月の笑顔を見てから、途端にミナミモトの雰囲気が、変化した気がする。
これまでのような、難解な数学的用語を使わなくなり、どこか素直になった感覚がある。すると、ミナミモトは突如として足を歩み出し、ネク、ココ、未央の三人の輪の中へと入っていく。
「おい、卯月」
「うん……って、あれっ。ミナミモト君、私のこと、名前で……」
「お前の笑顔……久々に心の底から、その解を求めてる自分がいる。不思議な気分だ」
そして、これまでの凶悪な笑みとはまた違う微笑みを浮かべていた彼には、
「おい、ネク!!ココ!!未央!!俺と……今すぐに友達になれ!!お前らの心の底からの笑顔を……俺に見せてみろ!!」
『かつての自分』のような、心の底に隠されていた素直さが、顔を見せていた。
「……っはぁ、はぁ、はぁ……大丈夫かな、凛……?」
少し経った後の、雨降りの薄暗い路地裏。ノイズが消えたことで壁が消滅し、シキは凛を担いで、渋急ヘッズ跡地から、とにかく遠くへと逃げていた。足を動かすたびにバシャバシャと水面を叩く音が響き、服も靴も雨で濡れ、シキは身も心も震えさせながらも、ここにたどり着いた。
出来るだけズボンが湿らないように、水たまりがない場所に凛を横たわらせ、確認として胸にそっと手を添える。
「……動いてる。よかった、息はちゃんとあるみたい」
若干弱々しくなっているものの、鼓動は感じる。凛が生きているとハッキリと分かり、シキは安堵して大きく深呼吸する。
「すー、はー……うぐっ!!」
普段から洋服のデザインばかりを描いていて、ほとんど運動をしてこなかったせいか、体力はもはや果ててしまった。遅れて疲労がやってきたシキも、凛のすぐ隣に寄りかかり、そのまま二人して雨に打たれていた。
すると突如、シキの頭に頭痛が走った。それもただの頭痛じゃない。何やら、頭の中に『映像』のようなものが流れ込んできたのだ。
そこは、今みたいな雨模様の曇り空とは違って、澄み渡った青空の下の渋谷ハチ公前。
『おーい!シキー!!』
一日中ずっと奇妙なことを言い続けていた少年、ビイトが自分に向けて手を振っていて、
『シキちゃーん!!こっちこっちーーっ!!』
そのビイトの隣で妹のライムが飛び跳ねながら、ニコニコと笑っていて……
『……シキ』
会ったことも見たこともない少年……いや、『自身の友達であるネク』が優しく微笑みかけてきている。
「知ら、ない……友達、じゃ……ない……」
その映像が流れ終わるのと同時に、シキの脳内に大量の情景が入り込んでくる。ビイトと一緒にストリートダンスを見に行ったり、ライムと一緒にアクセサリーを見に行ったり、ネクと一緒に音楽を聴きに行ったり、他にも、それ以前からの友達のエリとの思い出や、高校での女友達のグループでカラオケに行った時のことなど。
体験したことのないはずなのに、何故か知っている記憶が次々と、どこからともなく現れる。
だが、
「やめて……違うよ!!私の、とも、だちは……ここにいる、ただ一人だけの……」
肝心の、自身の隣で静かに眠っている少女との思い出は、その中に一つもなかった。
「ただ一人……凛じゃ、ない……?」
これまでの不思議な数日間の最後に出会った少年、ビイトとの接触により、シキと凛の関係は、これより最悪の結末へと向かうこととなるのだった。
『そろそろ、かな』
少し時間が経った雨の渋谷の夜、少女はどこかの高いビルの上に立ち、傘もささずにジッと渋谷の街を見下ろしていた。赤いヘッドフォンをつけ、黒いネコの人形の腕を掴み、垂らすように持っている。
『……参加者は、これで揃った。後は奴らの、最後のインバージョンを止めるだけ』
雨に打たれているのにも関わらず、その瞳からは相変わらず感情が感じ取れず、見るだけで彼女が生きているのか死んでいるのか、そもそも本当に存在しているのかさえも分からなくなってくる。
『……これが、私が貴方達に伝えようとしていたことの全てだよ。さあ、早く『明日』へと進んで』
「……フフッ、まあそう機嫌悪くしないでよ。案外、君のことは気に入ってる方なんだよ?」
少女が退屈そうに向きを変えると、そこには二人の男性がいた。一人はサングラスをかけてコーヒーの香りを漂わせていて、もう一人は黒いスーツを着ていて、身だしなみを整えた白髪の青年だった。
「あの日からずっと君のことを調べていたんだけど、君についての情報が何一つ掴めなくてね。僕ですら君の正体に辿り着けず、厳重に警戒していたんだけど……結局、君も僕たちも求めてるものは同じなんだね」
『……ふん』
「君なんでしょ?尾藤大輔之丞と尾藤来夢を同時に参加者にしたのも、ネクにフリーフローの力を与えたのも……ここにいる彼を使って、間接的に未央と卯月が消滅するのを回避したのも」
そう言いながら、白髪の青年は視線を少女から真横の男、羽狛へと移す。見た目だけではその眼は笑っていたが、その瞳の奥に隠しているものに、羽狛は少し肩を震えさせる。
「……ふっ、やはり貴方には見透されていましたか。流石です、コンポーザー」
「別に疑ってはいなかったけど、念のためって言うでしょ?未央と卯月の三日目の消滅に、僕も対策を練るつもりだったが、まさか二人を参加者側に引き込んで、ネクと合流させるとはね」
「ネクやココ、更にはあのミナミモトと共に行動させれば、二人が消滅してしまう可能性を逆に減らせる。斬新ながら、なかなかいい考えだ。まるで、『これから先に起きることを全て知っていた』ような……ね?」
青年の放つプレッシャーに、少女は少しだけ顔をしかめ、胸の内の嫌悪感を露わにする。
「おっと、勘違いしないでよ。さっきも言ったけど、僕は君のことを気に入っているんだ。今日ここに来たのは、君のことを問い詰めるためじゃない。君と僕たちの利害は一致してるんだ。手を組まないかと、誘いに来たんだよ」
『だとしたら、アンタは相変わらずの天才ね……人に不信感を抱かせる』
「……はぁ、心外だなぁ。凛といい君といい、僕はどうして人から全然信用されないんだろうね?せっかく『ネク』にも会わせてあげようと思ってたんだけど……余計なお世話だったのかな?」
青年が少女を逆なでするように言うと、この場の空気が冷気と殺気によって凍りつくような冷たくなる。これではいつまでも平行線のままだと、羽狛が青年と少女の間に割り込む。
「コンポーザー、これ以上挑発に挑発に重ねても、我らの信頼が失われるだけかと。いつも言っておりますが、貴方はまず好感を持たれるような話し方をする努力を……」
「ゴメンゴメン、こういうの苦手でさ。ゲームで死神たちに指示を送るのも、ほとんどが君やメグミ君経由だったからね。人間だった頃なんてずっと前だし、もう忘れちゃったんだ」
「やれやれ、貴方という方は全く……ごほんっ……まあ、あれだ。前に俺のとこ来て言っただろ?『三日目に未央と卯月が消滅する、だからこれらのバッジをネク、未央、卯月にそれぞれ渡して、その未来を回避しろ』ってな」
話の相手を青年から少女に移すと、突如羽狛の口調が砕けたものになる。あの青年がどれほど目上な相手なのか、青年と羽狛との間の上下関係がよく見て取れる。
「んで、試しにお前の言う通りにしてみたら、ホントにその通りに上手くいって……驚いたのと同時に、奇妙にも感じた。悪いな、俺も何でもかんでも鵜呑みにするわけにはいかねえんだ。今回のことはきっちりと報告させてもらった……最も、こうなることもお前にとっては、想定済みだったんだろうけどな」
『まあ、気にしてはないよ。横の彼とは違って、貴方は私のことを信じてくれた。昨日の行動と今現在の結果がその証拠。感謝してるよ、羽狛さん』
「おっ、なんだ、結構素直なところあるじゃねえか……俺も、本当はお前のことを探りたいわけじゃないんだ。状況が状況なもんだから、こちらも慎重に動く必要がある。頼むから分かってくれ」
青年と話す時とは違って、少女の目は少しだけ微笑んでいるようにも見えた。
二日目の夜、少女は人知れず、事前に羽狛と単体で接触していた。その際にこの先に起こる未来を予言し、その未来を回避するように伝えていたのだ。
そして羽狛はその後、少女から渡された『アンサプレッションバッジ』、『キュートディスタンスバッジ』、『パッションストライクバッジ』をそれぞれネク、卯月、未央に渡し、未央と卯月は無事に三日目を乗り越え、ネク、ココ、ミナミモトと合流し、生存した。
その上、少女は単独行動で四日目の始まりにビイトに密かに接触し、ビイトの記憶を元に戻すことで参加者化させ、凛、シキと合流させ、ライムも無事に生存させた。
これまでの運命の裏には、必ずと言っていいほど少女が関わっていた。それも、今までのループには一度も登場せず、最後のループとなる今回に突如現れ、本来の運命を大きく捻じ曲げている。
イレギュラーすぎるこの少女という存在は、『奴ら』にとって、あまりにも邪魔で、危険な因子だった。
「……もう黙ってるわけにはイカナイ。まさか大きいドクロも小さなドクロもまとめて参加者として仲間に引き込むとはねぇ……俺たちの初見トラップほとんどぶっ潰して、ホント何者なワケ、君?」
雨が強まったと思えば、突如、どこからか姿を現した二人の死神。その場にいた少女、青年、羽狛はその姿を見て、予期せぬ来客に思わず顔を強張らせる。
「今までの回なら、精々長くても今日が限界だったわよ。ヘッドフォンと、黒い目つき悪い奴と、ピンク色の裏切り者。たとえこの三日間を運良く生き抜いたとしても、今日のアレで必ず全滅してたわ……ホントイライラしすぎて、今すぐにでもこの手で、こいつを八つ裂きにしたいわよ……!!?」
『うわ、こわっ……アイツらも呼んでたなら先に言っといてよ、羽狛さん』
「いや、俺はそんなことしてねえぜ……ごほんっ……まさか貴方、またこんな悪戯を?少々、余裕が過ぎると思いますが」
「やだなぁ、僕も流石にそんなことしないよ。彼らが勝手に……恐らく、何かを伝えに来たんじゃないかな?」
そう言うと、青年の言葉に狩谷が応える。
「ご名答サ〜ン。あいにく、俺たちは今日はお前さんラとやり合う気はナイ。今日はいわゆる……『宣戦布告』ってヤツ?」
「へぇ、随分と強気に出たもんだね。相方さんの様子からして、今日のノイズは君たちのとっておきだったらしいけど?他に何が残っているのかな」
青年が笑いを含みながら挑発するように言うが、その挑発に乗って銃を構えそうになる八代とは違い、狩谷は相変わらずおとなしさを保ったままニヤリと笑う。
「おーっと、勘違いされちゃ困るゼ?確かに、あの『ディゾナンスゲーター』が倒されたことには心底驚かされた。
でも、ナ?倒されたところで、俺たちの計画が潰えたわけじゃナイ。実際、俺たちはいくつもの都市を消滅させてきたんダゼ?」
「ふん……その通りよ!!それにまだ、軍配はこちら側にあるわ。アンタ達は気づくのが遅すぎたのよ……まあ、気づけたとしても、七日間で記憶がリセットされるんじゃ、どうしようもないだろうけどね?」
「何?記憶がリセットされるだと……まさか!?」
羽狛はその言葉を聞き、即座に全てのパズルピースが結びつき、一つの解となっていくのを感じる。
ずっとおかしいと思っていたこと、何故都市たちはたった二人の死神によって消滅させられてしまったのか。担当している地域の管理者であり、完全なる支配者でもあるコンポーザーの存在がいるにも関わらず、新宿を始め、これまであらゆる都市が消滅の手を免れることはなかった。
何故、どの都市も消滅を免れられなかったのか。その答えは、そのインバージョンの特性にあった。
「お前ら……擬似的なタイムループを起こしてるってわけか」
羽狛の言葉を聞き、青年の余裕ぶっていた表情が一変し、硬いものに変わる。それもそのはず、もしその事実が真実だとすれば、それは青年にとって、絶対あり得てはならない想定外であるからだ。
「何……タイムループだと!?……まさか、これまでの出来事が、既に何度も繰り返されてるとでもいうのかい?」
「はい、恐らくはそういうことかと。我々は四日前に光に飲み込まれ、その瞬間がインバージョン発生時刻であり、我々だけはその影響を免れていたと仮定していましたが……どうやらそれは間違っていたようです」
「この世界は、既に何度も同じ時間を繰り返している。彼らは過去を改変し続けることで次元の壁に負荷をかけ、これまでも数多くの都市を崩壊させてきた。
ですが、そのやり方を私たちは勘違いしていたのです。ただ過去改変を何度も起こすのではなく、七日目に『一週間自体』を消し去ることで、同じ一週間が何度も続く、タイムループと同じ働きをする状況を生み出していた」
「そして、私たちは今、渋谷消滅への最後のループにまで追い込まれている」
奴らを甘く見ていた青年は、自身の知らぬ間に、その喉元へ剣先を突きつけられていることに、気づけなかったのだ。
「他の都市が消滅を免れなかったのは、インバージョンの発生に気を取られ、裏のタイムループの存在に気づけなかったからだったのか……でも、それだとおかしい。どうして天使である彼やコンポーザーである僕までもが、タイムループに巻き込まれたんだ?各都市では、コンポーザーこそが最も強い権限を持っているはず——」
「そんなの、他の都市の惨状を見てもまだ言ってんノカ?そろそろ、アンタも認めなさん、ナ」
「……っ」
青年は、考えたくもない事実を認めざるを得なかった。自分が最も一番であるはずなのに。下位次元である死神などに地位をおびやかされ、もはや絶対的存在のレッテルは崩されかけている。
「そーそー、俺らって、意外と実力派なんだよネ〜。死神でありながらも、分かりやすく言えば、コンポーザー以上ってトコか?ま、この力を俺たちが手に入れたのは『あのお方様』の——」
「カリヤ、口を滑らすのもそこまでにしときなさいよ。自分に過信しすぎて、気づかない内に自ら墓穴を掘る。アンタの悪い癖よ」
呆れながらたしなめるようにして八代が言うと、狩谷は軽く手のひらで頭を叩く。
「おっと、アブナイアブナイ……そうダナ、これ以上話しててもその内ペラ〜っと言っちまうかもだし、そろそろ本題に入るとシマスカ」
「俺たちは、ある『ゲーム』のお誘いに来てな。そっちが勝てば消滅は免れ、俺たちが勝ったら即消滅。
内容は至ってシンプルだ。『今から三日後、七日目の渋谷スクランブル交差点で、決着をつける』、もう俺たちもこれまでのようなタイムループの小細工はしナイ。ハンデとしてあと二日間は、俺たちは何も行動を起こさない。ただし……」
「七日目には全力で……一人残らず叩き潰す。ビツキも俺も、本気のマジで行くゼ?」
思わぬ提案である、真剣勝負で勝敗を決めようということに、青年と羽狛は驚く。
桜庭音操の想定外の力や、この場にいる謎の少女の干渉などによって、これ以上の計画は無意味だと悟った死神たちは、敢えて正々堂々の勝負を仕掛けようとしたのだ。
「……はぁ、随分と舐められたものだね。ハンデなんか、バカにしているのかい?」
「フフ、別に無くすなら無くしてもいいんだけどネ〜?俺たちの方が圧倒的に有利なの、分かってんだろ、お偉いサン?
いや〜、ホントに時間かかるんだぜ、ここまで来るの。数週間、いや数カ月、いや半年以上か……そんだけの時間をかけて、ようやくあと三日ってトコまで来てるんダ」
始めの日、ネクがココに殺され、そのココを銃で気絶させて捕らえ、その後渋谷の空に雲の渦と赤いスカルの印が出現したあの日。その日がこの事件の始まりであり、それから数日経ったのが今日である、と青年達は考えていた。
だがそれは違い、この渋谷は既に何度もインバージョンを引き起こされ、その度に経ったはずの七日間を消されていたのだ。
七日目にインバージョンを発動し、この七日間を『なかったこと』に書き換えることで、すっぽり一週間が抜け落ちた渋谷が出来上がる。
渋谷は何事もなかったかのように一日目から始まり、また七日目になれば同じインバージョンが起こり、再び一日目から始まる。だが、渋谷が受けた負荷自体は着実に蓄積されていく。
ループの中に囚われた者達は、当然その事実に気づくこともなく、無駄な抵抗を時の輪の中で繰り返すのみ。
つまり、自分たちが感じているこの数日間は、実はこの渋谷にとっては半年以上の出来事となっていて、その半年の間、ずっとインバージョンを受け続けていたとすれば、渋谷はいつ崩壊してもおかしくなかったまでに追い詰められているとされる。
コンポーザーでさえ、これほどになるまでインバージョンを止めることが出来なかったという事実が、この謎の死神達がいかに恐ろしく、強大な相手であるかを物語っていた。
既に、自分たちは負け続けていたのだ。何度も。
「七日が経ってインバージョンで巻き戻って、また七日が経って巻き戻って……これをずっと繰り返してきたのサ。ホント、気が遠くなるくらい長かったヨ」
「でも、それのおかげで渋谷は俺たちの思惑ど〜〜りに歪んでくれた。街中の人間どもはノイズという未知の生命体に怯え、そして一日が経ってそれを忘れ、再びそれに怯エル。負の感情をエサに、さらにノイズがムラがって、増え続けるノイズによって、崩壊は次々に促進スル」
「そ、れ、に。ほら、あれを見てみろヨ」
狩谷は口から棒付き飴を取り、それを渋急ヘッズの方向へと向ける。そこではノイズによって粉々になったはずの渋急ヘッズの建物が、時間が巻き戻るように、徐々に元の姿に戻っていく、逆再生が起こっていた。
「ハハハッ、見ろよ。一日すらも正常に時の流れが機能しなくなってるンダ。一日が上手く流れなくなって、『毎日同じような日が繰り返される』ようにナ。それほどまでに、渋谷は限界寸前の状態にあるってコト……さ、どーする?
俺たちとゲーム、やるカ?」
「……っ、まさか、これほどまでに奴らが……く、っ」
「コンポーザー、ここは一旦考える方がいいかと思われます……奴らの要求を鵜呑みにして、こちら側の流れを崩されてしまっては本末転倒です。冷静になって、計画を再構成してから行動を——」
『乗った』
しばらくの間言葉を発さずにいた少女は、青年と羽狛を完全に無視し、勝手に狩谷と八代に応える。
『そのゲーム、受けて立つ……ここにいる、偉大なるコンポーザー様とその仲間たちがね』
「……なっ、お、押し付け!?ちょっと君?いくら僕が嫌いでも、そういう迷惑はよくない——」
「ウフフッ!!じゃ、交渉成立ね、コンポーザーさま〜?」
「渋谷の代表とも言えるような存在が、一度交わした約束を破るなんてことあるわけないよネ〜。クーリングオフはナシだぜ?」
満足のいく回答が得られたためか、八代と狩谷はニヤリと笑みを浮かべながら少女たちに背を向ける。ググッと背筋を伸ばし、タイミングよく同時に気持ちの良さそうな声を出しながら、その場を後にする二人。
「んん〜!!いや〜、これでや〜っと休めるわね〜!!半年間ぶっ続けで身体フル稼働させた後のシャワーなんか、至高に決まってるわ♪」
「んん〜。それだったらヨ、シャワー浴びた後にラーメンでも食いに行こうゼ。んで、前みたいにジャンケンで賭けやってさ、負けたら全額奢りで、あいこだったら割り勘。懐かしいダロ?」
「アハハッ!いいわね、それ!!めっちゃ、懐かしいわぁ……じゃあその後はあのお店寄って、それからこっちに——」
敵を前にして、呑気に休日の話をしているその姿は……渋谷を陥れる大罪人どころか、ただの友人同士にしか見えなかった。その姿が見えなくなった後も、青年は度肝を抜かれたように、しばらくの間唖然とせざるを得なかった。
「な、なにアレ……まさかハンデって、罠でもなんでもなくて、ただ単に彼らが休みたかっただけなのかい……?」
『まあ、そういうこと。奴らはあくまで『命令』に従っているだけに過ぎないからね。奴らも別に渋谷に対して悪く思っているわけじゃない、むしろこの街を好んでいる。でも命令は絶対。逆らえないから仕方なく消すしかない……哀れだよ』
ため息をつきながらそう吐き捨てると、少女も死神二人に続くようにしてその場を去る。
『……渋谷崩壊までの猶予は、あと三日確保された。このゲームの後に待つのは存続か、崩壊か、それとも……。この渋谷が辿り着く未来は、果たしてどんな色をしているのかな』
瞬間、地面に打ち付ける雨粒は徐々に速度を緩め、やがて雨粒はこぼれ落ちたはずの雨雲へと吸い込まれていき、雨が止みその雨雲が消え、夜空は青空へと変わる。
何事もなかったかのように過ごす街中の人々。相変わらずの騒がしい街並み。
……地面に落ちていたネームプレート。ビイトがライムを連れて逃げた際に落ちたそれも、砂のように光の粒になって消え、元の場所、元の持ち主の手へ戻る。
『橘ありす』、【大学生】の、一流シェフを夢見る見習い料理人の名前が、そこには記されていた。
渋谷が、リスタートした。
次回は、今回で動きがあった、ミナミモトの過去に迫る回になります。
名目上は番外編でも、五日目です。